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異世界チート魔術師(マジシャン)  作者: 内田健
第二章:元高校生は冒険者として生活してます。
42/257

覚醒

今思うと、前の話の題名ははネタバレでしたね(笑)


勿体ぶったので、この話はボリュームたっぷり。

9000文字に達しました。普段の二話分の長さです。


それではどうぞ。


 改めて見ると、圧倒的なプレッシャーだった。体高四メートルの巨体を持つオーガ。それが五体。


「タイチはあれを一撃で殴り殺したのか」


 メリラ密漁事件でオーガと遭遇したと報告を受けている。頭上までひとっ飛び。そのまま脳天を打ち抜いて、必殺。

 対峙してみて思い知る。太一がどれだけの事を成したのかを。


「物足りなそうでしたね。手応えがないって」


 当時のことを思い出したのか、ミューラはくすりと笑う。

 それを聞いたレミーアとジェラードは呆れるばかりだ。

 そのオーガを見付けたのは、凛の魔術。いち早く発見し、その場で退治。メリラの畑だけで済ませる事が出来た。オーガが街に近付いていたら、どれだけの被害が出たか分からない。いかに、太一と凛がアズパイアを救ってきたか。

 この場に集まっている冒険者たちは知らないはずだ。あのオーガを歯牙にもかけない、とんでもない少年と少女がいることを。

 オーガたちと、アズパイア防衛軍。今は、数十メートルの距離を保ったまま睨み合っている。

 決死の覚悟を持った冒険者たちに対し、オーガらは余裕そうだ。彼らから見れば、人間などちっぽけな生き物であることは間違いないからだ。

 好都合。ジェラードがいだいている素直な思いだ。その油断に付け入る。足元を掬ってやるのだ。

 一体でも多く、オーガを倒さなければならない。その後には、更に強い敵が待っている。

 五体のオーガの後ろ。オーガを軽く越える程の、巨大な紅の魔物。

 レッドオーガだ。一体どこまで飛び抜けているのだろうか。想像すら出来ない。

 だからこそ、こちちの被害を最小限に、オーガ五体を倒しきる必要がある。

 もっとも、これは理想論だ。


「ジェラード。欲張るなよ」

「……そう上手くはいかぬか」

「当たり前だ」


 与し易いのがオーガ。どんな冗談だと一笑に付してしまいたいくらいだ。


「あたしは、最初から飛ばします」


 剣を抜き払い、ミューラは静かに、強く宣言する。そこに秘められたのは、決死の覚悟。


「一体は、あたしが一人で受け持ちます。その間に、残り四体をどうにかしてください」


 完全な丸投げだが、それを無責任と言うことは出来ない。

 たった一人であれを相手出来ること自体が、既に飛び抜けている。


「良かろう。私は三体は倒そう。努力目標は四体だ」


 後のことを考えて戦える相手ではない。レミーアもそれは良く分かっている。

 本来のレミーアなら、四体のオーガは倒せると自信を持って言える。だが、いつレッドオーガが介入してくるか分からない現状、無責任に風呂敷は広げられない。


「ワシも一体は受け持つとしよう。聞いての通りだ! お前たちは戦力温存しろ! 出番は最後だ!」


 ジェラードが声を張り上げる。生き残った冒険者は約一一〇人。レッドオーガを、人海戦術で押し切る。

 この作戦には穴がある。まず、ここにいる冒険者の攻撃が、レッドオーガに通るのかどうか。傷ひとつつけられないようでは、勝ち目は無くなってしまう。

