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異世界チート魔術師(マジシャン) 作者:内田健

第三章:ウェネーフィクスの乱

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三章エピローグ

 夜が明けた。
 晴れ渡った青空を見上げる。
 昨日は大規模な戦に参戦していたのだ。
 そんなことがあったのだと、まるであれは夢だったと思わせるような、この異世界で迎える変わらぬ朝だった。
 部屋にしつらえられているバルコニーから外を眺める。
 眼下の庭では、この城で働く者たちが、所狭しと動き回っている。
 あれだけの戦争があっても。いや、あったからこそ忙しいのだろう。彼らは昨日までと比べて数割増しで忙しない。
 視線を遠くに移してみる。遠目に見える町並み。
 耳を澄ませば聞こえてくる、街の喧騒。
 貴族との内戦が終わったと、ジルマール名義で即座にお触れが出された。夜が明けたなら、これまでと同じ通りに生活をして構わないと。
 市民たちの動きは素早かった。ずっと家に閉じ込められて、鬱屈のようなものが溜まっていたのだろう。多数の人の声が重なっているから、というのもあるだろうが、これだけ離れているのに王城まで活気が伝わってくるのだ。
 戦争が無事終わってよかった。太一は心からそう思った。

「タイチ。もう起きとったのか」

 寝癖がぴんぴんと跳ね、寝巻きかわりのネグリジェを崩したままのレミーアがベランダに姿を見せた。
 年頃の青少年の視線をもろともしない豪胆さ。相変わらずワイルドな人である。

「ああ。目が覚めちった。奏とミューラは?」
「まだ寝ているよ。肉体的にも精神的にも負荷が大きかったからな。ゆっくり休ませてやれ」
「そうだな」

 奏が負った足の傷は、昨日のうちに完治している。優秀な魔術師が腕を振るった。痕も残らないほど綺麗に治ったのだ。

「レミーアさん、ありがとう」
「なんだ、礼なら昨日聞いたぞ」

 欄干に体重をかけて寄り掛かる落葉の魔術師に今一度礼を伝えた。レミーアは左手をひらひらと振るが、こういう礼は何度言ってもいいだろう。

「レミーアさんが治癒魔術使えるなんて知らなかったなあ」
「まあ、怪我でもせん限りは使わんからな」

 それに、と彼女は付け加える。

「私の治癒魔術など半端だ。骨折などの大きな怪我にはまだまだ対処できんからな」

 アズパイアでの防衛戦でミューラが負った怪我は重傷。あの時、治癒魔術はさわり程度でしか修得しておらず、使えなかった。現在のレミーアが治せるのは、擦過傷や火傷、刺し傷、切り傷などで、そのうち軽傷に限られるという。
 そこに治癒魔術の弱点がある。行使する者の許容範囲を越えた怪我に対しては、幾ら治癒魔術を使っても効果がない。
 奏がもう少し深く傷を負っていたら手に余ったとのことだ。レミーアですらそれだ。治癒魔術の難易度の高さは推して知るべし。
 レミーアは「亜流でも上達が急務だと思い知ったのでな」と空を見上げながら言った。
 回復魔術や治癒魔術などはもっと普及しているのかと思っていた。真っ先に研究される課題だろうと、太一は思うのだ。
 その考えをレミーアにぶつけると、彼女はフッと笑った。

「お前が思うほど、魔術は万能ではない。治癒魔術を扱えるのは一部の水属性魔術師と、光属性のユニークマジシャンのみだ。需要に対して供給が圧倒的に追い付いていないのが現状でな。怪我をしても簡単には、はい元通り、とはいかぬのさ」

 腕が吹っ飛んだらそのままだし、一生痕が残る傷も有り得ると。似たような環境を太一は知っている。それは日本だ。
 日本の医療は高度である。しかしそれでも、万能には程遠い。

