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異世界チート魔術師(マジシャン) 作者:内田健

第三章:ウェネーフィクスの乱

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策謀

 太陽が地平線の彼方に呑まれ、光が消えていった。
 紫色の空が徐々にその範囲を広げていく。
 そのさまを眺めながら、マルケーゼは手に持ったワイングラスを手で回して揺らす。
 そして、対面に座る男に、恭しく視線を向ける。
 同じくずっと外を見つめていた、ドルトエスハイム。
 彼はマルケーゼの視線を感じ取ったのだろう、外に向けていた目を、マルケーゼに移動させた。
 マルケーゼはじっと彼の視線を受け止める。
 二人の間を流れる時間。
 何秒か、何分か。

「お忙しいところ、お時間を頂きまして申し訳ありません。改めてお礼申し上げます」
「良い。侯がわざわざ早馬を出して面会を申し出るくらいだ。よほどのことがあったのだろう?」

 ずしりとのしかかるドルトエスハイムの声にマルケーゼの動きが止まるが、それも一瞬だった。
 マルケーゼはドルトエスハイムの言葉を肯定し、頭の中にある伝えるべき事柄を整然と並べ立てる。

「二点ございます。一つは悪い報告です」

 ドルトエスハイムはぴくりとも表情を変えなかった。

「では一つ目ですが。ダルマー男爵が死にました」
「そうか」
「兵士一〇〇〇人は全員王族派に捕らえられました」
「一人残らずか」
「左様です」
「一人ずつ捕らえたと言うのか?」
「いえ。同行した部下の報告によれば、戦術級魔術で一網打尽にされたそうです」
「ほう」

 ドルトエスハイムは「面白い」と呟いて腕を組んだ。
 彼が望むのはその先の情報。もちろんマルケーゼも分かっている。

「実現させたのは三種類の魔術。土魔術と水魔術、電撃魔術です」
「……感電か」
「ご明察でございます」

 特に魔術を研鑽していたわけではないドルトエスハイムだが、頭の中に蓄積された情報から答えを導いた。彼の立場は公爵。王族の次に立場が高い。鮮度の高い一次情報に触れる機会には事欠かず、所定の手続きを踏めば深度Aランクの情報さえ手に入る。そして彼の頭はただ体に乗っかる御飾りではない。

「足元の土を砂とし、そこに水を発生させて泥にする。その泥に電撃を流して感電させる。殺さずに動きを封じる、針の穴を通すような恐ろしいまでの緻密さでございます」
「そうか」

 マルケーゼはドルトエスハイムの表情を窺う。
 彼がこの程度の敗北で悔しがるような器量でないことは分かっている。ではどんな反応を見せるのか。マルケーゼの予想では「敵ながら天晴れ」といったところか。貧弱な創造力だとマルケーゼも思う。だからこそ読み取ってやろうと思ったのだが、ドルトエスハイムはリアクション一つせず、とうとうマルケーゼに感情のかけらすら読み取らせなかった。これでは正解かどうかも分からない。

「異世界の少年少女は何かしたか?」

 マルケーゼは肯定する。
 断定はできませんが、と前置きし、部下からの報告をそのままドルトエスハイムに伝えた。

「数百メートルを一撃で分断したと?」
「はい。三〇〇〇メートル離れたところからでも、信じがたい程の魔力を感じたそうです、それも一人の」
「一人か……召喚術師の少年だと、侯はそう言うのだな」
「恐らくは」

 マルケーゼが辿り着いた事実に、ドルトエスハイムも辿り着いていることだろう。

「では、悪いニュースです」
「聞こう」

 ドルトエスハイムの許可を得て、マルケーゼはもう一つのニュースを告げた。

「王都襲撃戦の三〇分後、サーワハ伯爵家が襲撃され、半壊滅状態に追い込まれました。犯人は三名の少年少女。いずれも手の付けようのない強さだったそうです」
「半壊滅か」
「はい。死者はいなかったそうですが、戦闘員は四割が重傷、再起まで最低でも一ヶ月。一番の被害は、金品が建物ごと吹き飛ばされた事です。伯爵の目の前で、建物が爆発で消し飛んだ、と。物資等の調達は絶望的だと、伯爵の名で申告が上がっております」
「やってくれる……王国軍の現場指揮官は?」
「軍旗から察するに、ベラ宮廷魔術師長と思われます」
「愛らしい顔をして、食えない女狐だ」

 ドルトエスハイムはそう言って笑った。
 これはミスリードを誘う罠だ。単に伯爵家を潰すことが目的と浅く読むと、痛い目を見るだろう。
 裏に潜む本当の意味は、貴族派への警告と挑発。
 貴族を一つずつ潰し、戦力を削っていくことが可能だという、警告。王国軍が疲弊することなく、伯爵家にたった三人で乗り込んで真正面から打ち破れるのなら、この手段を今後も取らない理由はない。本格的にぶつかるのが遅くなればなるほど、貴族派は弱体化を強いられるだろう。
 そしてそれが挑発にも繋がる。ベラは暗に「かかってこい」と言ってきているのだ。厄介なのは、その挑発に乗るのが貴族派にとっても最善だということ。乗らずに手をこまねいていれば、次から次へと各個撃破され、戦力がどんどん削られて行く。最後には「戦う前から負けている」状態に追い込まれかねない。クーデターを起こした側としては、これほど屈辱的な幕切れはない。
 ドルトエスハイムは決断を強いられたが、答えは既に出ていた。

