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異世界チート魔術師(マジシャン) 作者:内田健

第三章:ウェネーフィクスの乱

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謁見の間

ホラー小説一段落つきました。
 太一と奏が見ているのは、ふかふかの赤い絨毯。歩くと足が沈んでふわふわとした感触を与えてくる。土足で踏むには抵抗がある。これを買うには日本円で幾らだろう、と考えてみるが、そもそも絨毯の価値など分からないので思考が止まる。
 言うまでもなく、ここは謁見の間だ。入り口から玉座まで伸びる絨毯の左右に等間隔に騎士が立っている。騎士の中には、シャルロット側近の近衛騎士たちの姿もあった。玉座の付近には、数人の豪奢な服を着た者たちがいる。あれが恐らくこの国の重鎮たちなのだろう。レミーアに言われた前情報通りだった。
 玉座の数メートル前まで進んでから、ゆっくりとした動作で傅く。
 横ではレミーアとミューラも同じ姿勢を取っている。
 四人がほぼ同時に、淀みなくこの姿勢を取ったことで、謁見の間の空気が一瞬揺らいだのを、太一は感じ取った。
 レミーアの表情は髪に隠れて見えていないが、恐らくは悪い笑みを浮かべていることだろう。めざとい者以外にはバレないように、わずかな変化で。

「おもてを上げよ」

 その言葉を得てから顔を上げる。
 玉座に腰を下ろす男が目に入る。

「遠路はるばるご苦労だった。予がジルマールだ」

 ジルマール=エリステイン。エリステイン魔法王国当代国王で、シャルロットの実父。あの美貌の姫の父親だけあり、彼もかなりの美丈夫だ。彼の血がシャルロットの美しさの原風景なのだろう。そのシャルロットは玉座の横に立って、こちらに視線を寄越していた。どうやら同席するようだ。彼女の横にはもう一人、これまた飛び切りの美人が立っている。彼女は王妃だろうか。それとも、第一王女か。王妃だとすると、二人目の娘であるシャルロットを産んで尚あの若さと美貌、スタイルを保っていることになる。第一王女と思いたいが、そうすると今度はシャルロットと歳が離れすぎているようにも思う。年齢不詳もいいところだ。

「さて。だらだらと前口上を並べるのは趣味ではない。早速本題に入ろうか」

 ジルマールは視線を太一たちに固定したまま言う。

「娘……シャルロットから、お前たちが我々に手を貸してくれると聞いている。その事に相違は無いか?」
「相違はございません」

 応じたのはこちら側の交渉役であるレミーアだ。経験値や頭の回転の速さから言っても、彼女がこの中で一番の適任であることは間違いないと、太一は二人が言葉を交わす様子を見ながら思った。
 頭の回転という意味では、奏もいい線を行っている。しかし、この場においては少し分が悪いと太一は思っている。
 彼と同じく、奏も呑まれている。ジルマールが放つ、覇者としての雰囲気に。
 単なる戦闘能力では測れない、人の上に立つ者だけが持つ空気。闘えばまず負けないだろうが、戦場のそれとは違う威圧感だ。

「そこの二人とも是非言葉を交わしたい。先程から黙っているが、何か意図があってのことかな? 異界の少年少女よ」

 思慮に耽っていた最中、その言葉を聞き取れたのは幸運だった。
 水が向けられそうだと思ったが、寸ででレミーアがインターセプトした。

「二人は、陛下のように高貴なお方と接するための礼儀に自信がないと申しております。その為、この場は私が取り持たせて頂いております」

 ふむ、とジルマールは頷いた。恐らくはレミーアの言葉を計りかねている。先程のエリステイン式の王家礼式は見事なものだった。レミーアが叩き込んだものであったが、一朝一夕にしてはかなり様になっていたのだ。知っていたからと言って、簡単に出来るものでもない。そしてこういった厳粛な場での振る舞い方にも多少なり心得があるようにジルマールには見えたのだ。
 それと話し方に差があるかもしれないが、これだけの人の前で礼節を保てているなら、そこまで非礼な事はしないだろうとジルマールは思った。

