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異世界チート魔術師(マジシャン)  作者: 内田健
五章 北の呪い
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三十七話

 マーメイドおよびマーマンの避難完了直後、島への上陸はつつがなく終了した。

 ほとんどの人員はイルージア及び船を守護するためであり、実際に敵地に乗り込んで戦うのは少数だ。

 イルージアの前に整然と並ぶのはおよそ三〇人の騎士達。

 彼らが突入する部隊。

 騎士の中でも指折りの実力者たちでかためられている。

 もちろん、イルージアを守る守護兵たちも実力者揃いだが。

 出立する部隊の隊長が、騎士団長に報告する。


「陛下。出立の準備、及び防衛兵の配置が完了いたしました」

「うむ」


 騎士団長から出立の準備完了が告げられ、イルージアはひとつ頷いた。

 イルージアから命じられているのは、太一たちのバックアップと露払いである。

 騎士達は主力ではない。

 それは、太一がキメラと戦ったという情報を得た瞬間に決めたことだった。

 レミーア、そしてスミェーラが勝てない相手となれば、いくら数を集めてぶつけたところで無駄な死者を増やすだけになってしまう。


「よし。ではそなたらに任せる。行くが良い」

「はっ!」


 一糸乱れぬ返事と敬礼。

 さすがに大国のエリートといえる。

 即座に作戦行動に移り移動を開始した。別段急いでいるわけでもないのに、その移動速度はかなり速い。さすがに鍛えられている。

 そんな彼らの背中を目で追いかけ、視線を元に戻す。

 イルージアが、太一たちの元にやってきていた。


「では手はず通り、お前たちはお前たちで動いてくれ」


 これは最初から決まっていた。

 戦闘力が違えば、戦う相手も違うし、戦い方も違う。

 騎士達と作戦行動を共にはできない。

 両者の意見を聞いたイルージアは、ならばそれぞれがすべきことをすれば良いと、別行動を承認したのだった。


「承知しました。では、さっそく行ってまいります」

「うむ。吉報を期待しておる」


 代表してレミーアが答え、太一たちは一直線に山へ向かって走り出した。

 敵の本拠地の入り口、その場所は既に分かっている。

 この島までは船で数日という時間を要した。

 その間、ぼんやりと遊んでいたわけではない。

 情報の共有や認識のすりあわせ、作戦立案が行われたのだ。

 太一たちは素早く拠点に突入、強大な敵性体の排除。

 しかる後に騎士団が拠点に攻め入り、殲滅および捕縛という後始末を行う。

 ざっくりと段取りを説明するならこのような感じだ。

 四人でスムーズに走りながら山の麓まで到着。

 岩山を見上げる。


「……おかしいね」


 ぽつりと、凛が呟いた。

 何に対しておかしいと言っているのか、もちろん理解している。


「そうね。妨害も無ければ、監視されているわけでもないわ」

「まるで、誘い込まれてるみたいだ」


 すんなりとここまで来れてしまった。

 ここは敵の本拠地である。

 マーマンとマーメイドも住処としていたが、彼らが排除されなかった理由は分かる。

 人が近寄らないこんな島に隠れ潜むくらいなのだ、目立ちたいわけがない。

 特に一度古竜に見つかり拠点を移している彼らだ。

 マーマン、マーメイドと揉めて争いになれば、ある程度派手な戦いになることは必定。

 太一たちから見ても、マーマンとマーメイドの戦士たちは強かった。上から抑え込むにはよほどの実力差がなければ難しいものだ。

 凛とミューラであれば、精霊魔術師になる前でも勝つことはきっと出来ただろう。しかし、圧倒して黙らせるにはそれなりに戦う必要がある。

 そんな派手な戦闘をすれば、古竜に見つかってしまうのは間違いない。

 よって敵対しないようにしたのだろう。

 しかし今は攻め込まれている状態だ。


「隠れ家を攻め込まれたならどうする?」


 主語も何もない、レミーアの問い。


「防衛ラインの構築かな」

「敵がどう動いているのか偵察を出します」

「場合によっては、積極的に打って出て防衛します」