「しかし、私は生まれてこの方、あそこまで驚いたことはなかったぞ」

 まじまじと太一を見据えるレミーア。太一は肩を竦めた。

「まさか、エレメンタルとは。私の想像を軽く飛び越えるな、お前は」
「俺だって狙った訳じゃない」
「それは分かっているがな」

 エレメンタル、風のシルフィードと契約しようと、太一が目標を立てていた訳ではない。上級精霊エアリアルと契約したら、実はシルフィードのかりそめの姿だったというだけだ。

「シルフィード……いや、シルフィだったか。彼女を召喚していた時のお前は、信じられんほどの魔力を有していた」
「だろうね。シルフィから感じる力は、ぶっちゃけエアリィの比じゃなかった」

 エアリィを従える太一。その時でさえ、人智を超える力だった。エアリィが本当の姿を明かした今は、人智を超える、とか、常軌を逸している、とか、そういう言葉が生温い。
 肌に感じる風に心地よさを覚える。これを暴力に出来る力。竜巻などは言うに及ばず、台風を作れと言われても、全力でやれば出来てしまう気がする。激甚災害を指先ひとつで引き起こすことが出来る。それが、太一が今保有する力だ。

「なあ、レミーアさん」
「なんだ」

 太一の声が真剣味を帯びていると感じたレミーアは、心の体勢を整えつつ返事をする。

「俺、間違ってたよな?」
「……」

 空をたゆたう雲が太陽を少しの間隠した。風に泳ぐ雲が移動し、再び陽光が降り注ぐ。

「俺がだらだらしてたばっかりに、戦死者も結構出た。とっとと終わらせればよかったんだ。俺にはその力があったのに」

 柵を握る力を強める太一。
 太一は間違っていたのか、或いはそうでないのか。
 レミーアから見て、太一は別に悪くはない。
 確かに戦をとっとと止める力があり、それを選択していれば犠牲者も少なく済んだだろうとは思う。
 しかしそれで太一を責める者がいたとしたら筋違いも甚だしい。物事の本質がろくに見えておらず、視野が狭いと言わざるをえない。そもそも内乱をもっと早く鎮圧できなかったエリステイン魔法王国にこそ原因があるのだ。太一自身がそこをすっかり忘れている。あまつさえエリステインは、反乱軍と互角の状況を打開するために、異世界から何の関係もない者を召喚しなければならないという体たらく。ジルマールやスミェーラなども、それは分かっているだろう。今日これから謁見があるが、無条件に、とはいかずとも、彼等は太一の要求を呑む前提でいるはず。拒もうとするのは悪手だ。何故悪手なのか……それすら分からぬようなら話にもなるまい。
 しかし一方で、太一もまだまだ子供だとも思う。
 環境に幾ら文句を言ったところで、状況は好転などしない。売り言葉に買い言葉だったとはいえ、引き受けると言ったのは太一本人。ならばそれに即した行動を、思考をするのが妥当であり、それができなかった太一が悩み落ち込むのも当然だ。嫌々だったとしても、やらなかった場合にどうなるかが想像できて、その想像した結果を望まないならそうならないように行動を起こせばよかった。太一にしか出来ないことであり、それは実現が難しいものではなかったのだから。
 何よりもそういう覚悟のなさが、今後は奏や、彼が大切にしたいと思う者に振りかかる可能性がゼロではない。太一のことだから、そこに自分も入っているのだろうなと思って妙な感覚を覚えながらも、レミーアはそれらすべての感情を一旦心の奥底に押し込んだ。

「甘ったれるなよ小僧が」

 レミーアが選んだのは別の言葉だった。
 いきなりの手厳しい一言に、太一が目を白黒させる。

「間違っているかどうか? 答えが出ているものを私に聞くな」
「……」
「たかだか一五、六年生きた程度で物事の善し悪しが判別できるのなら、誰も道を間違ったりはせん」
「そうかもしんないけど」
「どうすればいいか。お前の中で結論があったのだろう。どんな理由があろうと行動しないという選択をしていたのはお前だ。その葛藤は御代だ、甘んじて受けろ」
「……くー、キビシイな」
「甘やかす教育はしない主義でな」

