挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
異世界チート魔術師(マジシャン) 作者:内田健

第三章:ウェネーフィクスの乱

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

73/125

マーウォルトの会戦 七

 総勢三〇〇名で構成された騎兵隊が、地鳴りを伴い貴族軍を手当たり次第に食い散らかしている。
 数だけを見るならば、数千の大軍団に比べて三〇〇の一団など取るに足らないと言っていい。だが、幾ら一〇倍以上の兵力でも、一ヶ所に集められる訳ではないのだ。そして数の差など軽く覆す要因が、騎兵隊の先頭にいた。
 エリステイン魔法王国軍最高司令官、スミェーラ・ガーヤ。事戦争にかけてはほぼすべての面でエリステイン最高の傑物。
 決して低くはないレベルのエリステイン王国軍の騎士や宮廷魔術師が、スミェーラの前ではまるで子供のように蹴散らされていく。

「どうした!? たかだか三〇〇の騎兵隊すら止められんのか貴様ら! 私の軍で何を学んでいた!!」

 貴族軍の騎士、宮廷魔術師は二つの所属を持つ。一つは貴族辺境遊撃軍。もう一つはエリステイン魔法王国正規軍。彼らは貴族に仕える軍隊であり、王国に仕える軍隊でもあった。
 彼らに対する指揮命令の優先権は爵位をもつ貴族だが、同時にスミェーラも上官である。因みに優先権は、スミェーラより貴族が上という意味ではない。
 そんな背景があり、貴族側についた騎士や宮廷魔術師も、スミェーラの元で日々鍛練をして来たのだ。それゆえの叱責だが、彼女の後ろをついていく兵士たちは、貴族軍の兵士たちに本気で同情していた。
 スミェーラの雷はドラゴン並みに恐ろしい。まして彼女と戦うなどまっぴらごめんである。味方であるならこの上ない心の支えとなるが、敵に回ればこれほど厄介な相手はいない。
 この評価は誰でもない、パソスとベラの言だ。
 同じ数の軍を率いての模擬戦で、スミェーラ対パソス、ベラ連合軍の強さは互角である。ベラとパソスの役割はそれぞれ後方指揮官と前線指揮官。二人とも非常に優れた能力を持っているし、連携も抜群だ。その二人に対して、たった一人で後方と前線の指揮を受け持ちながら互角にやりあえるスミェーラは別格である。この話を聞いたジルマールが真顔で「スミェーラが我が国にいるのは建国以来の幸運だ」と述べ、それが全く大袈裟に聞こえなかったという逸話がある。

「情けない連中だ。この戦が終わったら全員鍛え直しだな」

 黒い体に深紅のたてがみを持つ馬にまたがりそう呟くスミェーラ。格好よさでいえば他の追随など許さないレベルで絵になる姿だったが、貴族軍の兵士たちは一様に顔を青くした。
 念のため彼らの擁護をしておくと、押されているのはスミェーラが相手だからではない。いくら一騎当千のスミェーラといえど、一人で相手できる数はたかが知れている。勇ましいスミェーラの姿に奮い立った王国軍兵士たちが、今が好機と言わんばかりに一斉に攻撃を開始したのだ。士気が高まった王国軍兵士らと比べれば、自分達の劣勢に気付きつつあった貴族軍との間には歴然の差があった。

「何安心している。お前らもやるに決まっているだろう」

 ふと振り返ってそんなことを言う女将軍。
 これは気の毒に……と他人事を決め込んでいた王国軍兵士たちが首をすくめたり呻いたりした。

「騎士も宮廷魔術師もたるんでるとしか思えん報告ばかりが耳に入る。ちょっと実戦がないだけですぐこれだ。まずはパソスとベラから鍛え直してやるとするか」

 同じタイミングで「くちっ!」という何だか可愛いくしゃみが響いたり、いい年をした孫バカのおっさんが悪寒を感じたりしたらしいが、些細なため割愛する。
 戦場の真っ只中で敵味方問わずその手を止めさせ、自身の声を届かせる事ができるのは、スミェーラの並外れたカリスマが要因だ。

