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異世界チート魔術師(マジシャン)  作者: 内田健
第三章:ウェネーフィクスの乱

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マーウォルトの会戦 四

 凛がスソラと言葉を交わしているのを少しだけ眺めて、太一はくるりと振り返った。こちらの隙を狙っていた二人というのは、存外すぐに見つかった。

 こちらに目を向けているのは、一目見れば分かる高級そうな鎧に、これまた高そうな剣を腰にさした若い男。

 そしてもう一人はあご髭を蓄えた初老の男。彼は手に剣などは持っておらず、代わりに短めの杖を手にしていた。

 雰囲気で、二人が只者ではないと分かった。

 確かにこの二人を凛一人で相手するのは辛いだろうと太一は理解する。

 スソラも決して楽な相手ではないが、まだマシというものだ。


「お前が召喚術師か。思ったより貧弱だな」


 若い男がそう言った。

 そんなことを言われても返事のしようがない。いったいどんな姿を想像していたのか。

 魔力強化、或いは強化魔術を使える人間にとっては、筋肉などあまり意味をなさないのは太一もよく分かっている。

 本人に太一を嘲るような意図はなかったのだろう、淡々としたものだったが。


「そういうあんたはどこの誰さんだ?」


 太一が得た知己に、彼の顔は記憶にはない。つまりは初対面だ。


「私か。私はマルケーゼ。侯爵だ」


 これはまた随分と大物が出張ってきたものだ。この国で数えるほどの者にしか与えられない由緒ある爵位。やんごとない身分の男が、目の前に立っている。


「ふうん。で、その侯爵様が何してんだこんなとこで」

「決まっているだろう。陣頭指揮を取りに来たのだ」


 さも当然と言わんばかりの口調。だが、太一はそこに違和感を覚える。何に対しての違和感かは分からないのだが。


「大将が最前線に出てくるのは危ないんじゃね?」


 戦国時代の戦では、大名は本陣から指揮を執るのがメインだった気がする。積極的に戦場に出て敵を切り伏せた武将もいたかもしれないが、太一の記憶には無かった。


「少年の言う通りでございます旦那様。貴方がここまで出てくるなど……」

「かたいことを言うな。押されているのだから何かを変えねばならんだろう」


 老人の諫言に、マルケーゼは飄々ともっともらしいことを言った。じゃじゃ馬な主だ。

 「あんた苦労してるんだな」という言葉を視線に乗せて老人を見る。老人が「分かるかね?」と視線で答えてきた。

 まあ、彼らの都合など太一には知ったことではない。

 敵意を見せてくるのなら相応に応じるだけだ。後ろでは凛が戦いを始めようとしている。いつでもフォローが出来るようにしておく必要があるのだ。


「まあ何でもいいけどよ。こっちも忙しいんだ。どうすんのか決めろよ」


 要はやるのかやらないのか。

 やるなら適当にあしらう。

 やらないなら気絶させておしまいだ。敵軍の大将をわざわざ見逃す理由はない。これがスミェーラなら問答無用で首を獲りに行くだろう。太一であったことを幸運と思うべきかもしれない。