 そして、オーガを倒してからレッドオーガに挑むことが出来るかどうか。六体全て一度に相手する事になるかもしれない。

 それは誰もが考えた懸念。同時に、今考えても意味のないこと。

 最初から、後戻りという選択肢は残されていないのだ。


「良し。始めようか」


 レミーアが右手に魔力を込める。

 幕が、上がる。






◇◇◇◇◇






 テントに入ってきた少年には見覚えがあった。

 冒険者一四〇人を前にして、堂々と協力を仰いだ少年。確か名前はアレンと言ったはずだ。その彼が、テントの中に入ってきたのだ。


「何してんだよ。もう皆、オーガを倒すために出ていったぞ」


 鋭い口調で切り込んでくるアレンに顔を向ける。余程ひどい顔をしているのだろう。アレンが訝しげな顔をした。


「……どうしたんだ? 何かあったのか?」


 凛が自嘲した。


「情けないけど……怖いんだ」

「そりゃ、オーガなんて、皆怖いに決まってる」


 俺だって怖い。アレンはそう言った。これは励ましだ。足手まといの自分に代わって、戦場に出ていた太一と凛に対する、激励。

 根本に齟齬があると感じた太一が、力なく笑う。


「違う」

「違う? オーガが怖いんじゃないんなら、何が怖いんだ?」


 バカにされると分かっていても、今は取り繕う気にはならなかった。


「……死ぬのが怖いんだ」

「そんなの、皆思ってる事だ。あんたらCランクだろ。今更そんなこと言ってるのか?」


 そうだ。今更だ。冒険者は死の恐怖と戦うものだ。死の恐怖と向き合うものだ。死の恐怖に、背を向ける者は、冒険者とは言えない。


「……まあ、いいや。ビビってる奴が戦場に出たって、役立たずなだけだからな」


 容赦のない言葉が刺さる。


「あんたの剣、貸してくれ」

「え?」


 アレンが、太一に向けて右手を差し出していた。その行動の意図が読めず、間抜けな返事を返してしまう。


「戦わない奴が持ってたって意味ないだろ。一人でも人手が欲しいんだよ。あんたらの代わりに俺が行く」


 無茶だ。左肩にそんな重い傷を負っていて、戦えるはずがない。

 太一と凛の考えを、アレンは強い意志で一蹴する。


「戦えないと思ってるだろ。その通りだよ。でも、囮くらいにはなる。それだけで十分意味がある」


 言葉を失う。

 アレンは、強かった。

 自分達よりも、よっぽど。


「あんたらがかなり強いってのは、噂で聞いたよ。俺なんか相手にならないくらい強いんだって、噂だけで分かった」


 この少年のランクは分からない。だが、負けるとは思わない。アズパイア唯一のBランク冒険者であるバラダーたちが相手でも、負けるとは思えなかったからだ。

 だが、勝てない。戦闘力では勝っても、冒険者としての強さで、負けている。


「でも不思議だな。今は、全く負ける気がしない」


 奇遇だ。全く勝てる気がしない。


「あんたらの強さがあれば、何人守れるんだろうな。何で、その力持ってるのが、ビビってるあんたらなんだ」


 歯噛みするアレン。

 力を持っていれば、守れる。

 何人を、救える?


「なあ。力を渡してくれよ。俺の頼みを聞いて死んでいった奴らに、胸を張りたいんだよ! アズパイアを守りたいんだよ!」


 アレンの言葉は、太一と凛の心を揺さぶった。

 この戦いで、何人が死んだか。

 この戦いに負ければ、何人が死ぬか。

 マリエ。アルメダ。知り合った人々。

 日本とは関係ない世界。

 日本に戻ったら、二度と会うことのない人々。

 だから、死んでもいいのか?

 死なせてもいいのか?

