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異世界チート魔術師(マジシャン) 作者:内田健

第三章:ウェネーフィクスの乱

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ドルトエスハイムという男

遅くなりました。
 国王との謁見、エリステイン最強の戦士との戦闘、そして予想外の求婚。
 昨日はかなり濃い一日だった。
 太一の瞳に映るのは、もう数えるのを断念した異世界での朝日だった。将来は布団と結婚したいと本気で考えたこともある太一の普段を振り返れば、非常に珍しい光景と言える。
 王城の塔、その屋根から見える景色は絶品だ。見渡す限りこの城並みに背の高い建造物は数えるほどしかない。遮るもののない光景は、澄んだ空気も相まって望遠なしでも遠くまで届く視界を見る者に提供していた。

「召喚。エアリアル」

 風と光が集まり、小柄な精霊少女が姿を現す。

「おはよ、たいち」
「おう」

 壁に寄りかかる太一の膝にふわりと降り立つ風の精霊。

「どうしたの?」
「いや。綺麗な景色だから、エアリィも一緒にどうかな、と」
「あら。デートのお誘いされちゃった」
「そうか。そうなるかもな」

 朝の涼しい風が、太陽に向かって駆け抜けていく。

「お悩み?」
「あーうん。まーな」

 エアリィが太一の顔を覗き込んだ。

「アタシで乗れる相談?」
「エアリィじゃないと乗れない相談」
「そっか。任せなさい! 伊達に一〇〇〇年生きてないんだから!」

 むん、と胸を張るエアリィ。無い、とは言えない。恐ろしくて。

「……精霊って生き物?」
「さあ?」

 いい加減なやり取りである。

「つーか三〇〇〇年じゃなかったっけ」
「そうだっけ? 細かいこといちいち覚えてないわ」

 一〇〇〇も三〇〇〇も一緒よ、と宣うエアリィ。
 実にいい加減なやり取りである。
 しかし、寿命という概念の無い精霊にとっては、重ねた時の量が多すぎて覚えていないということを分かるべきなのだろう。数千年に及ぶ時を経ることで発生する情報量の規模など見当もつかない。

「それで、どんなお悩みなの?」

 太一は昨日の出来事を、二点に絞って思い出す。
 ミゲールを追い詰めるためにエアリィに使わせた風魔法。
 スミェーラとの模擬戦闘で、威嚇ですら魔法を使えなかったこと。
 その二つが、太一に徹夜をさせた理由だ。気になって気になって、寝付けなかったのだ。ついでに将軍からの奇襲求婚も、寝不足に一役買っている。

「魔法の威力が強すぎる」
「ああ、うん。つい後回しにしてたけど」
「対人だと漏れなく殺し技とかエグすぎる」
「アタシたちの悩みってゼータクよねえ」

 威力が足らずに悩む魔術師たちはたくさんいるはずだ。その中で、強すぎて不便とは言いにくい。調節できればなんとかなるのだから。それに、もっと簡単な解決法方はある。徹頭徹尾、対する者の生死を問わないこと。威力の調節に神経を削る必要がなくなる。せいぜい魔力をいかに節約するか、くらいだろう。
 それが可能なら今悩んだりしていない。敵意、害意を向けてくる相手を全て殺して排除する乱暴な手段は、出来れば最後の最後で仕方なく選ぶものでありたい。
 本当は取り組まなければならないこと。だが、エアリィとの連携がそもそも十分とは言い難い。テレパスは大分ましになってきたが、エアリィに魔力を渡すのがいまいち上手くいっていない。〇から一〇〇まで、五刻みで魔力を操れる太一としては不満が残る。
 一先ずは慣れの問題として置いておいたのだが。

「原因がどこにあんのか分からないんだよなあ」

 渡すために練る魔力を制御している自負がある。しかしそれを自分で使うのではなく、第三者に渡すという経験はない。
 エアリィとしてもきちんと受け取れている感覚があるという。

「埒があかないねー」

 サバサバと言うエアリィ。

「全くだなあ」

 サバサバと応じる太一。
 寝れなかったのは事実だが、深刻な訳ではない。いずれ出来るようにならなければならないとは思っているが、現状でも何とか出来ないことはない。
 深刻になれば解決するなら、最初から苦労していないのだ。

