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異世界チート魔術師(マジシャン) 作者:内田健

第三章:ウェネーフィクスの乱

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マーウォルトの会戦 八

 ミゲールを倒した後一旦退いて体力の回復をはかったミューラは、再び最前線にて貴族軍相手に獅子奮迅の活躍を見せていた。
 あの戦闘は並みの騎士や宮廷魔術師ではとてもではないが追い付けない。それをまざまざと見せ付けたミューラに対して、貴族軍兵士の動きは明らかに忌避感が滲み出ている。
 まあ自分達よりも格上と判明している相手と戦いたいと思う者はそういない。ミューラが積極的に命を奪おうとしていないとは分かっているが、必要と思えば躊躇いなく刃を返すと、ミゲールの死体が雄弁に語っている。鎧ごと致命傷を与えたミューラの剣はとても分りやすい脅威だった。
 ミューラたった一人を数人で囲む貴族軍。卑怯でもなんでもなく、そこまでしなければ足止めもできないのだから必要な措置である。互いに勝つために戦争をしている以上、ミューラもそこに突っ込みをいれるつもりはなかった。
 複数人を相手取って切り結ぶミューラ。ふと、肌に触れる空気に妙な違和感を覚える。更に敵兵士の様子がさっきまでと違うことに気が付いた。
 彼らはプライドの高い正規兵であり、幼いミューラに実力で敵わない事実を反骨心という原動力に変えて対抗してきていたのだ。
 手練手管を尽くして向かってくる彼らは、ミューラといえども気を抜ける相手ではなく、気持ちを切らさずに対応することが求められている。
 どこか彼らに穴があればそこを遠慮なく突いてやろうと考えたミューラは、敵兵士たちの動向から視線の動きまで、できうる範囲で観察し続けていた。
 敵の攻撃への対応は勝手に反応する身体に任せ、観察に意識を傾けていたからこそ気付けた、些細な変化。
 彼らは少しずつだが、動きに精彩を欠き始めていた。やがて目から、理性の色が減っていく。
 どう考えても普通ではない反応だ。騎士が操る王国剣術はケレン味がなく正確さを持ち味にしたもの。言ってしまえばオーソドックスで、特筆するものがないのは確かだが、同時に穴という穴もない。どんな敵を相手取っても、一定以上の戦闘を可能にする優れた剣術なのは言うまでもない。ミューラも参考にすべき点はいくつもあると考える、オーソドックスな剣術の優位性。それは、エリステイン最強の王国剣術の使い手であるスミェーラが証明している。
 騎士になるには魔術の素質ももちろんだが、王国剣術を修めることも必要だ。骨の髄までそれを浸透させている彼らの剣が、粗雑な動きをするなど考えられない。
 付近でこれに気付いているのは、どうやらミューラだけのようだ。
 たん、と軽やかに後ろに跳んで、一〇メートルほど距離を取る。

「どうした、ミューラ殿」

 付近一帯の王国軍を統率する部隊長が、訝しげにミューラに近付いた。彼女に対して敬意を払っているのは実力が高いと認めたからである。

「貴族軍の様子がおかしい」

 言葉少なに、しかし最低限のことは伝えるためにミューラが答える。
 何を言っているのか。しかし理由もなく急に距離を取らないだろうと部隊長は視線を貴族軍に向け、すぐさまその理由に気付いた。

「……なんだ、あの目は……」

 小規模とはいえ流石に部下の命を預かる軍人である。その観察眼はやはり優れたものだ。
 最初に気付いたのはミューラ。
 続いて部隊長。
 それから数十秒。
 今では周囲の騎士たち全員が見ただけで分かるような劇的な変化が訪れた。
 目からは明らかに色が消え、直立不動で立ち尽くす敵軍兵士たち。
 隙だらけといえば隙だらけな姿だが、誰も追撃をかけられない。ここまであからさまにされると、むしろ攻めにくいのだ。
 さて、どうするか……もう一度距離を詰めてみようか。
 そう考えたところで、一つの気配がこちらに高速で接近していた。何者かを考えようとして、この気配の主のことをミューラはよく知っていると結論付ける。
 やがてその気配の持ち主は、ひらりとミューラたちと貴族軍の真ん中に降り立った。