 ミューラ。

 レミーア。

 ジェラード。

 このまま逃げたら、恐らく二度と会えない。

 尻尾を巻いて逃げて、生き延びて。

 そうしたら、二度と胸を張れないだろう。

 いつもついて回るだろう。

 あの時……と。

 日本に戻れてもきっと思い出す。

 それを許容できるのか。

 いや、もっと単純に。

 それでいいか。

 それとも嫌か。

 問うまでも無かった。

 だから、ずっとテントの中にいたのだ。

 とっとと逃げれば良かったのに。

 太一はすっと前を向いた。凛が杖を取った。


「凛。死ぬかも知れないぞ?」

「そうかもね」

「まあ、それならそれでもいいか」

「ん。太一が死ぬときは、私も一緒に死んであげるから」

「不吉な事言うなよ」


 二人を見て、驚いたのはアレンだ。さっきまで、あれだけウジウジしていたと言うのに。この変わりようについていけない。


「あんたら……行くのか?」

「ああ。アレンのおかけだ」

「俺の……?」

「うん。アレン君が私達を焚き付けてくれたおかげ」


 にこりと笑う凛に、かっと顔を紅くするアレン。


「どこまでやれるかは、分からないけどな」

「多少、力にはなれると思う」


 実際は、多少どころではない。アズパイアの戦力の実に六割近くを、太一と凛で占めているとレミーアとジェラードは評していたのだ。


「そうか……あんたらが行くなら、俺の出番はない、か」

「そんなことないよ」


 凛が言い、太一が頷く。


「アレン君は、弱虫の冒険者二人をやる気にさせた。ううん、一〇〇人以上の冒険者を動かした。アレン君が一番すごいよ」

「あー、それは凛に激しく同意」


 彼がここに来なかったら、こんな気持ちにはなれなかった。やけくそも正直、多少ある。

 だが、それでもいい。一歩は踏み出せそうだ。その動機になるなら、ネガティブな感情でも、構わないと思う。


『やる気になった?』

「え?」


 太一が耳に手を当てて、周囲を見渡す。

 急に様子の変わった太一に、凛とアレンが不思議そうな顔をした。

 太一としては、驚きを隠せない。これほどはっきりと声が聞こえたのは、初めてだったからだ。


『ちゃんと聞こえてるみたいね』

「誰だ? どこにいるんだ?」


 誰何を問うても姿は見えず。くすくす、と可愛らしい含み笑いが聞こえた。


『アタシに会いたい?』

「……会える、のか?」


 凛とアレンには、太一が誰と話しているのか分からない。声が聞こえているのは太一だけだ。


『もしアタシに会いたいなら、魔力を込めて、アタシに渡そうとしてみて』

「魔力を込めて。渡す。こうか?」


 太一は右手に魔力を込め、空中に突き出した。

 一瞬。

 テントが緑の光に照らされる。それはとても強い光。しかし、とても優しい光。

 三人とも例外なく、突然の光に目を閉じる。瞼すら焼こうとする光が徐々に収まっていく。


「え……?」

「は……?」


 先に目を開けたらしい凛とアレンが、ほぼ同じタイミングですっ頓狂な声を出した。

 その声につられて目を開けてみると。

 掌大の女の子が、太一の突き出した手に腰掛け、頬杖を突いて微笑んでいた。

 状況をストレートに言葉にするとそれである。

 だが、それを素直に受け入れていいのだろうか。

 掌大の女の子、という、ファンタジーここに極まれり、という部分だ。

 太一は目をごしごしと擦ってみる。再び右手を見てみる。掌大の女の子が、くすくす、と笑っている。

 続いて、視線を凛に向ける。凛は困ったように笑うだけだ。その表情は、予想外すぎる出来事が起きてどうしたらいいか分からないときに見せるもの。ということは、凛にもこの女の子が見えている、ということだ。

 アレンにも目を向けてみる。……だめだった。カチンコチンに固まって微動だにしない。思考がストップしてしまっているようだ。


「くすくす。満足した?」

「あーうん。えっと。妖精さん?」


 小さな女の子は、人差し指を立ててウインクした。


「惜しい。まあ、この姿だからそう思うのも無理は無いかな」


 彼女は下唇に人差し指を当てて片目を閉じ、鈴を転がしたような声で、


「アタシの名前はエアリアル。風の精霊よ」


 と言った。


「せい、れい?」

「ふふふ。そう。エアリィって呼んでね」


 エアリアル―――エアリィと名乗った精霊少女は、立ち上がって手を後ろで組み、少しだけ前屈みになって太一の顔を覗き込んだ。

 そのポーズは、やる人にとってはあざとい印象を受けるだろう。

 だが、エアリィに限ってはとても似合っていた。およそ現実感を感じない、常識の埒外の美貌。薄い緑がかった銀髪は、肩辺りまで伸ばされている。彼女が身に纏うのは、白い布。これはローブと言えばいいのか。それを、身体に巻くように身に付けているだけ。

