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異世界チート魔術師(マジシャン)  作者: 内田健
第三章:ウェネーフィクスの乱

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魔法具・魔術石

 太一が見ている場所には、いつものメンバーが集まっている。言わずもがな、凛、ミューラ、レミーアの三人である。

 呼ばれなければ出番が無いので、今のところは暇だ。

 とはいえ、準備をしておきつつ、戦況をきちんと観察しておく必要がある。

 戦況の見極めが素人である太一や凛に出来るとは本人たちも思っていないが、それでも見ていないのとはだいぶ違うだろう。

 敵軍は待機状態だ。太一の一撃以降、進軍する様子を見せていない。

 一方ベラ率いる王国軍も、現在は待機状態だ。三キロの距離を、大地の裂け目を挟んでにらみ合っている。


「動かないなぁ」

「そうだね」


 かれこれ数分が経過している。

 すぐに開戦、両軍突撃とでもなるかと思っていた太一と凛は予想外の膠着に拍子抜けしている。


「あれも作戦かな?」

「どっちかが動くのを待ってるってこと?」

「……多分」


 ミューラとて軍の指揮などに精通しているわけではない。単体での戦闘力を生かした戦いであれば秀でたものを持つミューラであるが、軍勢同士の戦い方は、冒険者として生きる上ではそこまで必要なものではない。傭兵として徴兵された場合でも、言い渡されるのは個の力を生かした突破などだ。軍のように連携が出来るわけではない。


「ベラは後の先を取る作戦を採用している」


 そう教えてくれたのはレミーアである。


「後の先?」

「うむ。一旦受けに回る。手を相手に握らせるのだ。その中で、相手も受けに回らねばならない状態に陥れる。そうやって自分側に手を持ってくる戦法だ」

「……?」


 それを聞いても即座に理解は出来なかった太一だったが、作戦のうちだということは理解できた。聞いていて、めちゃくちゃ難しいんじゃないか。そう素直に感じたままレミーアに問うてみる。レミーアは「その通りだ」と頷いた。


「森の中で正解の木を一度で当てるような難易度だ。個人、団体問わず誰もが使う戦術だが、使用者のレベルによって当然その質は変わってくる」


 宮廷魔術師の総長であるベラは、防衛時の指揮能力は総司令であるスミェーラに匹敵するらしい。因みに、攻撃時の指揮能力に秀でているのはパソス。その両方を兼ね備えるのがスミェーラとのことだ。

 ベラの作戦は、受けに回って迎撃、耐えて敵の戦列が崩れたところで反撃。

 基本方針を簡単に表せばそうなるという。そこにさまざまな陣形、タイミング、相手の攻撃に対するカウンター、打って出るときにメインとして選択する攻撃方法などは複数選択があると言っていた。

 対局の詰みまで読み、そこから遡って現在。それをいくつものパターンで予測しているということだ。従う兵士たちからすれば頼もしいことこの上ない。

 ベラの年齢は二十代半ばだという。その若さでエリステイン王国軍で同率二位の地位を得ているのがその証明となるだろう。


「相手が行動を起こさなかったらどうするんです?」

「その時は一気呵成に攻め立てて叩き潰すだけだろうな。そもそも侵攻に来ているのに、待つという選択肢は得策ではない」


 時間を与えれば与えるほど、その分防衛側は守りを固められるし、攻め手に対してさまざまな対応を取るための準備時間に変えられてしまう。


「……あれ?」


 凛は眼の端で何かが光ったのに気付いた。

 視線を敵軍に向けた凛に倣い、三人も同じ方向を向く。

 そこから、炎の矢、圧縮した水の塊、空間の歪みで捉えられる風の塊、石でできた無数の針が眼に映った。


「魔術か!」

「一〇〇〇人全員が遠距離を撃てるの!?」


 それらが一〇〇〇の軍勢の上で一瞬留まり、高速で自陣に向かって飛来してきた。

 眼下で組まれた隊列のそこかしこで、無数の魔術が炸裂する。

 一発一発は初級から中級レベルの魔術だが、その数が半端ではない。

 

