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異世界チート魔術師(マジシャン) 作者:内田健

第三章:ウェネーフィクスの乱

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マーウォルトの会戦 五

 レミーア=サンタクル。
 またの名を落葉の魔術師。
 この世界でもっとも優れるとされる魔術師の一人に数えられている。
 音声遮断結界にメデューサの抱擁。覇王の暴風。
 ウェネーフィクス滞在中に見せたこの三つの魔術は、実はレミーアが編み出したものだ。
 特に音声遮断結界は、巨大な組織の重鎮に大変重宝されている。
 外の音が届かないという欠点があるが、人に聞かれたくない話をするときにはもってこいだ。
 これには随分な価値がつけられており、レミーアはそれなりに高値を吹っ掛けている。客はその程度の金額はまるで意に介さない金持ちばかりで、レミーアの言い値がいつの間にか定価になってしまっていた程だ。金持ちがたくさんいるわけではないため顧客の絶対数も少ないが、それでも自分以外にも二、三人程度は楽に養える程の財力を手に入れた。
 そしてそれ以上に高値がついたのは、魔力量、魔力強度測定魔術だ。
 これまで、どの程度の魔力を持っているのか、どの程度の強さがあるのかは漠然としか判別できなかった。更に、そんな技術を持つのはごく一部の高位な魔術師。
 例えば宮廷魔術師の長や、それに準ずる位の魔術である。
 魔術師の実力がどの程度のものなのか。倒せる魔物や勝てる相手の強さを基準に決めるしか無かったのだ。
 だがそれを、レミーアが可能とした。
 明確に数値でのランク付けが出来るようになったのだ。
 レミーアは金が欲しいわけではない。しかし同時に、己の魔術を安売りするつもりは毛の先もない。
 それは、魔術師という存在の地位を高めるためである。
 どこの馬の骨とも分からぬ者に安く見られるのは気分がいいものではなかったのだ。それはレミーアでなくてもそう感じるだろう。
 レミーアは、魔力測定魔術に法外とも言える値段をつけた。それはとてもではないが冒険者ギルドや中堅貴族に支払える額ではない。
 結果的に購買対称は大貴族、莫大な資産を築いた商人や国に絞られた。
 エリステイン魔法王国やドルトエスハイム家、マルケーゼ家を始めとする侯爵家も顧客である。
 魔力測定魔術は、何も組織が組織員の力を量るためだけの道具ではない。
 レミーアに敵意むき出しで攻撃を仕掛けてくる目の前の男を、レミーアはくしゃくしゃにした紙を握った手で一度殴りかかった。攻撃はかすった程度だが、拳には鋭く回転する風を纏わせていた。
 その風の影響を受けて、男は吹き飛ばされた。傷をつけるような術ではなかったため、お互いの間合いが離れただけだったが。
 攻撃の回避の仕方、空中で体勢を立て直した男の身のこなしは見事だった。

「近接戦闘など出来るのか」

 レミーアが使用した格闘技が、男の予想以上にさまになっていたのだ。
 魔術師であっても近接戦闘を得意とする敵と戦うときはある。そのために回避能力を高めておくことは魔術師も行う訓練だが、近接戦闘をレミーアのレベルで修めている者はそういない。

「八〇年も生きているとな。魔術以外にもたしなむ時間が出来るのさ」
「なるほどな」

 レミーアは左手の杖を肩に担ぐ。

「三〇年ほど前だな。妙なおっさんに魔術を教えた対価に教わった。無駄なことかと思っていたが、存外役に立つから侮れん」
「人間にはできない時間の使い方だ」

 数ヵ月前、太一に魔力強化のデモンストレーションを見せた時は、意図的に格闘術を使わなかった。戦闘技術が身に付いていなくても、とんでもない威力が出せると知ってもらった方がモチベーションも上がるだろうと判断してのことだ。

「どれ」

 握り締めていた紙を、これ見よがしに広げる。
 単に殴りかかったのではない。間合いを詰められることに対する警戒心を植え付けるとともに、魔力測定も行ったのだ。
 レミーアが広げた紙に何か意味があるのかと、男が警戒を露にする。