 エアリィの外見をみたまま人に伝えるなら、太一はこのように言っただろう。詳しくは伝わらないと思う。言葉ではチープ。太一の語彙では、エアリィの魅力を伝えられる自信がない。

 いや、そんなことよりも。


「エアリィ……?」

「思い出した?」


 ユーラフの宿屋に泊まった時に見た夢。あの時、エアリィという女の子の名前だけは、覚えていた。あの後色々あって今まで忘れてしまっていたが。


「君が……あの時俺の夢に?」

「そう。あれ、アタシ」

「そうか、君だったのか」


 ふと、エアリィは膨れっ面をしてそっぽを向いた。とても不機嫌そうだ。何か気に障る事でも言っただろうか。そう思っていると。


「……エアリィ」

「へ?」

「エアリィって呼んで、って言ったのに」


 一瞬フリーズ。強制シャットダウン。再起動。

 なるほど、名前で呼ばなかったから拗ねているのか?

 そう思ったので、呼んでみることにした。


「エアリィ」

「……」

「エアリィ?」

「……もう一回」

「エアリィ」

「……へへー」


 拗ね顔を途端に崩し、にへらと笑うエアリィ。

 何だこの可愛いのは。

 それは太一が素直に抱いた印象。ふと凛を見てみると、彼女もなんだか微笑ましそうな顔をしていた。太一と同じく、小さい子が拗ねているように見えたのだろう。いや、実際に小さいのだが。年齢とかではなく、物理的に。


「ねえ、たいち?」

「ん?」


 ふと笑顔を戻したエアリィが、太一を見上げてくる。


「行かなくていいの?」

「―――っ!」


 そうだ。

 風の精霊エアリィに会った衝撃で、一瞬今まで考えていたことが全て飛んでしまっていた。

 行かなければ。一刻も早く。


「エアリィ」

「うん」

「俺は、この街と、大切な人たちを守りたい」

「うん」

「だから、力を貸してくれ」

「うん!」


 力強く首を縦に振ったエアリィ。太一と凛とエアリィ。三人で一度頷き、テントを出……ようとして、太一はアレンを見た。


「アレン!」

「え? ……うわっ!?」


 正気に戻った瞬間、自分に迫ってくる細長い何か。思わず受け取り、その重さに驚愕した。

 これは、剣だ。武器屋のオヤジに頼んで握らせてもらった、鋼の剣。アズパイアで最も強力な武器。


「アレン! 礼だ! それやるよ!」


 太一が晴れ晴れとした顔で言った。


「武器無しで行くのか!? 無茶だ!」


 何の礼なのか。そう考えながら、全く別のことを問う。

 太一は笑って。


「いいんだよ! 俺は素手のがつええ!」


 と宣って、踵を返した。


「素手のがつええって、マジかよ……」


 去っていく二人の背中を見ながら、手に持った剣を眺める。

 いずれはこれが似合う冒険者になりたいと、目標にしてきた剣。

 アレンにとって、様々な意味を持つ重い剣だった。






◇◇◇◇◇






 目の前に迫る巨大な拳を剣で逸らす。

 隙の多いオーガの腹の真ん中に向かって突進する。


「うあああああッ!」


 裂迫の気合とともに、腰だめに構えた剣に体重の全てを乗せて、勢いよく突き出す。狙いは、何度も切りつけてようやく開いたオーガの傷口。硬い皮よりはダメージが通るであろう、内部組織を狙う。