「レミーアさん?」

 ミューラの呼び掛けには答えずに、レミーアは着地するや否や空いている右手を貴族軍に向け。

「風よ!」

 詠唱自体は至極シンプル。だが猛烈な突風が貴族軍を襲い、最前線の騎士たちは抵抗もできずに吹っ飛んだ。
 ただ風というだけだったが、風圧は筆舌に尽くしがたいものがあった。

「……ミューラ。まずいことになった」

 それはまた随分と穏やかではない。レミーアが言うから余計にだ。
 レミーアの言葉を信じないという選択肢はミューラにはない。

「どういうことですか?」

 何が起きているのかまでは、ミューラが保有する知識では答えは導き出せなかった。

「先日王都攻めてきた連中がいただろ」
「はい」

 魔術石を使って攻めてきた一〇〇〇ほどの敵のことを言っているのだとミューラはすぐに理解した。

「あれと似たようなことが起きている」
「……どういうこと、ですか?」

 レミーアが頷く。

「そういや、お前には話していなかったな。時間がないから手短に済ます。精神操作が使われた疑いがある」

 さあ、と血が引いていくのをミューラは感じた。
 精神操作は、属性魔術では不可能だ。火、水、風、土の四属性はもちろん、光、闇などのユニーク属性でも同じである。
 ということはつまり、魔術以外のなんらかの方法がとられている可能性があるということ。
 はっきり言って眉唾物だ。噂程度で囁かれているだけだとばかり思っていた。

「レミーアさんは、知っていたんですか?」

 やけに鮮明に響いた自分の声に、周囲が静寂に包まれていたのだと、ミューラは気付くことができた。

「噂程度に、な。だが、それを噂と切り捨てると、こやつらの変貌ぶりの説明が出来ん」

 ごもっとも。ミューラは口をつぐんだ。

「さあ気を引き締めろ。あの程度吹っ飛ばしたくらいでは焼け石に水だ」

 レミーアに言われ、視線を貴族軍兵士に戻す。血走り、我を忘れたその目は、どんなことが起こればそこまで正気を失うのかと思わせるほどだった。
 獣の咆哮を彷彿とさせる叫び声と共に迫る兵士たち。

「全員死にたくなければ守りを固めろ! 力が段違いに強くなっているはずだ!」

 レミーアの忠告がミューラの耳に届く。騎士のレベルを遥かに超えた威圧感で迫る彼らを見て、グリップを固めてカウンター専用の構えをとった。





◇◇◇◇◇





 その変化は戦場全体で見られた。
 貴族軍兵士たちが、狂戦士と化していった。
 その力は常軌を逸していた。
 受けた盾ごと切り裂く威力の攻撃を平然と放ってくるのだ。
 混沌に包まれる。
 全てを呑み込まんと殺到する貴族軍。
 侯爵の言葉も届かない。
 この危急をおさめることができるのか。
 難題が、エリステイン魔法王国に課せられた。





◇◇◇◇◇





 ジルマールは机を強く殴打した。
 ばきりと机にヒビが入る。
 貴族軍兵士が狂戦士化したと、パソス名義で報告が入った。疑いたくとも、情報の出所がそれを許さない。

「なんということだ……!」

 ジルマールは知っている。二〇〇年前の、血みどろの狂想曲を知っている。
 あの時も、狂戦士化したのではなかったか。軍は全壊、民間人も数十万人単位で死亡したはずだ。
 近代の歴史では短期間でもっとも多くの人が死んだ時期だ。
 あれは確か、ガルゲンとシカトリスの国境付近で起きたからこそ、広がった戦火に対して犠牲者が少なかったのだ。
 だが、ここはどうだ?
 人口およそ三〇〇万、エリステイン魔法王国の首都ウェネーフィクスが目と鼻の先にある土地だ。彼らがウェネーフィクスに入り込んだら、どんな酷いことが起きるか想像もしたくない。
 絶望と恐怖に染まる民の顔など、考えたくもなかった。