 大人にだって道を誤った者がいる、とレミーアは付け加えた。

「今出来ていないならこれから出来るようになればよい。何度失敗しても、最終的に出来るようになればお前の勝ちだタイチ」

 太一は下を向いたまま動かない。

「しかしまあ、お前の場合は特殊だからな。意外と難しくはないと私は思うよ」
「そうかあ?」
「そうとも。……っぷ」

 少し強く吹いた風がいたずらをし、レミーアの柔らかな黒髪を顔にかけた。それを指先でかきあげて耳にかける仕草になんとも言えぬ色っぽさを覚えて、太一は思わずどきりとした。

「この期に及んで何を気にする必要がある。お前は、自分に素直になればいい」
「……」
「思うがまま、己の心に正直になれ。どうしたいのか、どうなりたいのか。それを考えれば自ずと正解が導き出せるはずだ」

 城の屋根を掠めて数羽の鳥が飛んでいく。太一は頭をかいた。
 今回の戦では、特に貴族兵が狂戦士化した時点で王国軍も手加減が出来なくなった。正確な数値はまだ出ていないが、両軍合わせて概算で三〇〇〇人は死亡したのではないかとのことだ。
 太一がずっしりと悩んでいるのも無理はない。表面上だけでも、がんばって取り繕っている方だ。
 過去をなきものに出来はしない。成長できるかどうかは彼次第。しかし、出来ることなら絶望の最中から這い上がらなければならないような、一歩間違えば廃人になり兼ねない状況は避けてやりたいと思う。甘やかすのは主義ではないと言っておきながら、相反することを考えている。
 随分と丸くなったものだと、レミーアは自分を振り返った。

「さあ朝食にしよう。今日も暇ではないぞ」
「そうだな。……あんま食欲ないけど」
「捩じ込め」
「鬼ッ!」

 腹が減っていては戦は出来ないのである。昨日とは違う戦に出なければならないのだから。





◇◇◇◇◇





 時は昨晩に遡る。
 両手両足に魔封じの枷を嵌められたドルトエスハイムが、ジルマールの前に座らされていた。
 建国以来、エリステイン魔法王国を陰陽に渡り支えた公爵家が、没落の時を迎えたのだ。

「陛下。反逆者の言葉に耳を傾けられるのですか」

 この状況に陥ってなお、彼は自信に溢れた表情を崩そうとしない。
 王城の中でも極一部の地位にいるものしか立ち入ることを許されぬ一角。
 スミェーラ、ベラ、パソス他重鎮たちを背後に従えたジルマールが、設えられた椅子に座ってじっとドルトエスハイムを見据えていた。
 二人の間に、ずしりと重たい沈黙が横たわる。誰もが思わず気圧されるなか、ジルマールがふ、と息を吐いた。

「公爵。予を……いや、エリステインを試したな?」

 これまで何を聞かれようともだんまりを決めていたドルトエスハイムの表情が、ほんの一瞬、揺らいだ。

「お前は常にこの国を思い、必要とあらば先代の王は無論、予に対しても諫言を辞さなかった。お前のすべての発言と行動は、エリステインへ向いていた」

 ジルマールはドルトエスハイムから目を逸らさない。やがて手足の自由を奪われた初老の男は満足げに微笑んだ。

「本望です、陛下」

 ドルトエスハイムはただ一言、そう答える。眉間を数度揉みほぐし、ジルマールは残念そうな顔をした。

「お前の名には、後世まで消えぬ傷が残る」
「誰かに理解されよう、誰かに納得されよう、そのようなことは一切考えておりません。祖国のために生まれ、祖国のために散る。これを本望と呼ばずになんと呼びましょう」

 愚直な男だった。
 ジルマールが彼に掛けるべき一言は、もはや決まっていた。

「……よろしい。お前の墓に刻む言葉が決まった。公爵ドルトエスハイム、誇りと共に散る、とな」
「ありがたき幸せ」

 これほどの覚悟を持った上での反乱。下手に彼の名誉を守ろうとするのは、むしろ彼を貶める行為だ。闇雲に後世に伝える言葉をいじくり回すのは良くない。
 それでも、友として、墓に刻む言葉だけは、こうせねば気が済まなかった。