「さあ、行くぞ。私の軍にいるのは骨のあるやつばかりだと期待している」

 スミェーラは周囲にいる兵たちに見えるよう、手綱を握り直した。

「はあっ!」

 びしりと鳴る音。それが戦闘再開の合図。容赦も手加減もなく進んでいくスミェーラに続けと、王国軍の騎士たちが雪崩となって押し寄せた。





◇◇◇◇◇





 ドルトエスハイムの屋敷からは、よく戦場が見渡せた。
 オールドーが見た限りでは、貴族軍圧倒的劣勢。虎の子の強者たちは既に敗れるか足止めされており、戦況を変えようと現場に出ていったマルケーゼも帰ってこない。
 侯爵たちの必死の抵抗もむなしく、あちらこちらで自軍が潰走しているのが見てとれた。
 この屋敷の目と鼻の先に王国軍が迫っている。

「旦那様は無事逃げ仰せたか」
「はい」

 オールドーは隣にいる少年にそう問いかける。彼はオールドーが自ら手を掛けて育てている後継者だ。
 このまま一〇年もすればオールドーは隠居だな、と主が手放しで褒めるほどに少年は才能豊かであり、また天性の努力家だった。だがそれも今日をもって水泡と化す。
 今この屋敷に、居るべき主人はいない。既に離脱した後だ。いや、離脱させた後、と言うべきか。
 プライドの高いドルトエスハイムはオールドーの進言に今度こそ耳を貸さなかった。オールドーは無理矢理彼を馬に乗せて離脱させた。

「このような場所で守って果てるなど、公爵ともあろうお方が何と情けない。どうせ果てるなら前のめりで果てて頂きたい」

 ドルトエスハイムに仕えて数十年。かつてない厳しさでぶつけた諫言を、ドルトエスハイムは愉快そうに受け取った。不敬ととられて然るべき発言は、公爵の心を揺り動かしたらしい。

「お前の……否。お前たちの忠義に答えよう。あの世でお前たちに文句を言われんようにせんとな」

 ドルトエスハイムはそう言い残し、一度も振り返らずにこの屋敷を去った。
 この場所は囮だ。彼らが敬愛してやまない主人に相応しい死に場所を守るための、最後の砦である。

「さて。ここに残った者共は全員ここで死ぬわけだ」

 オールドーが淡々とそう言った。
 男も女も。老いも若いも。
 皆、笑っていた。思い残すことなど無いと言うように。
 ドルトエスハイムが王家に反逆すると決めたその日から、全員が覚悟していたことだ。去りたい者は引き留めないと何度もドルトエスハイムから御触れが出され、しかし誰一人として彼の元から去らなかった。財産は没収。爵位も剥奪。次働く場所の保証はなく、それどころか命すら約束されない。
 報告を聞いたドルトエスハイムは「馬鹿共が……」と呟いてグラスにたゆたうワインを見詰めていた。表情の変わらぬ瞳の奥で、彼は何を想ったのだろうか。

「ふ。揃いも揃って愚か者ばかりだな」
「愚か者筆頭のオールドー様にだけは言われたくありませんね」

 快活な声で笑ったのは、屋敷でメイドをしている若い女。彼女も、ここで果てると己の人生を決めた一人だ。
 若いながら非常に優秀で、仕事についてオールドーとしょっちゅうドンパチやった仲である。

「ふん……赦せ。お前たちには貧乏くじを引かせた」
「貧乏くじ? まさか。特権の間違いでさあ」

 誰かの言葉に笑うだけで応えず、オールドーは身体を戦場に向けた。既に屋敷は王国軍に包囲されている。

「徹底抗戦! 何人たりとも屋敷に入れるな!」

 火球が数十屋敷に飛来する。彼らの姿を、紅の炎が包み込んだ。





◇◇◇◇◇





 飛び交う魔術と矢の中を、身体一つで平然とこちらに歩いてくる人影を、スミェーラは認めた。

「あれは……」

 その姿正に威風堂々。何もしていない。ただ歩くだけで放たれる存在感。怒号と轟音が支配する戦場においてなお、ただそこにいるだけで場が完成する人物を、ジルマールを除けば一人しか知らない。

