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異世界チート魔術師(マジシャン) 作者:内田健

第三章:ウェネーフィクスの乱

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マーウォルトの会戦 六

 ただ距離を取るだけでは鼬ごっこになるだけだ。そう判断した奏は、弾幕を張って逃れることにした。
 バックステップで後ろに跳ぶ。迫るスソラをしっかり見据えながら、左手の人差し指を天に向ける。
 スソラは撃たせまいとして更に速度を上げた。このままでは追い付かれる。その前に弾幕を張らなければ。
 鼓膜を強力に叩く轟音と共に、奏の指先に稲妻が落ちた。自爆か? いや、そんなはずはない。奏ほどの魔術師が、今さらそんなミスをするはずがないと、スソラはこれまでの戦闘で理解している。

「ボールライトニング!」

 奏の眼前に生み出されたのは、三発の電気の球。パチパチと音を鳴らしながら周囲に放電している。

「アタック!」

 右手を振り払い、魔術を放つ奏。複雑な軌道でスソラに迫るそれを、叩き落とそうかとしたところで強烈な悪寒が彼女を襲う。
 理屈などではない。冒険者として生きてきた半生で培った直感に従い、スソラは前進する身体に急制動をかけ、全力で後ろに跳んだ。
 着弾地点が吹き飛ぶ。地面がお椀をひっくり返したようにえぐれているのを見て、奏の魔術がただの牽制ではなく、あわよくば勝敗を決するために放ったものだったと理解した。
 二人で距離を取るように跳んだ結果、二〇メートル以上離れることになった。
 これは完全に奏の距離である。

「はあ…………はあ…………」

 荒くなった息を整えながら、スソラの些細な動きも見逃すまいと目を凝らす奏。
 迎撃のボールライトニングは不発。麻痺効果の高さを狙って編み出した魔術だったが、勘の良さを発揮したスソラに避けられてしまった。
 スソラはとんでもなく強かった。太一とレミーア、スミェーラを除けば、今まで出会った人物の中では最強ではなかろうか。
 現時点での戦闘ではほぼ互角。ほんの若干奏に傾いているような気がしないでもないが、当事者である現在、そんな分析をする余裕は彼女にはなかった。

「……フウ」

 息を整える必要があるのはスソラも同じである。地面に突き立てた戦斧に寄りかかり、聞きようによってはアンニュイとも言えなくもなさそうなため息をついた。

「参ったネ。前言を撤回するヨ。予想以上にキミは強いネ」
「それはどうも」
「特にアレ。接近戦を仕掛けてくる相手への対処が本当に凄イ。ろくに近寄らせてもらえないなんてネ」

 これは対処ができるようになったというよりは、嫌でも上手くならざるを得なかったと言った方が正しい。
 訓練相手があの太一だったのだ。
 最早皆まで語る必要すら感じない。
 スソラの言葉はおべんちゃらの類いではない。本心からそう思っているのが見ても分かる。そういう意味では、明け透けな性格であるようだった。

「特に最後のは、当たりどころ悪かったら死んでたヨ」
「そんな戦斧持って追いかけ回されるのも割と本気で恐怖なんだけど」
「それはそれヨ」
「どれ?」

 他愛もないやり取りも、休憩中だからこそ。
 奏は自身の選択が、間違っていなかったのだと自信を深める。
 スソラが遠距離だけでなく近距離も警戒しながらの戦闘を強いられているのは、ひとえに選んだ初手が好手だったからだ。
 あの時は、得物を構えて隙なく佇むスソラに、どう攻めていくかを考えていた。

(普通にいったとこで、あんなにどっしり構えられたら防がれる)

 この位置から魔術を放つのは魔術師としては当然選択する手。
 ならばスソラがそれに対応すべく準備していても不思議ではない。

(……ううん。防がれるだけならまだいい……私の攻撃を反撃の足掛かりにしかねない)

