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異世界チート魔術師(マジシャン) 作者:内田健

第三章:ウェネーフィクスの乱

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昼下がりティータイム

 あれやこれやと悩んだ挙げ句、結局着るものは日本での正装、つまり学生服になった。
 最初は予定通り冒険者の装備にしようとした。アズパイアで入手した一般的な装備品である。気分転換等と称して何度か新調してはいるが、買うものは廉価な装備だ。もう二ランク程上の防具が買える程度には金銭に余裕がある。しかし太一も奏も勝敗を装備品に左右されることはないため、『良い装備』に必要性を感じないのだ。
 奏に限り、相手がベラやパソスといったレベルになれば、相応の装備を買い揃える必要性が出てくる。因みについ昨日そのことをベラに言われたばかりだったりする。
 二人が所持する装備品は何処をどう見ても駆け出しから初中級が身に付けるもの。実力と装備の格が一致していないことは横に置く。
 久方ぶりに袖を通した制服。太一は前に比べて少し余裕を感じた。訓練のため、強化をしないで剣を振ったりしていたのが、多少なり身体を引き締めたのだろう。
 こうして着てみると技術に差を感じる。ワイシャツなどは工場の流れ作業で出来上がる品である。大量生産品なのだが、この世界の肌着と比べると着心地は正直雲泥の差だ。しばらく着ていなかったからこそ日本の服が素晴らしいと気付くことができた。
 久々に奏の制服姿を見た。中高でデザインは変わったものの、一番数多く見た出で立ちである。
 しかし、異世界に来てから日本では味わえない刺激的な日々を過ごした二人にとって、お互いに強い懐かしさを感じさせる格好だった。
 そういえばこっちのがスタンダードだった、とお互いに笑い合った。この世界の服装でいるのがお互いに当たり前になっていた。毎日長い時間顔を会わせているのだから、日常がそちらに移動したのだった。
 そもそも何故ここに制服があるのかといえば、レミーアの大量の荷物の中に入っていた。彼女曰く「ニホンのモノはもれなく全てオーバーテクノロジー」とのことだ。万が一盗まれたりなどすれば大問題。この世界の技術バランスが崩壊してしまう。レミーアの隠れ家には強固な結界を施してきたが、絶対はないからと持ってきたのだという。
 用心のための行為が、思わぬ形で役に立ったと言うわけだ。
 制服を着て顔を洗えば終了の太一。一〇代の特権をいかし、基本的に最低限の化粧しかしない奏も髪を整えて結い直せば準備は終わりだ。
 どうやらミューラとレミーアはそれなりの服装を持ち合わせているらしく、普段よりお洒落を決めていた。

「こんな格好する機会滅多にないから、今回はラッキーね」
「確かに、これ着て冒険とか戦闘とか出来ないしなあ」
「破れちゃうと困るしね」

 上に行くに従って薄い緑から白にグラデーションしていく、ノースリーブで大胆に背中があいたセクシーなドレスがスレンダーな体型を見事に引き立てていた。

「つーか似合ってるな、ミューラ」
「……そう? ほ、褒めたって何も出ないわよ?」

 等と言いながらてろんてろんになっているミューラは、凛とした普段とギャップがあって可愛らしい。
 他人が持っているものを羨ましく感じ、自分もほしいな、と思ってしまうのは人並みに物欲があれば誰にでも経験があるだろう。
 このようなお洒落着は日本にいたらまず着る機会は無いだろう。結婚式等で着るとしてもここまでの格好はしない。仮に買おうと思っても決意がいる程度には値が張るはずだ。
 今は、金なら稼ごうと思えば幾らでも手に入る。そのうち入手しようと心に決めた太一と奏だった。

「相変わらず見事な洋裁技術だな、それは」

 太一と奏を見て、レミーアが改めて、と言った具合に呟いた。

「俺達にとっちゃ消耗品なんだけどな」
「それを欲しがる裁縫家はたくさんいるだろうに、なんと贅沢な」

 オーダーメイドのブランドものを見せたりしたらどんなリアクションをするのだろうか。太一は少しだけそれが気になった。
 それに、贅沢と言えば、レミーアもそうだ。
 黒のドレスに身を包んだ彼女は、えもいわれぬ妖艶さを放っている。そして、男どもの視線を掴んで離さないだろう豊かな胸。胸元が大きく開いた装いで、つい目が行ってしまうこと請け合いだ。
 世の女性は、男の視線に対して、男が思う以上に敏感だという。「ここまで然り気無ければバレないだろう」とかなり気を使っていたとしても、実はバレバレというのは往々にしてあることらしい。因みに髪の毛にコンプレックスを抱く男性の場合、当該部位への然り気無さを装った視線がばれやすかったりもするようだ。
 聞いた限りなので本当かどうかは太一には分からない。しかしこの場合は当てはまったようだ。
 レミーアがニヤリと笑う。時既に遅かった。