「……御父様」
「シャルか」

 愛娘の心配そうな声に、しかしジルマールは彼女を見ずに応じた。
 この様子だと、どうやら彼女も知っているようだ。

「エフティはどうした」
「今は、疲れて休んでいるそうです」
「そうか……ずっと魔術を使いっぱなしだろうからな。無理もない」

 シャルロットは頷いた。
 魔力は底無しではないし、使う術が繊細なため精神的な疲労も大きい。これまでも何度となく休憩を挟んでいるだろう。

「御父様……。これから……これから、どうなさるのですか」

 回りくどい言い回しは止めた。
 どうせ避けて通れる話題ではないし、最終的には結論を出さねばならないのだ。
 この難局をどう打開するのか。
 それ以外にも追求必須の問題は山ほどあるが、さしあたって対処しなければならないことは決まっている。
 ここで食い止められなければ、エリステインが終わるのだ。

「やむを得ん。最悪は刺し違えてでもここで止める」
「……」

 刺し違えるのが妥当と思えるとはどんな冗談だろうと、シャルロットは思わず天を仰いだ。

「エリステインで収めなければならない。他国まで及べば、犠牲者の数に天井がなくなってしまう」

 これは極論だが、エリステイン魔法王国の国民が全員死ぬと、死者数は二〇〇〇万人だ。自国内で起きた内戦が引き金である以上、それを覚悟してしかるべきだ。
 それで収まるならば、国ひとつの滅亡で済むのだ。しかし魔の手が他国にまで及んだら、犠牲者の数は天文学的数値にまでなるだろう。
 為政者として、それだけは防がなければならなかった。

「だがな。予とてこの命容易くくれてやるつもりはない」
「私もです、御父様」
「うむ。お前とエフティの花嫁姿を見るまでは、死んでも死にきれんな」
「ふふ。御姉様には是が非でもいい御相手を見付けて頂かないとなりませんね」
「まったくだ。あの器量だからと油断していたらものの見事に行き遅れおって」

 ジルマールは視線を戦場に向けた。まずはスミェーラに頑張ってもらわなければならない。刺し違えるのはあくまでも最終手段。そうならずに済むのならそうしたいところだ。
 同時に、軍を統括するスミェーラが、全軍に「刺し違えろ」と命令したのなら、その決定を全面的に指示する腹積もりでもあった。
 戦場に出たくても出られない己の血筋を歯痒く思いながら、ジルマールは戦場の様子を目に焼き付けていた。





◇◇◇◇◇





 高速移動をしながらの剣の打ち合い。
 力を強化したパワフルな剣の叩きつけ合い。
 持てる技術を惜しみ無く発揮した技術戦。
 スミェーラとドルトエスハイムが披露した剣技全てが超一流であり、拳闘を行えば高い観戦料を徴収できるだろう。
 それほどまでに拮抗した戦闘は、お互いに傷ひとつつかないという膠着状態を作り出していた。
 近接戦闘を極限まで高めた者同士の闘いは苛烈を極めた。だが今は、あれだけの戦闘が嘘のように静かだ。先程から二人は動きを止めているのだ。構えてすらいない。
 全力になれる相手と戦えているというのに、何故か二人の顔は曇っている。

「……ドルトエスハイム公爵閣下。申し開きがあるならお伺いしますよ」
「……」

 極上の時間を邪魔されたのも確かにあるが、問題はそんな些細ではない。

「何も言うことはないと。そういうことですか?」
「これは私が命じたことではない。申し開きのしようがないというのが、正直なところだな」

 彼の言い分に、スミェーラは片眉をあげた。

「それを誰が信じるのです」
「剣を、軍の指揮を教えてやったというのに、ずいぶん薄情だな」
「確かに閣下は師ですが。それ以前に、貴方は逆賊だ」

 ドルトエスハイムは「はっ」と笑った。

「言うようになったな、青二才が」
「誰かの教育が優れていたということでしょう」

 重ねられるスミェーラの皮肉に、しかしドルトエスハイムはびくともしない。スミェーラの方もこの程度で恐縮するタマではないと知りながら皮肉っているので、どっちもどっちだが。