「無論やるとも。せっかくここまで出てきたのだからな」

「勝ち目など、ありませんぞ?」

「分かっている」


 老人の言葉をマルケーゼは一蹴し、剣を構える。それを見て老人はため息をついて、杖を構えた。

 実力が上でも、ミスをすれば負けることは多々ある。油断が負けに繋がることもある。どんなベテランだろうと、人間である限りミスをゼロにすることは出来ない。

 だが太一に限ってはそれに当てはまらない。ミスがこうとか、油断がどうとか、問題は最早そこではないのだ。

 七〇の強化を施した太一に対して凛が全力で魔術を撃ち続け、掠り傷がつけば御の字だ。

 凛が扱える魔術の中で最強の威力であるレールガンでも通用しない可能性が高い。

 威力だけならレミーアをも上回ったレールガンでさえ通じないのだから、さもありなん。

 極端に言えば、この戦場において七〇の強化をして突っ立っているだけで、太一の安全は一〇〇パーセント確保される。

 マルケーゼの強さがどの程度か分からないが、とりあえずでも五〇強化しておけばいいだろう。必要もないのに「魔力の節約」と考えている。


「とりあえず、俺からは攻撃しない。好きなように攻めてこいよ」


 ミスリルの剣を抜く。

 攻める気がないというのは本音だ。やりたいようにやらせた後で、適当に打ち倒して縛り上げればいいと考えている。王国軍の隊長格の誰かに引き渡せば終了だ。


「舐めてくれるな。油断すると死ぬぞ」

「それ、とりあえず攻撃が通ってから言えよ」


 スミェーラ相手でも四〇あれば勝てる事を考えれば、五〇はオーバーパワー。ここで侯爵を適当にあしらうだけでも敵の指揮系統は崩れるだろう。

 そして、彼らは馬鹿ではないのが顔を見れば分かる。

 指揮系統を崩すまいと打ってくる手があるはずだ。それを叩き潰し、この付近一帯の敵戦線を瓦解させる。太一が作った解れを見逃すスミェーラではないだろう。

 最悪強引に凛を連れて離脱することも考えながら、太一は剣を構えた。






◇◇◇◇◇






 太一たちが敵のロイヤルストレートと向き合っている頃。

 王国軍陣営の奥深くに設営された野戦病院は喧騒と怒号に包まれていた。

 ひっきりなしに運ばれてくる傷付いた兵士たち。文字通り医療班は休むまもなく行ったり来たり。切り傷に刺し傷は当たり前。打撲に火傷、凍傷を負った兵士たちの姿も多い。足や腕がどこかに行ってしまった兵士も珍しくはない。

 だが、ここに担ぎ込まれる兵士たちは、幸運な方である。

 野戦病院から一〇〇メートルほど離れたところ。そこは懸命な治療も虚しく命を散らした者たちが横たわっている。

 戦なのだから死ぬのも当然。

 それを覚悟して騎士として、宮廷魔術師として志願したのだから本懐なのかもしれない。

 そして、遺体安置所で眠る彼らもまた、境遇としては幸運である。

 もっとも不幸なのは、戦場で果て、誰にも拾われない屍である。

 彼らに比べれば、弔ってもらえるだけマシというものだ。

 傷付く兵士たち。いや、国の民を見て、シャルロットは唇を噛み締めた。

 頭では理解していても、感情にも落とし込むのは至難の技だった。

 この時ばかりは、役に立たない己の時空魔術師としての資質を呪った。

 珍しくなくてもいい。息を切らせ、額に汗をにじませながら治癒魔術を使い続けるエフティヒアのように、役に立つ属性がよかった。

 そしてそう考えること自体が、シャルロットの心の弱さそのものなのだ。

 こんなことでは、己が背負った運命を全うできるのだろうか甚だ疑問。

 その運命を考えれば、兵士たちの死すら、いや、エリステインという国すら些細なものとして捉えられなければならないのだ。

 もちろん自身の命など、とるに足らない糧でしかない。

 自分自身の命などいつでも捧げてもよい。しかし、自分以外の命が犠牲となり散るのがここまで辛いものだとは思わなかった。


「姫様。少しお休みになられてください」


 主の顔色が普段より悪いと判断したティルメアがそう進言する。


「……大丈夫よ」

「お言葉ですが、とてもそうは見えません」


 やっと紡いだ強がりを瞬時に見破られ、シャルロットは苦笑した。

 このメイドは少し優秀すぎる。自分には勿体無いほどに。


「ううん。大丈夫」


 シャルロットはあえて同じ言葉を使った。


「皆に苦しい思いを強いているのに、私だけ休むわけにはいかないわ」


 身も蓋もないことを言えば、シャルロットがいるから何の役に立つか、というレベルである。

 それでも、兵士たちに自ら声をかけたり手を握って励ましたり。彼女にしかできないこともあるかもしれないと信じている。

  それが、自己満足でしかないと分かっていても。

 贖罪にすらならないと分かっていても。


「……無茶だと判断したら、無理矢理にでも休んでいただきます」


 ティルメアはそう言って引き下がった。


「ありがとう。ティルメア」


 本心から述べた謝辞に、ティルメアは深々と礼をした。






◇◇◇◇◇






 櫓から戦場を眺めていたスミェーラは、戦況が大きく王国軍側に傾き始めていることを読み取っていた。

 二〇分位前から、点の攻撃から面制圧に切り替えろと下した命令が実行されている。

 貴族軍の分布範囲を一気に削りに掛かっているのだ。

 敵の攻撃を最小の被害で乗り切れた要因は、一歩引いた位置でタクトを振るうベラの功績だ。自軍が薄くなるや否や即座にカバーに入る素早さと、優先順位の付け方の正確さなど諸々には、流石のスミェーラも感嘆ものだ。