「いいだろう。乗せられてやるとしよう。決戦の準備を始める」
「承知いたしました。直ちに周知いたします」
「うむ」

 肝の据わった公爵との差を痛感しながらも、それはおくびにも出さずにマルケーゼは恭しく礼をした。

「ところでマルケーゼ侯」
「何でございましょう」
「貴侯のところには、腕の立つ者はいるか」
「ええ、いないことはございませんが」

 ドルトエスハイムが何を言わんとするのか、マルケーゼはピンと来た。

「一人よこせ。我が方からも選りすぐりを一人用意する」
「畏まりました」

 開戦前に、時間稼ぎがてら一矢くらいは報いてやろうと言うのだ。
 もちろん、相手が相手だけに、通用すると楽天的になるつもりはない。一撃与えられたら御の字。逃げ帰れるのなら僥幸。仕留められたならば一生分の運を使い果たすことになるだろう。捕まり、帰ってこないことを念頭に置いた上での搦め手。
 かの少年少女に逃す気があっても、スミェーラがそれを容認するはずがない。捕まれば最期だ。

「では、委細は追って連絡する。決行は明日夜だ」
「承知いたしました。では、私はこれで……」

 マルケーゼの気配が遠ざかったのを確認し、ドルトエスハイムはぎしりと背もたれに身体を預け、目を閉じた。
 宮廷魔術師複数人がかなりの時間をかけて実現させる戦術級魔術を、たった一人で、それも一瞬で練り上げることができる。
 その少年は、その気になればこの国を丸ごと陥落させることが可能なのだろう。
 今なおそれをやらないのは、この国を支配することに興味がないのか、何らかの時を待っているのか。

「……陛下は、何をお考えでおいでか」

 ドルトエスハイムは掛け値なしに、前者であることを願った。最早次元が違いすぎて、人間にどうこうできるレベルではない。彼の願いが既に叶っていることを教えられる者は、この場にはいない。
 やがてゆっくりと上体を起こし、手元にある鈴を一度だけ、チリンと鳴らした。

「お呼びでございますか、旦那様」

 音もなくドルトエスハイムの前に現れた、カイゼルひげを蓄えた白髪の老人。隙の全く感じられない執事である。

「話は聞いていたな?」
「全て、手配は終えております」
「うむ」

 ツーと言えばカーと応える長年共に歩んだ執事の相変わらずの手際に、ドルトエスハイムは満足げに頷いた。
 ドルトエスハイムが隙を見せれば諫言も
辞さないこの優秀な執事との、ピリピリとしたやり取りが、彼にとっては心地よかった。

「ミゲールが言っていたことは本当だったな」
「仰る通りでございます」

 最初に聞いた時は、何をバカなことを、と一蹴しかけた。しかし彼が余りにも必死に訴えるものだから、少し突っ掛けてみたのだ。必死さを前面に出す部下の言葉は、鵜呑みにせずとも心のすみに留めておいて損はない。

「旦那様、少しお疲れのようですな」
「お前に隠し事は出来んな」

 ドルトエスハイムはちょい、と指を動かし、彼に指示をした。

「オールドー。少し付き合え」
「では、お言葉に甘えまして。久々に良いワインが入りましたので、一服といたしましょう」
「ほう。お前の目に適うものがあるのか。楽しみにさせてもらおう」
「ではお持ちいたします。少々お待ちくださいませ」

 優雅に礼をし、音を立てずに退室するオールドー。戦前の乾杯にはもってこいの夜になりそうだ。





◇◇◇◇◇◇





 戦を見事勝利で終えた翌朝。
 太一は頭を抑えてベランダで風に吹かれていた。
 今日は雲ひとつなければ、そよ風一つない見事な天気なので、横にいるエアリィに風を起こして貰っている。
 コップについである水を一口飲み込み、太一は「うえー」と呻いた。

「飲み過ぎた」
「見事な二日酔いだね」

 決して小さくは無い戦だった。
 そのため勝利祝いとして、ささやかな催しが執り行われたのが昨晩の話。
 太一はそこで調子に乗って酒を飲みすぎたのだ。
 お酒は二〇歳になってから、と咎める者は、この世界には存在しない。
 むしろこの世界では一五歳になったら飲酒が許されるのだ。

「たいち。お酒弱いの?」
「俺のいた世界じゃ、俺の歳じゃ法律で酒は禁止されてるんだよ」
「へえー」
「まあ。隠れて一杯呑むくらいなら、みんなやってたんじゃないかな」