「後は予に任せてもらおう。冥府にはよい土産話を持っていく」
「極上のぶどう酒を用意してお待ち申し上げます」

 ジルマールが手を挙げる。
 すらりと腰の剣を抜き去ったスミェーラが、彼の元に歩み寄った。
 その剣が振り下ろされれば、この戦争は本当に終わりだ。もちろんそれでやることがなくなる訳ではない。しかしこれからやらなければならないことは、終戦処理に該当するだろう。
 処刑にはその専門の者がいる。スミェーラが処刑を執行することは、まずもってないと言っていい。ドルトエスハイムだからこそ、とスミェーラが志願したのだ。

「最後にひとつ、よろしいでしょうか、陛下」
「辞世の句か?」
「いえ、違います。これから申し上げますのは、マルケーゼ侯爵の元にいた執事についてです」

 イニミークスのことだ。ジルマールもよく知っている。とても優秀な、オールドーにも迫る人材だったはずだ。
 そして、血みどろの狂想曲を再現しようとした者だと、召喚術師の少年から聞いていた。

「かの者がとても優れた人物というのは、陛下もご存知だと思います。しかしその者、ここ二ヶ月の間に変わったのです」
「……続けろ」

 最後に会ったのはいつだったか。ここ半年はイニミークスはおろかマルケーゼ侯爵にも会っていない。そして、もう会うことはかなわない。彼も反逆罪に問われたのだ。主犯格である侯爵である以上、極刑は免れられなかった。

「具体的にどう変わったかはお答え出来かねますが、漠然と、かの者から感じる空気に変化があったのです」
「して?」
「はい。手の者を使い、調べさせました。そして、ある組織と、繋がりがあることが判明したのです」

 それ以上は尻尾をつかませなかった、とドルトエスハイムは言う。

「陛下。レージャ教にはくれぐれもお気をつけ下さい」

 場がどよめいた。
 ドルトエスハイムが他を貶めるようなことを言わない人物だというのは、自国はもちろん他国においても有名だからである。そんな彼が名指しで忠告をしてきた。それがどういう意味を持つのか、考えずとも明らかである。
 そしてそれが、あのレージャ教を指している。貧しい民や、人々が困窮したときには進んで手を差し伸べる『あの』レージャ教が。
 それが、ドルトエスハイムの口から聞いたとあれば、驚くなと言う方が無理な話だった。

「私からは以上でございます」

 言い残すことはないと表情が物語っている。ジルマールとドルトエスハイムが見つめあうこと数分。やがて彼は目を閉じて瞑想を始めた。
 現世に別れを告げると、そのたたずまいが雄弁に語る。
 死の間際にしてこの穏やかな表情。何人が真似を出来るだろう。

「忠告しかと聞き届けた」

 返事をしないドルトエスハイム。ジルマールもリアクションを期待しての言葉ではない。

「さらばだ。ドルトエスハイム公爵。……我が友よ」

 ジルマールが右手を挙げる。ドルトエスハイムのそばで待機していたスミェーラが、全身に最大限の強化を施した。これならば人間の首を枯れ枝を叩き折るより容易く両断する一撃が放てるのだ。
 祖国を誰よりも愛した偉人への、せめてもの、慈悲だった。





◇◇◇◇◇





 太陽が中天から西に傾いた頃。太一たちは大きな会議室を訪れていた。
 恐らくは戦に関することと、報酬のことになるだろう。
 雇われの傭兵であるので、考えるまでもない。
 着座位置はジルマールが当然上座。その両隣にシャルロットとエフティヒア。シャルロットの隣にスミェーラ。エフティヒアの隣に久々に会うヘクマ。他重鎮たちが雁首を揃えている。対面に座るのは太一たちだ。注目されることには意外となれている太一と、観客の中でテニスの試合に何度も挑んだことがある奏。そもそも人の目など気にしないレミーア。一番居心地が悪そうなのはミューラである。