「慌てるな!」

「普通に対処すれば恐れる必要はない!」


 大声があちこちからあがる。

 騎士は冷静に飛んできた魔術を受け流し、宮廷魔術師は結界を張って魔術を弾く。

 確かに、彼らにとってはこの程度は容易いようで、問題なく対処できている者が多数。ただ眼に映っただけでも数名が被弾している様子が見て取れた。流石にあれだけの数が一度に飛来すれば、死角も出来るということか。


「レミーアさん」

「あれは、異常だな」


 正式に騎士となれば、初級から中級の魔術を使えるのは普通だ。

 むしろ、使えなければ騎士という職に就くことは出来ない。冒険者となるにも魔術を使えることが必須条件というのが、それをよく表している。

 一般的に、魔術の射程は遠くまで狙おうとしてもせいぜい一〇〇メートル。普通に戦う分にはそれだけ遠くまで届けば十分であり、遠距離狙撃を必要としない。近接戦闘をあまり行わず、砲台を務める魔術師ならば必須となるだろうが。

 例えば同じファイアボールでも、二〇~三〇メートル先を狙うのと、一〇〇〇メートル先を狙うのとでは、術式に組み込む命令に差が出る。まずは標的まで威力を失わずに届かせる事が前提となる。距離に応じて複雑になるのは言うまでもなく。消費する魔力も当然多くなる。

 騎士と宮廷魔術師であれば、遠距離を狙撃する役目を担うのは宮廷魔術師だ。近距離から中距離までを担う騎士には必要としない技術。

 つまり、敵は宮廷魔術師レベルの魔術師を一〇〇〇人揃えてきた事になる。

 騎士と宮廷魔術師は、王族側と貴族側でほぼ仲良く分け合っているため、全員が出動した可能性が高いのだ。

 しかし。


「宮廷魔術師を全員使ったのか? それならこんな戦術を選択することにどんな理由が……いやそれ以前に、残り三〇〇人はどうやって……」


 口元に手を当てて、レミーアは思考の海に沈む。

 宮廷魔術師の数は、国内総勢一五〇〇人。王族側に八〇〇人。貴族側に七〇〇人が回っている計算。そもそもの計算が合わないのだ。


「ミューラ、見える?」

「届かないわね。リンは?」

「私にも無理。太一は?」

「ん? あ、見ろって?」

「……なんで見てないの」

「あーいや、うん。真下を見てました。スイマセン」

「はあ。お願いできる?」

「オッケー了解」


 太一は魔力の強化を目に向ける。遠見の道具よりも、ミューラや凛の視力強化魔術よりも更にはっきりと見るために。目の前に人が立つくらいまで、三〇〇〇メートルの距離をゼロにする。


「んー……と」

「見えた?」

「見えた」

「杖持ってる?」

「いや、持ってない」


 持っていない。

 ますます謎が深まる言葉に、全員の視線が集まる。

 それだけの魔術を使うのならば、媒体を介するのが普通だ。凛もレミーアも今まで行わなかったが、長距離を狙うのなら媒体が必要となる。


「えっと。あ、指輪が光ったな。で、ファイアボールが出来た。あー、なんか皆それだな」

「指輪が媒体なの?」

「……指輪を媒体とする魔術師っていうのは、いるにはいるんでしょうけど、あまり聞かないわね」


 揃って首を傾げる凛とミューラ。

 基本的に魔術師の媒体は杖である。

 もちろん、指輪や水晶も媒体となりえるが、その携帯利便性ゆえに、杖ほどの効果を持たせたものはとても高価なのだ。

 例えば一〇〇〇〇〇ゴールドの杖があったとしよう。それと同じ効果を持った指輪を手に入れようとすれば、軽く一〇倍の値が張り、水晶でも三倍から五倍の値段がする。

 よほど使い道がなく金に困っていない道楽者でなければ、とてもではないがそんなものに手は出せない。まして魔術師にとって媒体は消耗品なのだ。激しい戦闘で破損することもままある。

