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異世界チート魔術師(マジシャン) 作者:内田健

第三章:ウェネーフィクスの乱

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幽霊都市ウェネーフィクス

王都の人口はフィクションとして受け止めてくださいませ。
 馬車に揺られること数日。これほどの長距離を移動したのは、この世界では初めてだった。
 遠くに薄く、巨大な盆をひっくり返したようなものが見える。

「でけえ……」

 馬車の屋根で風を感じていた太一は、思わずといった様子で呟いた。
 まだまだ離れているにも関わらずここまで大きく見えるとは。
 エリステイン最大の都市は伊達ではなかった。

「立派なものだろう」

 馬車に馬を寄せてきたリシャールに目をやり、頷きを返した。
 ギルドにシャルロットが来ていると知らせにきた青年。数日前合流した時に、立派な鎧を着て立っていた。自己紹介をして話を聞けば、近衛騎士団の小隊長だという。
 小隊長といえば、騎士団の中でも上の方の実力者。しかも彼は王女直属の近衛騎士団の小隊長。腕前はかなりのものだ、とはレミーアの弁。レミーアの賞賛に、謙遜も増長もせず、シンプルに返礼をした辺りに、彼の人柄と自分に対する自信が伺い知れた。
 ミューラ曰く、毅然とした態度と行動に、実力者の片鱗が見えるとのこと。太一は戦闘のプロではないため、隙があるとか、立ち居振舞いの洗練度合いなどは分からなかったが。

「人口三〇〇万の巨大都市だ。世界でも五指に入る規模だな」

 三〇〇万。それなら納得である。
 端から端まで見渡す限り都市だ。ぐるりと囲う高い壁は、全長で何キロあるのだろう。いや、何キロなんて規模で収まるとは到底思えなかった。

「あの壁どうやって作ったんだろう」

 太一の問いに、リシャールは視線を前に向けた。

「なんでも一〇〇〇年以上の時をかけて築いたそうだ。補修と拡張を繰り返してな。土木工事と土属性の宮廷魔術師が担当している」
「なるほどね」

 一〇〇〇年とはまた随分と気が遠くなる話だ。日本の一〇〇〇年前といえば。太一が思い出したのは一一九二作ろう鎌倉幕府である。鎌倉幕府の前が平安時代なので、かなりざっくりとだがそのくらいと捉える。研究が進み、今は一一八五年に改訂されたことは度忘れしていた。余談だが、丁度一〇〇〇年前の歴史的出来事といえば、源氏物語の完成だ。

「私もこれしか知らない。すまないが、これ以上は調べるか、詳しい者にあたってくれ」
「分かった」

 そろそろ馬車の中に入れ、と指示を残し、リシャールは持ち場へと戻っていった。
 リシャールに対して、太一は特別悪感情は抱いていない。初めて出会った時はシャルロットの近衛騎士団小隊長だとは知らなかった。多少高圧的なところが無いわけではないが、それでもこちらを気遣っているのが言葉の端々から感じられ、根は悪い人間ではないと思わせる。
 初対面のあの日、感情的になって扱き下ろしたシャルロットはこちらに対して贖罪をしようとしているらしく、かなり気を使っている。もちろん許したわけではないが、かなり必死な様子が見てとれた。そんな相手に対して最初のようなつっけんどんな態度はどうしても取りにくい。シャルロットの態度が演技の可能性もあるが、太一としては疑り半分信用半分といったところか。完全に疑えない辺り、やはり太一も甘いのだろう。
 因みにミゲールだが、またも突っ掛かってきた。一度ミューラにやり込められたのに、懲りていないようだった。太一が反論しようとしたところで、前に出たのはレミーアだ。

「ご高説中に悪いが、こちらもヒマではないのでな。すっこんでくれないか?」

 今度ばかりは相手が悪いとしか言いようがなかった。その後も言うこと言うこと片っ端からレミーアに論破され、一蹴され。顔を紅潮させたところでリシャールに後ろに追いやられたのだ。
 その時の痛快さを思い出し、太一は思わずにやついた。因みにミゲールは、王女行脚部隊の最後尾に配置されている。部隊の真ん中辺りにある太一たちが乗る馬車とは関わりようがない。
 いつまでも屋根にいるわけにもいかないだろう。大人しく馬車の中に入る。

