エリステインの重鎮たち
国王の執務室。王が執政を行う場所。重要な案件が捌かれるこの場所に、太一と凛らは連れられた。
こちらから提示した条件が呑まれたため、「依頼を受ける」とレミーアが改めて決定した。その流れで王族側の陣営の紹介と、現状の情報公開が行われることとなったのだ。
ずらりと並んだ、三大国家の一つを運営する重鎮たち。
あれだけ太一に圧倒されたにも関わらず、彼らの目はしっかりとこちらを見詰めている。太い芯がど真ん中を貫いているのだろう。
「では、改めて紹介しよう。ここにいる者たちは予の腹心と右腕。予が最も信頼する者たちだ」
腹心と明言する辺り、彼がどれだけ信頼しているかが窺える。
ジルマールの言葉を受け、まず前に出たのは、彼の横に立っていたあの美しい女性だ。
「では、わたくしから自己紹介させて頂きますね」
にこりと柔らかく微笑まれ、太一に限らず凛も見とれた。
「第一王女、エフティヒアでございます。エフティと愛称で呼んでくださって結構ですよ」
第一王女。年齢不詳の彼女はシャルロットの姉らしい。
不躾極まりない感想だったが、どうやら顔に出さずに済んだようで、誰からも反応はなかった。
「はっはっは。美しいだろう。エフティヒア様もシャルロット様も、エリステイン自慢の美姫だからな。見とれるのもよう分かる。見慣れてる筈のわしも見とれるくらいだからな」
次いで矢継ぎ早に言葉を紡いだのは、頭頂部が禿げた背の低い恰幅のいいエロ面の中年親父。失礼甚だしいが、正直な第一印象だ。
「ヘクマ。名乗ってからにしなさいな」
エフティヒアにたしなめられ、「いや失礼」と禿げ頭をぺちりと叩いた。
「エリステイン魔法王国、当代の宰相を務めているヘクマ=コドラだ。こう見えて仕事は出来るから勘違いするでないぞ」
愉快な親父である。だが騙されてはいけない。彼の眼は鋭い。こちらを見極めようと、細かい事も見逃すまいと皿になっている。その外見と気さくな振る舞いに一体何人が油断させられてきただろうか。
「自分で自分を優秀などとよく言えるな」
「事実だから仕方あるまい」
「全く。誇張でないから始末におえん」
燃えるような紅の髪をかきあげながら、ため息をついて一歩前に出る妙齢の女。背はレミーアよりも高いかもしれない。槍のような眼光はそれだけで人を射殺してしまえそうだ。
「将軍、スミェーラ=ガーヤだ。協力感謝する」
無駄に言葉を口にしないその姿勢に好感を抱く。ただし、自分達に力がある前提だ。もしも異世界に来たばかりの状態だったら、彼女の前に立つのはごめん被りたいと太一は思う。冗談抜きで目で殺されてしまいそうだ。
「私の横にいるのは騎士団総長のパソス=ファクルと宮廷魔術師総長ベラ=ラフマ。私は騎士団と宮廷魔術師の双方の責任者だ」
パソス=ファクルは銀色の甲冑に身を包んだ白髪の大男。体躯だけならバラダーにも劣らない。その強さは彼以上だろう。見た目壮年だが、鍛えられた身体は積み上げられた時の流れを感じさせない。剣をカチリと鳴らし、目礼をしてきた。
そしてベラ=ラフマ。濃い緑の生地に金色の刺繍が施してあるローブを身に纏っている。宮廷魔術師の長。見た感じは結構若い女性だ。優れた才能に胡座をかいていたら到底辿り着ける領域ではないはずだ。どれほどの研鑽を積んだのだろうか。
「久しいな、ベラ」
「ご無沙汰しています。レミーア様」
言葉を交わしあう二人に視線が集まる。
「知り合いか?」
スミェーラの問いに、ベラが頷く。
「はい。以前、不覚を取ったところを救って頂きました」
「ほう。お前ほどの魔術師が不覚を取るとはな」
興味深そうなスミェーラに、ベラは恥ずかしげだ。
「駆け出しの頃の話です。お恥ずかしい」
「腕を上げたようだな。宮廷魔術師長とは驚いたぞ」
「レミーア様にはまるで及びません」
彼女のレミーアを見る目には、尊敬の感情が強く出ていた。
まだ彼女を知らないが故、気付けなかった事実もあるのだが。
「謙遜も程々にな。後でお茶の機会でも設けよう」
