ティルメアさんが見てる
馬車はかなり大きいものだ。四人が悠々座れるソファが二対。それだけでなく、飲み物が納められている棚と、準備に使う固定されたワゴンも。他国の貴人を幾度となく乗せたことのある馬車である。
二つ名持ちであり、世界最高の魔術師とも言われるレミーア・サンタクルとなれば、馬車の乗客として充分である。レミーアの一番弟子であるミューラも大丈夫だ。シャルロットに召喚された太一と凛も乗る資格を持っていると言えるだろう。
シャルロットが「国を救って下さる方々だから」と敬意を払うのを見て、ティルメアも細心の注意を払って彼らと接する事を決めた。任されたからには、主に代わって国の威信を背負うのだ。シャルロットの顔を見れば、彼女が自分で太一、凛の世話をしたかったに違いない。身の回りの事は普段侍女に任せているが、幼少から施された英才教育にそれも含まれている。むしろ下手な侍女よりもレベルが高いくらいである。それでも彼女は王族である。幾ら英雄や異世界の国賓が相手でも、王女が世話をするなどかなわない。
よってシャルロットが「もっとも信頼できる侍女」として賓客が乗る馬車を任せたのがティルメアだった。
どのような人たちなのだろうか。異世界の人間と出会うのは初めてである。とても興味があった。
レミーアはとても物静かな人物。じっと馬車で本を読んでいるか、何かを盛んに書き記している。宮廷魔術師の一部が『歩く魔術図書館』と揶揄するに足ると、ティルメアは心の中で感嘆した。
王女に直接仕える侍女は単に主の世話をするだけが存在意義ではない。時に主の盾となり、時と場合によってはその身を投げ出して主を逃がす必要がある。そのためには時間稼ぎが出来なければ話にならない。魔術師としてもそれなりの研鑽を積んでいるティルメアであるが、レミーアが手に取る魔術書や文献は、タイトルだけを見ても読むのを躊躇うほどの難しさである。そんな本を読みながら「なるほど」等と時折頷いている辺り、彼女がどれだけずば抜けているかがよく分かる。
そしてその一番弟子であるミューラ。彼女は生粋のエルフ。まだうら若い乙女であるが、彼女が纏う空気は乙女と思って触れれば怪我をするような鋭さを持っている。ティルメアの記憶が確かならば、エルフは魔術を得意とする森の民族だったはずだ。それが、彼女は腰に剣を差している。最初はそれが魔術を行使するときの触媒なのだと予想していた。しかし最初の夜営でその読みが外れた事を思い知らされる。修練と言って陣営から離れ構えるミューラの姿は、剣を剣として扱う戦士の姿であった。騎士でもかなりの手練者でなければ軽くあしらわれてしまうだろう程度には、その剣は洗練されていた。あの剣術に加え、エルフらしく魔術もひとかどだというから驚きだ。
他を圧倒的に凌駕する魔術の知識を持つレミーアも、魔術をきちんと修めながら剣まで一人前に操ることの出来るミューラも、天才と称していいレベルだ。
では、異世界から来た男女のカップルはどうか。因みにだが、客人同士の関係を使用人が尋ねるなど無礼にも程があるためティルメアはもちろんたずねない。ポーカーフェイスを貫くティルメアがそんな勘違いをしているなど、太一と凛は想像もつかなかった。
それはさておき。
ティルメアは興味を持って彼らを観察した。
ほどけば背中の真ん中辺りまで伸びる髪を、後ろの上の方で結っている少女。
ティルメアに対して、丁寧な口調と動作で「リン アヅマ」と名乗った。
物腰はとても丁寧で、振る舞い、発言と全てにおいて知性を感じさせる。年齢は一六だという。一六歳でこれほどの教養を得るには、相当な教育を受けなければならない。かくいうティルメアも、王女に直接仕える侍女として現在のようになるまでに、かなり厳しい教育を受けてきた。ティルメアと同じ教育を受けたからと言ってそれにまず耐えられるかが疑問だし、耐えられたとしてもそれを生かせるようになるかがまた疑問。
思考のるつぼに陥ってしまったが、要は凛の教養はすばらしい、の一言に尽きる。
ティルメアは想像もつかないが、現代の日本で普通に生活してきた少年少女であれば、その気になれば凛のように振舞う、あるいはそれに近いレベルを再現するのは不可能ではない。現代日本の義務教育のレベルが、この世界と比較して凄まじく高いのだ。尤も完璧ではなく、粗を探そうとすれば出てくるのだが、それは今は本題でないので割愛する。