 スミェーラがいなければ、ベラが王国軍総司令官でもおかしくない。

 パソスも十分資質があるが、彼はそう言った役割よりも、前線指揮官の方が性に合っているのだろう。事実、攻撃が得意のはずのパソスが、防御に専念する作戦を遂行して十分に力を発揮している。

 スミェーラの持ち場で同じことをやってそれが上手くいったかは疑問が残る。

 指揮を執る貴族たちも無能ではない。だが本職であるスミェーラ、パソス、ベラの方が上手だったというだけだ。


「被害状況は?」

「はっ! 死者三〇〇名! 負傷者一二〇〇名! 内重傷者は四〇〇名! 全て概算となっております!」

「ご苦労」

「はっ!」


 今回スミェーラの副官を務める兵士が、敬礼をして一歩後ろに下がった。


「勝ちは見えてきた、か。そろそろ決めさせてもらうぞ、貴族ども」


 こういう時ほど油断が生まれやすいものである。日本の故事にも、『勝って兜の緒を締めろ』という金言があるくらいだ。

 凡庸な将ならその言葉は宝となるだろう。だが非凡が鎧を身に付けているかのような鉄の女・スミェーラにはそれは当てはまらない。


「全軍に指令を出せ。中央に楔を打ち込んだ後、一斉に攻勢に出るとな」

「はっ! ……して、詳細はいかように?」


 具体的な指示がなく、敬礼したまま直立不動の副官に、スミェーラは答える。


「突撃能力に優れた兵を三〇〇、馬を三〇〇集めろ。内五〇は宮廷魔術師だ」

「承知しました」


 ここまで来て、奇策を選ぶ必要はない。短期に決着をつける。平凡な手を打てることが、スミェーラのすごさだ。

 スミェーラは剣の柄に手を置き、ニヤリと笑った。

 風にあおられてマントがたなびく。


「この場はお前に任せるが、基本方針は一つだ。敵を蹴散らせ」

「はっ!」


 任せるとは、つまり。


「楔は、私だよ」






◇◇◇◇◇






 マルケーゼと剣を交える太一を、エアリィはじっと見つめていた。

 今までと変わらぬ光景。一〇年前も、一〇〇年前も、一〇〇〇年前も。

 それぞれの時代で、世界各地で戦は起きていた。大国同士の大戦争。小さな国での小さな内戦。

 観察していた面白そうな人間が戦地に赴くのについて行き、戦争を眺めるのは過去何度あったかな……と考えたところで、エアリィは思考を止めた。 そうして観察していた者が、エアリィの目の前で命を落とす場面が幾度もあったと気付いたからだ。

 ある時観察していた青年は、故郷に結婚を約束した恋人を残したまま、敵の罠から味方を庇って命を散らした。

 次に見付けたエアリィ好みの可愛らしい少女は、敵軍に占領された街で捕らえられ敵兵士に散々弄ばれた。人生に絶望した彼女は、最後は割れたガラスの破片で己の命を絶った。

 次に出会ったのは優しげな笑顔が魅力的な老人。

 人のためにと周囲に奉仕する心と、実行する姿が街の人気者だった。彼はかつては戦場でたくさんの人を殺した兵士。その罪滅ぼしになればと、懊悩とした老後を歩み、天命を全うした。

