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異世界チート魔術師(マジシャン) 作者:内田健

第三章:ウェネーフィクスの乱

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開戦前

酷い難産でした。
 寛いでいたところを急に呼び出され、何事かと思えば、敵襲だと告げられた。
 敵の数はおよそ一〇〇〇。明後日に王都前正門から視認できるようになるという。
 他にもあれやこれやと話があったと思うが、太一が重要だと感じた情報はそれだった。
 出撃する必要はあるのだろうか。一番確認しなければならないのはそこだ。行けと言われれば行くし、来なくていいと言われれば昼寝でもしているつもりだ。助けたい気持ちに偽りはないが、でしゃばって邪魔になるかもしれないという気持ちは確かにある。
 戦争については素人もいいところで、詳しいことは全く分からない。攻め込まれたら守るのではないか? 太一はごく単純にそう考えていた。そして防衛戦に必要だと言われればついていくまでだ。だが、実際はそう簡単なことではないという。

「陽動の可能性が捨てきれません」
「別動隊が本隊である場合もありますからな」

 ベラとパソスにそう解説される。

「複数箇所同時進攻を企てている可能性は低い。そういう報告は聞かないからな。警戒するとすれば、敵軍の後ろに本隊がいる、ということ位だが……まあそれはこちらも増援を出せば済む話だ」

 更にスミェーラが続けた。
 諜報要員は王都全方向をカバー出来るように配置しているが、別方向に敵部隊は見当たらないという。
 魔術による隠密行動は、レミーアが「二桁単位の人間を隠匿する魔術はない」と断言したことで切り捨てられた。そもそも姿を隠す手段は、光属性───つまりはユニークマジシャンにのみ扱える術だという。そしてエリステインに光属性を持つ術者はいないとのことだ。
 今まで隠れていた光属性のユニークマジシャンが貴族派に協力している可能性についても訊ねてみたが、その可能性は極めて低いと断言された。国にとってのユニークマジシャンの位置付け、光属性の特徴等を鑑みれば、ユニークマジシャンであることを隠すメリットは殆ど無いらしい。
 目の前に一〇億円の小切手があり、それが自分のものだと言われた後にあえて焼き捨てる行為である。事実かを疑いはするだろうが、信じられないからといきなり焼き捨てはしないはずだ。焼き捨てるのは偽物だと判明してからでも遅くはない。本物なら一〇億円が手に入る。嘘でもガッカリはするだろうが、損をするわけではないのだから。
 最低でも損はせず、むしろ一生涯の富裕層入りを国から認められる権利を持つのがユニークマジシャンという存在。普通に考えて、それと引き換える価値のあるものはそうないだろう。
 光属性のユニークマジシャンが敵にいるという可能性について、太一と奏を除いた全員が同じ見解。
 もしかして、は幾らでもあるだろうが、完全無欠な作戦は無いとのことだ。可能性が低いものから切っていく、とスミェーラは述べた。

「気になるのは、敵の軍勢が全員一般人ではないか、ということだな」

 ジルマールはそうごちた。
 全員武装していないという報告なのだ。
 仮にも王都に攻め入るのに、全くの丸腰というのは不可解極まりない。
 相手が全員戦に卓越しており、武器を隠し持って相手の油断を誘うカモフラージュではないか、という懸念もあるが、攻める標的が標的なので、防衛には騎士や宮廷魔術師が当たると考えない方がおかしい。
 王族派と貴族派の勢力比は先日話に上がった通り。突出した兵など数えるほどしかおらず、個々の質は同等。同じ国の中なのだから当然である。
 いくら騎士や宮廷魔術師とはいえ、同じ強さの敵相手に装備品が不十分では勝ち目など無いに等しい。だからこそ油断を誘った上で玉砕覚悟なのかという考えに至るのも当然と言えるが、報告では進軍の足並みがまるでずぶの素人で、素人を演じている気配もないようなのだ。
 聞けば聞くほどに暴挙としか思えない敵軍の行動が、ジルマール以下首脳陣の頭を悩ませている原因とも言えた。
 思考の坩堝に陥ったなら時間の浪費。等しく時が流れる世界で、遅れることは対応が後手に回ることを意味する。それを狙ったのなら敵ながら天晴れだが、そのアドバンテージを生かせないとなると時間を稼いだ意味がない。
 うんうんと悩む大人たちから数歩下がったところで成り行きを眺めていた太一は、同じく横にいる奏に問い掛ける。

