ミューラさんが無双したようです。
難産でした…
全く納得いってないので、書き直すかもしれません
シャルロットは慌てて手を伸ばす。彼女が立ち上がるのと、二人が退室したのはほぼ同時だった。
伸ばされた手を嘲笑うように響く、扉が閉まる音。シャルロットの右手が虚しく宙をさ迷う。
しばらく戸を見詰めていたシャルロットだったが、やがて力なくソファに座り直した。
分かっていたことではあった。太一と凛に、嫌われてしまうと。
召喚魔法が失敗したあの日。シャルロットは慌てて捜索命令を出した。第二王女という、現存する王族では最も小さい権限しか持たない中で、それを最大限に使って。
妨害してきた男のせいにするのは簡単だ。むしろ、邪魔さえされなければ、あの魔法陣に、太一と凛は現れたのだから。
だが喚ばれた本人たちにとっては、そんなことは関係ないだろう。それなら仕方ない、と大目に見てもらえるようなことではないのだ。
エリステインは狭くはないし、シャルロットの権限も大きくはない。しかし、彼女が直接命令を下す臣下とあって、それぞれの分野において精鋭揃いなのは間違いない。一ヶ月もしないうちに国内をしらみ潰しに捜し、見付けられると思っていた。事実それだけの力量がある者たちだと分かっているから。
だがそんな目論見は捜索開始する前に暗礁に乗り上げた。
臣下の一人が問う。
「して、捜す者の容姿は如何様なのですか?」
と。その問い掛けに、シャルロットは答えられなかった。会ってすらいない人物の容姿など知るはずがない。何故そんな簡単なことにすら気付かなかったのか。相当に我を忘れていたらしい。
その結果がこれである。シャルロットは細く溜め息をついた。
ジェラードの執務室は、重苦しい雰囲気に包まれていた。
落ち込んだ様子のシャルロット。彼女を見れば、酷ではないかと思わないでもない。しかし、初めて出来た同年代の友人のため、ミューラは言うべきことは言わなければ、と気を引き締めた。
「シャルロット殿下」
「……なにか?」
顔をあげる王女。他国から『朝露の姫君』と、その美貌を評されるシャルロット。惜しみ無い賛辞を贈られるにふさわしいと、女のミューラから見ても思う。少し憔悴してはいるが、それすらも彼女の美しさを際立たせている。
一瞬呑まれそうになったものの、ミューラは緩みかけた緊張の糸を結び直した。
「あの二人に何をさせるおつもりなのですか?」
回りくどい言い回しが出来るわけではない。ミューラはストレートに尋ねた。
「貴様。直接言葉を交わすなど、許されると思っているのか」
途端に声をあげるミゲール。言葉そのものは平坦だが、不快げな表情を隠そうともしない。それを諌めたのは、シャルロット本人だった。
「ミゲール。良いのです」
「……失礼しました」
流石に王女本人がそれを了承してしまったら、一兵士である彼も黙るしかない。
ミューラの言葉を咀嚼した様子のシャルロット。帰ってきたのは「抑止力になって頂こうと思っています」だった。
抑止力。即ち二人の力を知っているということだ。
「つまり、殆ど戦うことはない、ということですね?」
確かに太一と凛がいるだけで、大きな力になるだろう。一度人を傷付けぬように力を振るって、後はその場にいるだけでいい。ミューラが貴族の立場なら、どちらも相手したくはない。死んでも断る。
ともあれそれなら安心だ。戦う必要がないのなら、無闇に人を傷付けることはないだろう。
しかしシャルロットが続けた言葉が、ミューラの眉をしかめさせる。
「いえ……お二人には最前線に立って頂きたいのです」
「え? でも、抑止力と……」
シャルロットが頷く。
「その通りです。そして、王家に逆らう貴族たちをあまり殺めずに無力化。これが、あの二人にお願いする依頼となります」
無茶苦茶にも程がある。シャルロットは戦のなんたるかをまるで分かっていないように見える。
ミューラとて人に語れるほど経験している訳ではないが、殺さず無力化するのがどれだけ大変かは、盗賊や山賊を相手にして思い知っている。