「良かろう。多少の無礼は不問とする。予と話してくれぬか」

 それに対し、一部の騎士や貴族が口を尖らせる。やれ王家の威信に関わる、やれ平民に甘い。それらの喧騒を一通り聞いたジルマールは。

「静まれ」

 凪いだ海のような、それでも良く通る声で謁見の間を一喝した。

「予が許すと決めたのだ。何故それにお前たちが口を出す」

 しん、と場に静寂が落ちる。
 あのざわめきを拡声すらせずに鎮める辺りに、ジルマールの非凡さが垣間見える。この騒ぎにあって、ジルマールの近くにいる人々は全く動じていないのが印象的だった。彼らは本当の意味で王の側近なのだろう。

「済まんな。彼らも国を思うが故。大目に見てやってくれ」

 国王にそう言われては許すしかない。もっとも気にする意味もないのだが。
 この辺りもレミーアの予測の範囲だ。待っているときに様々なシミュレーションが行われ、その中にこんな展開も話題に上った記憶があったからだ。それは二つ名持ちの優秀な魔術師に任せるとして、太一と奏はジルマールに集中する。

「タイチ=ニシムラ。カナデ=アヅマ。この名に誤りは無いな?」

 最近では呼ばれ慣れた形式。特に間違いもないので肯定する。

「済まなかったな。故郷を無理矢理捨てさせる事になってしまった」

 初っぱなから出た王からの謝罪。気にしていないと言うわけにも行かず、神妙な顔をするだけだ。それ以外に応じようが無い。

「シャルロットからは、タイチとカナデ、お前たち二人が随分と腹を立てていると聞いている」
「まあ……そうですね」

 太一はそれに頷く。余計な相槌は気にしないことにした。

「娘を責めないでやってくれないか。召喚魔法陣を紡ぐよう命じたのたのは予だ。シャルロットは、王女として予の命令に従っただけなのだ」

 王の命令に従っただけ、と居直ることも、シャルロットには可能だった。しかし彼女の心はそうならなかった。どんな事情があれ、召喚魔法陣を行使したのはシャルロット。喚びました、失敗しました、仕方なし、とは出来なかった。自ら迎えに行き、自らの頭を下げる。この世界の人間に対してなら、良し悪しは別にして絶大な効果のあるシャルロットの低頭。異世界の住人に対してはどれだけの価値があるかは分からないとしても。

「では、陛下に怒りをぶつければ良いですか?」

 太一はストレートにカードを切ってみた。多少の無礼は許すと言われたが、そのさじ加減が分からないのでは踏み込みようがない。最悪、自分達の周りに高風圧でバリアを張ればいい。エアリィに駆使させるバリアを破られるとは到底思えなかったからだ。
 後に、太一の魔法も条件次第では破られる事も有り得ると判明するのだが、今は関係なく、それを知るのが先のことであるため割愛する。理由としては、太一の魔法を破るには余程都合の良い条件が必要になってくる上、その方法が実行可能な者はこの世界に一人しかいない事が挙げられる。

「予を恨むのも良かろう。それで気が済むのならな」

 普通なら不遜と取られてもよい態度だったが、ジルマールは眉一つ動かさなかった。この程度は挑発にすらならないらしい。

「まあ、俺達がシャルロット姫様に対して怒ってた理由は、理不尽な扱いを受けたからだけじゃないんですけどね」

 一度踏み込んで平気だったので、太一は少しだけ崩した。ダメなラインは踏まないように注意しながら、遠慮はせずに切り込む。普通に考えれば降り注ぐ火の玉の中を丸裸で駆け抜けるようなものだが、太一はそれを力ずくで振り払えるからこそ出来ることだ。