そう言って、レミーアはスミェーラに顔を向けた。
「済まんな。続けてくれ」
二人の久々の再会を特に遮らず見ていたスミェーラは、レミーアから差し出されたバトンを頷きながら受け取った。
「基本的にはこの二人の指揮下に入ってもらう。状況によって変わるが、基本方針は今述べた通りだ」
ジルマールに確認もせずに決めていいのか。そんな考えも浮かんだが、何も口を挟まないところを見ると、任せているのだろう。
部下を信頼し、権限を与えて自由にやらせ、責任は上が取る。優れた組織で取られる形の一つである。太一と凛も、日本で社会人として数年過ごしていれば、そこに気付くことが出来ただろう。
「陛下。紹介終了致しました」
低頭し、バトンをジルマールに返すスミェーラ。
「うむ。ここにいる者に、肩書きだけの木偶の坊はいない。困ったことがあれば何でも言うと良い。無論、直接予やエフティ、シャルに言っても構わぬ」
太一は「誰に聞いてもいいのね」と素直に受け取ったが、凛はそう思わなかった。直接王に訴えることが許されるなど、普通はあり得ないはずだ。破格の条件と言っていい。
ジルマールの胸中にどんな思いが去来しているか、凛には分からないし、たかが一六の小娘に読み取らせたりはしないだろう。
凛が思い付く理由としては、太一が予想以上に凄まじかったため、不自由させずに王族派でいてもらおうと考えたか、位だ。
強ち間違っていないだろうと思う。太一が味方にいた方が、勝てる確率は格段に上がる。もちろん絶対は無いが、凛なら、敵対組織に太一がいたら敵前逃亡を選ぶ。相手にしたら負け。太一と戦うなどどんな罰ゲームだろうか。魔力強化しか手持ちに無い状態で、半分の力も出されずに負けてしまうのに。レミーアやジェラードは、太一が一〇〇の状態になったら、束になってかかってもかすり傷一つ負わせられないと評していた。
今はそれに加えてエアリィまでいる。とてもではないが勝てると思えない。やる前から戦意喪失だ。
「では、状況を説明する。ヘクマ、頼む」
「はっ」
ジルマールに促され、ヘクマが一歩前に出た。
「わしからは概要だけを簡単に話すとしよう。疑問が生まれたら都度聞いてくれ。一から一〇まで話したら、一晩ではとても時間が足りんからな」
王族派と貴族派の歯車がずれ始めたのは、凡そ三〇年程前の事だった。
最初は小さなずれだったという。
それでも、国の運営はしていかなければならないため、お互いに妥協点を見つけながら何とか政策を決めてきたらしい。
政治としては、その形はむしろ悪くはなかった。
全てが王の考えで決まってしまえば、それは独裁政治だからだ。そのような形を望まなかった先王は、貴族から出される反対意見にも熱心に耳を傾けた。貴族派も、王が聞く耳を持たないわけではなかったため、歯車がずれていても、目立った反発はなかった。言いがかりにしか思えないような反論にも、何か生かす点が無いかと先王がきちんと拾ったからだった。
対立が目立ち始めたのは、二〇年前の事。
他国との交流を強めようという政策方針が打ち出されてからだった。
無論、それまで交流がなかったわけではない。貿易や知識、技術交換、王族同士の交流もそれなりには行われていた。
先王はそれを更に強くしようとしたのだ。
今思えば、その時からくすぶる火の温度が高まり始めた、とヘクマは述懐した。
その頃、先王からジルマールに正式に政権が譲渡される。
ジルマールの基本姿勢も、先王を踏襲した。いやむしろ、先王が打ち出した他国と手を結んで歴史を紡ぐという方針に幼い頃から強い希望を抱いていたジルマールは、先王よりもより強い形で政策を考える事が多くなった。
日本風に言えば国際化、と言ったところか。貴族からの反対が強くなりつつも、何とか協力をしながら国営を続けてきた。
そして、事件は起きた。
宮廷魔術師の他国への派遣。
ジルマールが打ち出したその政策に、貴族派はついに首を縦に振らなかった。