それがもし。太一と凛の高い戦闘力だけを見て言っているなら。
はっきり言って論外だ。
「失礼ながらお伺いします。それがどれだけ難しいか、殿下はご理解されているのですか?」
剣を取る者として、魔術を駆る者として。フォローをしておく必要があるだろう。太一は「受ける」と言っているしまった。恐らくは頭に血が昇って、勢いで言ったのだ。話を聞いて無理なら、辞退することも必要だ。ミューラは二人とチームを組んでいるのだから。
「重々、承知しています」
シャルロットは力なく笑った。この笑みが自嘲だと、ミューラは何となく分かった。
「わたしのこの考えを、近衛兵長や騎士団長に相談しました。返事はどれも「困難を極める」でした」
首を左右に振るシャルロット。相談したのが彼女でなければ、まともに取り合ってさえ貰えなかったことだろう。
「事ここに至って、わたしがどれだけ世間知らずかが分かって来たところです。そんなつもりはありませんでしたが、持て囃されて自惚れていたのかもしれません」
自身を省みて反省する。至らぬ自分と向き合い、正直に認めるのは辛いことだ。まして彼女は王女。国を背負う血を持つ彼女が、己の未熟さを認め、一冒険者でしかないミューラに告白する。それがどれだけ重たいことか。
「甘いとは承知しています。ですが、反乱軍とはいえ、元は貴族。エリステイン王国に貢献してきた者たち。出来れば、更正の機会を与えたいのです」
「それで、無力化なのですね」
自分で甘いと分かっていつつ、困難だとばっさり断じられてなお、切り捨てる、という考えにはついに至らなかった。シャルロットはそう言っているのだ。
国を背負う者としてはどうなのだ、とも思うが、彼女のような王族がいてもいいかもしれない。ミューラは素直にそう思った。
シャルロットの根底にあるのは一つ。国民が大切、それに尽きる。
未熟で甘く、世間知らず。自分をそう評しながら、それでも切り捨てることは出来ない。それが正しいか間違っているかは別にして、非情になりきれない彼女はきっと優しすぎるのだろう。
が。
それとこれとは話が別。
言うべきは言う。シャルロットも人には分からない苦悩を抱えているだろうが、それは太一と凛も同じだ。そして、ミューラも、また。
いや、今はそれはいい。
太一と凛が先だ。
「殿下」
「なんでしょう」
「先程、殿下「出来ればあまり殺めずに」と仰られました」
「ええ。その通りです」
「ということは、多少の犠牲はやむを得ない、ということでしょうか」
「……そうなります。わたしが無力なばかりに」
目を伏せる朝露の姫君。その悔しさは胸中察する。が。
「タイチとリンの二人が、人を殺めることになると」
「ええ」
内紛だから、当然と言える。
「あの二人は、元の世界では一般人。人を殺すどころか、盗賊の討伐に居合わせただけで顔を青くしていました」
「……」
シャルロットは言葉を発しない。
「戦で人を殺すのは当然。ですが、元々軍に属してすらいなかった人間に、それを求めるのは酷ではないでしょうか」
ユーラフ炭鉱で真っ青になっていた二人が、ミューラの脳裏によみがえる。
「それでも二人を連れていくと言うのなら、これだけは心してください。殿下は……いえ、エリステインは、内輪の都合で、異世界の二人の人生を破壊せしめた。それだけでなく、人死ににすら慣れていない二人に、人殺しをさせようとしている。この罪を、忘れてはならないかと」
ミューラはそれだけ言い切った。
シャルロットは今度こそ、ミューラから目を逸らさない。
見つめあうこと数瞬。ミゲールが動いた。
つかつかと大股で、ミューラの元へ歩み寄ってくる。ここまで我慢してくれたのだから、彼に文句があるなら言わせるつもりだった。
「先程から無礼な発言の数々。流石に認めるわけにはゆかんぞ」
ただし、素直に聞き入れるつもりはなかったが。
「無礼? 礼節は守ったけれど?」
自身より年上の青年だが、彼に払う敬意は生憎持ち合わせていないミューラだった。