 ふーん、とエアリィが呟いた。

「太一? あ、いた」

 シャツにロングスカートを履いたラフな格好の奏が部屋の中から顔を出した。
 パッと見て彼女は酒が残っている訳ではないようだ。「郷に従え」と、二~三杯は飲んでいたのだが、流石に酔っ払うほど飲みはしなかったようだ。
 マジメな彼女ではあるが、異世界に来てまで日本の常識に囚われるような堅苦しい性格ではなかったのだ。

「おう」
「何? 二日酔い?」

 湿った視線を受けて、太一は笑った。

「不覚」
「不覚も何も吐くまで飲んでりゃ当たり前でしょうが」
「まあ祝勝会だし?」
「空気を読んだってワケ? そんなんで免罪符になるとでも?」
「思ってません」
「ならよろしい」

 奏は太一の横に腰掛けて、同じく空を見上げる。
 雲ひとつ無い青空は、日本で見上げたものと同じ。
 ちょうど過ごしやすい季節なのだろう、長袖でも暑さを感じない。

「人を傷つけた」

 ぽつりと、奏が呟いた。
 空には、ぽつりと雲が流れている。上空はそれなりに風があるようだ。
 彼女が何が言いたいか、太一だからこそ分かる。

「ん。俺も何人か骨を折ったよ」
「私たち、日本だったら傷害罪で逮捕だね」
「せいぜい補導じゃないか?」

 そっか。と奏が言う。
 太一は水を一口飲んだ。

「殺さずに済んだのは、きっと運が良かった」

 ぴくりと、奏の肩が揺らぐ。
 綺麗事をずっと言い続けられる世界ではない。それが分かるくらいには、太一も奏も知識もあれば、人生経験も積んでいる。
 たかだが一五、六年で何を言う、と、大人が聞けば笑うだろう。

「いずれ、手にかけるかもしれない、ってことだね」
「その可能性は十分にあるだろ。俺たち強いし」

 台詞だけ汲めば自画自賛だが、自らを誇るような言い方ではない。
 ただ淡々と事実を述べた印象だ。

「覚悟決めておいた方がいいのかなぁ」
「昨日、スミェーラ将軍が「決戦になる」って言ってたしな」

 そして、レミーアやミューラもよく口にする事である。
 「この世界で、人を殺めたくない」という信念を貫き通すのは難しい、と。
 出来ればそうありたいと思う太一と奏。その考えは今も変わっていないが。

「一度殺してしまうと、歯止めが効かなくなりそうで」
「まあ、なあ」

 奏の物言いは極端であるが、言いたいことは分かる。
 殺すことに躊躇いを持たなくなってしまえば、それは単なる下衆である。
 いやそれ以前に、再起不能になるまで心が壊れてしまう可能性もある。
 日本でも殺人事件の報道を頻繁に見るが、そのたびに彼らの心境がとんでもないものであると、実際に命のやり取りをする人間を目の当たりにして実感する。

「でも。いつまでもレミーアさんやミューラにおんぶに抱っこじゃ厳しい」
「そうだね……」

 その必要がある場面には、今後も出くわすことだろう。
 その度にレミーア、そしてミューラに任せていては、彼女らに業を背負わせることになる。それはずいぶんと無責任だと思えるし、もっと言えば、その場面において二人が行動を共にしていない可能性もあるのだ。

「まあでも、殺さずに済むものをあえて殺す必要も無いよな」
「うん」

 その時が来たら考える。棚上げ論もいいところであるが、かといって積極的に人の命を奪って慣れる、という結論には行き着かないし、行き着きたくない。
 幸い、というべきか。太一も奏も、敵対した者を無力化できるだけの圧倒的な戦闘力がある。それでやっていけるうちはそれでいい。
 太一は半分まで残るコップの水をくい、と呷った。

「ま、出来ることを最大限やって、それでもダメなら考えよう」
「太一から「最大限」なんて言葉を聞くと違和感」
「ひでぇ」

 二人の笑い声が、青空に溶けて消えた。

「あ、そうだ」
「何?」

 立ち上がる太一を、奏が呼び止めた。

「王女様からお茶会に誘われたんだよ。私はそれを伝えに来たんだった」
「王女様? シャルロット姫?」

 そう問い掛けた太一に、奏は頷き。

「シャルロット姫も来るみたいだね。主催者はエフティヒア姫だけど。今ある中で正装して行かないとね」

 そんな畏まった服装は持っていない。
 冒険者の服装で良いだろうか。そもそもジルマールとの謁見でもその格好だったのだから。
 自分たちが冒険者であると考えれば、その格好は正装である、という言い分も何となく筋が通っている気がする。

「えーっと。俺、そんなとこの作法なんて知らないんだけど」
「私だって知らないよ」
「呼ばれたのは?」
「太一、レミーアさん、ミューラ、私」
「ふうん。何の用なんだろ?」
「交流の場、とか言ってたけど、何を話すのかはその場に行ってみないことには」

 それもそうだ。
 意図が読めずに首を傾げる二人。
 お茶会は一四時から。後三時間あまりである。
遅くなりました
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