「ほう? それはなにかね?」

 シャルロットがぴくりと動いたのが太一には見えた。やはり気になるのだろう。教える気はないのだが。

「いや。こればっかりは、本人に自分で気付いて欲しいです」
「だそうだぞ、シャル」
「……はい」

 消え入るような声で答えるシャルロット。気の毒に見えたことだろう。当事者でなければ。

「では、話を戻そう。お前たちはアズパイアで冒険者を生業としているそうだな。貴族派に対して勝利した場合、これを依頼と捉えて相応の報酬は当然用意するつもりだ。何を望む?」

 太一は奏に目を向ける。頷く彼女を見て、予め用意してあった答えを返す。レミーアとも話し合い、こう答えろと言われていた答えを。

「元の世界に戻してください」

 この答えは当然ジルマールも予測していただろう。その上で、彼は残念そうな顔をした。

「済まないが、それは叶えてやることは出来ん」

 ショックは無い。時空属性を持つシャルロットが不可能だと言ったのだから、この答えも想定内だ。

「そうですか。では、逆に何を用意して下さいますか?」

 奏が問い返す。

「そうだな。最低でも、お前たちが一生を三度は生きるのに困らぬ金銭を用意しよう。それで足りなくば五度でも一〇度でもよい」

 そんな金を得ても使い途が無いだけだが、無いよりはマシか。あくまでもマシ程度で、欲しいものではないため素直に喜べない。
 金銭で賄おうとする展開は予定通り。ジルマールがその先の言葉を待っているのが分かった。話が早くて助かるというものだ。

「もう一つ……王立魔術図書館の立ち入り禁止区域への立ち入り許可を下さい」

 ここに来て初めて、ジルマールの顔色が変わる。
 ついでに畳み掛ける。

「後、禁止区域からのみ行ける地下にあると言われている、禁書だけを収めた書庫の利用許可も下さいますか」

 ここまで言って、ジルマールはむしろ愉快そうに笑った。とても精悍な笑みだった。

「……ふっ。ふははっ。食えないな。レミーア殿の入れ知恵か」

 その通り。異世界出身の太一と奏が知りうる筈の無い情報。否定する意味も理由もないので、それに答えることもない。
 エリステインの歴史と共に蓄積された叡知。他国が喉から手が出るほど欲しがるエリステインの秘宝。それを対価として要求しろとレミーアに指示されたのだ。この要求が意味するところは、考えるまでもなかった。

「バカにするのも大概にしろ!」

 貴族の一人が激昂する。

───かかった。

 こうなるのを待っていた。望んだ展開だ。
 もちろん本気で要求しているが、こうなることも狙っていたのだ。

「バカにする? 何が?」
「貴様、ここがどこだか分かっているのか!」
「お・し・ろ」

 舐めきった太一の態度。
 相手の怒りの炎に油を注ぐ。勿論わざとだ。
 バカにされたはずのジルマールだが、彼は笑みを消していない。怒るどころか成り行きを楽しんで見ているようだ。

(食えないのはどっちだよ)

 偽らざる本音だった。

「度重なる無礼、見逃す事は出来ん! 提示された金品だけでも十二分だろう! 撤回しろ!」
「えー」
「何だその態度は! 怪我をしない内に撤回したほうが身のためだぞ!」

 その言葉と同時に、数名の騎士が抜剣した。その中にはミゲールの姿もあった。やっと抜いたか、という思いが大きい。もちろんバカ正直に言ったりはしない。

「この剣を納めるのに必要なのが何か、小生意気にもそれなりに頭の回る貴様なら分かるな?」

 もちろん分かる。
 一つは要求を呑む事。
 黙りこんだ太一を見て、貴族は得意げに笑みを浮かべた。

「貴様らに釣り合うだけの報酬を受け取っていればいいのだ。大人しくな」

 もう一つは、力で捻じ伏せる事。

「釣り合えばいいんだな?」
「フン。釣り合えば、な」
「よし、言ったな。アンタこそ撤回すんなよ」

 視線をレミーアに配る。彼女が頷いたのを見て、太一は手加減抜きで行こうと決めた。
 太一は右手を前に伸ばす。

「召喚。エアリアル」

 黒い髪をなびかせるゆるい風を周囲に纏う。
 その右手の先に魔力が収束し、掌サイズの少女が姿を現した。

「もー! 酷いよたいち! ここんとこずっと具現化してくんないんだから!」

 現れるや否や愛らしい仕草で膨れる少女。
 容姿も仕草も、群を抜く可愛らしさ。男女問わず見とれてしまうだろう。
 普通なら。
 そこに、強力な魔力が渦を巻いていなければ。
 金属と石を打った音を響かせて、数名がその場に倒れ伏した。