「貴族派の狙いは何だと思う?」
「うーん……何か秘策があるとは思うのだけど……」

 無難な解答。いくら奏でも、戦争の判断までは及ばないようだ。

「案外、何も考えてなかったりして」

 奏の隣にいるミューラがそう呟く。シンプルすぎる答えだが、それもあり得るだろう。
 元々捨て駒、敵に考えさせて時間を奪う事そのものが目的というのも成立する答えである。現場レベルでは何も考えていなくても問題ない。少々こじつけ感は否めないが。

「太一ならどうする?」
「相手が魔物だったら、俺一人で行ってエアリィの魔法でさくっとぶっ飛ばして帰ってくる」
「魔物だったらねえ……」

 さくっとぶっ飛ばすには躊躇う相手である。

「近付けさせない、っていうのは?」

 ひらりと舞うエアリィがそう述べる。

「近付けさせない?」

 ミューラが問い返す。

「うん」
「どうやって?」
「えっとねえ。大地割りとか」
「風の刃でぶった切る的な?」
「的な」

 出来る前提の会話である。トンデモトーク炸裂だが、太一とエアリィに常識は通用しない。

「後始末が大変ね、それ」
「それはほら、気合いで!」

 むん、と両手をぎゅっとするエアリィ。とても可愛らしくて結構だが、精神論でなんとかなるなら苦労はない。

「いや、それで行こう」

 ふと声が掛けられる。その主はレミーアだった。他の大人たちの視線もこちらに向いている。

「それで行こうって、いいのかよ?」
「近接戦闘は回避できるからな。妙案など出なかったのだし、第一損はしない」
「さいですか」

 雑談で出てきた戯れ言レベルの発言を拾われ、太一は唖然とした。エアリィは横でけたけたと笑っている。

「ジルマール陛下、スミェーラ将軍、いかがですか?」
「悪くないですね。陛下、私はレミーア殿の意見に賛成です」
「良かろう。二人が有効だと思うのなら任せよう。委細についてはそちらで決定するといい」
「はっ!」

 跪くスミェーラに、倣う軍人たち。
 あれよあれよという間に決まってしまった。

「そういう訳だ。お前たちにも出撃してもらうことになった」
「近接戦闘の可能性が低くなるのなら、騎士の数は減らせますかな」
「撃ち合いになった時の為に、宮廷魔術師の数は増やしましょうか」

 作戦の立案が始まっている。どうやら本気らしい。もう諦めるしかなかった。
 結局、騎士が一〇〇〇名、宮廷魔術師が四〇〇名動員されることになった。相手が一〇〇〇であることを考えれば、戦力差はかなり大きい。
 出発は今夜。陣営を築いて明後日と試算されている敵軍勢の到達を待ち構える予定だ。相手は素人。こちらの動きを察知して進路を変えても、簡単には対応できまい。一方王族側は練度の高い正規軍である。指揮系統や統率力、極端に言えば一挙一投足までレベルが違う。どんな秘策があろうと、相手が一般人に身をやつした騎士や宮廷魔術師でやっと近いところまで来れる、という認識であった。この時は、まだ。
 作戦会議から翌日は何事も起こらず、更に一夜明けて。

「敵部隊発見! 距離三〇〇〇!」

 正門の上、高台から遠見ができる器具で様子を探っていた兵士から、陣営に報告が入った。

「来ましたね」

 今回の陣頭指揮を取るのはベラだ。スミェーラとパソスは不測の事態に備えて王城で待機。指揮官が全員同じ局地戦に携わる必要はない。むしろこの戦闘さえ、本来の戦ならばベラの下の階級にいる将兵が受け持つレベルのものだ。言うまでもなく、理由があっての人選である。

「ではタイチ殿。お願いします」
「りょーかいっす」

 気の無い返事は、太一の実力を知らなければ不安さえ覚えるものだろう。
 しかし、不安になる要素はない。太一の強さがずば抜けている事は分かりきっている。
 ふわりと小鳥が舞うように、太一は地面を蹴って飛び上がった。軽々と外壁の上に跳ぶ脚力にその片鱗が見え隠れする。太一にとっては大したことはない。王城の塔ほど高くはないだろうか。それでも遮るものがないため、見晴らしはとてもいい。
 三キロ程だろうか。離れたところに見付かる黒い塊。視力を強化して見てみると、やはり多数の人だった。

