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異世界チート魔術師(マジシャン) 作者:内田健

第三章:ウェネーフィクスの乱

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48/125

指名

始業前更新間に合いました(笑)
 アズパイアに流布する噂は、一向に収まる気配がない。
 何でも、首都ウェネーフィクスが閉鎖されて一ヶ月だと。最初は、商人たちの間でのみ流れる噂だった。実際にはもっと前からその情報は届いていたのだが、混乱を招くと判断され、表沙汰にはならないようにしていた。
 商人たちがそこまで深いルールを設けずに決めたこと。明確な統制のもと行われた情報規制ではないため、漏洩も仕方がないだろう。人伝にその話を耳にした噂好きの旅人が、酒場で何気無く漏らした。本人は単なる酒の肴のつもりだ。
 横で聞いていた者を防ぐことなど出来ない。
 その噂に興味があってもなくても、かなりの人物がそれを知ることとなった。 
 興味がない者にとっては、それを聞いたとて「ふーん」という感じである。太一と奏、ミューラはそちら側だ。
 その噂は当然ながら依頼成功に一役買うわけではない。商人ならともかく、ただの冒険者だと思っている三人は、今この瞬間、ウェネーフィクスの噂の事は完全に忘れていた。どうでもいいが、三人を普通と呼んでいいかは甚だ疑問である。

「ちょ! 動くなよ!」
「あのねえ! タイチがこの吊り橋は平気だー、なんて言ったんでしょう!?」
「喧嘩してる場合じゃないって!」

 レッドオーガ(ばけもの)を圧倒した太一と。
 一四〇もの魔物を一撃で倒した奏と。
 一人で並の冒険者数十人分の戦力であるミューラが。
 吊り橋一本に翻弄されていた。
 ゆらゆら揺れる吊り橋のロープは、着古した布のように至るところで解れている。何故大丈夫と思ったのか。当時の自分を問い詰めてみたいと本気で思う太一。
 頼りないロープに掴まる三人がいるのは、吊り橋のほぼ真ん中。動いたら壊れてしまいそうで進むに進めず戻るに戻れず、進退窮まってから三分が経過。カップラーメンが作れる、と一瞬だけ呑気なことを考えて。
 吊り橋の現状に否応なく直面させられる。雨風にさらされたまま、長いこと放置されていたと思われる吊り橋。いつ作られたのかすら定かではない。昔は使われていた道なのだろう、吊り橋の両端には、道らしきものが森の中へ伸びている。しかし、その道は長くは続かない。来たときもそうだが、その先は鬱蒼としげる下生えに覆われているのだ。道なき道を歩いて、ふと目に入ってきたのが、今三人がいる吊り橋だった。端から端までは目測で凡そ三〇メートル。今思えば、幅跳びで越えることは十分可能だっただろう。一人なら抱えて越えることも難しくない。ピストン輸送すればいいだけだったのだ。
 ばきりと音が鳴り、そちらを見ると、傷んだ吊り橋の床が破片を撒き散らしながら落ちて行く。高さはおよそ二〇メートル。この程度の高さで怪我をするような者はこの場にはいないが、だから落ちていい、というわけではない。下を流れるのは川。落ちてから、戻るまでが面倒だ。
 さてどうするか。一人一人渡ればいいだろうか。打開策を考えていると、不吉な音が耳に届く。ぴりぴりと、紙でも破くような音。吊り橋のロープが、目に見えて細くなっていく。長いこと手入れされずに傷んでいたところへ、三人の体重という負荷。内二人は細身の少女、というのは何の関係もない。誰が乗ったって、落ちる運命だったのだろう。

「奏。ミューラ」
「……そうね」
「急いだ方が、よさそうだね」

 同じくカウントダウンを眺めていた二人が、太一の言葉を正確に汲み取った。

「走れええ!」

 太一の声をスタートの合図に、弾かれたように駆け出す奏とミューラ。
 衝撃が吊り橋へのダメージ蓄積を加速する。見る間に解れたロープが、ついに千切れた。吊り橋が真ん中付近から落ち始めるのと、三人が対岸へたどり着いたのはほぼ同時だった。
 しっかりとした大地に身を投げる。太一は大の字になって寝転がり、奏はへなへなとその場に崩れ落ち、ミューラは手頃な木に寄りかかってずるずると落ちた。
 共通しているのは三人とも息が荒いこと。この程度で疲れるほどやわな実力ではない。しかしそれでも、手に汗握る瞬間を味わって、身体が自然にこんな反応を示したのだ。
 流し目で谷を見れば、吊り橋はすっかり落ちてしまっていた。これは掛け直すのは手間だろう。そもそも、こんな場所の吊り橋を誰が使うと言うのか。太一たちだって、依頼でなければこんな場所には来なかった。