「まずは感謝の意を述べよう。無事、戦を終えることが出来た」

 そんな定型めいた挨拶から、話が始まった。例によって、太一たちはエリステイン式の礼に則って略式型の返礼をした。
 自らを小市民とした奏の言葉は間違っていない。どんな力を得ようとも、基本的に大きな権力に対してなんとなくへりくだってしまうのは、日本人としての性のひとつなのかもしれなかった。

「本題の前に、些事を片付けよう。報酬だが、事前の約束通りお前たちの言い値で支払うことを、ジルマールの名において約束する」
「……あれ?」

 間抜けな声をあげたのは太一である。
 なんやかやと吹っ掛けられるのかなあー、等と考えていた矢先にさっくりと宣言されて、拍子抜けしたゆえの反応だった。

「意外か?」

 楽しそうに、からかうように言うジルマール。太一は素直に頷いた。

「予は嘘はつかぬ主義でな。他国からは『正直者のジルマール』と揶揄されるくらいだ」
「父上。初めて聞きましたよ」
「作り話だからな」
「……捏造はお止めくださいませ」

 呆れた口調で釘を刺すエフティヒア。
 このやり取りからも分かるように、この度の謁見は堅苦しいものではない。下手を打って揚げ足をとられても困るため気を付けるようレミーアにも言われてはいるが、基本的に初日のような緊張はない。

「冗談はこのくらいにして、まずは、あれからどうなったかを軽く話しておこう」

 どうなったか、とは終戦後のことだ。
 戦における戦死者や負傷者は少なくないそうだが、それでも本来よりは大分少なく済んだとのことだ。本来とは、太一たちが協力を拒んだ場合である。イニミークスの企てにより被害者はかなり増えたそうだが、太一たちがいなければ更に被害は拡大していただろうとも。それを悔やんでいるとしたら、気にする必要はない、と釘を刺された。今後しばらくは軍事力の再生に力を注ぐという。
 ドルトエスハイム公爵を始めとして侯爵は全員処刑。ドルトエスハイムは既にこの世を去り、後の侯爵たちも順を追って処刑されるようだ。
 高貴な身分にある者が企てた国家反逆罪は重い。
 一気に権力者がいなくなってしまい、国力の著しい低下は免れない。それでも例外を認めるのは更にまずい。
 そして、イニミークスがレージャ教と繋がっていたこと。それには驚きを隠せなかったが、同時に妙に納得も出来た。地球でも信仰上で生じた主張の違いにより、血で血を洗う紛争がリアルタイムで起きていた。
 宗教には様々な形があるが、信じる者を救うために存在しているはずである。それが争いの種になっているのだから、日本人である太一と奏には理解できないが何となく納得がいったのだ。

「ところでタイチ。エレメンタルを召喚できるようになったと聞いたが……それはまことか?」
「まことですよ。なあシルフィ」
「なにー?」

 太一の髪の中から、シルフィがひょこ、と顔を出した。

「……どこにいんだよ」

 太一が視線を上に向ける。

「アタシはどこにでもいれるよ。空気あるところがアタシの家だから」

 実に豪快な家だ。国だのなんだのという枠組みさえ、彼女の前ではちっぽけになってしまう。精霊にはそれぞれ縄張りがあるらしい。その縄張りからは基本的に出ないらしいのだが、エレメンタルともなればそんな枠組みは存在しない。まさに風の吹くままどこにでも行けると言うのだ。

「シルフィが……」
「ちっちゃいだと……?」
「エアリィ……?」

 順に奏、レミーア、ミューラの声だ。そういえば教えてなかった気がする。

「ああ。自分の大きさ、好きなように変えられるらしいんだ」

 自由だよなー、と他人事のような太一。鈍い頭痛を覚えた三人はそれ以上突っ込むまいとスルーを決め込んだ。太一のしでかすことにいちいち動揺していられない。

「まあ、本気出すときは、俺たちと同じ大きさになる必要があるらしいんだけどさ」
「今はそんな必要ないからねー」

 ぐでー、と太一の頭の上でうつ伏せになってくつろぐシルフィ。まるで子猫のような印象を受ける。

「でも、出来ればあまりホントの姿にはなりたくないかな」

 ふわりと太一の頭から飛び立ち、そんなことを言う。

「ん? なんでだ?」
「だって……」

 ちら、と太一を見て、人差し指を突き合わせてつんつんしている。

「?」

 鈍感め、と誰かが思ったとか思わないとか。

「まー心配要らないよ。この状態の時については、話した通りだから」
「確か力の強さはエアリィで、制御能力は格段に上がってるんだっけ」
「そゆこと。それに、太一が望むなら」