「そこにいたか。スミェーラ将軍」

 スミェーラの周囲には騎兵が数十いる。なのにその人物は、スミェーラだけを見据えていた。他の者になど興味がないとでも言うように。

「お久し振りですね。ドルトエスハイム公爵閣下」

 周囲の兵士たちは、公爵に会う機会はそうそうない。誰か分からず、しかしその雰囲気に圧倒されていた彼らは、スミェーラの言葉にぎょっとした。
 何をしている、とは聞かなかった。彼がわざわざスミェーラを名指しした理由は一つしかない。

「私に相応しい死に場所として貴様を選んだ。少しばかり時間をもらおうか」
「それは、光栄の極みです」

 敵と言えど公爵。スミェーラは馬を降りて彼に敬意を払った。
 尊敬できる貴族として。
 尊敬できる人間として。
 尊敬できる戦士として。

「どれ。かつて矯正した悪い癖がどれだけ直っているか、直々に見てやろう」
「その節は感謝しています。良い機会ですので、恩返しさせて頂きます」
「ふ。剣だけでなく口も達者になったようだ」

 同時に鳴った、鞘を走る剣の音。
 戦場はいつの間にか静寂に包まれていた。
 この戦いを見逃すのはあまりにも勿体無い。
 当代の将軍と、先代の将軍の直接対決なのだから。
 ピン、と張り詰めた糸が、見えた気がした。
 唾を呑む音さえ、どこまでも届きそうな気がした。
 桁違いのプレッシャーに、誰かの汗が地面に落ちていく。
 ぽたり。
 凄まじい音を響かせて、スミェーラとドルトエスハイムが剣を打ち合った。
 衝撃が烈風となって辺り一体を洗い流す。
 国とプライドを賭けた二人の戦いが、今始まった。





◇◇◇◇◇





 飛んできたのは成人男性ほどもある巨大な岩。台風で吹き飛ばされた車よりも尚速いスピードで迫るそれを、太一は左手一本で受け止めた。
 身体はゆらりとも動かない。衝撃を関節で和らげることすらしない。
 この程度の攻撃で、そんな小細工は一切必要なかった。
 太一を止めるには、こんな攻撃では何の役にも立たない。

「ちっ。化け物か貴様」

 イニミークスの魔術を軽くあしらうその姿に、マルケーゼが毒づく。
 そんなことを言われても、という心境で、太一は肩を竦めた。

「勝てないのにかかってきてんのそっちだろ」

 正論も正論に、マルケーゼは口を閉じた。
 太一は一度たりとも攻撃していない。なんだか上の空で、防御行動さえおざなりだ。
 マルケーゼの剣も、イニミークスの魔術にも、防御すらしないときがあるのだ。もちろん彼らも素人ではないので、この期に及んで攻撃を外すという愚は犯さない。
 攻撃は見事に太一に直撃し、そして弾かれる。マルケーゼの剣が、人間の急所の一つである首を捉えたこともあった。その時の感触と言えば「分厚い鉄板に弾かれたようだ」である。
 かあん、と人を斬ったとは思えないほど高い音が響いたのだ。
 切りつけられようが、魔術で撃たれようが、太一ははっきりいってどうでもよかった。太一としては、奏が心配で仕方ないのだ。良い勝負しているとはいえ左足の状態は良いとはとても思えない。そういえば異世界に来て、流血沙汰の怪我を奏が負ったのは初めてかもしれない。
 出来ることなら今すぐ奏の戦闘に介入して何とかしたいが、敵を引き受けると言った彼女の気持ちも大切にしたい。ならばきちんと見守るのが大切だろう。その間太一はマルケーゼとイニミークスを引き付けていれば良いのだ。
 戦場において感情論で物事を考えている辺りはまだまだなのだが、そんな自分を反省する心の余裕は太一にはなかった。今すぐにマルケーゼとイニミークスを黙らせ、奏を連れて離脱するのが正解だろう。太一にはそれができる力があるのだから。