「まーそう言うなって。オイシイとこで喚んだだろ?」
「それは、まあ……そうね」

 エアリィは周囲を見渡して、微笑んだ。とても楽しそうに。無邪気に。
 しかしそれを眺めるのに、胸中穏やかでいられる者は殆どいなかった。

「な、何だ……それは」
「それとか失礼しちゃうなー。たいちがエアリアル、って言ったじゃない。知らないの?」
「い、いや……」

 エアリアルがどういう存在か、この世界に住む人間が知らないはずが無い。単純に、認めたくなかっただけだ。

「俺が召喚術師だって事、知らなかった訳じゃないだろ?」

 太一と奏がどういうクラスの魔術師かは、エリステインの王族派、貴族派問わず情報が落ちている。知らないはずが無い。
 その大多数が、「ありえない」と真面目に捉えていなかったのが原因なのだが。
 謁見の間がやけに静かだ。むしろ、今しがた言葉を発する事が出来た貴族を褒めるべきだろう。
 太一は、エアリィを七〇の力で召喚した。
 これまで最大でも五〇だった事を考えれば、最高記録更新である。どんなものかと思ったが、身体から抜ける魔力の感覚を感じ取ると、魔力強化している時と大差無い。
 しかし、これによって得られる対外への効果は、絶大だった。
 太一の持つただでさえ圧倒的な魔力を、エアリィが受け取っている。魔力の操作能力は人間と精霊ではそもそも比べるのもおこがましいほどに差がある。魔力を最大限に生かす。それが可能だからこその効果。
 余談だが、エアリィにとって太一の魔力は極上のご馳走らしい。
 現在謁見の間を占拠しているのは、太一の魔力をエアリィが受け取る事によって発生している強烈なプレッシャー。
 直接中てられる事がないように注意を払っているにも関わらず、またその矛先が向く事が無いと分かっているにも関わらず、奏、ミューラ、レミーアの三人の顔が引きつっているのがいい証拠だ。
 気を保てなかった騎士が、召喚と同時に気を失って崩れ落ちたのもそれに拍車をかけている。
 ジルマールさえも圧倒する事が出来ている。この場を支配するのに成功した。

「なあエアリィ」
「なぁに?」
「今だったら、どんな事が出来る?」

 抽象的な太一の問いかけの意図を正確に読み取ったエアリィは、にっこりとイイ笑顔を浮かべた。

「このお城位なら簡単に更地に出来るけど。それじゃあ不満?」
「更地? 具体的には?」
「そうね。一瞬でぺちゃんこにしてあげる」
「上から押し潰すのか」
「うん。かなでが前ちらっと言ってた、ダウンなんちゃらってやつ」

 いやらしいやり取りだと、張本人ながら思う太一。
 これではどちらが脅しだか分かったものではない。
 国相手に恫喝するなど、凡そまともな神経では出来たものではないだろうな、と太一は思う。だが、まともな神経でも、持っている力がチート、いわゆるズルレベルであるため、気にする事は無いとも思っている。アズパイアの時点で力を隠すのを止めたのだ。無駄にひけらかすつもりもないが、必要とあらば使うことに躊躇いはない。
 そもそもこの流れに持ってくるのが狙いだったので、自重する気は一切無い。
 因みに、この城の建物面積で大体四ヘクタールだ。
 甲子園球場を打ち下ろしの一撃のみで全て押し潰すと考えれば分かりやすいだろうか。