「私の乳が気になるか?」

 しまった、という顔をする太一。隣から零下の風を吹かせる奏。
 奏の貼り付けたような笑顔が、これまで出会ったどんな強敵よりも恐ろしい。

「太一」
「は、はい」
「やっぱり、胸は大きい方がいいの?」
「いや、その」
「否定しないんだ。ふーん。ごめんね、そんなに大きくなくて」

 奏の名誉のために言うが、決して小さいわけではない。少なくとも平均以上ではないだろうか。
 そして奏の一言に、檻の外にいながら石を当てられたエルフの魔術剣士が、自分の胸元に手を当てて落ち込んでいた。
 顔面蒼白の太一は固まっている。

「……ばか。……り……、……て……れば」
「あの、奏さん?」

 小さく呟かれた奏の言葉は聞き取れなかったらしく、太一が聞き返す。
 途端に奏は顔を真っ赤にさせて怒鳴った。

「ば、バカって言ったの! バカって!」
「そ、そんなに連呼しなくても。いくら本当の事だからって」

 ギャグのつもりの軽口か、単なる自虐か。太一も気が動転しているらしい。謁見の間で三大国の国王相手に正面から渡り合った勇敢な少年の姿は見る影もない。
 どれ、そろそろ助け船を出してやろうか、と、騒ぎを起こした張本人が、他人事のように呟く。

「心配要らんぞカナデ」
「えっ」
「タイチを誘惑する気は少ししかないからな」
「少し!?」
「おっと言い間違ったか。毛の先位しかないぞ」
「まだ残ってる!?」

 わいわいはしゃぐ……もといぎゃあぎゃあ騒ぐ奏と、冷静に右から左へ受け流すレミーア。茫然と眺める太一。受けた傷が思った以上に深かったようで、どよーんと沈むミューラ。
 奏が小声で何を言ったのか。彼女は墓まで持っていくつもりなので、謎のままである。





◇◇◇◇◇





 お茶会の場所は城の真ん中にある中庭だ。庭園のようになっていて、その一角に屋根とテーブルが備えられたスペースがある。城の壁まではそれなりに距離があり、太陽の光を十分に取り込める作りになっている。
 ずっと城内での生活のサポートをしていたリーサに連れられてその場所に辿り着く。ホスト側のエフティヒアとシャルロットは、既に席に着いていた。
 二人が立ち上がり、そして優雅に礼をした。

「急なお呼び立てに関わらず、お応えくださってありがとうございます」
「いえ、お誘い頂きまして、光栄の極み」

 エフティヒアの挨拶に、一通りの社交辞令がするすると出てくるレミーアが応じる。
 促されて着席する。

「そんなに身構えなくても結構ですよ」

 呼び出されたからには何かあるのだろうと気を引き締めていた太一と奏に、エフティヒアが微笑んだ。こんなに柔らかい笑顔は、そう簡単に出来るものではない。彼女が穏やかな性格である証拠だろう。

「何か目的があってお呼びしたのではありませんから。強いて言うなら、そうですね……交流の場、といったところでしょうか。堅苦しいことは抜きにして。無礼講で構いませんよ」

 王女ともなれば公務などもあって決して暇な身分ではないはずだ。
 その合間を縫って設けられた交流の場。彼女らにとっては、恐らくこれも公務なのだろう。
 奏の予測は当たっている。賓客として迎えられている太一たちが王城に滞在している間に、一度くらいはもてなす機会が欲しいと考えたゆえの、この度のお茶会である。それ以外にも、決戦となるであろうとスミェーラが公言したため、自動的に出征が決まった太一たちの壮行会も兼ねているし、後は単純に、あまり話す機会が無かった太一と奏と話をしてみたいという、エフティヒアの個人的な希望もあった。

