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異世界チート魔術師(マジシャン) 作者:内田健

第三章:ウェネーフィクスの乱

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マーウォルトの会戦 三

 戦とは、人が死に至るのが普通の非日常である。太一と奏が生活していた日本ではそうだった。
 世界最先端の科学技術を誇り、世界でも先進国の位置を確たるものとしていた日本。そうそう不自由も無かったし、事故や重い病気、或いは不運にも事件に巻き込まれたりしなければ、当たり前のように寿命を全うできる世界である。
 太一と奏が暮らしていた街は、東京に比べれば田舎だが、不自由はしなかった。
 この世界に来て、改めて故郷がどれだけ恵まれていたかが分かる。
 遠くに行くのにもっとも有効な手段は馬車。海を渡るには船。魔術をもってしても空を行き来する技術は確立されておらず、膨大な移動時間が掛かるのだ。
 更に顕著なのは医療だ。医療現場で有効な魔術を使える魔術師はそこまで多くはない。当然安売りされる技術ではなく、膨大な費用が掛かる。
 その代わりに発達したのが魔法薬を利用した治療である。それによって致死性の病は目に見えて減ったのだが、それも今現在、安くはない治療費を要する。
 特にパンデミックに襲われれば万単位で人が死亡することも珍しくないという。
 そういう観点で言えば、やはり日本は恵まれていたのだ。
 そんな先進国日本に住む人々は、この世界の人間からすれば甘やかされた存在と言えるだろう。太一も奏も、何の力も持たずにこの世界に来ていたら、今ごろは死んでいたかもしれない。
 手にした力は、語る必要すらないほどに強大だ。
 だからこそ戦場をのんびり散歩でもするように歩けるというものだ。
 奏は右手にルーンスタッフを持って。
 太一は腰の剣を抜きもせずに手ぶらで。
 試しに適当な敵騎士に喧嘩を吹っ掛け、問題ないと判断したゆえのことだ。
 太一から見て騎士たちの動作はスローモーションに等しい。
 奏からすればそこまで遅くは見えないとのことだが、それでも小さい子に喧嘩を吹っ掛けられるようなものだと言った。
 太一と奏に攻撃を仕掛けてくる者はもういない。
 あまりに自信満々に戦場を歩く上、実際に攻撃を仕掛けた騎士が瞬殺で気絶させられてしまった場面を見て、けた違いの相手だと悟ったゆえだ。
 戦は数だとか、大局観だとか、或いは補給だとか。そんなものがばかばかしくなるほどの力の差。
 常識外の力でもって正攻法で破られれば、抵抗する気などあっという間に失せてしまう。
 為す術無し。
 まさかそれを地でいく敵を相手にするとは、貴族側も夢にも思っていなかった。
 もちろん何もせずにこうなった訳ではない。貴族軍も必死に抗った。
 太一を倒すのは厳しい。では奏ならどうか。
 その選択は一見正解に見えて、実は大チョンボであった。
 彼女を取り巻く上下左右の空間全てが、太一の制空権内。
 自分に来る攻撃への対処は甘いくせに、奏への攻撃は牽制のストーンブラストすら通さない。今までに見たこともないほど鉄壁だったのだ。
 奏の方が呆れて「過保護すぎだよ」と諌める始末。その一言だけでもどれだけの防御なのか想像に難くない。
 二人の周囲を取り囲むように兵士たちは臨戦態勢を保つ。いつ彼らのどちらかが飛び掛かってくるか分からないからだ。
 警戒心を三六〇度全方位から向けられている当の本人たちは、まるで意に介していなかった。太一はそれこそ、脅威を感じようが無かったし、奏は見られるのは好きではないが、太一のそばということで安心しているのだ。
 やがて、二人が足を止めた。
 のんびり歩いていたとはいえ、戦場をこれだけの速度で歩ける者などいない。