「魔力値二七〇〇〇、魔力強度二五〇〇か。中々のものじゃないか」

 それを聞いて、男が目を丸くした。まさか戦闘中に魔力測定をやられるとは思いもしなかった。これは丸裸にされるのと同義である。
 宮廷魔術師として登用されていれば即座にエースとなりうる魔力の持ち主である。これはミューラに近い数値であり、訓練相手として丁度いいのではないかと感想を抱くレミーア。
 ミューラは生粋のエルフ。まだまだ成長途中だが高い資質を持つ。奏には劣るのだが、それはミューラが低いのではなく、奏が異常なだけである。もっとも、ミューラが一八歳になり成人する頃──エルフの成人は一八歳である──には、奏と同格まで上がるのではと予測している。
 余談だが、太一を引き合いに出すと全員が子供と化すため割愛する。

「魔力測定、だと? やってくれる」

 それがどれだけ不味いことなのかが分かる男は歯噛みした。

「まあそう怒るな。悪くない数字だぞこれは」

 宮廷魔術師の値の平均値を上回っていることを考えれば、彼の測定値は誇ってよいもの。その点については、レミーアは本心から彼を称賛していた。

「その魔術でずいぶんとふんだくったそうだな?」
「なんだ、嫉妬か? 男の嫉妬は見苦しいな。ミストホロボスよ」
「ミストフォロスだ!」
「おお、そうだったか。いや、すまぬ。生憎どうでもいいことは忘れてしまうのでな」

 更に何かを言い掛けたミストフォロスだったが、開いた口をゆっくり閉じ、そして一度目を閉じた。
 ほんの二秒と経たないうちに彼の目は落ち着きを取り戻しており、顔色も平静になっていた。
 レミーアは「なんだ、もう終わりか」とつまらなそうにしている。

「私の相手が誰かを忘れていた。挑戦状を叩きつけた立場だった」
「よく冷静になれたものだ」
「流石は落葉の魔術師。魔術師の力をいかに封じるかをよく心得ている」

 これ以上何を言っても暖簾に腕押しだろう。レミーアは返事を止めた。
 魔術師に必要なのはなんと言っても冷静さ。怒りで力を発揮する者もいるにはいるが、魔術師ではそれが仇となる場合が多い。レミーアでさえ常に冷静に振る舞うことを大切にしていると考えれば、それがいかに重要なファクターかが自ずと知れる。

「体力の削り合いは止めるとしよう。全身全霊で、ぶつからせてもらう」

 男の目の奥に、冷静に、しかしたぎるものをレミーアは見た。

「良い目だ。よろしい。その挑戦、受けて立とう」

 玉砕も辞さぬ構えとは違う、己のすべてを振るう覚悟を決めた者の目。相手が格下でも、そのような目をした者は総じて強敵となるうることをレミーアは知っていた。

「では」

 ミストフォロスが杖を振り上げ、そして振り下ろす。
 この距離なら、ミストフォロス程の腕になれば杖がなくとも十分に戦える。だが彼はあえて杖を使用している。慢心はゼロということだ。
 風で渦巻く無数の氷。彼の杖に呼応して、それが無数に産み出された。

「参る」

 それらが一斉にレミーアの方へ向かう。すべてがレミーアに当たるわけではない。いくつかは外している。

(……うまいな)

 狙いが甘いわけではなかった。回避しようとする動きを遮断するもの。そして、弾幕の一部が誂えたように薄い。ここなら避けられるぞ、と誘われているかのようだ。
 そのルートで避けさせることこそ、ミストフォロスの狙いなのだろう。ならば。

「全て、叩き落とすまで」

 くるりと杖を回し、石突きで大地を激しく叩いた。
 地面が割れ、そこから火炎が吹き上がった。対突進及び対水属性防御魔術、燃える大地。ミストフォロスの魔術はその熱に耐えきれず一瞬で蒸発する。
 燃える大地が収まり、炎が大地に沈んでいく。その瞬間お互いが見たものは、水の塊を向ける男と、火球を向ける女だった。
 二人の丁度真ん中でそれらが激突し、白い煙を放ちながら弾ける。
 激しい白煙と水しぶきをたてながら打ち消し合った火と水。
 晴れようとする煙を吹き飛ばし、ミストフォロスが風の塊を生み出した。無色透明のそれは、ミストフォロスの魔力によって確かにそこに存在を感じられる。
 弾けて散り散りになったそれは、一撃一撃が鋭い鉈のような切れ味を持つ空気の円月輪。もう間もなくミストフォロスの制御から解放され、一斉にレミーアに向かうだろう。