 奏はある程度距離を保って戦うことで力を発揮する魔術師だ。そういう戦闘スタイルだとスソラが悟っていると判断した方が良さそうだ。何せ奏の格好は魔術師の典型的な出で立ちなのだから。
 お互いに手の内がばれた状態で、ではどうするか。
 先述の通り、一手目に好手を打つこと。他にも選択肢はあろうが、奏が選んだのはそれだった。
 出会い頭の大技か。いや、その気配を感じたスソラが黙っているわけがない。大技はそれにかかる準備も膨大だ。
 奏はこれ見よがしに呪文を詠唱し、スソラに向けて駆け出した。まさか魔術師が自分から間合いを詰めてくるとは思わなかったスソラが、一瞬面食らったのを、奏は見逃さなかった。用意した呪文を解放する。水鉄砲四発。これは相手の手を限定するための魔術。防御してもらわねば困るので、それなりの威力で放ってある。そして、スソラは狙い通り水鉄砲を防ぎきった。技術など何も無し、力任せに水鉄砲をかき消すパワーには恐れ入ったが、それは分かっていたこと。パワーに自信がなければ、戦斧などという武器は選ばないだろう。戦斧は奏の左側、スソラの右側にある。
 スソラが戦斧を腰だめに構えるのと、強度に性能を割り振った障壁を奏が展開したのは、同じタイミングだった。
 一拍の間を置いてガラスが割れるような音を響かせて障壁が砕け散り、スソラの戦斧が跳ね返る。かなりの強度で展開したのに一撃しか耐えられなかった。だがそれで十分だった。
 砕ける障壁の破片の中をくぐりながら、奏はスソラの懐に潜り込む。先手必勝、一撃目に大きなダメージを与えようと目論んで伸ばした右手は、スソラの胸元に届く前に割って入った腕に阻まれた。
 防がれるならそれでもよい。この距離からなら減退の一切無い威力の魔術をスソラは防がなければならないのだ。躊躇を一息に飲み下し、奏はショックを発動させた。
 騎士たちを転ばすために放ったショックとは威力の次元が違う。至近からの衝撃によってスソラは吹き飛んだ。
 奏はそれ以上深追いはせずに、出来る最大の詠唱速度でフレイムランスを唱えて放った。その後は持ち直したスソラによって戦闘は拮抗した展開に持ち込まれたが、先制のジャブは成功した。
 好手と思った選択肢は奇手だったが、結果的には良い手になったのだった。
 現時点の状況が若干奏寄りなのも、初手があればこそである。
 さて。狙うは更に分を良くすること。大技が一発でも当たれば勝てるかもしれないが、易々と撃たせてはくれないだろう。ならば一歩ずつでも優位に事を進められるようにせねばならない。
 ここで幸運だったのは、奏が自分やや有利ということに気付いてないことだ。あの戦斧を一撃でも貰えば負けると真剣に思っている。だからこそ、慢心の入り込む隙間がないのだ。

「このままじゃ埒が明かないネ。あたしもなりふり構わず行かせて貰うヨ」

 律儀というかなんというか、彼女はそんなことを言い出した。具体的にどうするかまではもちろん明かしはしなかったものの、これまでの戦闘とは色が変わってくるだろう。
 奏を本物の強敵と認めたからこその台詞だとは、奏は気付いていない。なんだかんだで、スペックのみだとスソラは考えていたのだ。その認識の甘さを認め評価を上方修正し、対応するという宣言でもあった。
 自分に素直な者は総じて強い。それは単に戦闘力だけではなく、精神力や心にある芯の強さにも結び付き、それらを総合した実力として評価の対象とされる。
 この場合の自分に素直というのは、欲望のまま動くということではない。自分の考え方や行動が正解だった場合は己を素直に承認する。逆に間違っていた場合は素直にそれを認めて反省、更に改善のためにすぐさま行動に移す。
 簡単そうで容易くはないそれを実践できるのが、スソラという女だった。

「次はどんな手であたしの攻撃に対処するのかナ」

 スソラは戦斧を片手でくるくると回しながら笑う。刃の部分から石突きまでで三メートルはあるかという巨大な得物が振り回され、ひゅんひゅんと空気が鳴いている。
 あの巨大な刃が迫ってくるのはやはり恐怖を覚える。だが同時に、彼女の懐も死角。スソラの攻撃を凌いで距離をとって闘うか、再び近接戦を挑むか。どちらを選ぶか考えていると。

「はっ!」

 短く息を吐き、スソラが飛び上がった。高さはパッと見一五メートル程だろうか。上空で戦斧を振りかぶるスソラ。落下の勢いを利用した一撃だろうか。しかし、そんな隙の多い攻撃なら避ければ良いだけの話である。上空では左右には動けまい、そう考えて地上から多数のファイアボールをばら蒔き、ついで思い切り後ろに跳んだ。これであの一撃を貰うことは万が一も無い。
 ここで、奏はそれはおかしいと気付いた。
 万が一も何も、あの飛び上がる角度と奏とスソラの立ち位置を考えれば、元々攻撃が当たらないではないか。
 あれは奏に戦斧を当てようとして行った行動ではない。
 そう思った矢先、ファイアボールが当たる直前でスソラは空中を蹴り、落下速度を上げた。
 風属性移動魔術中空疾走。奏も使える魔術だが実戦では使用する機会がなかった。なるほどあれがあれば、空中に跳んでも無防備になる時間は格段に少なくなる。