「ここでいっか」
「うん」

 二人は顔を見合わせて、そして視線を敵兵士に向けた。

「皆さん。引き波って結構強いの、知ってましたか?」

 波というからには水系魔術か。しかし、艶やかな黒髪を後ろで結った美少女が何をせんとするのか、分かる者はいなかった。
 奏は右手の平を騎士たちに向けた。

「リベレイトスペル。タイダルウェイブ」

 どばあ、と音を響かせて、膝下まで届くような高波が騎士たちを襲う。流石に全方位へは放たれなかったが、その波を受けた数十名はその場で踏ん張ることを余儀無くされた。

「ただの高波だ! 強化して耐えれば問題ない! 隊列を崩すな!」

 隊長格の男が叫ぶ。
 膝下程度の波で何を大袈裟な、と思うかもしれない。しかしこの波は自然現象ではなく奏が放った魔術。波が押し流そうとする強さは見た目以上である。
 必死に耐える騎士たちに、奏はくすりと笑った。

「私は、引き波、と言いましたよ?」

 突如、波の進行方向が反転した。力が掛かる方向が変われば、それに対する対処も変わる。押し寄せる波よりも強い引き波に、少なくない人数が足を取られてすっ転んだ。

「では、続けて」

 奏が今度は左手を前に掲げる。

「リベレイトスペル。ショック」

 空気が弾ける。転んで体勢を立て直しきれていない者は盛大に、何とか踏ん張った者でも耐えきれずに吹き飛ぶ。
 一見して逃げ場のないはずの包囲網の一部に、容易く大穴が空いた。
 これを一人たりとも大きな怪我をさせずにやられては正直たまったものではない。
 奏の実力を考えれば、本気で攻撃してきていれば少なくない犠牲者が出ているということ。つまりは相手を傷つけることなく、ここまでの戦果を挙げているのだ。そして何より恐ろしいのは、今の今まで太一が殆んど戦闘に参加していないことだ。タイダルウェイブでバランスを崩した兵たちに対し、太一が剣を抜いて切り捨てに来ていたら。
 手加減されていながらこれだけの実力差。
 普通なら、兵士たちの心が折れていても不思議ではない。
 それでも、放棄する者は未だに出ていない。
 まるで奇跡のような事実だが、ある意味では必然と言えた。
 太一も奏も、人を殺すのを忌避しているのだ。傷付けてしまうのはやむを得ないと割り切っている節があるが、命を奪うのは是としていない。
 死ぬ危険が無い以上、退却する理由が見付からない。ただし、この後もからかわれるような攻撃を受け、プライドがズタズタになる可能性はあったが。
 そうなると、逆上させずに戦線を保ち続けることが、貴族軍にとって大切になる。下手なことをして、彼らから箍を外してはならない。
 屈辱的な選択だが、彼ら二人に弄ばれることで、足止めをすることが可能なのだ。こんな常識外の二人に思うように動かれたら、貴族軍はたちまち潰走を余儀無くされるだろう。
 戦いに負けても戦に勝てばいいのだから。
 そう、思っていたのだが。

「うーん。いつまでもここで立ち往生してる訳にもいかないよなあ」

 太一はふと周囲を見渡した。
 相変わらず一定の距離を保って、敵軍に囲まれている。それをまずいとは思わないし、一定数の敵兵士を足止めしているとなれば、それなりの効果があるのだろう。
 こちらから加えている攻撃は、はっきり言えば攻撃というには生ぬるい。
 足止めをする役割ならそれでもよいだろうが、求められている役割はそれではない。果たせていない、という思いが太一と奏の中にある。
 騎士や宮廷魔術師では相手するのが辛い敵がいるというから、その進行方向にかち合うよう進んできたのだ。ここまでやって来て、その目標に出会えていない。
 もしかしたら別の場所にいるのではないか。
 目標が途中で進路を変えたのではないか。
 そんな思考に包まれていた。
 もしも出会えないとすれば、王国軍に少なくない被害が出るだろう。
 そうなる前に食い止めなければならないのだが。
 ならば、どうするか。

「炙り出すか。奏」
「ん?」
「腹に力入れとけ。無差別に放射する」
「オッケー」
「とりま七〇でいいかな」

 太一はおもむろに右手を前に出した。
 ついに召喚術師が自分から動く。
 それを見て身構える騎士たちには目もくれない。
 狙うのはそんなやつらではない。
 太一はその手を斜め下に払った。
 魔術が使われた訳ではない。
 天変地異が起きた訳でもない。
 しかし、暴風が荒れ狂った。
 何が起きるか知っていた奏が、猛烈な風に吹かれたかのように耐えている。
 強大で異様なプレッシャーが四方八方に放射され、それを受けた騎士たちの足がすくんだ。
 奏のように耐えられる者はそういない。敵味方を問わず、圧力に押されて次々と膝をついていく。
 エアリィを介して放つものよりは劣るのだが、それでも人外の魔力であることは間違いない。
 これは感覚だが、騎士、宮廷魔術師のレベルでは、七〇の強化で放つ威圧には耐えられない。
 それよりも一歩二歩、いや、一段から二段上のレベルでないと厳しいだろうというのを、何となくだが掴んでいる。