「二言三言言葉を交わした程度しか記憶にないのです。せっかくならば、異世界から来られたお二人とゆっくり話をしてみたい。これは、純粋な願いです」

 そう言われては、断る理由はない。
 了承した太一と奏に、エフティヒアは笑顔の華をパッと咲かせた。

「では、お茶と請けを用意しましょう。お願い」

 今回の給仕はシャルロットの侍女であるティルメアとリーサ。そしてエフティヒアの侍女、セリス。三人とも優秀なのは疑うまでもない。あっという間にテーブルの上が華やかになった。

「それでは、頂きましょうか」

 カチャリと音を立ててしまった太一に対し、エフティヒアとシャルロットは無音でカップを手に取る。流石の淑女っぷりを発揮した。美しい王女姉妹、実に絵になる光景だ。

「タイチさんとカナデさんは夫婦なのかしら?」

 のっけから飛び出した切れ味鋭い一撃に、含んだ紅茶を二人して吹きそうになったのはご愛敬だ。何とかこらえられたのはグッジョブと言っていいだろう。

「ふ、夫婦までは……」
「と、友達以上、恋人未満、ですかね、今は……」
「そうなの。仲睦まじいから勘違いしてしまいましたね。お似合いだと思うのだけど」

 頬を紅潮させる奏の横で、太一が目を泳がせる。挙動不審極まりない。

「ま、今は、ということだから、朗報を待つとしましょうか」
「!?」

 言質を取られた格好だ。単にからかっているだけなのかもしれないが。必要以上に突っ込んでこない姿勢からも、彼女の手強さが垣間見れる。優しそうに見えて強かだ。簡単に動揺すると、言葉尻を拾われてしまうだろう。

「タイチさんとカナデさんはお若いと聞いたのだけど、おいくつなのかしら?」
「えっと、俺が一五で」
「私が一六です」
「ということは、私の三歳下ですね」

 そう答えたのはシャルロット。彼女は現在一八歳だ。

「わたくしとは一回り違うの……ショック」

 よよよ、とあからさまに声を出して嘆くエフティヒアは、二七から二八らしい。どう見ても二〇代前半である。下手すれば一〇代でも通じるかもしれない。エルフならまだしも、エフティヒアは人なので天然の年齢詐称だ。
 ちらりと横を見て、鋭く視線を感じ取ったレミーアに「こっち見んな」と指先でびしりとつつかれた。

「……お若いですよ、とかお世辞もなしかしら?」
「そんな月並みなお世辞、姫様なら耳だこじゃないですか?」
「月並みでも、女は言ってほしい生き物なのよ」
「……覚えておきます」

 言いながら一切気にしていない様子。エフティヒアがニコニコしていることからもそれが分かる。
 用意されたスコーンが大方無くなったところで、リーサが追加を持ってきた。
 紅茶を口に含み、数拍間を置く。

「タイチさん、カナデさん」

 ほう、と一息ついてから、エフティヒアが口を開いた。

「良ければお聞かせくださる? あなた方が住んでいた国のお話を」

 それを話すのは問題ない。次元を越えた先にある世界の話に興味があるというのは当然だろう。
 日本の、世界の文明を簡単に説明しようと考えた奏は、手始めに科学的な面から入ることにした。

「火は、何故燃えると思いますか?」

 この世界に、この問いに答えられるものはいないだろう。レミーアでさえ、今もって分からないのだから。
 奏は人差し指を上に向ける。そこに、小さな火が灯った。

「私たちの世界では、これを燃焼と言います。詳しく説明すると長くなるので省きますが、燃焼の原理に則れば」

 指先で揺らめいていた火の色が徐々に青く変わり、炎も安定したものになる。
 劇的な視覚変化。これを見せられたら、説得力抜群だ。

「こういうこともできます」

 火がまた元の橙色に戻り、揺らめく。直後、ポン、とかわいい音と共に弾けた。

「今の小規模の爆発も、燃焼という現象です。私たちのいた地球は、自然現象、人工現象問わず、全てこうして理論的に説明しようとする世界です。私たちの世界には魔術という概念が存在していなくて、代わりに発達したのが、科学です」
「カガク……」

 聞いてもピンとは来ないのだろう。むしろ魔術というものに対して、ゲームやサブカルチャーなどで鍛え上げた現代っ子の太一と奏があっさり受け入れすぎた、とも言える。

「移動手段なんかは分かりやすいかなあ。ここからアズパイアまで、シャルロット姫様の部隊なら五個くらいまとめて一度に一時間以内に運ぶこともできますね」
「船が風なしでも動くっていうのもそうかな?」
「後は潜水艦とかだね」
「あ、潜水艦っていうのは、海中一〇〇〇メートル以上潜れたりする船のことです」