「何にやついてんのよ。気持ち悪いわね」

 馬車に戻った途端にミューラから浴びせられたきつい一言に、太一は一瞬肩を竦めた。

「いや、レミーアさんが、ミゲールをやり込めたとこを思い出してた」
「ああ……」

 得心した様子のミューラと目が合う。そして二人で黒い笑みを浮かべた。それを見ていた奏がジト目をしていたが、太一とミューラはそれを華麗にスルーすることで一致した。
 この馬車にいるのは太一、奏、ミューラのチームに、師であるレミーア。そして、シャルロットお付きのメイドたちから一人。
 肩にかかる程度に伸ばされたエメラルドグリーンの髪が載る顔はかなり整っている。笑えば魅力的だろうに、殆ど変わらない無表情が勿体ない。メイドはじっと座ったまま動かない。動くのは瞼くらいで、それがなくなったら「これは等身大の人形」と言われても違和感がないくらいだ。彼女の名前はティルメア。シャルロットが太一たちを賓客として迎えたため、身の回りの世話を命令されたのだ。シャルロット曰く優秀なメイドだという。
 その優秀さはすぐに知ることが出来た。動き出した馬車は今までで最も乗り心地が良かったが、それでも結構な振動がある。日本で乗ったオンボロ軽自動車の乗り心地が天国に思えるくらいだ。そんな中で、ティルメアは平然と立っていたのだ。何かに掴まるということはなく、両手を下腹部付近で柔らかく重ねた姿勢で微動だにしない。「座ったらどう?」と進言しようと声をかけたミューラに、ティルメアはすぐさま「御用でしょうか」と職務を全うし始めた。凄まじいプロ意識である。年の頃は太一、奏よりもいくつか上か。丁度二〇歳くらいだと思う。
 毅然とした態度に圧倒されたミューラだが、めげずに着席を促した。懇切丁寧な謝罪と気遣いに対する謝辞の後、「他国の王族と同等に接するよう命じられておりますので」と断るティルメア。そんなやり取りを何度か繰り返した後、奏が「じゃあ他国の王族が座れと命令したら座りますか?」と言ったのがファインプレーだった。頑ななティルメアがついに折れたのが三日ほど前の事である。
 そばに立たれたままというのは何とも居心地が悪かったので、ホッとしたのだった。
 因みにだが、レミーアはずっと文献を読んでいるか、何かを書物に記すのを繰り返している。研究の成果を纏めているらしい。身の回りの荷物は最低限しか持ってきておらず、それなのに荷物そのものは四人の中で一番多い。殆どが文献と書物だと悪びれもなく告げるレミーアに、ミューラはそっとため息をついた。
 結構揺れる馬車の中で本を読んで酔わないのか。字など書けるのか。そんな疑問に、意味深に笑うだけのレミーアが少しだけ不気味だったことを記しておく。
 窓から入る太一の行儀の悪さには、最後まで誰からも突っ込みがなかった。





◇◇◇◇◇





 太一と奏の知識から表現するなら、ウェネーフィクスの街並みは物語に登場する近世ヨーロッパだ。
 石畳の道は幅が広く、端から端までで凡そ二〇〇メートルはあるだろう。
 建物は白い壁に、オレンジの瓦葺き。建物同士の隙間はとても狭く、人一人すら通る隙間がない。ちょくちょく見掛ける少し広目の隙間は生活道路だと、ティルメアが教えてくれた。
 事前に聞かされていた通り正門が封鎖されていた。では何故ウェネーフィクスに入れたのか。それは王族のみが使用できる門があるからだ。そこはどのような権力があろうと封鎖することは出来ない。その代わり王族以外は通過不可能なため、事実上外界との交流が断たれている状況に変わりはないのだが。
 予め言われていたのだが、ウェネーフィクスの空気は良くない。
 王都と言うからには活気に溢れているのだろうと太一と奏は思っていたし、平素はその通りだとティルメアが同意した。
 大通りを通るのは、シャルロットの行脚部隊のみ。人が全くいない。この大通りはウェネーフィクスを走る一〇本のメインストリートの一つである。普段は露店が出され、事前に王族が通過することを告知しておかなければ通るのに相当な時間がかかるほど人が溢れるのだという。
 しかし今、通行を遮るものはない。どこからか犬の遠吠えが聞こえ、物陰から猫が顔を出すくらいだ。馬の蹄が石畳を叩く音と、車輪が地面を転がる音が響き渡る。
 空は透き通るような水色なのに、どんよりとした空気が充満しているようで、どことなく息苦しい。