根気良く説得を続ける王族派。それは国益の損失だと頑として聞かない貴族派。
エリステイン魔法王国という名前が示すとおり、宮廷魔術師の質は世界一である。これはエリステインが自称しているのではなく、他国からも多少の嫉妬を含む賞賛を受けた、いわば世界公認の事実だ。
もちろん、ただでその技術や力を供与する訳ではない。
エリステインがエリステインたる為の最強の矢。それを他国に派遣しようというのだから、安価なはずがない。それはジルマールも重々承知しており、宮廷魔術師を派遣させるために相手国に要求するためには大きな対価を設定した。
それでも、貴族派は動かなかった。それどころか更に反発を強めた。
王族派と貴族派の力は五対五。勢力差は無い。簡単に戦える相手ではないし、貴族派と戦えば与えた分だけのダメージが王族派にも返ってくる事を意味している。
国営が滞り始める。
出来た溝が深かった事に気付いたときには、再び共に国を作っていけるのかと疑うほどに離れてしまっていた。
「……とまあ、ここまでが経緯だな」
内政の事はよく分からないが、相容れない価値観がぶつかり合った結果の仲違いだと感じる。実際はそんなシンプルな話ではないはずだが、むしろそのように捉えたほうが大筋から外れないのではないか、と太一は考えた。
元々難しい事は即座に理解するのは得意ではない。いや、好きではない。
この好きではない、というのが、凛がいつも言う「出来るのにやらない」という所以だ。
しかしこの場合に限っては、太一の対応も間違いではないだろう。
対案を出して理性的に解決できるような知識も頭も無いのだから。
「相手はエリステインに所属する貴族ほぼ全てだ。今も王族派に残る貴族は殆どいないと言って良い」
領地を統治している貴族は子爵や男爵で、基本的には領地にいるという。しかし姿勢は反王族派だといい、王家からの通達を突き返される事もあるらしい。
それよりも問題なのは、伯爵から上の、子爵や男爵を束ねる立場にいる者たちだ。
「伯爵、侯爵、公爵といった上級貴族は全てが我々に敵対している。彼らが持つ力はやはり大きいのでな。手を焼いている所だ」
エリステインでは、公爵と呼ばれる地位にいる貴族は一家のみ。侯爵の爵位を持つ家柄は多い。これは公爵と侯爵に明確な力の差がある事を示している。但しそれは、侯爵の力が小さい事を意味するものではないが。
公爵の地位を持つのは建国から変わらないのだという。共に国を作り上げてきた王の盟友。その名誉を讃え、エリステインにてただ一家のみ、公爵を名乗る事が許されるのだ。
「その公爵家が今回の反王族派を主導していてな。故にここまでこじれてしまったのだ」
大まかな流れは理解する事が出来た。
「ドルトエスハイム家。建国以来、ずっと王を陰陽両面から支えてきてくれた公爵家だ」
ヘクマから出たその名を聞いて、苦い顔をするジルマール。戦友といっていい相手から叩きつけられた交流断絶。やはり堪えているのだろう。
難しい問題だ。まともに考えたら頭がパンクしてしまうだろう事は想像に難くない。
太一は遠慮がちに挙手をした。
「む。何だ」
「いや、俺には難しい事は分からないし、政治とか交渉とか出来ないし。なので戦闘だけにしてください」
わざわざ口にしたのは何故か。念のため、というのが主な理由だ。
「ここで敵を足止めしてくれ、とか、追い返してくれ、とか、そういうのだけにしてくださいね。逆にそっちだったら相手が誰でも大丈夫だと思うので」
ヘクマはそれを聞いて、驚かなかった自分に驚いた。
貴族派の勢力は王家と五分五分と話したばかりである。という事は相手の数が多い事も十分考えられるし、騎士団や宮廷魔術師レベルで高い能力を持った相手と戦う事もありえる。それを「相手が誰でも」と言い切った。
普通なら考えられない大口だと一蹴されるだろう。それも王やその側近だけがいるこの場でだ。驚くべき発言である。
しかしそれも、謁見の間で見せ付けられた化け物のような力を持ってすれば、十分達成できるだろうと思える。