「ふー……」

 息を大きく吐いて身体を起こす。
 同じく落ち着いて来たらしい二人に、太一は言った。

「帰りは抱えて跳ぶしかないな」

 うっ、と何かを喉に詰まらせたような反応をする奏とミューラ。複雑な気持ちを抱えることになった。
 いや、仕方ないことではある。ミューラはこの谷を飛び越えるのは難しいし、奏にも出来るかは未知数。だが太一なら確実に出来る。確実に出来るならそうするべきだ。失敗しても怪我はしないだろうが、リカバリーが面倒。そもそもそういうのは修行の時間を設けるものだ。
 太一とて可愛い、という言葉では陳腐になるレベルの少女を二度も抱えなければならず、葛藤はある。戦闘中のように切迫しているわけではないから尚更だ。
 奏とミューラが黙ったことを肯定と受け取り、太一は尻の砂を払って立ち上がった。そして、行く手を見上げる。北の森をほぼ縦断しきった。視界を塞ぐのは、頂点に厚い雲の帽子をかぶった巨大な山脈。この先の森を少し歩けば、じきに草原になるだろう。草原を更に大人の足で一時間弱北上すれば、そこはもう山の麓だ。太一たちが向かうのはその山を少し登ったところ。そこに根をおろす月見の花だ。
 目的地まではもう少し。着いてからすぐに見付かるかは分からないものを探さなくてはならないのだ。ぼやぼやしている時間が惜しい。

「よし。行こうか」
「ええ」
「うん、行こう」

 三人は山を目指して進んでいく。
 難しい依頼ではない。
 そう思えるのはごく一部の上位冒険者だけであると、三人はついに気付かないのだった。





◇◇◇◇◇





「はい。これ」
「ありがとー!!」

 しゃがむミューラの前には、最大級の笑みを浮かべた女の子。年の頃は五歳か六歳というところか。ミューラが手渡した月見の花を両手に抱え、とても嬉しそうにしている。
 アズパイアを夕焼けがオレンジに染める。まさか日帰りで北の森を縦断出来るとは思っていなかった。脇目をふらず突き進むことに主眼を置くと、森でも草原を歩くのと変わらない。大きな収穫である。
 とはいえ苦労がなかった訳ではない。あの吊り橋事故もそうだし、登山中に足を滑らせたミューラの頭突きが太一の顎を撃ち抜いて二人で目を回したり、飛んできた一見綺麗な蝶が実は毒持ちで、奏が危うく錯乱仕掛けたり。はたから見ればコントのような出来事ばかりだったが、本人たちにとってはたまったものではない。
 道中含め、北の山脈が危険地帯であると思い知りつつ、探し物自体は滞りなく進んだ。
 そんな感想も、実に些細だと思う。目の前の少女が浮かべる、屈託のない満面の笑みを見れば。

「じゃあ、これで依頼は達成ね?」
「うん!」

 そう元気よく答えて、女の子はごそごそとポケットを探る。差し出された小さな掌に載っているのは、黄褐色の綺麗な石。

「綺麗ね」
「琥珀……」

 ぽつりと奏が呟いた。女の子はこれが何かは分かっていないだろう。恐らくは綺麗だからという理由で拾った、彼女の宝物だ。

「これ、ほーしゅー!」

 舌っ足らずな声でそう告げる女の子。ミューラは目を丸くしていた。ミューラとしては、対価を受け取る気は無かったのだ。ただ泣いていたこの子が言った、お母さんの病気を治して、という願いを聞き届けた。それだけなのだから。
 しかし女の子は報酬、と言った。こんな小さい子ですら、冒険者に頼み事をするには何かを払わなければならないと知っている。であれば、受け取るべきなのだろう。彼女なりの誠意の表れだから。