「……幽霊都市みたいだな」

 太一の素直な感想である。

「みな、怖がって家から出ないのです」

 ティルメアは太一にそう答えた。
 怖がって、とは、どちらを指すのだろうか。王族派を恐れているのか、もしくは貴族派か。確かな情報が無い今、どちらかを断定することは出来ない。
 その時だった。
 怒声と馬の嘶き。前方から感じる慌ただしい空気。

「な、何!?」

 奏の声に答える者はおらず、代わりに馬車が急停止した。不意に発生した慣性の法則に太一と奏は仲良くバランスを崩した。
 部隊の進軍が止まった。

「ってて、なんなんだ」

 しこたまぶつけた頭を擦りながら、太一は同じく床に転がった奏を起こす。レミーアとミューラは平然と座っており、ティルメアは当然とばかりに立っていたが。

「……恐らく、何者かに止められました」
「何者か?」
「貴族派じゃないの?」
「ああ、そっか」

 ティルメアの状況予測と、ミューラの容疑者予測に頷く太一。
 前方からは怒鳴り声が聞こえてくる。相当激しくやり合っているのだろう。蹴散らしてしまうわけにはいかないのだろうか。素直にそう思ったのでティルメアに訊ねる。

「可能ですが、そうすると向こうに攻める口実を与えます。王族派はまだ迎撃する準備が終わっていないのです」

 つまり、今は無理ということか。そもそもそれが出来るのなら最初からやっているはずだ。間抜けな事を聞いたと太一は反省する。
 この時点で、ティルメアの太一に対する評価はかなり下がっていた。旅中に見せた数々の非常識に行儀のなさ。そして、頭の回転の遅さ。更には、先程の急停止にすら対応出来ない鈍さ。つもり積もってどん底だ。奏はそんな悪い評価を受ける振る舞いはしていないが、同郷の太一にひっぱられて評価を下げている。迷惑甚だしいだろう。ティルメアはそれを口にするような人物ではないため、知らずに済んだのは幸運というところか。
 そして太一への評価を、これから上方修正することになるとは、この時はまだ思っていなかった。

「俺たちを出せって言ってるな」

 ポツリと呟いた太一に、ティルメアは目を丸くする。
 五感に自信のあるティルメアでも、ここから詳細に聞き取るなど不可能なのに。

「……タイチ様、聞き取れるのですか?」
「あーうん。まあね」
「そ、そうですか。……凄いですね」
「いや別に。通せんぼしてるのはダルマー家だってさ」
「ダルマー家ですか。先日当代が継がれた男爵家ですね。確か後継ぎの名はニックだっ……」
「ぶっ!」
「た……はずですが……。どうされたのですか?」

 噴き出したのは太一と奏。
 どう聞いても肉達磨である。こちらにはそういうのは罵倒にはならないのだろうか。
 太一は壁に手をついて身体を震わせ、先にやり過ごしたらしい奏が目尻を指先で拭いた。
 良いか悪いかは分からないが、緊張感が一気に吹き飛んだ。

「あー、笑った。よし、そんなに俺たちに会いたいなら、出向いてやろうじゃないか」
「た、タイチ様?」

 何を言い出すんだ、と、言外に込めて言う。何せ、馬車の急停止にも対応出来なかったのに。

「構わん。行かせれば良い。じきに蹴散らして戻ってくるさ」
「……レミーア様」

 とはいえ、「落葉の魔術師」たるレミーアにそう言われては、彼女には実力で及ばないティルメアの出る幕ではない。

「じゃ、適当に追っ払って来るわ。行こうぜ奏」
「うん」

 馬車を出ていく二人を心配そうに見守るティルメア。
 二人を送り出した途端に気を抜いて寛ぎ始めるミューラ、レミーアとの間に、明確な温度差が生まれているのだった。
読んでくださってありがとうございます。
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