 せいぜい補助媒体として忍ばせておくくらいだろう。


「……タイチ。今、何と言った?」

「ん? 指輪が光って、ファイアボールが出来た?」

「……」


 レミーアが顔を上げる。普段ではめったに見せないようなかなり厳しい顔を浮かべていた。


「……どしたの?」

「知識とは、持っているだけでは何の意味も無いことを今更ながらに思い知ったところだ」


 しかめた顔を緩め、自嘲を浮かべる。


「タイチが見えなかったら、ずっと気付かなかった。それは恐らく魔術石だ」

「まじゅつせき?」


 魔術石とは、石そのものに属性が付加され、さらに魔術の術式が数個納められている魔法具。納められている魔術の名を唱えれば、魔術を使えなくても、使用者の魔力を使い魔術石が代わりに行使してくれる。属性と魔力があっても、魔術を使えるようになる確率は世界人口の二割強という現実を考えれば、その有用度は明らかだ。本来なら死んでいるはずの魔術の適性を生かすことが出来るのだから。当然だが、魔術石なら何でも良い訳ではない。使用者の属性と同じ属性が付加された魔術石である条件はあるのだが。


「指輪の媒体と魔術石の見分け方は?」

「指輪を媒体に魔術を唱えても、別に光ったりはせんからな。杖も水晶も同じことよ」

「なるほど」


 逆に魔術石は発動時には必ず光るという。


「しかしあんな高いものをよくもまああれだけ……」


 レミーアは呆れている。

 それもそのはず、手に入れようと思えば、品質が最低でも一億ゴールドはする。

 魔術石の品質を判断する基準は使用可能数、収められた魔術の種類、或いは数。

 並みの質の魔術石で四億ゴールド前後、高級品と分類されれば、最低でも一〇億を下回らない。正に桁の違う価値を持つ物。

 魔術石に使われるのは、それぞれの属性に当てはまる鉱石だ。火属性はルビー、水属性はアクアマリン、風属性はエメラルド、土属性はトパーズ。宝石であることも、値段がつり上がる要因だ。

 魔術を使うということは、全世界人口の中で二割に入る権利である。地球出身で、チート性能な魔術能力がある太一と凛にはいまいち理解が追い付かないが、この世界の人間にとっては、その高額な対価を払うに値するものなのだ。

 因みに太一と凛は、魔術石の存在は初耳である。自分で使える者にとっては無用の長物。ミューラは「いつかチラッと聞いたのを思い出した」というリアクションで、詳しくは知らなかったようだ。彼女も自分で高いレベルで魔術を操れるため、特に必要としない知識であった。冒険者をやっていて、魔術石を恒常的に使うような者に出会うこともないからだ。魔術を使えなければ冒険者になれないのだから、さもありなん。

 因みにこれらを求める層は、金が余っている者だ。属性があることが分かっているが、魔術を使えない。そういった人物が、武器と同じく護身用に求めたり、或いはもっと単純にコレクターがコレクションとして求めたり。


「一〇〇〇人分の魔術石が用意可能なほど、貴族は潤っているのか?」


 最低品質のものでも一〇〇〇個集めれば一〇〇〇億ゴールドである。そんなもので、王都を攻められるような使い方に耐えられるとは思えないとレミーアは言う。


「……魔術石って、そんなに強い魔術が付加できるんですか?」

「いや、中級魔術が限度だろうな」


 中級魔術ならば、それほど脅威ではないだろうなと凛は思う。ミューラが駆使する初級魔術のが余程厄介に感じられた。一般兵が相手ならまだしも、騎士相手には苦しい。宮廷魔術師には、通用すると思う方がおかしいレベルだ。


「道具に頼った魔術が通用するのは、魔術が使えない盗賊や低レベルの魔物が限度だろう。中級魔術とて、扱いがなっていない者が使ったところで、さして脅威はない。だが、今回懸念すべきはそこではないよ」