彼女も魔術は扱える。ミューラと共に魔術の練習をしているところを幾度か見かけている。
その時は命中率であったり、詠唱から発動までの速度だったりといった部分の練習に特化していた。使う魔術の属性はいつも一緒。
事前にフォースマジシャンであると報告を受けていたので、全ての属性を一人で放つところを見れなかったのは少し残念だ。修行する姿から凛の「底」を少しでも覗ければと思っていたのだが、見えたのは水面だけで、どれだけの深さがあるのか全く分からない。
実際に見えれば浅いのかもしれない。逆に相当深いのかもしれない。だが今得られている情報は、放つ魔術は命中率が高いことと、詠唱から発動までの速度が速いこと。その二つの要素は特別なことではない。魔力量、魔力強度が平均よりも低い魔術師が、それでも自分の魔術を武器にしようと考えたときに、一番力を入れる部分である。報告では一撃で三桁に達する魔物を葬った戦術級広範囲殲滅魔術の使い手とのこと。シャルロット直属の諜報部隊の情報が間違っているとは言わないが、自分の目で見て確かめたいという思いが強い。
今得られている情報だけでは、それの判断はつけられなかった。
今度は、観察の目を太一に向けてみる。
整った顔立ちでスラッとした凛に対して、こう言ってはなんだが、平凡な印象を与える。いや、この場合は凛が非凡故に太一が平凡に見えるのだろう。太一の名誉のために、そう思うことにした。
凛と同郷であるからには、彼もまた高い知識と教養を持っていると思っていた。
その予想がひとつひとつ外れていくという体験を、ティルメアは味わった。
知識レベルは決して低くはないが、凛と比べるとどうしても今一歩という印象がぬぐえない。太一とてやる気を出せば平均の上くらいはいける。凛の水準が高過ぎるのだ。比べれば凛が遥かに上なのは当然なのだが、ティルメアがそれを知るはずもない。
そして教養。何を考えているのか、若くして近衛騎士団の小隊長まで登ったリシャールに対して、まるで友人と接するかのような言葉遣い。リシャールは許しているらしく、事実気にしていない様子だが、だからと言ってそれに甘えるのは如何なものか。
この世界の常識で考えれば、騎士に対して馴れ馴れしく接するなど考えられない。宮廷魔術師が国の矢なら、騎士は盾と矛。貴族と並ぶ特別階級だ。
それが王族の直接の盾と矛となる近衛騎士団となれば、更に力は上だ。有事の際は騎士に対して優勢な指揮権を持ち、逆に騎士団の総指揮官であっても干渉は許されない。
因みにだが、同じ指揮系統が宮廷魔術師にも採用されており、近衛騎士団は宮廷魔術師にも、有事の際の指揮権を持っている。
そんな相手に対する太一の態度。よい方へ解釈すれば、人懐っこく物怖じしないとも言える。
だが悪く捉えたら、単なる無礼者である。
太一がリシャールと年が近いなら一〇〇歩譲ってよしとしよう。しかしリシャールは、若いとはいえ一回り近く太一より年上。せめて敬意くらい払うべきではないのか、というのが正直な感想だ。
因みに、太一本人は十分に敬意を払っているつもりだ。傍から見たらまるで伝わらないが。
ふと、太一はいなくなることがある。気付いたらいないのだ。夜営中に護衛対象がいなくなるという、シャルロット直属部隊として恥ずべき事態。捜さなくてはと躍起になりかけた騎士たちを止めたのは、他ならぬ凛であった。
「太一の身を心配してのことなら、無用だと思います」
と。太一が負ける事は、今すぐエリステインが水没するくらいにありえないとのことだ。
気遣いに対する謝辞も忘れない辺りは流石だ。が、一応団体行動なのだから止めて欲しいと思ったが、言わなかった。騎士たちの目を掻い潜ってふらりといずこかへ行ってしまったため、不用意にそれを口にすればいらぬ突っ込みをされる可能性があったからだ。
明け方になって、「迷った……」と眠そうな目を擦りながら戻ってきた太一と遭遇した。ティルメアは朝の炊事の準備中。まさか朝日が昇る時間帯までうろついているとは思わず、呆れてしまった。一度くらいならそれもまあ目を瞑れた。だが二度三度と似たような事が続いたのだ。あまりにも自由すぎだ。