何せ戦う前に足を竦まされ、微動だに出来なくさせられてしまったのだから。
まずそこを克服する事から始めなければならないのだから、太一と相対する者には敵ながら同情を禁じえない。
「よろしい。そのように配慮しよう。出来ると思ったことは言ってくれて構わんし、出来ない事は出来ないと言ってくれた方がこちらもありがたい」
「助かります。もし知恵が欲しいなら、レミーアさんから聞いたほうがいいと思います」
「うむ。そうしよう」
それを聞いて安心した。太一はもう何も無い、と言わんばかりに一歩下がる。
「まて、坊主」
坊主って。そう思ったのは凛とミューラである。レミーアはそれを聞いてくつくつと笑っていた。
確かに子供っぽい。いや、見た目だけではなく、中身もだが。
「俺?」という顔で自分を指差す太一に声をかけたのは、スミェーラだった。
「この席に坊主と呼べる年齢の男がお前以外にいるか」
いや、いない。
仮に凛やミューラを呼ぶのなら、小娘、とでも表すだろう。
「なんですか?」
特に何か話せる事があるわけではない。今しがた、知恵を振るうのは不得手だと意思表明したばかりなのだ。
「先ほど、どんな相手でも平気だと言ったな」
「まあ、はい。多分大丈夫だと」
「そうか。では、試しても良いか」
意味が分からずに首を傾げる。
「謁見の間の事を思えば、お前が力不足などとは口が裂けても言えん。だが、我々も国を預ける側として、より確信を深めたいのだ」
「それは分かります」
じゃあどうすれば良いのか。太一としては
太一は目線で先を促した。
それには応えずに、スミェーラはジルマールに向き直り、跪いた。
「陛下。僭越ながらお願いがございます」
それから二〇分後。太一とスミェーラは中庭で向き合っていた。
「まさか戦う事になるなんて」
一〇メートルほど離れたところで、スミェーラは自身の身体の動きを確認している。
スミェーラが頼んだのは、太一の力を計らせて欲しいとの願いだった。それは聞き入れられ、そして今に至る。
王国最強の戦士と召喚術師との一戦と言う類い稀な好カードに、注目度は俄に高まっている。
「剣を主武器として使い、スタイルはスピード型かな?」
太一の格好は腰に鋼の剣を差し、防具は必要最低限という軽戦士姿。
装備を見ればどのような戦い方をするのか、スミェーラが分からないはずが無い。
だが太一は、それに対して首を横に振った。
「違うのか?」
その回答は意外だったようで、問いかけてくるスミェーラ。
太一は改めて違う、と否定した。
「何が違うのか説明してもらえるか?」
当然の問い。
「いやー。この格好の方が目立たないかなって、最初は思ってたんですよ」
察しの良いスミェーラは、太一が何を言いたいのかを大体理解した。要は目立ちたくなかったのだろう。あれだけの力を持って、それを間違って発揮してしまえば、嫌でも注目が集まる。力ずくで来られてもそうそう困りはしないだろうが、面倒な事態になるのは想像するまでも無い。
そんな面倒を避ける為に纏った、いわばカモフラージュだ。最初は、という事は今は違うということだ。
「では、今はどんな理由でそんな格好をしている?」
「えーっと。カッコいいから?」
「はあ?」
言ってから、自分の声が相当に間抜けだった事に気付くスミェーラ。
「俺達の世界って、こんな剣とか持ってるだけで罪になる世界なんですよ。表立って持てないし、憧れだったんですよねー」
「……」
文化の違いだというのは何となく分かる。それでも、理解は出来ないな、とスミェーラは早々に割り切った。住む世界が違えば常識も違うのは不思議な事ではない。この世界では剣は憧れではなく必要なもの。平民であっても、金に多少の余裕があるなら剣の一本くらいは家に常備してあるのだ。
「まあ良い。持っているという事は、使うのだろう?」
「そうですね。ド素人ですけど。実際に戦う分には、剣も鎧も要りません」
「ほう」