 シルフィはその場でくるりと回る。その姿が瞬間的な光に包まれ、そこに居たのは等身大まで大きくなったシルフィだった。

「いつでもこの姿になるよ」

 いつ見てもとても可憐な少女だ。信じられないほど綺麗な姿をしている。
 そう、姿は。
 シルフィはその場で本来の姿を見せただけだ。
 太一からは雨粒ほどの魔力しか受け取っていない。
 ただ、そこにいるだけ。
 人間、エルフ、ハーフエルフ関係なく。その者の地位すらも関係なく。皆等しく跪きたくなっていた。
 シルフィが、人やエルフに対して圧倒的に上位の存在であるからだ。感情でどうとか、というレベルではない。
 本能に刻み込まれた肉体の反応である。

「これが、四大精霊か……」

 ジルマールが呻くように呟いた。彼とて魔術師。シルフィから威圧も何も受けていないことが分かる。
 そもそも、存在の次元が違う。そしてそのエレメンタル・シルフィードは、太一の意思を汲むと宣言している。
 王族だの国だのを歯牙にもかけない領域に、太一はいるのだ。
 その上で。

「ではタイチ。依頼がある」

 ジルマールはそう切り出した。
 太一はキョトンとし、それから一瞬考えて答える。

「内容によります」

 と。
 一度は願いを聞いたのだ。この上もう一度聞く義務はない。

「当然だな。内容は、我が軍に非常勤で籍を置いてもらいたい」
「……軍に?」
「そうだ」

 非常勤の軍属など聞いたことがない太一は首をかしげる。いや、そういうことはあるのかもしれないが、太一にはその知識はなかったのだ。奏に目を向ける。奏ならそういうことも知っているかと思ったが、首を横に振られてしまった。

「知っての通り、現在我が国の国力は著しく低下している。そこを狙って他国から侵略があるかも分からぬ。そういう非常事態に、力を貸して欲しいのだ」

 包み隠すことなくジルマールはそう明かした。腹の探り合いを兼ねた回りくどい説明は意味をなさないと判断したのだ。

「俺だけですか?」
「もちろんタイチが一番だが、後の三人の力も十分魅力的だと予は思っている」
「うーん……」

 一人で勝手に決めていいのだろうか。いや、独断専行で戦争への参加を決めておいて何を今さら、と思われるかもしれない。だからこそ決めかねる。
 太一は奏を、ミューラを、レミーアを見た。三人は何も言わない。太一に任せると言わんばかりだ。
 レミーアが頷く。好きにしろ、ということだろうか。
 それならば。太一は思い付いたことを言ってみる。

「条件を呑んでくれたなら、引き受けます」

 当たり前の言葉であったため、ジルマールが頷いた。

「その条件は?」
「参加人数かける参加回数分、こちらの要求を叶えると約束してください。それを了承してもらえるなら、契約成立です」
「む……」

 実にうまいと、ジルマールは素直に感心した。この場合依頼をしたのは王国側であり、報酬が受け入れられないのなら太一は断ればいいだけだ。
 そもそもこの依頼は、どのような背景があろうと内乱という状況を作ってしまった王国に責任があり、戦の鎮圧という当初の目的を達成したした太一たちが追加で依頼を受ける理由はないのだ。
 依頼に対する報酬も悪くない。どの程度の裁量かを太一は一切言わなかった。つまり言い値。法外な対価を要求される可能性は大いにある。それを一蹴できないのは、エレメンタルを召喚できるほどの召喚術師を雇うことを考えれば、妥当な額だと感じてしまうのだ。
 何よりも、彼との関係を失うのは国として有り得ない。良好であるに越したことはないのだ。
 これが人のレベルであれば脅し紛いのことも言うことはできた。しかし、太一に対してそんなことをすればどうなるだろう。
 雷魔法『トールハンマー』は、直径一〇〇メートル程の、パン生地を型でくり貫いたような綺麗な大穴をあけた。そんな魔法を瞬速で発動させてケロリとしているような相手に脅しをかけるなど、ジルマールはまっぴらごめんだ。