それでも、強いのなら全てを水に流していいとティルメアは気持ちを切り替えた。例え無礼だろうと、若干情けなかろうと。
だが、それすらも不安にさせるような出来事が、ついにティルメアの目の前で起きた。
ミューラに請われて剣術の修行を始めた太一。落ちていた手頃な棒きれで行われるかかり稽古。
はっきり言って、ずぶの素人もいいところだった。確かに筋のよさは散見されるし、きちんと修行を続ければ強くなるだろうと思う。それでも、これならまだ駆け出しの冒険者の方がよほど上手く剣を操る。腰に差す鋼の剣がお飾りに見えてしまった。ナイフによる接近戦を修得しているティルメアにとって、はっきり言って敵ではなかった。
その後も見せられる行儀の悪さや馴れ馴れしさに、太一の評価は右肩下りだ。ティルメア脳内の採点表に記された評価は五段階評価で一である。
そんな評価だから、太一を無条件で信じることは出来ないし、彼と恋人関係にある(とティルメアは思っている)凛も、同じ女としていまいち共感が出来ない。
二人がこの場にいないため、ティルメアはその評価を正直にレミーア、ミューラの両名に吐露した。
国を預ける立場としては当然であった。
その評価を一通り聞いた二人は、ティルメアに対してこう言った。
「まあ、そういう感想にもなるわな」
「そうですね」
否定しない二人を見て、不安の度合いを強めるティルメア。
「ならばこそ、その目で見てくればよい」
「丁度、おあつらえ向きの噛ませ犬がいることですし」
相手は団体だろう。太一が強いという評価を信じることの出来ないティルメアにとって、レミーアとミューラの言葉は驚愕の一言だった。
「気持ちは分からないでもないですよ、ティルメアさん 」
「はあ……」
「まあ、騙されたと思って行ってみることだ」
そこまで言われて、ティルメアは行ってみることにした。この二人がティルメアを担ぐとは思えなかった。
馬車を出ようとしたところで、背中に声が掛けられる。
「気を付けろ。タイチの魔力は洒落になっていないからな」
レミーアの言葉が純然たる忠告だと、ティルメアは素直に受け取れなかったのだった。
騒がしい部隊の先頭に向かって慎重に歩を進める。
小競り合いの現場に真っ直ぐ進むティルメアに対して、騎士たちから何か言われる事はない。彼女が護衛も務める実力者であることは周知の事実であり、何よりも大きいのが『シャルロット姫の侍女』という肩書だ。
シャルロットをはじめとする王族の私室まで入れる侍女の地位は、実はかなり高いのだ。具体的には、近衛騎士団の小隊長と同等。周囲に隊長格がいない時に王族の身に危険が迫った場合にのみ、自ら騎士に指示を出すためだ。指示を受ける騎士の立場から見ても、侍女から指示を受ける=かなりのエマージェンシーである。
怒声が近付いてくる。少しずつだが、何を言い合っているのかが聞き取れるようになってきた。
近衛騎士による壁の間をするすると抜けて最前列に立つ。
一〇〇人を引き連れてこちらを通さないようにしているニック・ダルマー男爵。彼らと対峙していたのは、他ならぬ太一と凛だった。
その場にいたリシャールに訊ねてみると、ダルマー男爵の怒鳴り声に、丁度太一と凛が前に出たところだったと返ってきた。
「少なくとも一〇〇人はいる。何故物怖じせずいられるのだ」
もっともだ。よほど力を上回らない限り、一〇〇人を一人二人で相手にするのは不可能だ。
二人を交互に見比べたダルマー男爵は、ふっくらと丸くなった頬をあげ、やけに鮮やかな赤い唇を三日月の形に歪めた。
「お前たちが異世界人か。我々貴族を待たせるとは礼儀がなっとらんな」
「悪いね、礼儀知らずで」
「口の利き方もなっとらんか 」
「まあね」
頭の後ろで両手を組んでそう言う太一。敬意を払うどころか、一〇〇の軍勢に対して一切戦いていない。
「まあよい。貴様がすぐにこの国から立ち去るなら全てを水に流そう」
「それはどうも」
「そこの小娘は置いていけ。それも条件に追加だ。何、それで命が助かるのだ、安いものだろう」
太一はふう、と溜め息をついて、じっとニック・ダルマーを見据える。
そして。
「断る」