「さア! 行くヨ!」

 スソラは勢いよく戦斧で大地を強烈に叩き付けた。
 砂塵が巻き上がったその直後。
 地面から吹き上がる無数の火柱が奏に向かって接近してきた。
 あの一撃は魔術を放つためだったのだ。よく考えれば、スソラは今まで奏に対して普通に火を放ったり風の刃を飛ばしたりしただけ。
 このような魔術の使い方が出来ると警戒をしなかったのは奏の落ち度である。
 火柱は吹き上がる勢いが強く、一発一発が小さな爆発のようだ。迫る速さも尋常ではなく、障壁は間に合わない。
 奏はやむを得ず対魔防御に切り替えて回避行動に移る。しかしそれをスソラが見逃すはずもなく。火柱を回避しながらも急激な速度で迫るスソラに気付いた奏は、そちらを確認せずに直感で真横に跳んだ。
 間一髪で戦斧の一撃は避けられた。しかし、足下から吹き上がる火柱には、対処できなかった。

「っ……っ!」

 真下ではなく左足に掛かるか掛からないかの距離だったが、衝撃は奏にダメージを与えるのに十分だった。爆発のダメージを堪えながら体勢を立て直し、吹き飛ばされつつも杖で地面を殴り付けて倒れかかった体を起こし、両の足で着地する。
 奏は顔をしかめた。左足を刺すような痛みが襲う。見ればダメージはやはり軽くはなく、左足は膝から下が血まみれになっていた。何とかでも動くだけ幸運。対魔防御がなければ左足が吹き飛んでいただろう。
 こんな激痛には出会ったことがない。それでも声を上げなかったのは、下手に悲鳴を上げれば太一に気付かれるからだ。痛みに耐える力は女の方がある。奏はそれを身体で理解した。
 魔術を唱えながら顔を上げる。案の定こちらにスソラが向かってきていた。
 ここからイニシアチブを奪うのはかなり大変だが、出来ないとは思わない。奏とて、使わなかった手ならまだまだある。

「フリーズランス!」

 総弾数二〇〇発。左右と上、半端な回避動作で避けれる数ではない。
 防御に失敗すれば、勝負こそ決まらないものの、奏が負った左足の傷を上回るダメージを受けることは必然。アズパイアで魔物相手に使用したものとは数も威力も段違いだ。
 足に傷を受けて機動力を削られた以上、攻撃力と手数を増やさなければならない。
 氷柱との距離を詰める格好となったスソラに、回避行動を取る余裕はなかった。即断で回避を諦め、防御体勢を取るスソラ。奏は現在の位置から動かずに呪文の詠唱を開始。それを見て放たれたスソラのエアカッターが奏の右肩を僅かに切り裂くが、構う気はない。スソラを足止めしている好機を逃すわけにはいかなかった。魔術が発動してから放つまで。術者の制御下にある魔術は、術者が攻撃を受けると打ち消されるのだが、撃った後は打ち消されないし、詠唱途中ならそれを途切れさせなければよい。
 右手で生み出した火の球。それを杖を使って全力で上空に打ち上げた。太一命名のレッドカーペット。絨毯爆撃という魔術の詳細を聞いた太一が出したうちの一案を採用した。他に上がっていたジェノサイドやらクリムゾンやらは、流石に恥ずかしくて名前に入れられなかった。
 火球は上空で分裂し、スソラに向かって降り注ぐ。
 前方、そして上空からの二段攻撃に、スソラは目を見開いた。
 そのどちらも攻撃範囲がとても広く、回避は間に合わない。いよいよスソラは防御を固めることを余儀無くされ、直後氷柱の嵐に加えて上空から無数の火の球が襲いかかり、爆発の連続とそれに突っ込んでいく多数の氷柱という光景が出来上がった。
 スソラはその中から出てこない。ここでやっと時間的余裕を確保した奏は、後ろに跳んで間合いを確保した。巻き起こった煙が徐々に晴れていく。
 炎と氷の波状攻撃に曝され、ボロボロになったスソラがそこにいた。纏う服は焼け焦げ、右肩には氷柱が突き刺さっている。刺さらなかった氷柱がスソラの足下にいくつか転がっており、それらも彼女に小さいながらも出血を伴う傷を与えていた。