「まあそんなことはどうでもよい。一先ずは休戦といこうではないかスミェーラ」
「休戦……?」

 そうだ、と肯定するドルトエスハイム。今の一言で、会話のイニシアチブを奪われたとスミェーラは理解した。とはいえ、ドルトエスハイムがどんな意図をもってそれを言い出したのかが分からない。

「重ねて言うが、これは私が命じたのではない。むしろ私の方が驚いている」

 彼の視線の先には、狂ったとしか思えない目で王国軍に襲いかかる貴族軍兵士たち。

「私が反逆者である事実を否定するつもりはない。この戦に敗れたなら、法に則り裁かれよう。だが、私には私の正義があり王家に、ジルマール陛下に剣を向けたのだ」

 これが、一線を退いて三〇年経った者にできる目か。スミェーラでなければ正面から受け止めることは出来なかっただろう。
 それだけの、強い意志が込められた目だった。

「何人たりとも。例え理想を語り合った盟友であろうとも、私の正義を踏みにじる真似は断じて承認できぬ」

 この台詞を切り取って聞いたなら、傲慢な男だと思われることだろう。
 だがドルトエスハイムには、この台詞を口にする唯一の資格があると、スミェーラは知っている。
 理由は単純。ドルトエスハイムが蜂起し、それに他の貴族が乗ったのだ。ドルトエスハイムという威光を借りての反逆である。いったいどれだけの貴族が、ドルトエスハイムと同じ基準の理想と誇りを持っていたのだろうか。

「なるほど。では、公爵閣下はどうそれを証すのです?」

 とはいえ、それだけでは無条件に彼を信じる理由にならない。
 彼の信念は大いに結構だが、スミェーラにとっては反逆者だ。
 無論それは、ドルトエスハイムも理解するところだ。

「貴族軍を黙らせるぞ」
「公爵閣下も戦うと」
「無論だ。このような手段を用いてまで勝利を得ようとするほど浅ましくはない」
「我々と共同戦線を張ると仰るのですか」
「いいや、少々違うな」

 ドルトエスハイムは身体を王都の方に向けた。スミェーラに対しては丸きり無防備に。

「私が槍となって戦線をこじ開ける。お前たちはその穴を利用して広げろ」

 己の背中を預けて、先陣を切って戦うというのだ。

「私を信じられぬと思ったなら、いつでも背中から切り捨てるがよい」
「……」

 ここまで言うのなら良いだろう。スミェーラは素直にそう思った。妙な動きをしたら彼の言う通り切り捨てればよい。いくら世話になり、また敬愛する公爵と言えど、今は反逆者。この厳しさこそが、スミェーラがジルマールから将軍の肩書きを与えられる理由のひとつである。

「さあ、ぐずぐずするな。並の騎士であのバーサーカーどもを押さえ込むのは厳しそうだ。お前が指揮をとってやれ」
「そのつもりですからご心配なく」
「よい返事だ」

 ドルトエスハイムは剣を真横に薙ぎ払い、貴族兵たちに向かっていった。
 その姿を見送り、スミェーラは率いる部下たちに向き直る。想定外の戦闘をしなければならない。相手は同じ騎士、宮廷魔術師であるが、箍の外れた人間が発揮する力が凄まじいものになることは分かっている。部下たちには厳しい戦いを強いることになるだろう。だが、それは彼らの義務でもある。だからこそ、平時は庶民に比べ優先権や優遇制度など、様々な特権が与えられているのだ。
 そして何よりも、こうした緊急事態が発生した時こそ使命感に燃えられる者が彼女の軍に所属しているとスミェーラは信じていた。
 自分に拡声の魔術をかけて、命令を下した。

「この声が聞こえた者たちに告ぐ! 私に続け! 貴族兵どもを押し返す!」

 頼れる指揮官の命令に俄に沸き立つ王国軍。
 士気は落ちていない。
 さて、どこまでやれる。否、やれるやれないではなく、やるのだ。
 スミェーラは歯噛みした。

「私も、偉そうなことは言えんな……」

 この戦を管理する者として、このような事態まで想定するべきだったのだ。
 まさかのバーサーカー化。そこまでカバーしろというのも酷ではあるのだが。
 とはいえ、起きてしまった以上は、鎮めなければならない。やることは、既に決まっていた。
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