「風月輪か。実に見事だ」

 風属性上位殲滅魔術。これを使えればそれだけで一流魔術師の仲間入りが出来ると言われる高等魔術だ。
 因みにレミーアも使える魔術である。太一が考案したエアロスラストと風月輪、どちらが優れるかを検証してみる。
 指向性を持ち、一直線に標的に向かうエアロスラスト。
 無数の風の刃を複数方向から標的に叩き付ける風月輪。
 特性を考えれば、使い方次第でどちらも一長一短だ。
 では性能はどうだろうか。
 切れ味ではエアロスラスト。
 回避のしにくさでは風月輪。
 弾の速度ではエアロスラスト。
 放つまでの速さでもエアロスラスト。
 特に最後の要素はとても大きい。発動してから弾を分裂させるまでの時間が溜めとなる風月輪に対し、発動イコール発射のエアロスラスト。
 それが決め手となる。結論は、エアロスラスト優勢。

「さあ、避けられるか!?」
「そんな必要は感じぬな」
「何? が……!」

 上半身に大きなX印の切り傷を刻まれ、ミストフォロスは血を吐いて地面に膝をついた。
 攻撃を受けると、使用中の魔術は維持されずに霧散する。その法則に則り、風月輪がかき消えた。
 右手を振り払った姿勢で立つレミーアの姿が、ミストフォロスの目に映った。
 杖を持たない方の手で傷をなぞってみる。かなり深い。致命傷だ。
 地面に突っ伏しそうな弱気を精神力でねじ伏せて、ミストフォロスはレミーアを睨み付ける。

「ぐ……はっ。貴様……何をした……」

 レミーアは払った右手を暫し見つめ、握り締めた。予想通り芳しい効果に満足げだ。

「異世界から来た召喚術師の少年のことは知っているな?」
「……」

 沈黙を肯定と受け取る。

「今のは、その少年が編み出した魔術だ。私はそれを教わって自分用にアレンジしたのさ」
「アレンジ……だと……」

 言葉にすれば簡単だが、実際に魔術をアレンジするのは簡単ではない。
 それをやってのけることが、彼女が落葉の魔術師たる由縁なのだろう。

「名をエアロスラストという。風月輪の刃とは比べ物にならんほどに薄くせねばならんのが難しいところだな」
「……ペラペラと……口の軽いことだ……」

 淡々と魔術の仕組みを明かすレミーアに嫌みのひとつをぶつけてみる。レミーアはふっと笑った。

「構わぬさ。周りには誰もおらんし、」

 レミーアとミストフォロスの戦闘に巻き込まれぬよう、周囲の兵たちは敵味方問わず一定の距離を取っているのだ。遠距離からレミーアたちの会話を聞き取る魔術を使われても、すぐに気付く自信があった。

「これから逝くやつにいくら話したところで、何も問題は感じない」
「……そうか」

 レミーアの言葉を聞いて肩の荷が下りたのか、ミストフォロスは表情を緩めた。

「では……死ぬことも分からずに死ねるのかな……?」
「それが死に際の望みなら聞き届けてやる」

 死に逝くものの最後の願いも叶えないほど、レミーアは冷酷ではない。
 右手を天高く掲げる。
 彼女の周囲を炎が舞う。
 熱風に煽られて、レミーアの服が、髪がはためいた。
 炎と踊る美女。
 魔術師である前に一人の男であるミストフォロスにとっては、目の保養になったに違いなかった。

「何も心配はいらん。痛みも、苦しみも、一切感じぬようにしてやろう」

 右手の上に生み出されたのは、直径二メートルを超える火球。
 ミストフォロスも、名前だけは知っている。
 焦熱地獄。またの名をインフェルノ。
 あれはただの火球ではない。骨すら残らない灼熱の炎で焼き尽くす。
 難易度、破壊力共に最高ランクに数えられる魔術である。

「インフェルノか……流石だ……高い、壁だった……」
「言ったはずだぞ」

 レミーアは右手を地面に膝をついたミストフォロスに向けた。
 燃え盛る火球が彼の身体をあっという間に呑み込む。
 炎が膨れ上がり、弾ける。
 大地を吹き飛ばし地面を焼き、灼熱がミストフォロスを中心に周囲一体を高熱で蹂躙する。
 夕方でもないのにオレンジに染まった一帯。信じられない破壊力の魔術に、一瞬、時が止まった。
 もう既にミストフォロスがいた痕跡は跡形もなく燃え尽きているだろう。