「このような場所までわざわざ殿下が足を運ばれたのだ。それを貴様らは、殿下の優しさにつけあがったな」
「言ってる意味が分からないわ」
「やめろ、ミゲール」
低く、圧迫感のある声がミゲールを諌める。しかし止まらない。
「分からんか。ふん。里が知れるというものだ。貴様も、あの異世界の野蛮人もな」
随分な罵倒だが、怒る気になれなかった。自身の発言が、そのまま主の評価に繋がると分かっていないのだから。
「へえ。タイチとリンがいた世界が、どれだけの文明を誇っていたか知ってるのかしら?」
「あんな礼儀しか持たないのだ。大したものではあるまい」
「やっぱり知らない。無知は見ていて恥ずかしいから、そのお喋りな口を閉じてることをお勧めするわ」
「なんだと? どれほどのものだと言うのだ」
瞬間湯沸し器。平静な太一と凛が見たら、そう評したことだろう。
「そうねえ。教えてあげない」
いい笑顔でさっくり断るミューラ。
「愚弄するのも大概にしろ!」
「果たしてどちらが愚弄してるのかしらね。あ、そうだ。貴方これから、剣も鎧もお金も全部ここに置いて、着の身着のままでガルゲン帝国に行ってきなさいな」
唐突に言われた言葉の意味が分からず、目をぱちくりさせるミゲール。一方シャルロットや彼女の後ろに控える騎士、またジェラードはその意味が分かったようだ。やはり彼らは違う。いやこの場合は、シンプルにミゲールが短絡なだけだろう。
やがてその言葉の意味を理解したのか、ミゲールは鼻で笑った。
「馬鹿馬鹿しい。何故そんなことをせねばならんのだ。頭がおかしいのではないか?」
得意気なミゲール。その発言こそ、ミューラが求めていたことだと分からずに。壮年の騎士が呆れている。さぞ手のかかる部下だろう。
「……やっぱりそうよね。嫌よね、そんなこと。武器もお金もないまま放り出されるわけだもんね」
「当然だろう」
「そうよね。さて、タイチとリンは、貴方がされたら嫌なことをされたのは分かっているかしら。しかも、貴方が敬愛するシャルロット殿下に」
「…………」
返す言葉などあるはずがない。ぐうの音も出ないとはこの事だろう。
「これで少しはタイチがあんなに怒った理由が分かった? ああ、そうそう。この場にいる全員、運が良かったわよ?」
「……なに?」
ミューラは立ち上がり、固まった青年を押し退けて扉に向かう。少し強くあてればこれだ。彼の腕は相対すれば分かる。黒曜馬やオーガの方が強い。
「もしタイチがヤケになって暴れていたら。断言してもいいけど、エリステインの何処を探しても、止められる人はいないから」
「……出任せなら、もう少しまともな事を言ったらどうだ」
一瞬前のプレッシャーに加え、余りにも堂々と嘯いたミューラに、ミゲールのリアクションが少し遅れた。
「はたして出任せかしらね。タイチがその気になったら……あ、考えたくない」
頭を左右に振って、その考えを追い出そうとする。演技と言うにはあまりにも真に迫っていたその様子に、シャルロット含め実際を知らない面々が押し黙る。
「タイチとリンの強さは、薬にも毒にもなります。それと、少なくてもタイチは、国家権力に対して脅威の感情を持ちません。そんな必要が無いほどに強いですから」
ミューラはそう言い残し、執務室を出た。
少しして、自身の発言を強く後悔することになる。
売り言葉に買い言葉だったのだ。これでは、要らぬ警戒をされても仕方がないだろう。
だがこの啖呵と、後に太一と凛が挙げる成果が、自分たちの立場を思わぬ方向に好転させることになる要因となるのだから、世の中は分からない。
もっともそれはもっと先の話であり、そんな事を予想できるような先見性は、レミーアにだって無理だろうから。
書きながら自分で欠点を見つけ。
それを拾おうとしても拾えない。
書けば書くほど、自分の未熟さが浮き彫りになります。
読んでくださってありがとうございます。
2019/07/16追記
書籍化に伴い、奏⇒凛に名前を変更します。