 矢継ぎ早に出てくる言葉と、信じられない水準の技術力。エフティヒア、シャルロットは言葉を失っていた。
 三〇〇キロの距離を一時間で踏破する。
 一〇〇〇メートル以上海を潜る。
 とてもではないが「はいそうですか」と受け入れられるものではない。
 しかし、疑うこともできない。太一と奏が「当然」という顔で、事実を淡々とあげつらっているからだ。

「凄まじい、世界なのですね……」

 シャルロットが呆然と答える。
 太一も奏も科学技術について専門的な知識はそこまで持っていないが、説明するには十分だった。

「平和を保つための技術も発達してます。医療なんかは最たるものですね」
「医療……怪我や病でしょうか」
「そうです。大抵の怪我や病気は治ります」

 治せないものもまだまだあるが、それも今後の発展によって解決してゆくだろう。
 そう考えれば、恵まれた世界だと言える。

「自分達の世界の人たちとか技術を、凄いなって思うことは何度もありますよ」

 しみじみと呟いた太一。同じ世界に住んでいながら別次元の成果を挙げる超人を何人もテレビやネットを通じて見てきた。
 この世界で例えれば、力を持たない一般人の目から見るレミーアやスミェーラといった人物が該当することだろう。

「お二人の異世界での日常はどのような感じだったのですか?」
「寝て、起きて、学校行って、遊んでから帰って、テレビ見て、寝る、です」
「端折りすぎ」

 ざっくりし過ぎた太一をたしなめ、奏が説明を始めた。学校での勉強、部活動や習い事。太一と奏は未経験、友人たちから聞くバイトのこと。
 大学受験に向けた勉強中であること。就職のこと。覚えている限りの社会制度、経済。世界の地理、歴史。
 全て語れば一日二日で終わるものではないので、さわりだけ話した感じではある。エフティヒアとシャルロットはもちろん、一度は話したはずのレミーアとミューラも退屈しない話だったようだ。
 奏と太一の話が一段落ついたところで、セリスがエフティヒアに耳打ちした。
エフティヒアは少し残念そうな顔をして、太一たちに向き直った。

「残念ですが時間が来てしまったようです。この場はこれでお仕舞いとしましょう」

 言われて、随分時間が経過していたと、太陽の位置を見て気付いた。

「最後に、皆さんにお渡しするものがあります」

 シャルロットがそう言って片手を挙げる。両手に何かを抱える二人の侍女が近づいてきた。彼女たちが持つのは剣と杖、そして指輪だ。

「これらは先の戦闘における皆さんへの報酬です」
「……どれも高級品ではありませんか」

 レミーアが思わず、といった顔で呟いた。
 ミスリルソードが二本、ルーンスタッフが一本、サブ媒体の白銀の指輪が一つ。どれも買おうと思えば軽く数千万の値が張る、冒険者垂涎の逸品。
 国王ジルマールとの約束では、無事内乱が片付けばきちんと報酬を貰うことになっている。
 そこから生まれた疑問を感じ取ったのだろう、シャルロットが答えた。

「これは、わたしと姉上からの個人的な報酬です。一〇〇〇人もの国民を、命を奪うことなく救ってくださったことに対するお礼です」

 命をお金で購おうというのが、そもそも間違っているのですが……と申し訳なさそうなシャルロット。しかし、王女である二人の権限内で用意できるのはこのくらいだと言う。
 お礼はしたい。例え物でしか謝意を表せないとしても。その結果の、今回の報酬である。
 用意された物がどうこうではなく、感謝の気持ち。

「ありがとうございます。使わせて貰います」

 民を救いたい。その一念から来たであろうこの謝礼は受け取ってもいいと太一は思った。
 それについて二人を疑いたくはない、と思ったのは、果して甘いだろうか。
 シャルロットに対しての蟠りが消えたわけではないが、いがみ、睨むつもりもない。ただ一言、シャルロットが腹を割った本音(・・)が欲しいだけである。

 同時刻、斥候からドルトエスハイムを中心とする軍勢が、六割近く編成が終わっているという一報がスミェーラの元に入った。
 エリステインの内乱は、終結に向けて佳境を迎えていた。

読んでくださってありがとうございます。
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