「……八〇年、とな」

 立ち上る紅蓮の炎を目前にして、レミーアは表情を変えずに呟いた。





◇◇◇◇◇





 レミーアが放ったインフェルノによって八方に散った衝撃が、ミューラの足元を揺らした。
 思わず横を見れば、少し離れたところで巨大な火柱が上がっていた。

「……レミーアさんね」

 太一と奏で慣れてしまったが、本来は目の前で驚いているミゲールの反応が正解。
 レミーアは、普通に考えたら一生涯で一度会えるか会えないかという存在なのだ。
 今のはインフェルノだろうか。威力ももちろんすごい。だが彼女のすごいところはそこではない。あれだけの魔術を撃っておきながら、レミーアはケロリとしていることだろう。ミューラにとってはそちらの方が戦慄を覚える。

「信じられんな……あんな魔術が使える者が実在するのか」
「落葉の魔術師を過小評価し過ぎよ」

 しばらく燃え立つ炎を眺めていた二人は、同じタイミングで対戦相手に視線を戻した。

「そのようだ。世界は広い。反省しよう」
「やけに素直ね」
「……お前が俺をどんな目で見ていたのか良く分かった」

 最初の印象は大事だな、と呟くミゲール。しかしその表情になんの変化もないことから、彼はミューラの評価をまるで気にしていないようだった。
 まあそれはミューラも同じなのでおあいこといったところだろう。

「ま、そんなことはどうでもいいわ。第二ラウンドと行きましょう。攻守ところを変えさせてもらうわ」
「いいだろう」

 ミューラは左足を引き、剣を構える。ちゃき、と金属が小さく鳴った。ミューラに応えるように、ミゲールも剣を構え直す。
 最初のぶつかり合いは、結果だけを見れば互角だった。
 お互いの攻撃を防ぎ防がれ。
 高速で移動するミゲールと必要最小限の動きでそれを迎え撃つミューラ。
 二人とも掠り傷すら負うことなく終わったのだ。終わったというよりは、途中でレミーアの魔術に思わず中断してしまったのだが。
 互いにそれを隙と見なさなかったのは、そんな不意打ちなど効果がないと分かっていたからだ。

「来い」
「言われなくても」

 ミューラは身体で隠した左手に魔力を収束させる。

「いかせてもらうわ」

 腰をぐい、と捩って左手をミゲールに突きつける。
 破裂音と共に、無数の火球がミゲールに向けて飛んだ。一発一発は大した威力ではない。
 しかし弾幕としては十分。
 今度は剣に炎をまとわせ、それを振り抜くことで炎の斬撃を飛ばした。速度も十分なそれは、追尾機能もついている。当てるだけなら奏にも通用するのだ。
 回避行動を取ったミゲールに、剣を地面に向けた状態で近付く。火球を無視し、ミゲールは炎の斬撃のみに狙いを定めて迎え撃った。
 相手の力量からこれは防げると見ていたミューラは、炎の斬撃に細工を仕掛けていた。斬る力はない。代わりに何かに触れたら炸裂するようにしておいた。

「っ!」

 振り上げられた剣に触れた瞬間、炎の斬撃は弾けた。小さな爆発だが、剣を弾くには十分。
 自分の魔術による爆発を受けることもいとわずに、ミューラは一瞬の間隙を突いて剣を振り抜いた。刃は返していない。迫るミスリルの刃は、当たれば一撃で致命傷となりうるだろう、まるで蜂が刺すかのような鋭い一撃。
 声を出す間も惜しみ、ミゲールは盾をその軌道に重ねる。まともに受ければ腕ごと飛ばされ兼ねないミューラの斬撃を、表面を滑らせるような見事な盾捌きで回避するミゲール。
 息もつかせぬ連続攻撃を防ぎきったミゲールがにやりと笑うと同時に、ミューラもにこりと笑う。
 ミューラにとってはここまでが予定通りだ。でなければ、わざわざ確実に防げるように(・・・・・・・・・)攻撃を放ち続けた意味がない。

「ぐうっ!?」

 全ては、この一撃のために。左手に造り出した岩の剣が、ミゲールの土手っ腹にめり込んだ。鎧で固めている相手に対して殺傷能力は期待していない。衝撃と打撃のダメージが与えられれば良い。
 だがやはり、容易い相手ではない。自ら後ろに跳ぶことでミゲールはダメージの緩和を試みたのだ。ならばどうするか。
 答えはひとつしかない。すぐさま行う追撃だ。岩の剣を分解し弾けさせ、礫としてミゲールを追わせる。
 そして第二波は自分自身。腹部へのダメージが引かないうちに乱戦に持ち込む。