「とりあえず先生に聞いてみるか」

 太一は立ち上がって伸びをする。

「先生? れみーあ?」
「んにゃ」

 言いながらエアリィを腕に乗せる。

「レミーアさんは師匠だな」

 本来なら彼女に聞くのが正解だ。それは良く分かっている。しかし、流石に長いこと共同生活をしていない。用事の無い日の彼女が、朝という時間帯に起きるわけがないことはよく知っていた。
 レミーアへ質問は当然行うとして。この時間帯に尋ねる相手と言えば。

「奏だ。奏先生」
「なるほどねえ」

 ひょい、と飛び降りるにはためらう高さを難なく飛び降り、バルコニーから城内に入る。跳び上がって登ったのだから降りれない道理はない。
 城内を部屋に向かって歩く。ここまでは廊下一本なので迷うこともない。逆方向に間違って進み、危うく迷子になるところだったのは些事である。
 途中ですれ違ったメイドさんが固まる。何だろうと疑問を覚え、エアリィを具現化しっ放しだったのを思い出す。しかし少なくても城内では太一が召喚術師だと露見しているので、特に隠す必要もないかと気にしないことにした。
 そうこうしているうちに、部屋に辿り着いた。

「あれ。奏いねえな」

 客間を見渡すが、奏はいなかった。トイレ浴室付で、かつ個室が三部屋にリビングまである客間。豪華なものだ。かなり厚遇されていることが分かる。
 客間を出るときには、奏は既に起きていた。早起きなんて珍しいね、ちょっと風に当たってくる、というやり取りを確かにしたから、奏が起きている事は間違いない。

「寝たのかな? いや、奏に限って二度寝は無いか」
「どこいったんだろうね」

 太一は特に深く考えずに洗面所のドアを開ける。トイレに行くには洗面所を通らなければならないのだ。
 無防備な声が、太一の鼓膜を揺らした。

「へ?」

 尿意を感じたからトイレに向かう。生理現象に従ったために、太一はとんでもないものを見ることになった。

「……」
「……」

 上下下着姿の奏。下ろされて濡れた髪を拭っている。いわゆる朝シャンというやつだろう。水も滴るいい女。洗面所の湿度が高くなっていて、少し紅潮した頬が色気を放っていた。
 そして何よりも。
 思わずといった感じて奏が振り返ってしまったために、真正面から見てしまったのだ。
 男という生き物は単純なため、ミューラやレミーアでもダメージは大きいだろう。だが、今はそれに輪をかけてダメージが大きい。理由はシンプルで明確、相手が奏だからだ。
 硬直したままの二人が、衝撃の大きさを物語っていた。
 決してそんなつもりはなかった。わざとじゃない。……浮かんでは消える一切の主張が、出た途端に言い訳に変わることを太一は悟る。

「ねえ……とりあえずたいちは閉めようよ。かなでは隠そうよ」

 呆れているエアリィに言われるまで、覗いてしまった加害者太一も、覗かれてしまった被害者奏も、まるで身動きが取れなかったのだ。
 慌てて背を向けながらバスタオルで身体を覆う奏と、慌てて扉を閉める太一の動きは、その道のプロかと思うほどに素早かった。
 そして太一は、しばらく上を向いたままの姿勢を余儀なくされることになった。下手に下を向くと、真っ赤な情熱を地面に多数咲かせることになると分かったからだ。覗き魔に下される制裁としては安いものだろう。ニヤニヤ笑うエアリィにからかわれるのも、甘んじて受け入れるべきである。そして何よりも、しばらくは気まずくなるであろう奏との仲も、甘んじて受け入れるべきなのだった。
 その後「興味なしもそれはそれでいや」という複雑な恋する乙女心と、被疑者が一時間の自主的正座による反省を申し出たことにより、放免となった。
 それに、思ったほど気にしていない自分がいることに奏は気付いている。説明しろと言われても難しい。セクハラされたのに、不思議な感覚だった。
 鍵はついていたが、うっかりというべきか施錠を忘れていた。あり得ないと思うようなうっかりミスをしたところに、タイミング悪く太一が入ってきてしまったため、鉢合わせと相成ってしまったのだ。太一もノックをすべきだったが、それを言い始めたらキリがない。太一は自主的に罰を受けたのだから。
 しばらくは顔を合わせる度にお互い赤くなる日が続くことになる。
 自業自得、痛み分けというところ。
 結局太一は、ラッキースケベと引き換えに、相談をし損ねたのだった。