 ミューラの渾身の突きは、剣を根元まで深々と潜らせた。初めてだったからだ。与えた致命傷。

 剣を引き抜くと同時に、その傷口に向かってファイアボールを叩き付ける。起こる爆風に乗って、ミューラは距離を取った。

 切れた息を整えながら、ミューラは炎に包まれたオーガを見る。

 本来なら、ここまで追い込まれる事はない。確かに手強い。楽勝なんて言うつもりはない。だが、予想以上に苦戦している。

 その理由はただ一つ。

 どおん、と背後で爆発が起きた。空中で広がる爆炎。

 ちらりと見れば、レミーアがその爆発に向けて左手を突き出していた。今、彼女が相対しているオーガは、その右手側。まるであさっての方向に魔術を放ち、それが炸裂したのだ。

 レミーアが撃ち落としたのは、飛来する岩。

 ミューラは忌々しく、それを放っている犯人に視線を向けた。レッドオーガが、人差し指と親指で石を摘まんでいる。あの巨体からすれば、彼にとっては石ころに等しいだろう。だが、人間側にとっては岩と同じだ。

 戦闘開始当初、レッドオーガからの介入はなかった。

 岩が飛んでくるようになったタイミングはうろ覚えだ。レミーアが二体目のオーガを倒した後くらいだったと、ミューラは思っている。いつから始まったのか、そんなことは些細。一発貰えば即死すらありうる攻撃を前にして、いつから、とか、どのくらいの頻度で、とか、そういった事に思考を割く余裕はなかった。

 レミーアが肩で息をしている。

 レッドオーガからの介入が始まってから、一体も倒せていない。オーガを相手にしながら、飛んでくる岩も撃ち落とさなければならないレミーアに、あまり多くを求めるのは酷だ。

 ミューラも余裕はない。レミーアが撃ち漏らした岩を避けながらオーガからの攻撃にも気を配らなければならない。それはジェラードも全く同じである。

 結果的に、じり貧を強いられていた。


「くっ……」


 炎から出てきたオーガを睨む。確かに効いている。だが、倒すには至っていない。


「もう一度ッ!」


 土属性魔術を発動。自身の膂力に全てを割りふる。本来は大振りになるため、あまり使いたくはない手段。だが、これ以上、長引かせる訳には行かない。

 自身に溢れる力を感じ取り、ぐっとオーガを見据えた。

 はっきり言えば、ミューラのこれは悪手である。

 彼女が冷静ならば、まず運動性能の方に強化を割り振っただろう。当たれば終わり。ならば、まず攻撃を貰わぬよう準備し、その上で相手にどうやったらダメージが通るかを考える。当初オーガと戦っていた時は、それをどう実現するかを考えていた。

 では何故今になって悪手を打ったのか。理由など、単純明快。一向に改善の気配が見えないこの状況に焦りを覚えて、一発逆転を狙おうと考えたからだ。いや、言い直すべきだろう。考えてしまったからだ、と。