「ク……やられたヨ。キミに一撃あたえたことで気が緩んだかナ」

 スソラはそう言っているが、手負いの状態で放った奏の魔術の威力がスソラの予測を上回ったのだ。

「……いいや、違うネ。失礼、キミが強い、ただそれだけのはずダ」
「随分と、高い評価、してくれてるのね」

 右肩の氷柱を躊躇なく抜き、血に染まった氷の矢を投げ捨てた。
 スソラは奏がそれを意識していないと確信できてからを、戦斧に魔術をのせて放つ技を解禁した。そこまで手を掛けなければ直撃すらしてくれない奏の戦闘力の高さに、ひりつくような感覚を覚えていた。対人戦闘では久しく感じていなかったそれは、相手が強いことを五感が感じ取っている証し。
 現に、人間でスソラに傷を負わせられる者が現れたのは何年ぶりだろう。

(クフフ……楽しい、楽しいネ! 勝敗の分からない戦いがこんなに良いモノだって忘れてたヨ!)

 爆発の直撃で受けた傷と、衝撃による全身の殴打。それだけのダメージを受けながら、反撃にはこれまで使ってこなかった広範囲攻撃魔術を採用した奏。年端も行かぬ少女が見せた底知れない力に、スソラは自然と笑みがこぼれた。
 そもそも対象を範囲で取る魔術は、単体を狙う魔術よりも威力で劣る。理由はシンプルで、同じ魔力を込めても効果が分散するからだ。使用魔力を一〇〇として、ファイアボールを一発撃てば威力は一〇〇。二発撃てば一発当たり五〇。一〇撃てば一発の威力も一〇だ。範囲攻撃魔術は、防御を貫通するのが物理的に難しいのだ。

(ふう……足はスゴく痛いけど……彼女相手に無傷なんてのは虫が良すぎるよね)

 一方の奏も、これまで範囲攻撃魔術を温存していた。考えはスソラと似たようなもので、範囲攻撃魔術の存在がスソラの頭から消えたと感じたら使おうと決めていた。
 最初から使っても良かったのだが、戦闘の後半で更に相手に考えさせれれば良いと思ったのだ。後で見せるという手段は、温存する手札が使えないという規制状態で、最低でも拮抗した展開に持ち込めてこそ。押されるのなら出し惜しみはしないという大前提ありきの戦術だった。
 先に怪我を負ったため自分のタイミングで、とはいかなかったが、勝負事は相手がいるので思い通りにはいかないのは当たり前である。結果オーライも実力のうちと割り切って、奏は自身の魔術が一定の成果をあげたことに満足することにした。

「さぁテ。お互い手傷を負ったわけだけド」

 肩の刺し傷から血が吹き出るのにも構わずに、スソラが戦斧を構え直した。まるでその程度の怪我では戦闘を止める理由にならないと言わんばかりに。

「ええ」

 痛みを緊張感が押し流していく。スソラを相手に痛い痛いと言っていられない。

「もちろん、これで終わりじゃないよネ?」
「あなたがこれで退いてくれるなら終わるんだけど」
「ないないなイ。有り得ないネ」
「まあ、そうよね」
「こんな楽しい戦い、終わらせるのは勿体無いヨ」
「うわっ、バトル脳だ」
「……言葉の意味はよく分からないが、あんまりいい言葉じゃないね、そレ」

 褒めるはずがない。
 奏はちらりと太一を見る。二人を相手にしながら未だに戦っていた。
 と。彼がこちらを見た。その目は「大丈夫か?」と言っている。
 足の怪我を指していることはすぐに分かった。奏は頷いて「大丈夫」と応じる。
 ギリギリになったら太一の元に行こう。しかしまだ、やれる。
 この見切りはとても大切で、かつ難しいものだったが、太一にばかり頼るわけにはいかないと、気持ちを強く持つのだった。

 奏がスソラと限界ギリギリまで徹底的にやり合うと覚悟を決めたのとほぼ同時刻。
 ついに最前線に出てきた王国軍の総大将。太一やレミーアを除けばエリステイン最強の女が自ら楔となって敵を蹴散らし、戦況を王国軍絶対優勢に変えていく。
 マーウォルトの会戦は、最終局面を迎えようとしていた。


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