「見付けた」

 だから、この威圧が届く範囲で耐え、基準値を上回る強さ、かつ騎士、宮廷魔術師の格好をしていない者がターゲットだ。
 ほどなくして、目標は見つかった。

「びっくりしタ。まーさかこんだけの威圧されるとはネ。効いてるフリすりゃよかったヨ」

 届いた声は女のものだった。
 全身を獣の毛皮に身を包み、鮮やかな赤い液体が滴る戦斧を片手で担ぐ女。
 顔には何かの模様と思われる赤いペイントが右耳から左耳を横断してなされている。見ようによっては愛嬌がある顔立ちと評することもできるだろうが、出で立ちがそれを躊躇わせた。

「俺の情報は行ってるだろ? やるだけ無駄じゃね?」

 淡々とした降伏勧告。しかし女は明朗に笑う。

「ああ、届いてるヨ。けた違いの強さを持つ、人を殺せないガキどもとネ」
「……」

 その通りであるがゆえに、太一は反論しなかった。

「生憎、死なないと分かってればどんだけ威圧されても怖くはないんでネ。坊やは無理でも、そこのお嬢さんはやらせてもらうヨ」
「……あんたに坊やなんて呼ばれるほど、歳なんて離れてねぇだろ」
「クフフ。女に歳を聞くなんて野暮ったいねェ」

 背格好は奏よりも低い女は、片手で悠々と戦斧を持ち上げ、真横に薙ぎ払った。大したパワーの持ち主だ。

「それとも、坊やがあたしの相手をするのかナ? まあ勝てないだろうけど、簡単には負けてあげないヨ?」

 この女の自信はどこから来るのだろうか。駆け引きの経験値では圧倒的に劣る太一には判断がつかない。
 彼女の言葉を聞く限りは、太一の威圧はそれなりに効果があるだろう。
 ならばエアリィを全力で喚び出して強制的に黙らせようとも考えたが、それはエアリィ自身に止められた。
 エアリィ曰く、影響を与えられる範囲が中途半端で、戦場が大混乱に陥るというのだ。エアリィが様子を見たところ、王国軍が有利に事を運びつつあるらしい。そこで太一が闇雲に威圧すれば、スミェーラの作戦を台無しにしてしまう可能性が高い。
 客員とはいえ王国軍の一員。下手に和を乱すような真似は慎むべきだ。人の命が天秤にかけられている現状では特に。
 あれやこれやと考えて、太一は思考を強制終了させた。元々頭が悪いのだから、難しいことは分かりはしない。
 ぐだぐだ考えるよりは、目の前の女を地面に這いつくばらせた方が早い。女を殴るのは気が引けるが、あの戦斧は既に何人かの血を吸っている。これ以上のさばらせれば被害が拡大するだけだ。

「よし分かった。一撃で叩き伏せてやる。……死んでも知らねえからな」
「……楽しみだネ」

 太一が決めた覚悟が本物だと感じ取ったのか、じわりと女の背を嫌な汗が湿らせた。
 この女は奏に手をかけると明言した。やられる前にやるしかない。人殺しになることを是とする気はないし、その後の精神状態を考えれば気が重いが、奏を喪うよりは数倍マシである。
 殺すことをいとわないなら、七〇の強化のまま戦えばいい。
 そこまで決意したところで、くい、と袖口を引かれた。

「ん?」

 見ると、奏が太一の服を摘まんでいる。太一の目を真正面から見据え、奏はふるふると首を振った。

「どうしたんだよ」
「落ち着いて太一。あの人とは、私がやる」

 彼女が何を言ったのか、太一は理解するまでたっぷり三秒ほど要した。

「何言ってんだよ。俺がやった方が確実だろ」
「だから、落ち着いて」

 もう一度同じ言葉で諭される。女にはしっかりと意識を向けて隙を見せないようにしながら、奏の言葉にも耳を傾ける。
 「あ、俺器用」などと、至極どうでもいい感想を抱いた。