「あれか」

 あの連中を近付けさせない。それが、太一に与えられた役割だ。その後どうするかは国の仕事である。背後に誰かが降り立った気配を感じる。振り返ってそこにいたのはベラだった。

「折角ですから、見物させてもらいますね」
「いいっすよ」

 太一は視線を戻し、イメージを固める。大地を切り裂く風の刃を落とす。全長で一キロ位を切れればいいだろうか。

「とりあえず、七割ってとこか?」

 魔力を溜めて、エアリィを喚び出す。足りなければ何度でも撃てばいい。充填した魔力をエアリィに渡した。

「じゃー、やってみるね」
「よろしくな」
「うん」

 エアリィはひらりと羽を翻し、右手を顔の横に持っていった。
 狙いどころを考えているのか、しばし沈黙が続く。その間にも、一〇〇〇の軍勢は少しずつこちらに近付いている。

「それっ」

 右腕を払うエアリィ。
 一瞬間を置いて。
 爆音と砂煙を撒き散らし、大地が割れた。

「……っ」

 横で見ていたベラは思わず息を呑んだ。この規模の魔術は何度か目にしたことがある。儀式と、十数名の宮廷魔術師による魔法陣を駆使した上での戦略級魔術である。放つまでに半日は要しただろうか。
 やがて砂塵が晴れ、幅十数メートル、長さ八〇〇メートルはある巨大な裂け目が大地に口を開けているのが見えた。
 おー、よく切れたな、と言っている太一をまじまじと見てしまう。
 あれだけの威力を見せておいて、まだ七割と嘯いた。王城を一撃で押し潰すと言ったのは嘘ではなかったということか。
 ベラは一度頭を振って気を取り直す。今は驚くより先にやることがあるのだ。

「いいものを見せてもらいました」

 内心の驚愕を押し殺せたのは、地位と経験のなせる技か。くるりときびすを返して、ベラは外壁から飛び降りた。
 あんなもんでよかったのか、と聞こうと思った。近付けさせないと言う目的は達せられるのか。しかし、不満があるなら言ってきているはずである。
 この後の作戦は、呼ばれない限りは軍が行うことになっている。せっかくなので高みの見物をさせてもらう。太一は外壁の縁に腰掛けて敵や味方がどう動くのか、注視することにした。





◇◇◇◇◇◇





 目の前で起きた光景が、ダルマーは信じられなかった。
 数百メートルを一撃で破砕するなんらかの力が、自軍から一キロほど離れたところに着弾した。
 即座に進軍を止め、様子を探る。
 斥候に確認に行かせたところ、長さは少なくても五〇〇メートル以上、幅は十数メートルに及ぶという。
 とんでもない一撃。精霊を操るという異世界の少年。先日ダルマーに赤っ恥をかかせたあの憎たらしい少年の仕業か。即座に浮かんだのは彼の顔であった。
 これだけの力があるとすれば、勝ち目など無いではないか。
 思わず腰が引ける。圧倒的過ぎる力を目の当たりにした人間の、当然の反応であった。

「怖じ気づく必要はありません。ダルマー男爵閣下」

 ダルマーの後ろから近づく長身の男。口ひげを撫で付けながら、ダルマーの横に立つ。

「イニミークスか……」

 イニミークスはダルマーを一瞥し、視線を前に向けた。
 その先には四桁に上る人の姿。

「我々を仕留めるつもりなら、あれを最初からここに撃てば良いのです」
「ど、どういうことだ?」

 情けない顔でダルマーはイニミークスにすがり付いた。

「射程距離が足りないのか、或いは我々に当てなかったのは何か理由があるか、ですね」
「そ、そうか! そうだな!」
「そうですとも。これ以上は近付くのは危険です。さあ、目にもの見せてやりましょう」
「うむ! 見ていろ、我々の覇道を邪魔する者共め!」

 ダルマーは意気揚々と二歩前に出た。
 その様子を、イニミークスは冷たい目で見詰めている。
 あれだけの破壊を目の当たりにした一〇〇〇の軍勢は、微動だにしていなかった。

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