◇◇◇◇◇





 エリステインには、公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵の五種類の爵位がある。
 国によって貴族の爵位も様々だが、概ねエリステインと同じ形式の国が多い。国によっては、挙げた功績によって公爵になれる国もある。しかしエリステインではそれは不可能だ。
 エリステインにて、戦果や社会貢献によって得られる爵位の最高位は侯爵。
 ヘクマが太一たちに説明した通り、エリステインにおける公爵という爵位は特別なものなのだ。
 特別な存在故に、その財産も侯爵以下の貴族と比べれば頭ひとつ飛び抜けている。それは、ドルトエスハイム家が持つ別宅にも表れていた。信じられないほどの豪華さ。敷地も相当広い。本邸と言われても全く違和感はない。伯爵家が持つ一般的な本邸を上回るレベル。この規模の別宅を更にもう一軒持っているのだから、その財力が分かろうと言うもの。侯爵であれば、ドルトエスハイム家並の本邸を建てた場合、別宅はもう一軒が精々だ。しかもその別宅の規模は大分格が下がってしまう。
 憧れとやっかみを受ける存在。それが公爵家である。
 王都から馬車で二日の村。件の巨大な別宅はそこに建てられていた。村の規模はアズパイアとどっこい。敷地の半分近くが邸宅の敷地である。周囲は高い壁に囲まれており、守りも堅い。
 その邸宅にある広い会議室。置かれた円卓には、六人の侯爵が腰掛けている。
 厳かな基調の広い室内には、怒号が響いていた。

「勝手な真似をされては困るぞ!」
「何を考えておるのだ!」

 ただの怒鳴り声ではない。人口二〇〇〇万を数える国家で六人にしか名乗る権利を与えられない大貴族の長。彼等の叱責が、半端なものであるはずがない。
 それを受けるのが、同じ貴族であってもだ。いやむしろ貴族であるからこそ堪えるのかも知れない。

「落ち着きがないな」

 その大騒ぎを、一言で断じる静かな声。

「……マルケーゼ侯爵。しかしだな。このように勝手なことをされてはな」
「その通りだ。恥だけかいて戻ってきたとあっては、貴族として侮られるぞ」
「確かに皆の言うことも分かる。しかし、もう過ぎてしまったのだ。時が戻るわけでもない。シャルロット姫でも連れてくるかね?」
「……それでは、許すというのか。手ぬるいとは思わんか」
「許すとは言っていない」

 マルケーゼ=アストゥートは、金色の髪を撫で付けて、その端正な顔立ちに笑みを浮かべる。
 ここにいる貴族の中では最も若い。彼は視線を部屋のある一点に向ける。

「侯爵たるもの、やたらと声を張り上げるものではない。私はそう言っている。そうは思わないか? ダルマー男爵」
「いえ……その……」

 頷けば、マルケーゼが批判した侯爵に睨まれる。頷かなければ、マルケーゼの考えを否定する。男爵という特権階級も、彼等の前では大人と子供。答えられるはずがない。突き上げられたダルマーは、真っ青な顔で俯くだけだ。