「後ろから二人、強い人が隙を狙ってる。気付いてない?」
「……!」

 気付いてなどいなかった。目の前の女に意識を集中させてしまっていた。

「流石に二人相手は私もきついかも。出来れば一対一の方がいいかな」

 それは確実性を重視した意見であり、理にかなっていたため、太一は咄嗟に反応ができなかった。

「危なくなったらすぐ太一のとこに行くから。ね?」

 危ないだろ、と言おうとして予防線を張られてしまい、太一は奏の申し出を受けざるをえなくなってしまった。
 奏は一歩足を前に踏み出し、一度息を吸って吐く。そして、宣戦布告をした。

「というわけで、貴女の相手は私がする」

 奏の言葉を聞いた女は、ホッとした様子を隠すことなく笑った。

「クフフ。いいのかナ? キミも強いのは知ってるけれど、坊やと比べれば雲泥の差だヨ?」
「分かってる。アレは特別」

 稀代の召喚術師をアレ呼ばわり。女はまた笑う。

「面白いねキミ。若いのにいい度胸してるヨ。その度胸に敬意を評して、名乗らせてもらうヨ」

 女は戦斧を水平にピタリと構え、切っ先を奏に向けた。

「あたしの名前はスソラ。見ての通り重戦士。冒険者ランクはA。主に傭兵とか護衛なんかをやってるヨ」
「何か個人情報たくさん。いいのかな?」
「変なこと言うネ。冒険者なら名を売ってナンボじゃないカ」
「それもそっか」

 日本では騒がれた個人情報保護だが、冒険者としては当てはまらない。名前が売れた方が仕事が来て儲かる。考えれば当たり前のことだった。

「私の名前は奏 吾妻。魔術師。冒険者ランクはC」

 名乗られたので名乗り返す。スソラは目を丸くした。

「チグハグだネ。あんなに強い魔術を連発できるのニ」

 奏の強さならもっとランクが高くてもいいと言っているのだ。強さだけを考えれば自分がCランクに収まるとは思っていないが、特に固執していないので感慨はなかった。

「まあ。そんなこともあるんじゃない?」
「ううン。レアケースだネ」
「そう」

 これから戦闘をするとは思えないほどに和やかな雰囲気は、不意に終わりを告げる。

「さア。やろうカ」
「……」

 戦斧を肩に担いで半身を斜めにし、ぐっと構えるスソラ。
 奏も左手にルーンスタッフを構え、右手を握る。
 正直に言えば怖い。
 あんな血がべっとりついた刃を向けられて、少しでも気を抜けば足がすくんでしまいそうだ。
 だが、奏は逃げるわけには行かなかった。
 昨夜の暗殺未遂。奏が狙われた事を知った太一がキレた。奏が彼と知り合ってからこれまでで、太一がキレるのを見たのは二回目だ。何だかんだで自分の感情コントロールが上手い太一が、自分の衝動を抑えきれないほど我を忘れるところを見たのは久しぶりだ。それだけ重要だったのだ。
 自分のためにキレてくれたのが嬉しくもあったし、一方で物凄く衝撃でもあった。太一の中で奏の存在が大きい事を知れたのは喜ぶべき事。
 しかしそれゆえに、太一は奏のために己の手を汚す可能性が高いことを知った。
 それを背負おうとしてくれる太一の心意気は嬉しかったが、同時に太一だけに背負わせるのは納得し難かった。
 守られるのは別に構わないのだが、か弱い女の子でいいと思ったことは一度もない。奏は太一と対等でありたいと考えている。自分と言う堅固な芯を持った女の子でありたい。
 そのためには、いつまでも太一におんぶにだっこではダメなのだ。
 幸いにも奏には、あのレミーアに太鼓判を押されるほどの魔術の実力がある。
 自分の強さにそこまで自信を持っているわけではないが、それでもレミーアの言葉は信じられる。

「大丈夫。勝てる」

 小声で呟いたので、スソラには聞こえていない。
 重戦士が魔術師と戦う場合は何に一番注意を払うだろう。
 奏の思考は、既に対スソラ戦に大幅に傾いていた。
+注意+
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