「ぐ、お……舐めるなよ!!」

 飛ばされながらもミゲールが剣を振り下ろした。背筋を冷たいものが駆け抜ける。
 ズバンと大地が裂ける。ミゲールの空斬剣だ。先ほど放ったミューラの炎撃剣と同じ魔術剣。威力はかなり高い。だがこれだけの強さで放てば、多少なりとも反動があるだろう。同じ技術の使い手だからこそ瞬時に分析し、紙一重で避けることを選択。
 迫る大地の裂け目と自身の速度からタイミングを割りだす。ここというタイミングで身体を思い切りひねって回避した。左腕を軽く斬られたが大したことはない。問題なく動かせると、身体の様子で判断、勢いが削がれることの方を忌避し、スピードを落とさずに、反動で若干動きが鈍っているミゲール向けて足を出し続ける。

「やっ!」
「うおお!」

 ミューラの攻撃の激しさに、応じるミゲールの反撃も強さを増していく。
 一撃一撃の威力はミゲール。速さは互角。技術はミューラ。
 力で張り合っても不利になるだけと判断したミューラは、ミゲールの剣を絡め奪うために目的を切り替えた。
 ミゲールの剣に触れるたび、複雑な軌道で刀身を捻り上げ柄の握りを甘くしようと狙うミューラ。その意図に気付いたミゲールは慌てて剣を引っ込める。だがそこで攻撃を止めれば、ミューラの暴風のような攻撃にその身が晒される。
 パワーの差に全く怖じ気づかないミューラに戦慄を覚えながらも、ミゲールは剣を振る手を止められない。
 ミューラからすれば、これよりも厳しいスペック差を何度も訓練で経験している。
 一度四〇の力で戦ってもらったときは、ついていくのもやっとの速さ、にも拘らず併せ持った防御を躊躇うほどのパワー。訓練にも関わらず恐怖すら覚えた。
 嫌な顔をするどころか、仮想強モンスター役を進んで買って出てくれた精霊を従える少年。彼にはきちんと礼を言わなければならないだろう。
 このところのミューラが目を見張るような成長を遂げた原因がそれだ。手練手管を尽くしても攻撃が通らない相手に対して続けていた実戦訓練。ただ攻撃しても通じない。ちょっと工夫した程度では捩じ伏せられる。出来うる手を全て打ってようやく当たるか当たらないか。もちちん、それだけ実力の離れた相手に対して、「惜しい」では許されない。
 太一の反撃はただひとつ。ミューラの首を左右どちらかの手で掴むこと。何度も返り討ちに遭いながら、何度でもコンティニューができるなど、普通に命のやり取りをしていたらありえないことだ。
 太一には「ふがいない戦闘したら威圧して」とお願いしてある。一分から二分は持つようになってきた頃、わずか十数秒で負けてしまったとき、太一に威圧された。
 実際に危害は加えられないと分かっていながら、本能的な恐怖に刈られて思わず涙目になってしまい、その後慌てふためく太一に慰められたのは心の中にしまってある思い出だ。まあ、思い出と呼ぶほど過去のことではないのだが。
 それから比べれば、ミゲールのパワーは正直恐れるほどではない。
 ミューラとミゲールの剣戟は、剣が触れれば離れるを繰り返すもの。それが迫力がないかと言えば否である。
 乱れ飛ぶ銀の糸を追い掛ける斬撃。その糸を紡ぐために動く身体。特に、身軽なミューラはまるで剣舞のような動きを見せている。
 高速で打ち合う剣の衝撃。一発一発は大したことなくても、それが重なれば衝撃となる。
 足元の草がなびき、離れたところにある低い植生の葉が揺らぐ。
 少しギアを上げてみたらどうなるだろうか。同じようなスピードで攻防を続けても埒が明かないため、身体に更に鞭を打って速度を上げる。
 変化は劇的だった。ミゲールが明らかについてこれなくなっている。ミューラも、強化魔術のセーフティーエリアから片足を出しているため反動が来ている。
 しかし自分から土俵際に足をかけたミューラと、土俵際に足をかけさせられたミゲールでは根本的に立場が違った。