「こんな愚か者に答える度胸などあるわけないだろう」
「成り上がりの若造が。随分と一人前な台詞を吐くではないか」
「失礼。立場上は、対等なのでね」

 悪びれもせずにそう嘯いて見せるマルケーゼ。他の侯爵が何か言わんとするのを手で制した。そして。

「この場はどのように収めたらよいでしょうか。ドルトエスハイム公」

 マルケーゼは頭を下げ、窓際に立つ中年の男に身体を向ける。
 一言も発することなくずっと外を見詰め続けていたドルトエスハイムは、名前を呼ばれてゆっくりと振り返る。
 モノクルの奥に光るその強い意志に、彼の者の名を呼んだ本人であるマルケーゼすら圧倒された。彼の表情は平静である。呼ばれたから振り返った、ただそれだけの事だ。
 なのに、この圧倒的な存在感は何がもたらすのだろうか。
 侯爵が集まるこの場において、ドルトエスハイムは覇者の空気を纏っていた。彼に良く似た空気を持つ者を、ここにいる侯爵たちは皆知っている。
 エリステイン魔法王国を統べる国王、ジルマール=エリステイン。
 彼と良く似た王者の空気。どれほどの努力と才覚があれば辿り着けるのか、まるで想像もつかない。

「ダルマー男爵」
「は、ははっ!」

 ドルトエスハイムの心境は穏やかであろう。侯爵という地位にいれば、彼と接する機会も少なくはない。その中で、表情や声色、抑揚で彼の感情がどのようなものかは大体分かる。いや、分かる必要がある。彼の不興を買えば、進む道の行き先が破滅に変わる事もありうるのだ。家を存続させる為に、絶対に必要な技能である。

「貴族にとって一番大切なものは何だと思う。金か。名誉か。地位か」

 ゆっくりとした足取りで、わざと円卓を大回りするドルトエスハイム。やがてダルマーの前に立ったドルトエスハイムは、跪くダルマーをじっと見下ろした。

「無論それらは大切だ。否定はせぬ」
「……」

 上から降り注ぐ圧力に、ダルマーは地べたにへばりつかないようにするだけで精一杯だ。

「だが、貴様はもっとも大切な物が何か分かっていない」

 おもむろに腰の剣を抜き払うドルトエスハイム。その剣で、ダルマーが跪く床の手前を上に切り上げた。
 はらりと舞う前髪と、眼鏡が真ん中で切られ、乾いた音を立てて床に落ちる。

「それらは貴族が貴族たるために必要な一部品でしかない」

 ひっくり返ってしまったダルマーの鼻先を、鋭い剣がつつく。皮が数枚破れ、小さな血の珠が出来た。

「無様だな。貴様の世襲を許したのは間違いだったか」

 ドルトエスハイムは剣を引き鞘に納めた。

「とはいえ、許した私にも責任はある。ダルマー男爵、貴様に、一度だけ機会をやろう」

 かつ、かつと靴底が床を叩く音だけが部屋に響く。

「貴族たるもの、どのような理由があろうと抜いた剣を使わぬまま納めるなど言語道断。だからこそ、容易く抜いていいものではない。この程度すら学ばなかった己の怠惰を恥じ、汚名返上するにはどうすべきか、もう一度よく考える事だ」
「あ、ありがとうございます……」

 がたがたと震えるダルマーを一瞥し、ドルトエスハイムは円卓の椅子に腰掛け、腕を組んで目を閉じた。
 それはダルマーに対する退室せよ、という合図。
 これだけ厳しく糾弾されても分からないほど馬鹿ではなかったのか、ダルマーは重い足取りで部屋を出て行った。
 重たい空気が、室内を支配している。
 ダルマーがどうするのか。貴族たりえる振る舞いが可能なのか。ドルトエスハイムの当面の興味はそこに尽きる。

「ドルトエスハイム公。ダルマーは役に立つでしょうか」
「同じ規模の軍勢と相討ちにでもなれば御の字だろう。異世界から来たという少年少女の情報を少しでも引き出したなら、手柄として褒美をくれてやっても良い」

 侯爵の質問にそう答える。
 敵前逃亡など品格を下げる最たるもの、あの場で切り捨てられてもおかしくはない。そんな前科を持つダルマーを何故行かせたのか。
 浮かぶ当然の疑問だが、あえて問う必要は無かった。
 それは、ドルトエスハイムの人となりを知っていれば、考えるまでも無い事だからだ。
 目的のために役に立ちそうなものは何でも利用する。それが捨て駒であろうと、必要ならいくらでも非情になれる。それが、ドルトエスハイムという男だった。
読んでくださってありがとうございます。
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