スミェーラを前にして、随分と豪胆な事である。彼女の事を少しでも知っていれば、目の前にして言っていいセリフではない。面白い事を言う、とスミェーラは愉快になった。少し饒舌になってもいいかとすら思っている。お喋りよりも沈黙を好む彼女からすれば、珍しい心境である。
「では、少し私の話をしよう」
「どうぞ」
「私は今年で三三になる」
「え。若いですね」
冗談ではなく本気の感想。
お世辞だろうと本音だろうと、そんな賞賛に興味は無いのか、スミェーラは一切触れない。
「たかだか三三歳で、しかも女。将軍になるのは難しいと思わんか」
「それは、確かに」
日本でなら、分からなくもない。若くて女性の優秀な組織のリーダーがいないわけではない。
だがこの世界ではどうなのだろうか。
「お前は異世界出身だったな。この世界の軍は男社会だ。女が身を立てるのは簡単な事じゃない」
「はあ」
「では何故、私が将軍という地位にいるか。理由は実に簡単」
「それは?」
「この国にいる誰よりも、私が強いからだ」
スミェーラが剣を抜いた。無骨な剣。装飾なども一切無い。
彼女が必要としたのは武器としての性能。見た目だけの飾りに一切拘りは無い。
太一も剣を抜く。必要ないとは言ったが、何となく合わせて抜いてしまったのだ。
「お前がどれだけ自分の力を扱えているのか試させてもらう。行くぞ」
スミェーラの姿が揺れ、そして消えた。
(っ! はええ!?)
慌てて三〇の強化を施す。スミェーラは既に射程圏内に入っており、剣を肩に振りかぶっていた。同じく片手剣使い。しかも、同じスピード型。
そんな感想を持つ暇はなかった。
太一は身体を横にずらしながら、襲い掛かってくる剣閃を逸らす為に持っていた剣をぶつけに行った。
そして、太一の剣は半ばで叩き折られる。
(うげ!?)
咄嗟の反応。太一は思い切り横に跳んだ。
そして襲い来る強い風の弾丸。まともに喰らい、太一は吹き飛んだ。ごろごろと数メートル転がり、ようやく止まる。そこまでダメージは無い。
しかし、一つだけ分かった事がある。
だが、それを考える前に、スミェーラは既に目の前にいた。
「殺すつもりで行くぞ。お前のほうが強いのだから、手加減をする気は無い」
「マジで!? うわっ!」
更に振り抜かれる剣の一撃に、太一はバックステップで回避する。
飛び道具が無いのが悔やまれる。エアリィを召喚すればそれも可能だが、対人で使える威嚇のような事は出来ない。相手が人なら、ほぼ間違いなく殺し技になってしまう。謁見の間でミゲールの剣を真っ二つに切断した魔法だって、人に当てれば首と胴体を問題なく切り離せるだけの威力があるのだ。
という事は、魔力強化のみでここは切り抜ける必要がある。
そして、一番の驚きは。
(三〇だと押される!)
凛と戦って勝つのに必要な魔力強化は三〇。
圧倒は出来ないが勝つことは出来る。
しかしスミェーラ相手にはそれは通用しないことが分かった。太一は攻撃を避けながら、地面を強く蹴り上げた。
「ぬっ!」
戦闘開始からずっと優勢を保っていたスミェーラが、すぐに後ろに跳んで距離を取る。直後、彼女がいた場所を砂塵が通過した。
自身の有利を容易く放棄し、勇気ある「退く」選択の出来るスミェーラ。間違いなく、異世界で出会った人間の中では最強の戦闘力だ。
「目潰しとは。失明したらどうしてくれる」
「殺しに来てる奴に言われたかねえ!」
「それはそれだ」
「どれ!?」
理不尽さに敬語が無くなる太一。軽口の叩き合いだ。
そんな二人の戦いを観戦していた者たちは、驚きを余儀無くされていた。
「素手で張り合うのかよ……」
「化けモンだろ……」
騎士や宮廷魔術師がそう呟けば。
「まさかスミェーラ将軍相手に無手で闘えるとは」
「……私はとんでもない方を召喚したのですね」
「なに。頼もしい限りじゃないか」
ジルマールたちは、王国最強の戦士と渡り合える太一の実力に驚愕し。
「三〇の強化で太一が押されるなんて……」
「信じられない」
「世界は広いと言うことだな」