はっきりと、そう言った。
「……よく聞こえなかったな。もう一度言ってみろ」
「断る」
今度は耳をほじりながら気だるげに。
あからさまに馬鹿にした態度に、ニック・ダルマーがその巨体をプルプルと震わせる。
みっともなくたるんだ脂肪が揺れているようにみえて、太一と凛も別の意味で身体を震わせる。無理に笑いを堪えているせいで、二人の顔が引きつっていた。
「貴様ら……命は惜しくないようだな」
どうやら怒っているらしい。意図的に虚仮にした自覚があった太一は、ここいらで終わらせることにした。
「いや惜しいよ?」
なあ? と凛を見ながら言い、黒髪の少女は頷いた。
「惜しくないから私の慈悲を断ったのだろう!」
「慈悲? あれは脅しって言うんだよ。まあ、それでも断った理由だけど、俺たちにとってあんたらは敵にならない」
太一の言葉に、ニック・ダルマーは一瞬目を丸くし、そして心の底から愉快げに笑い始めた。
それは瞬く間に伝染していき、一〇〇人の笑いの合唱となる。
数の暴力がいかに優れているかは良く分かっているし、少し腕が立つくらいでそれを覆せるとは思っていなかった。それこそ、宮廷魔術師の小隊長クラスがいない限りは。
「笑わせてくれる! やはりガキだな、たった二人で我々をどうにかできると思ったか!」
笑い声の中。太一と凛がかすかに、しかし不敵に笑ったことに気付いたのは五人といなかった。
「凛」
「うん。……リベレイト・デュアルスペル」
不意のことだった。凛から強烈な魔力が漏れ。
無数の炎の槍と氷の槍が生み出された。
予め詠唱だけ済ませておいて、キーワードと魔力のみで発動させる遅延魔術だ。やってみたら出来た、と言ってのける凛に、レミーアもミューラも呆れたのは少し前の話。技術そのものはもともと存在するが、教えれば出来るようになるような単純な技ではない。デュアルスペルと同じく、奥の手と呼んでいい技だ。その二つを惜しげもなく使うのだから、嫉妬など起こらず、いっそ気持ちがいいくらいだ。傍から第三者として見ている分には。
どよめきがそこかしこから沸き起こり、矛先全てを向けられたニック・ダルマーの軍勢が固まる。
フレイムランスとフリーズランスの同時発動。どちらも上級と呼んでいい魔術である。そして恐るべきは、氷の魔術を攻撃用として行使したこと。これほどの規模になれば、当たり前のように使えるものではない。
その数合わせて凡そ三〇。フリーズランスはともかく、フレイムランスは爆発し炎を撒き散らすことを考えれば、被害は弾数で単純な計算は出来ない。
これはまずいかもしれない───実際は相当にまずいのだが、呑気にそんなことを考えているから、ニック・ダルマーたちは行動を取り損ねた。
「魔力強化、四〇」
どれほど鈍い者でさえ、この凄まじさはすぐに分かる。太一がまとった魔力は人間の常識を上回っていた。
ニック・ダルマーらは勿論、近衛騎士、そしてティルメアも動きが取れない。たった二人の少年少女が、この場を完全に支配していた。
「だから言ったんだ。敵にならないって。やるって言うなら───」
太一の姿が消える。
「───いくらでも、相手になる」
ニック・ダルマーが腰に差していたやたらと派手な装飾の剣が太一の手に握られ、切っ先がその額に突き付けられていた。
十数メートルの距離が、まるで無かったことにされていた。とんでもない速度。
「ひっ! ひいい!」
ニック・ダルマーの軍勢があっさりと崩れ去る。
情けない悲鳴を残し、一〇〇人の私兵たちが背を向けて逃走していく。
誰より先に逃げに入ったのは、予想通りニック・ダルマーだった。
足音が遠ざかり、賑やかだった通りが静かになった。太一は手に持った剣を眺めてから、枝でも折るように素手でへし折り、その場に捨てた。
「太一。何で額に突き付けたの?」
こういうときは首に突き付けるものではないか。凛はそう言っているのだ。
「……肉がありすぎて、どう見てもクビナシでした」
某国民的アニメ映画が二人の脳裏を過る。ぷっ、と噴き出す太一と凛を、近衛騎士、そしてティルメアは呆然と見詰めていた。
読んでくださってありがとうございます。
2019/07/16追記
書籍化に伴い、奏⇒凛に名前を変更します。