「因みに、踏み倒した場合はどんな報いがあるかね?」

 ジルマールの人柄からそのようなことはないと分かる。恐らくは単なる興味だろう。
 どうしようかと考えていると、シルフィがちょん、と服の裾を引っ張った。

「どうした?」
「こんなのはどう? 向こう一〇〇年、エリステインからは風属性の魔術師は生まれない」

 ぎょっとしたのは、太一とシルフィを除く全員であった。

「んなこと出来るのか」
「だって、風の精霊たち(子供たち)に言い聞かせればいいだけだし」

 不満の声も多少あろうが、シルフィの言葉を無視できる風の精霊は皆無だという。
 何でもありだな、と言う太一に誇らしげに胸を張るシルフィ。しかしジルマール以下王国側は一様に顔を青くしていた。そんなことをされれば魔法王国の面目丸潰れだ。風属性の部隊が編成できないことで生じる弊害は、此度の内乱で受けた被害の比ではない。太一が出した条件を呑まざるを得なかった。

「……興味本意で聞いてみたが、とんでもないやぶ蛇だったな。良かろうタイチ。その条件全て呑もう」

 太一は頷いた。無茶なことを言われたら相応に対処するだけだ。あくまでもこれは契約。譲歩など必要なく、ドライに対応するのは当然である。
 その後は幾らかの雑談を交わし、やがて日が暮れる手前で太一たちは城を後にした。
 帰り際にカードを人数分手渡された。非常勤とはいえ軍属になったので、城の通行パスを支給されたのだ。それは城だけでなく、ウェネーフィクス正門も顔パスで入れる代物だ。それからも分かるように、エリステインとしてはそんなに堅苦しくするつもりはなく、用はなくてもいつでも来てもらって結構だと言っていた。
 風に流れる夕焼け雲と同じ方向に向かって四人は歩いている。
 数日はここウェネーフィクスで過ごし、その後馬車にてアズパイアに戻る予定だ。忙しかったので、しばらくは観光もかねてのんびりしようということになったのだった。

「……終わったわね」

 ようやく肩の荷が降りたことを実感したのだろう、ミューラが小さくないため息と共にそう呟いた。

「うん。みんな無事で本当によかった」

 ミューラの言葉に奏が追従する。

「久々に本格的な戦を体験したな。修行は足りていたが、実戦感覚が衰えていたな。少し鍛え直さんといかん」

 自身について振り返っていたのだろう、レミーアは己をそう総括した。
 心の内に差はあれど、抱く感想は三人とも似たようなもの。つまり無事この戦を切り抜けた、である。
 その三人の後ろをついていく太一。 会話には混ざらず、俯いて歩いている。
 どうしても、言っておきたいことがあったのだ。その言葉がどう受け取られるかは関係ない。ただ一言、それを告げることに意味があった。