太一と互角に闘える人間の存在に驚愕していた。
「準備運動はそのくらいでいいだろう。その程度で終わりじゃあるまい?」
剣を構えずに、スミェーラが太一に言った。
太一は捨てるのを忘れていた剣を放り投げ、スミェーラを見る。どのくらい強化すべきか。四〇ではやはり心許ない。三〇で押されたのだから、四〇だと少し上回る程度かもしれない。相手の攻撃は、鋼の剣を叩き折るほどの威力。なまじな強化で腕や足が飛ばされてはたまったものではない。
少し考えて、余分に安全マージンを取ると決めた。
「スミェーラ将軍」
「なんだ?」
「今の倍で行きます」
「……倍だと?」
さらっと言われたことに、頭が追い付かない。
押してはいたものの、太一の動きはとんでもないものだった、というのがスミェーラの感想。動きはまだまだ新人の域を抜けない冒険者だったので、単なるスペックのみであれだけの闘いを見せ付けたのだ。
スピードはもちろん、最初に剣を打ち合って、そのパワーもかなりのものだと知った。それが全て倍になろうものなら。
「とてもではないが、太刀打ちできんな」
楽しげに「敵わない」宣言をしてみせるスミェーラ。
小さく呟いたため、誰にも聞こえはしなかったが。
太一の魔力が膨れ上がっていく。謁見の間で精霊を召喚した時ほどではないが、そんなのは何の慰めにもならない。
それに、もう目的も達した。太一は倍で行く、と明言した。今の自分はどの程度力を出していて、それをどの程度まで強くすれば倍になるかを分かっていなければ言える台詞でないからだ。
自分の強大な力を制御している証左となる。
ならば、することは一つ。未経験の強さを体感してみること。それはとても楽しみなことだった。腕の一本くらい支払ってもいいと、本気で思える位には。
「んじゃ、失礼して」
太一の姿が消える。それを認識した途端に肩が後ろに強く引かれた。
「くっ!?」
抗うのも無意味なほどの強い力をかけられていると直感で理解したスミェーラ。膝裏を下に押され、腕を後ろに取られながら片膝をつく。その拍子に、剣が手から滑り落ちた。
そして、首筋に指が当てられた。抵抗する間もなく急所に触れられては、降参以外に選択肢は無かった。
「降参ですか?」
「うむ。参った、完敗だ」
太一は降参宣言を聞いて、スミェーラを解放した。落ちた剣を拾って鞘に納め、太一を見下ろす。決して見下している訳ではない。頭一つ背が違うのだ。
「坊主などと言ったことを詫びよう。見事だ」
「いやあ。事実ですし」
周囲にいる大人と比べて自分が子供であるとは充分に理解している。
「ところで。これは確認だが」
「ん?」
「お前には嫁はいるのか?」
「ぶふっ!?」
「「なっ!?」」
スミェーラは表情を変えずに言う。
太一は狼狽して噴いた。
凛とミューラが声に出して驚いた。
「お前は私の求める条件にぴったりの男だ。こう見えても尽くす方だぞ、私は」
「な……なな何を……」
突然の求婚。驚きすぎて言葉が出ない太一を見かねたのか、パソスが助け船を出した。
因みにさっき声を出して驚いた二人は固まっている。
「閣下は高望みが過ぎると何度も申したではございませんか。そんな少年に何を」
「私も女だぞ。結婚相手に理想を持って何が悪い」
「だからと言って、閣下より強くなければ認めない、等と……この国のどこにそんな者がおると言うのです」
(ああ……それは、見つからないだろ……)
この話を聞いていた大多数が等しくそう思った。
「ここにいるではないか。年のことなら気にするな。私の家系は代々老けるのが遅い」
「そういう問題ではありません! 彼の気持ちも大事ですぞ!」
「子供は三人は欲しいところだな」
「話を聞きなされ!!」
パソスの叫びに、皆が大きく頷いたのだった。
暴走しました。作者が。
途中、スマホじゃなくてパソコンで書いてみました。
何か違いありますか?
読んでくださってありがとうございます。
2019/07/16追記
書籍化に伴い、奏⇒凛に名前を変更します。