 オーガは予想以上に鈍重。避けるのにほとんど苦労はしなかった。無論プレッシャーはあったが、その一方で、これは避け続けられる、と自信も深めていた。

 その自信を持てた理由が、入念に運動性能に割り振った準備のおかげだと忘れて。

 オーガの攻撃は単純で一直線。しかし、パワー重視の攻撃速度そのものは、決して鈍くないことを忘れて。

 ちょっと冷静に考えれば、簡単に分かること。

 それに気付かないのだから、ミューラがいかに平常心を失っているかは推して知るべし。


「はっ!」


 息を一度鋭く吐いて、ミューラが駆け出す。その様子がおかしいことにいち早く気付けたのは、レミーアだった。


「ミューラ!? バカ、よせッ!!」


 ミューラは気付かない。自分の移動スピードが、かなり下がっていることに。周りが、一切見えていない事に。

 レッドオーガが投じた岩が、ミューラに向かっている。レミーアはそれを撃ち落とそうとするが。


「ちっ!」


 オーガからの攻撃に魔術を阻害される。


「ミューラ!! 横に跳べ!!」

「えっ? ……しまっ」


 ふと見れば、自身に迫る巨大な岩。きちんと強化魔術を使用していれば避けるのは容易い。が、今はパワー全振り。防御と回避を一切考慮していない頭でっかちの状態である。

 辛うじて行った回避行動。だが。


「―――っ!」


 砕ける岩の衝撃に、全身が打ち付けられる。剣がどこかに吹き飛んでしまった。身体が大地を転がり、何度も頭が真っ白になった。


「……うっ」


 右目が痛い。瞼を開けられない。頭からの出血が、目に入ってしまったようだ。まだ見える左目を開けて、自分の状態を観察する。

 左腕が、折れている。千切れていないだけマシか。

 口から血が溢れた。肋骨が折れてしまったか。

 一番酷いのは右足だ。脹ら脛に石の破片が突き刺さり、膝が関節の可動域を超えた方向を向いている。

 右足を犠牲にして、何とか命を繋ぎ止めた。

 結論から言えば、そういうことだ。

 だが、最早戦えない。いや、立つことすらできない。


「ミューラ!!」


 レミーアの声が遠くから聞こえる。

 目の前に落ちる影。誰かなど、考えるまでもない。

 見上げると、そこにいたのは、体高四メートルの巨体。


「ごめんなさい……レミーアさん……」


 殆ど、役に立てなかった。

 戦場では常に氷の如き精神を。

 その教えをまもれなかったのだ。当然の報い。


「リン……」


 異世界から来た、初めての同性の友人が浮かぶ。自分より遥かに女らしいその姿に憧れた。


「……タイチ」


 その凛の友人であり、彼女の想い人である異世界の少年。

 凛の想いは、割と早く分かった。最初は「こんな綺麗な子がなんで……」と思ったものだ。

 だが、彼らと共にいて。二人の振る舞いを見て。太一の行動、その原理を知って。

 今は分かる。凛の気持ちが。どうして、彼女が彼に惚れているのか。

 オーガが拳を頭の上に持ち上げた。

 何故分かるかと言えば。理由ははっきりしている。


何故なら、あたしも―――


 オーガが、拳を振り下ろす。


「……タイチっ!」


ズドン! 鈍い音が、ミューラの耳朶を強く打った。


「呼んだか? ミューラ」


 聞こえるはずの無い声に、目を開ける。

 何度も見た、何度も追い掛けた、その背中。

 太一が、オーガの拳を左手一本で受け止めていた。


「タイ……チ……?」

「おう。って、うわ、ひでえな!」


 こちらを振り向いた太一が目を丸くしている。確かに酷い姿だろう。恥ずかしいが、それを隠す余裕がない。


「よし、ちょっと待ってろ」


 拳を受け止めたまま、太一が右手を握る。


「よ!」


 拳に拳を軽く打ち付ける。オーガの腕が思い切り真後ろにぶっ飛び、身体ごとよろめく。ずしんずしんと地面を揺らし、数歩後退していくオーガ。

 なんというパワーだろう。自分の強化魔術が霞んで見えてしまう。

 その身体に、三本もの稲妻が降り注いだ。

 圧倒的な光と音の奔流に、ミューラは思わず目を閉じる。

 それが収まったのを確認して目を向けてみれば、四メートルもある大きな身体が、隅から隅まで丸焦げになっていた。

 雷魔術。こんなことが出来る魔術師を、ミューラは一人しか知らない。


「よかった。間に合ったね」

「リン……」


 初心者用の杖を持ち、初心者用のローブを羽織った、最早レミーアすら上回ろうとする程の魔術師、凛。

 アズパイアが誇る最強の二人が、オーガたちの前に立ちはだかった。




異世界人と精霊で太一と凛の呼び方を分けました。


異世界人:二人をカタカナで呼ぶ

精霊:二人を平仮名で呼ぶ


地の文、太一と凛同士でのみ、名前を漢字で表記します。


これまでの投稿分と差があったりしたら、教えてくださると嬉しいです。



読んでくださってありがとうございます。


2019/07/16追記

書籍化に伴い、奏⇒凛に名前を変更します。

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― 新着の感想 ―
[一言] 殺す覚悟も死ぬ覚悟もない人間が他のモンを殺してんじゃねぇよ(笑)
2020/02/15 15:13 退会済み
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