「あのさ」

 太一が、マルケーゼの剣を指先でぴたりと受け止める。

「今すぐ終わらせても良いわけだけど」

 それはどうしても承服できない。何のためにここまで来たのか、意味が全く無くなってしまう。

「く! まだまだ!」

 戦争という状況を考えれば、お互いに意味のない行為だ。
 勝ち目の全くない相手に向かっていくこと。
 格下との戦闘を無闇に引き延ばすこと。
 それを、無駄と呼ばずに何と呼ぶ。
 マルケーゼはここで退くわけにはいかないのだ。
 イニミークスが、「異世界の召喚術師を封じてみせましょう」というから、わざわざ彼の前に姿を見せた。
 戦場に出る気は満々だったが、勝てない相手の前に立つつもりはなかった。
 本人を視界に収めていなければ厳しいというからここまで来たのだ。
 太一がここまで付き合ってくれているのは、幸運と言う他ない。彼の気まぐれ次第で、戦闘は長引きもするし、即終わったりもする。
 マルケーゼは待ちわびている。イニミークスの策が完了するのを。
 今か今かと待ち続けるマルケーゼと、奏に意識が向かいそれには興味を示さない太一。スソラと戦うと決めた奏。彼らの選択と運命が全て絡み合ったからこそなのだと、後世の歴史家たちは解析する。
 どれか一つでも欠けていたら、それは起こり得なかった、あり得なかったと。
 今までマルケーゼとイニミークスを相手にしていた太一は、ふとイニミークスの様子が変わったことに気が付いた。気付かせてくれたのはエアリィだ。

「たいち。あの人様子がヘン」

 魔力強化によって感覚器官が人間の数百倍単位で優れる太一だが、流石に精霊の感受性には及ばない。言われて始めてイニミークスに注目し、彼の回りに何やら不思議な力が渦巻いているのが見てとれた。

「……んん?」

 上の空だった意識が、引き戻される。
 よくよく観察してみて、余計意味が分からなくなった。彼の周囲を渦巻くのが魔力ではなかったのだ。
 イニミークスは土属性の魔術師だ。マルチ属性の持ち主ではないのだが、実力はかなり高い。土属性の魔術だけならミューラと互角かそれ以上だろう。
 そんな彼が魔力でない何かを纏っている。いったいどういう事なのか。太一の乏しい知識では答えは導き出せなかった。

「なあエアリィ。あれ、なんだ?」
「……」

 エアリィが太一の言葉に返事をしないなど、今まであり得なかった。どんな下らない言葉を投げ掛けても嬉々としてリアクションをする精霊娘を知っているだけに違和感が凄まじい。
 返事がないことで、これは珍しい、とエアリィを見た太一は、ようやく自分の選択が間違っていたことに気付く。ここまで厳しい顔をする彼女を見たことがなかった。
 エアリィは、あれが何かを知っている。

「知……「たいち! あれを! 早く止めて! 今すぐ!」

 「知っているのか、エアリィ」とやろうとして、とんでもなく切羽詰まった顔で相棒が訴えてきた。
 これはいよいよまずいと、深く考える前に身体を動かしてイニミークスに迫る。一発殴り飛ばして黙らせようとしたのだ。しかし。

「一歩。遅かったな」

 振りかぶった拳を叩き付ける直前、イニミークスがそう言った。とりあえず、もう拳は止まらないためそのまま彼を殴り飛ばす。地面を転がっていくイニミークス。

「……」

 尻餅をついたまま、イニミークスは切れた口の端を拳で拭い、笑う。
 この余裕はどこから来るのか。

「エアリィ!」

 根拠のない悪寒に従って、太一はエアリィを具現化させた。
 ふわりと舞う精霊から放たれる強烈な魔力。その圧力に、周囲で小石が浮かび上がった。
 エアリィは厳しい表情で地べたに座る老人を睨み付けた。