 レミーアがそう呟くと同時に、ミューラが剣の柄を握る。その行動の意味が分からない者はここにはいない。

 きらりと光る銀糸が風を裂く。重い音を二回立てて、石の塊が足下に転がった。どうやら土属性魔術の流れ弾のようだ。

 キン、と鳴る音は、剣が再び鞘に納められて発したもの。床の石を一瞥し、ミューラは顔を上げた。


「確かにこの程度の威力なら、大して気にする必要は感じないですね」

「うむ。腕を上げたなミューラ」

「このままだとタイチとリンに全部持っていかれちゃいますから」


 とっさに返事が出来ない太一と凛を見て、苦笑するミューラとレミーア。


「話を戻そう。魔力を使い切ると魔術が撃てなくなる。当たり前だな」


 常識も常識。三人が頷く。


「魔術が使える者は、自分の魔力がどのくらい残っているかを何となくでも感じ取れる。魔力を操作できるのだから、それも当たり前だな」


 魔力の操作能力は魔術を使うには必須である。操れなければ暴発して、自分はもちろん、周囲までもが傷付いてしまう可能性もある。


「魔力切れによって起こる倦怠感は、魔術師の自衛本能だ。『これ以上は撃てない』という身体の悲鳴だ」


 レミーアを含め、ここにいる全員が魔力切れを体験している。かなり辛いものだ。


「さて、ここで魔術石を使う際の弊害が出てくる。魔術石はな、壊れるまでは幾らでも使用可能だ」

「魔術石の使用可能数ですね?」


 凛が問う。


「その通りだが、それだけではない。壊れるのは、使用者の肉体も然りだ」


 レミーアの言葉に、太一も凛もミューラも、返事ができなかった。


「魔術に触れてこなかったのだから、魔力操作が稚拙でも不思議ではない。魔力切れによる倦怠感が何なのかに気付かないことも十分考えられる。魔術石は、その状態でも使えるのだ。使用者の生命力を強引に燃料にしてな」


 三キロ先の敵軍を見る。彼らは今も次々と魔術を生み出していた。


「魔術石による魔力の消費は大した量じゃない。やつら全員が魔術石に頼っているとは断言できん……が、このまま行けば、私たちは凄まじい人数の自滅死を目撃することになる可能性が高い」


 今回の自軍の編成は、敵軍の攻撃に危機を覚えるような布陣ではない。戦に勝つという目的そのものであれば、耐えて自滅を誘う選択もあり得るだろう。

 だが、感情がそれを許容できるかといえば、否だ。

 魔術石について敵の指揮官がどこまで知識があるかは分からない。魔術石にそのような副作用があるとは露知らず、兵が魔術を使えるようになったからと意気揚々戦場に出てきたのかもしれない。それでさえ看過できるものではないが、問題はそうなると分かっていてあえて魔術石を使わせている場合だ。

 味方に「死んでこい」と言っているようなもの。ましてその副作用を説明していなかったとしたら、兵士は自分が敵の攻撃を受けなくても死ぬことすら知らないのだろう。

 この場合で説得力をかろうじて持たせられるのは、使用者が「死ぬ」と分かっていながら、上官の命令に従っていることだ。つまり玉砕覚悟。それでさえ、万人から共感を得られるものではないのだが。


「そんなの、止めさせなきゃ!」

「レミーアさん、何か方法無いのか?」

「あるから話したのだ。私とて魔術師。戦い、戦場に散るのならいざ知らず、そのような末路になると分かっていて手を打たぬ気はない」


 レミーアはくるりと振り返り、本陣を見据えた。


「そういうことだ、ベラ。お前にも協力してもらうぞ。聞いていたのだろう?」


 大声を出しても届くような距離ではない。まるでそこにいる人物に声をかけるような声量だった。だが、ベラは本陣から顔を出し、こちらに向かってやってきた。


「いつからバレていましたか? レミーア様」


 ベラは「視線は向けていなかったはずですが……」と呟く。


「ん? 私が指揮官ならそうすると思ってな。現に聞いていたのだろう?」

「参りましたね……」


 レミーアの話はもちろん無駄は無いだろうし、太一の規格外な強さがもたらす常識外の言葉も、聞き逃すのは損というものだ。

 ズバリ言い当てられたベラは前髪をくるくると指で巻き、苦笑する。


「大当たりです、レミーア様。話は聞いていました。無論協力させていただきます」

「うむ。では、いくつか質問をするぞ。タイチ、リン、ミューラももちろん役を割り振るからな」


次の話で王都攻防戦は終わりの予定です。


読んで下さってありがとうございます。


2019/07/16追記

書籍化に伴い、奏⇒凛に名前を変更します。

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