 目の前で死んでいく人を助けられもしなければ、声をかけて話を聞いてやることすら出来なかった。

 声をかければそれが届く。

 ただそれだけのことなのに、こんなにもいとおしいだなんて。

 数千年という悠久の時を刻んだエアリィは、いつも孤独だった。

 かつて現れた召喚術師は、全員エアリィと契約するに足る力を持っていなかった。精霊の声は確かに聞こえている。だが、中級クラスの精霊になると声が届かない。エアリィのような上級精霊の声を聞き届ける事が出来るだけのキャパシティは、もちろん持っていなかった。

 エアリィ以外にも数体の上級精霊がその召喚術師の元に集っていたが、全員が肩を落としてその場を去っていたのだ。

 だから、太一が現れた時にも、殆どの精霊は彼の元に現れなかった。かつての経験から、諦めてしまっていたのだと思う。

 かくいうエアリィも、これでダメなら二度と期待は持たないと、そういう意識を持った状態で、気付けば太一のところにいた。

 大して期待もせずに声をかけてみる。

 そして太一が反応したときには心底驚いた。

 まさか、声が届くとは。

 当時の太一はまだ魔力というものを知っただけ、というかなり未熟な状態。

 なのに、上級精霊たるエアリィの声が届くとは。その後は太一の元に張り付くように共にいて、チャンスを窺うことにした。太一が寝入った後、声をかけてみる。夢の中の太一に、声が届くように。

 最初に太一に声が届いてから、他の精霊が太一に声をかけなかったのは、実はエアリィが他の精霊に自粛させていたからだ。例え属性が違っても、上級精霊の言葉を聞き入れないわけにはいかない。

 もちろんそれは意地悪などではない。……いや、少なからず独占欲があったことは認めよう。

 太一なら、中級や下級の精霊の声ならすぐにでも聞くことが出来ただろう。

 もっと早く、召喚術師として力を発揮することは出来た。

 太一が持つ魔力量、魔力強度を考えればもちろん絶大な力である。しかしエアリィは直感で分かっていた。

 それは確かに絶大だが『真価』ではないと。

 太一から直接魔力を受け取るようになって、それは確信に変わる。

 どう安く見積もっても、太一はこんなところで収まるような器ではなかった。

 エアリィと太一は細かい魔法の使用に二人して四苦八苦している。首をかしげる太一をよそに、エアリィには原因がはっきりしている。

 エアリィでは、太一の魔力を十全に扱い切れないのだ。完全なキャパシティオーバー。上級精霊たる自分の枠にすら収まらないなどどんな冗談だと思わなくもないが、エアリィは悔しさと同時に誇らしさも覚えさせるものだった。

 これまでの記憶から考察するなら、かつて現れた召喚術師は、その肩書きの後に「もどき」辺りをつけるべきだろう。

 要は召喚術師のなり損ないである。

 そしてエアリィは思う。

 太一こそが、本物の召喚術師ではないか、と。

 それを証明する方法が、エアリィにはある。

 だが、彼女にとってそれはどうしても取りたくない手段だった。

 金属が激しく打ち合わされ、火花が散った。

 マルケーゼが振り抜いた剣に、太一が剣を合わせて受け止めた。両手で剣を握るマルケーゼに対して左手一本で剣を扱う太一。ここに、いかんともしがたい実力差が垣間見える。もっとも、太一と人間では、比べることが間違っているのだが。

 人間の中で最強とか最弱とか、論点は最早そこではない。

 太一は人間であって人間ではない。

 いや、そんなことはどうでもいいか。

 どんな分類をしようと、太一は太一だ。

 初めてエアリィの声を聞き届けてくれた少年なのだ。その事実は揺るぐことがない。

 エアリィは太一の肩に乗った。


「お、どうした?」

「アタシが後ろとか見ててあげるよ」

「んー? 気配なら探れるぜ?」

「ほー。じゃ、アタシが気付く前にきちんと気付きなさいよね」


 にやりと笑う太一に、にやりと笑い返すエアリィ。


「って、空気の流れ読むのは反則だかんな?」

「ダイジョウブヨーツカワナイカラー」

「使う気だな? 使う気なんだなー!? ずるいぞ!」


 こんな他愛ないやり取りができる喜びを噛み締めて、エアリィは太一と共に戦うべく、目線をまっすぐ前に向けた。



2019/07/17追記

書籍化に伴い、奏⇒凛に名前を変更します。

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