「今すぐそれを止めなさい!」

 圧倒されているだろうイニミークスだが、彼は首を左右に振る。

「無駄だ。一度発動した以上、最早私にも止められぬ」
「なんてことを……!」

 ぎり、とエアリィが奥歯を噛み締める音が聞こえた気がした。
 内容は分からないが、何やら宜しくない方向にことが進んでいるのは分かる。

「なあ侯爵さんよ。あんたなんか知らないのか?」

 イニミークスはマルケーゼの従者だ。主ならば部下が何をしようとしているか知っているだろうと思ったために問うたのだが。

「……委細までは知らん。こやつがお前を封じる手があるというから、その策に託したまでだ」

 そう答えたマルケーゼが、何かを隠しているわけではないと、太一は悟る。
 彼もまた、慇懃だったはずのイニミークスの変化と、上級精霊エアリアルが浮かべる険しい表情に、頭が若干ついていかないのだ。

「旦那様、ご心配なく。彼らの動きを封じ、貴族に勝ちをもたらすことにはかわりありません」
「……イニミークス。お前は何を考えている」

 張り付けた笑みを浮かべたまま、マルケーゼの問いには答えようとしないイニミークス。
 彼からは、魔力ではないなんらかの力が、周囲に向けて放たれている。
 太一にはそれがなんなのか分からない。だが肌に触れるその感触が、あまり宜しくないものだというのは理解できた。

「……エアリィ、これは」
「これは妖気よ、たいち」

 エアリィは周囲に目を配らせてから、太一に向き直った。

「妖気を使った術を、妖術というの。最後に見たのは二〇〇年前。まさかまた見ることになるなんて」

 最悪の気分、とエアリィは吐き捨てた。

「この妖気の広がり方には覚えがある。ねえあなた。二〇〇年前に起きた、ガルゲン帝国とシカトリス皇国の戦は知っているかしら」

 精霊と声を交わすことがあろうとは。心の片隅でそんなことを考えながら、マルケーゼは頷いた。
 歴史上でも下から数えた方が速いくらいに、最悪の戦争だった。
 両軍合わせて五〇〇〇〇人、民間人は両国合計で七〇〇〇〇〇人が犠牲になった戦である。
 規模だけでも凄まじいのだが、それよりも恐ろしいのは、その戦につけられた俗称だ。
 別名、血みどろの狂想曲。
 当時の文献には、軍人民間人問わずに制御不能なほど好戦的な者が万単位で現れ、敵に向かうだけではなく同士討ちが何度となく引き起こされた。
 殺す必要のない民間人が一晩で四桁が虐殺されることもあれば、屈強な部隊が暴徒と化した民間人数千人に八つ裂きにされることもあった。
 これは各国の上層部と一部の高名な歴史家のみが知る事実であり、対外的にはかつてないほど激しい戦闘が続いたゆえの犠牲だった、とぼかされている。
 両国の仲は今も良好とは言えぬ状態だが、二〇〇年前の戦がよほど堪えたのか譲れぬことは一旦棚上げするなどし、一定以下まで関係が冷え込まぬよう互いに気を遣った外交がなされている。
 マルケーゼは他国からも尊重される重鎮、侯爵。一般には知られていない真実を知ることができる立場にあった。

「して、その戦がどうしたのだ?」

 二〇〇年前の他国の戦が唐突に話に出された意図が分からない。マルケーゼは素直にそう訪ねた。

「あの時、軍人、一般人問わず狂戦士状態になったのは、戦争状態という緊迫感でタガが外れたって言われてるらしいけど……実際は、そうじゃないの」
「おいエアリィ、まさか……」

 マルケーゼはもちろん、太一にも嫌な予想が頭を過る。
 イニミークスの一連の行動。エアリィの彼に対する発言。妖術。そして血みどろの狂想曲。
 全ての要素が、一つの鎖で繋がれているのだとしたら。

「原因は、とある術によるもの。術の名前は『心食』。術の種類は……妖術」

 ざわりと、太一の腕を鳥肌が駆け巡る。
 それはエアリィの話が一本の糸で繋がったからか、それとも、貴族兵たちの様子が、がらりと変わったからか。
 太一を、エアリィを、マルケーゼを見詰める目からは全ての色が消え失せ、ただ、血を求める狂い尽くしたケダモノのものに変わっていた。
 世界最大の大国ガルゲン帝国とシカトリス皇国上層部を震撼させた悪夢が、二〇〇年の時を越えて、今再び始まろうとしていた。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