「……風の上級精霊か」

 今までずっと固まっていて、やっと再起動したらしいジルマールが、呻くように呟いた。

「そうです。これが俺の魔術、あ、召喚術師はユニークマジシャンだから魔法になるんでしたね」
「まあ、そうだな……」

 そんな分類は些細である。
 この力の奔流の前では。
 太一の力を初めて目の当たりにしたシャルロット、第一王女(恐らく)含む王の側近たちは未だに固まっている。完全に想定外だったのだろう。

「あ、一応言っときますけど、今で大体七分位ですからね」
「……今、聞きたくない何かが聞こえたな」

 全くもって同感だとレミーアがジルマールに同調する。
 何やら目線でやり取りをしている二人。何となく失礼な事を考えられているようにも思えたが、ここはスルーする事にした。

「ジルマール陛下。これでもご不満ですか?」

 先ほどまで舌戦を繰り広げた貴族にではなく、ジルマールに直接問う。
 報酬を決めるのは無論国王。貴族といえど、決定権があるはずもなかった。

「うむ。それほどの力を持っているというのなら我々としても心強い。金銭に加え、王立魔術図書館の全面的な使用許可を報酬としよう」

 まだエアリィによるプレッシャーは解いていない。なのにジルマールは気を取り直している。凄まじいメンタルの強靭さだ。伊達に三大国家のひとつを治めていないということか。

「そうですか。それは良かったです」

 交渉が成功した事で、太一もホッと一息つく。実は結構いっぱいいっぱいだった。エアリィを召喚する事が出来なければ、ここまで話す事は出来なかっただろうと考える。最初の時点で、ジルマールが持つ覇者の雰囲気に呑まれていたのだから。

「無駄だよ」

 エアリィがふと呟き、直後硬質の音が響く。
 太一に向かって降り下ろされた剣が、途中で止まっていた。打ってきたのはミゲール。
 空中で止められた剣を眺め、信じられないといった顔をしていた。

「アタシとたいちの魔力に中てられながら、それでも動けた事は褒めたげる」

 エアリィが人差し指で空中に線を引く。つい、と動かされたその指に合わせて、何か極細の線が紡がれて。
 カラン、と。ミゲールが持っていた剣の刀身が半ばから床に落下した。今まで支えていたテーブルが突如消えたかのような、自然なのに不自然な自由落下だった。
 ミゲールは二歩、三歩と後ずさりし、バターナイフで綺麗に切り取られたような自分の愛剣を呆然と見つめる。

「魔剣ならまだしもね。ただの剣で、どうにか出来るなんて思わないほうがいいよ?」

 一連のやり取りを見ていた太一は、剣を抜いた。ティルメアを始めとする、ウェネーフィクスまでの旅路を共にした者たちには露呈している「剣は素人」という事実。しかし最早、それを槍玉に挙げて太一を舐めるものはこの場にはいない。少なくとも、ミゲール以外は。

「何のつもりか知らないけどさ」

 切っ先をミゲールに向ける。

「後ろから斬りかかって来たって事は、やる気満々って事だよな」
「くそっ!」

 ミゲールは踵を返し、騎士達の間を駆け抜ける。
 呆気に取られていた彼らを責める事は出来ないだろう。慌ててミゲールを追うものの、既にトップスピードに乗っている彼を止めるのは至難だった。
 全く速度を落とさぬまま窓まで突進し、そしてそれを突き破って中空に躍り出た。謁見の間があるのは城の最上階。高さは凡そ三〇メートル。魔力強化があっても少し躊躇うような高さだ。重力に逆らわずに自由落下した先は植栽が生い茂る場所。ミゲールの姿は瞬く間に見えなくなった。