「くおおっ!」
「うあ、あ……ああああっ!!」

 これ以上は息が続かないと直感で理解したミューラ。ミゲールの剣に当たる一瞬前に、強化を全てパワーに割り振った。
 剣同士の打ち合いとは思えないほどの衝撃音が鳴り響き、ミゲールが一〇メートルほど押されて後ずさった。切り結ぶのに夢中で、ミューラの切り換えについていけなかったのだ。
 つまり、ここがミゲールの限界。ミューラとの、紙一重だがとても分厚い差。

「ぜえ……ぜえ……」
「はあ……はあ……はっ……」

 肩で息をする二人の呼吸だけが周囲に響く。その音を風がさらっていった。

「……くっ」

 悔しげに歯噛みしているということは、彼もその事実に気付いたということだ。どちらに分があるか、最早明白。

「……もう、終わりにして良いわよね?」
「くそ……簡単には終わらんぞ!」
「いいえ。終わりにするわ」

 初めて剣を両手で持ち、正眼に構えるミューラ。ミスリルの剣を中心に炎が渦巻く。
 魔術剣・焔狐。エネルギーの全てを威力に割り振った、レミーア曰く頭でっかちの術。ミューラのスタイルには合わないかもな、と忠告されている。一方で、必殺技としては悪くない、とも。必殺技、という文言は正直気になるのだが、レミーアに「当たれば「必ず殺す技」だ。何を気にしている」と一蹴されてしまっている。攻撃力は申し分なく、同じレベルの相手なら避ける以外に対処法がないほど攻撃力に優れている。
 オーガとの戦闘で実感した攻撃力不足を補うため、必死になって会得した、ミューラの手札の中でもっとも攻撃力の高い攻撃手段。
 太一とレミーアは別として奏にも大きく遅れをとっている現状で、これ以上離されるのは彼女のプライドが許さなかった。

「ミゲール。あんたをこの剣で斬る。あたしの勝ちで、この勝負はおしまいよ」
「調子に乗るな!」

 余裕の笑みを浮かべて挑発する。上手く激昂してくれて正直助かっている。ミューラもそれなりにぎりぎりなのだ。
 普通に戦って勝てるならそれに越したことはない、と封じていた奥の手を、使わざるを得ないのだから。
 その奥の手は、反動が凄まじい。こんな戦場のど真ん中では使いたくはない。仮に外せば大きな隙を見せることになる。普通に戦っても、いずれは勝てると思う。だが消耗戦となるだろうことは容易に想像が出来る。勝てた後の消耗度では、奥の手を使った後とそう大差ないはずだ。
 だったら、速攻で決着を着けた方が良い。
 出会い頭にこの奥の手を使っていたほうが、結果的には一番良かったのが皮肉だとミューラは思う。
 そのあたりの判断力、見切りの甘さはまだまだだな、と思いつつ、それはイコール成長の余地があるのだと前向きに捉える事にした。
 視線の先ではミゲールが剣に巨大な風を纏わせていた。焔狐を迎撃しようというのか。
 いや、魔術剣の使い手として、同レベル帯の魔術剣士が繰る焔狐を防ぐ術など無いことは知っていなければおかしい。つまりあれは、ミューラの攻撃を避けた後のカウンター用だ。
 これを外せば、嬲り殺されるのはミューラの方だ。ろくな抵抗も出来ずに、好き放題やられるおぞましい結末が待っている。命を散らすだけならまだしも、女としての尊厳すら踏み躙られることも確定事項だ。
 だが。
 それも結局。
 外さなければ、問題は無い。
 ひう、と一陣の風が、ミゲールの頬を撫でた。
 何が起きたのか。
 ミューラの姿が、ミゲールの視界から消えていた。
 どこに行った―――
 そう考えた瞬間、彼の視界が紅に染まった。
 パッと花開く真紅の華。
 ミゲールの左肩から右腰にかけて、背骨にまで達するほどの切り傷が刻まれていた。

「な……んだと……」

 ミゲールから二〇メートルほど離れたところで、剣を振り下ろした姿で止まっているミューラの姿。
 それを一瞬視界に収め、ミゲールは口から血を吐いた。次いで意識がブラックアウト。
 知覚すら不可能な速さで受けた致命傷に、剣を大地に落とし、前のめりに倒れた。

「ほら……。あたしの勝ちで、勝負は、終わり……」

 軋み悲鳴を上げる自分の身体を気迫で制御し、ミューラは胸を張った。
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