「ええ。確かに受け取ったわ」

 その小さな手を包むようにして、ミューラは琥珀を受け取った。これがあれば、病気が治らないという彼女の母もだいぶ良くなるだろう。この月見の花を、正しく使用できれば、だが。
 その手を取ったまま立ち上がる。「?」と顔に出した女の子に、ミューラは微笑みかけた。

「送っていくわ。もう暗くなっちゃうからね」
「えー! わたし一人でもかえれるよぉ!」

 子供扱いはやはり嫌らしい。だから、切り返しも用意してあった。

「お姉ちゃんたちがもう少し一緒にいたいの。だめ?」
「しょーがないなー」

 と言いながら、スキップをしてミューラを引っ張る女の子。上手くいったらしい。
 太一と奏は顔を見合わせ苦笑する。乗り掛かった船なら最後まで。年の離れた姉妹のような二人を、太一と奏は追った。
 結局ミューラが月見の花から薬を精製するところまで面倒見た。月見の花の存在すら一般的に知られていないのに、使用法が出回っているはずがない。

「いいとこあんなあ、ミューラ」
「……ふん」

 素っ気ない返事は照れ隠し。
 アズパイアに戻ってギルドに寄ろうとしないミューラに問うと、ギルドを通さずに依頼を受けたらしい。クライアントは誰なのか、とついていけば、あの小さな女の子だった。因みに太一たちを指名して同じ依頼をした場合、成功報酬はかなりのものになる。依頼主を明かさずに依頼内容をジェラード辺りが聞いたなら一人頭五〇万ゴールド、三人で一五〇万ゴールドと言ったことだろう。
 かなり儲けることも可能だったが、この結末に太一も奏も一切不満はない。あの嬉しそうな笑顔を見れば、それだけで生きる活力が出てくる。
 そもそも、あんな小さな子どもからお金をせびりたくはない。お金など持っているはずがないのだから。
 月見の花。花から成分を抽出し、茎を煎じて混ぜたエキスは、万病に効果のある薬。完治はしないが、大分容態は安定するという。北の森を抜けた先の山に生えることは、殆どの者が知らない。ミューラが偶然知っていたのも、レミーアの家の文献を読んでいたからだ。言うなれば劣化万能薬。しかしお値段も高く、一株あたり時価一〇〇万ゴールドほど。買った方が安い。
 なにはともあれ、これで依頼は成功である。
 旨い飯でも食べて、宿をとるかレミーアの家に戻るか。どちらにしても、これで一日は終わる。そう思っていた三人の背中に。

「月見の花を製薬までボランティアか。大盤振る舞いだな」

 声が届いた。
 特別な気配があったわけではない。数多ある気配の一つ。それが声をかけてきただけだ。故に声をかけられるまで気付かなかった。
 振り返ると、青年が立っていた。太一たちより一〇は上だろうか。

「誰よ」

 その青年は明らかにこちらに声をかけてきている。月見の花、と言ったのだから。その言葉そのものは、喧騒に紛れ、他の人びとには聞こえていないだろう。賑やかな夕暮れ時の雑踏の一部だ。
 ミューラの言葉に、青年は表情を変えない。

「用件を伝えにきた」
「用件?」

 踵を返す青年。右足を一歩出し、立ち止まる。

「冒険者ギルドに、お前たちを待っている御方がおられる」
「え?」

 青年は振り返らない。

「事前に連絡をしなかったのはこちらの落ち度だが、とはいえあまり待たせて良い御方でもない。なるべく早く、ギルドへ向かえ」

 伝えるべき事は伝えたと背中で語り、青年は歩き出した。
 彼の後ろ姿を見送って、太一たちは顔を見合わせた。誰がが待っている。その人をあまり待たせるのは良くない。
 そのキーワードから想像できるのは、かなり身分が高いということ。
 そんな人と会う理由が分からない。しかしくだんの人物は既にアズパイアにいる。
 ならば、会いに行った方がいいのだろう。疑問は全く解決しないが、三人はギルドに向かうことにした。





次、例の「殿下」が登場します。

読んでくださってありがとうございます。


7月13日改稿しました。
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