「逃がすか! すぐに追跡部隊を編成しろ!」
「待て」

 騎士の隊長格と思われる威厳のある怒声が響くが、それをすぐさまジルマールが制した。

「はっ!」

 王から直接声を掛けられ、すぐに床に跪く隊長。

「逃げられても構わない。追跡していると、奴に分かるように追うのだ」
「御意!」

 バタバタとあわただしくなる謁見の間。王と会う場所。その国において神聖でなければならないその場所には似つかわしくない騒ぎがやがて沈静した頃。
 ジルマールはすまなそうにこちらに顔を向けた。

「すまないな。炙り出してくれたこと感謝する」

 本人に問いただすまでもない。疑惑が確信に変わった瞬間だった。
 太一たちが招かれたのは、王族側の助っ人としてだ。その助っ人に刃を向ける事の意味が分からないはずが無い。
 ミゲールの言動は、表面上はシャルロットを敬っていたが、その実彼女の意思を無視して太一たちに突っかかっていた。言動と行動に矛盾があった事は大いに感じていた事だったが、彼が裏切り者で、太一たちの感情を逆撫でしようという意図が根底にあったと思えば納得が行く。
 それを炙り出そうと考えたのはレミーアだった。ミゲールが行動を起こさない可能性は考えられたが、シャルロットが太一と奏に会いに来たその席で、シャルロットの前に出て太一と奏に文句を言った。一近衛騎士が口出しなど考えられない。太一と奏のシャルロットに対する心象を悪くする為に行動したのだと考えれば納得も行く。
 そもそもあの席に何故彼がいられたのかという疑問も残る。感情を排除して冷静にシャルロットの目的を考えれば、恐らくは何者かに強引に捻じ込まれたのだろうと予測出来る。
 それはさておき、面白いくらいに上手く事が運んでいる。これは最大限の成果だ。
 レミーアは仕上げに入る事にした。

「まさか、王がおられる場所で命を狙われるとは思いませんでした」
「……」

 頭のいいジルマールならこの言葉の意味が分かるだろう。そう思って投げかけた言葉。
 交渉を引き受けたレミーアからすれば、この依頼を蹴る事も選択肢としてきちんと残している。
 エリステインという国に住み続ける理由は無いのだ。アズパイアで得た知己の安否も気にはなるが、全員を助けられると傲慢な事は考えていない。だが仲のいい宿屋の看板娘や、ユーラフで助けた人々。自分達の命が大事だからと安易に斬り捨てられないと訴えたのは太一と奏。最後までもがきたいと二人が願った結果、ギリギリまで交渉するとレミーアは彼らの願いを聞き入れた。その願いを聞き入れる条件として、得られる報酬に旨味が無いのなら、受けるに値する依頼ではないとも念を押した。国を救って得られるのが金銭だけ。得られたチート能力でもって稼げば済むものを前払いされたところであまり旨味は無い。渋々ながら太一と奏も了承した。
 引き出した条件で妥協が可能か。最終的な決断を委ねられたレミーアとしては、図書館の使用許可程度では安請け合いだと考えている。もう一押し。これが一番の望み。
 案の定浮かべられた不敵な笑みに、レミーアもまた不敵に笑った。

「何が望みだ」

 この言葉だ。本当の意味で、こちらからの要求を遠慮なくぶつける許可証。
 ミゲールの襲撃は、太一に対して無駄な行為なのは誰の目にも明らかだ。だが問題はそこではない。
 「謁見の間」という場所に「裏切り者」が紛れ込み、「国賓を斬り付けた」という事実こそが大切なのだ。
 レミーアはジルマールの目を真っ直ぐ見据えた。

「では、僭越ながら申し上げます」

 少しだけもったいぶって、『本命』の願いをジルマールに要求した。

「シャルロット殿下の、我々への無条件の協力。これを、報酬に加えていただきたく存じます」

 ジルマールは目を丸くした。

「始めから、それが望みだったのだな」
「……」

 レミーアは微笑むだけだ。

「良かろう。お前達の要求を聞き入れる」

 一冒険者達による、王家に対して対等の交渉という歴史上でも稀な出来事を成し遂げた瞬間だった。
早速修正しました。

矛盾無いとは思うんですが …


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