「ミューラ、レミーアさん……奏」

 太一の言葉に三人が足を止め、振り返る。
 三人をじっと太一は見詰めていた。真顔の太一に何事かと思っていると。

「ごめん」

 頭を下げる。
 唐突に謝られて三人は顔を見合わせた。太一が謝る理由が分からなかった。
 その理由が分からない以上、聞いてみるしかない。何故彼は謝罪したのか。

「太一。どうしたの?」

 奏が問いかける。

「俺が先走ったから、みんなを戦場に駆り立てる羽目になった」

 だから、と太一は言う。
 言っても詮なきことである。過程はどうあれ、皆無事に切り抜けることが出来たのだ。奏もミューラもレミーアも気にしてはいない。

「そんな……」

 そんなこと気にしなくていい。そう伝えようとしたミューラを、レミーアが遮った。

「結果として戦に参戦するにしても、きちんと相談して決めるべきだったんだ。だから、ごめん」

 戦に参戦したことを悔いているのではなかった。カッとなって自分だけでそれを決めてしまったことを悔いていた。
 極端な話をすれば、太一は人間同士の戦場に出ても命の心配はない。しかし奏、ミューラ、レミーアはそうはいかない。売り言葉に買い言葉で三人を死地に送り込む結果になった。
 仲間であるからこそ、きちんと相談するべきだ。改めてそう思ったが故の謝罪だった。

「謝罪を受け入れよう」

 レミーアはそう答えた。

「レミーアさん。結果的に無事だったんだし……」
「分かっている。私とてあいつを責めるつもりはないさ。だが、これはお前なりのケジメなのだろう、タイチ?」

 そうなの? と言いながら、ミューラは太一に目を向ける。その視線を受けて、太一は頷いた。

「謝らないと、俺の気が済まないってのもある、かな」
「タイチ……」

 ミューラとしては、戦う事に否やは無かった。あの時太一が思わず突っ走ってしまったのもやむをえないと思っている。現場で実際に太一と奏の様子を見ていたのだから。
 彼らの気持ちが分かる、と言うつもりは無いが、二人の感情があれだけ乱れるところを見てしまったのだから。ミューラにとってシャルロットと太一&奏。どちらの味方をするかと問われれば、考えるまでもなかったのだ。

「ミューラ。この謝罪は、受け取ってくれるとうれしい。大切だからこそなんだ」
「……っ」

 真剣な眼でそう言われて、ミューラは思わず息を呑んだ。この感情の揺れは尋常ではなかった。
 だが今はそんな感情を表に出すような雰囲気ではない。
 四人を避けるように人々が過ぎ去っていく。
 この場所だけ、時間の流れに取り残されたような錯覚さえ覚えた。
 一秒間眼を閉じて心を落ち着かせ、太一をまっすぐ見つめる。

「分かったわ、タイチ。あたしも、その謝罪を受け入れるわ」
「サンキュ、ミューラ」

 ほっとしたような太一。その顔が、本当に心からの謝罪だったと雄弁に語っていた。

「太一。私は、言ったはずだよね」
「ああ。俺の……えっと、味方してくれるんだよな?」

 少し照れ臭そうに言う。

「うん。太一の謝罪、受け入れるよ。今度からは、遠慮なく相談してよね?」
「ああ。絶対にするって誓うよ」

 心が晴れやかになり、太一は空を見上げた。夜と夕焼けの境目が、なんともいえない美しいグラデーションを見せている。
 濃紺の空には、一番星が瞬き始めていた。
 謝罪をしたことで、太一にとっての戦争はようやく終わりを迎えた。

「よっしゃ、行くか! 腹減った!」
「切り替えはやっ!」

 呆れ声の突っ込みを華麗にスルーする。
 ぽつりぽつりと見える出店では軽食など売っていたりするのだ。
 安心したら空腹がにわかに襲ってきた。
 今後何が起きるのかは分からない。
 それでも今は、ひと時の休息をじっくり味わっても良いだろう。
 一気に先頭に踊り出た太一に、三人は顔を見合わせて笑い、その後を追った。
これにて三章終了となります。

ご不快な思いをされた方がたくさんいらっしゃったようで、実力不足を痛感しております。お詫び致します。

今後は以下の流れを予定しています。
・キャラクター設定 or 一覧
・普通チート小話をいくつか
・四章投稿開始

四章の開始は今のところ未定となっています。ご了承ください。


~お知らせ~
感想に、他の作品を批判している書き込みがありました。
他にご覧になる方もいらっしゃいます。
私への批判ならばまだしも、全く関係ない作品及び作者様を批判する行為を、この作品の管理者として許容するつもりは一切ございません。
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