 太一、ミューラ、凛の順である。


「そうだ。それらのいずれも見えない。どうやら、敵はこちらが入り込むのを望んでいるようだな」


 素通りさせると言うことは、そういうことなのだろう。

 そして。


「猛獣の口に自ら飛び込むわけか……」


 罠が無いわけがないのだ。

 あって当然。

 どうしても守らなければならない拠点の防衛戦にて敵を内側に誘い込むのならば、殺意の高い悪辣な罠や戦術も当然だ。誰だってそうする。太一だってそうする。


「そうなるわね」

「防衛ラインを構築されてても厄介だけど、こうも干渉されないのと逆に不安になるね」


 いっそセオリー通りに待ち構えてくれていれば心構えが出来て良かったかもしれない。

 セオリーと違うと、こうも心乱される。


「しかしまあ、せっかく消耗なしで素通りさせてくれるというのだ。甘えるとしようじゃないか」


 その考え方もまた正しい。

 敵の本拠地内に侵入する前に戦闘があるものだと思っていた。

 それが無いとなると、デメリットとして先述した罠や戦術への警戒が必要になるが、メリットとして消耗なしで攻め込めるというのがある。


「そうですね。そもそも、隠れようのない船でやってきたのに攻撃のひとつもされなかったわけですし、言われてみれば今更ですね」


 島に近づくにつれ、遠距離からの砲撃のようなものがあってしかるべきだと、乗組員全員で警戒していたが、結局魔術の一発も飛んでこなかった。

 攻撃されて当たり前だと思って警戒していたからこそ、拍子抜けしたことを思い出した凛である。


「そうと決まれば、あまりお待たせするのもよくありませんね」


 警戒していたのも既に過去のこと。

 腹を決めたのか、ミューラは不敵な笑みを浮かべている。


「そうさな。では行くとしようか」


 この程度の山など、強化ができる四人にとってはたいした障害になり得ない。

 強化なしで登れと言われれば辛かったのは間違いなかろうが。

 程なくして、敵拠点の入り口と思われる洞窟の入り口にたどり着いた。

 山頂にほど近いところに唯一口を開けている洞窟。それが敵の隠れ家への唯一の入り口だという。

 古竜が調べた結果、他に入り口は見当たらなかったとのこと。

 脱出用の出入り口があるかもしれないが、そこまでは見つけられなかったらしい。

 まあ、そういったものは基本的に念入りに隠されていることだろうし、仕方の無いことだ。

 長く生きてきた古竜。

 様々なものを見てきて、人間の建築物にも造詣が深いが、あくまでも美術的、芸術的な装飾についてだ。城内などのギミックについては興味を持てなかったので詳しくはしらないのだという。

 それならば仕方がない。


「出たとこ勝負になっちまうのはしょうがないけどな」

「今更だな。既に何度もあったことだ」


 彼女たちの方が先に歩いているので、太一は彼女たちの前に立ち回り込んだ。

 罠の解除は得意中の得意というミィの力も借りて、先に行くことに決めたのだ。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆


 たどり着いた洞窟は、これといって怪しくは見えなかった。

 基本的に暗く不気味だが、それはどこの洞窟も同じである。むしろ多少なりとも灯りがあって人の手が入っていることが明確に分かる分、不気味さが薄れているくらいだ。

 入り口から見た限りでは特に何かがあるわけでもない。

 逡巡は一瞬。

 ここから先は突発的な危険に対処するため、太一を先頭に進んでいく。

 罠などがあれば、ミィが一発で見抜いてくれる。

 ずんずんと進んでいく。

 まるで罠も敵も警戒していないかのような太一の足取りだが、事実その通りだ。

 この洞窟は天然のため曲がりくねってはいるが分岐などはなく一本道。

 そしてその一本道には罠も敵もいないという結果が出ている。

 警戒する必要がないのなら、どんどんと先に進んでしまえばいい。

 洞窟は微妙に下り坂になっており、その先には大きな広間があるという。

 そして、そこには一人、待ち構えているのだとか。


「待つのは一人、だと?」


 船団の接近に気付いていないはずがない。

 リヴァイアサンとティアマトの姿も見せた。

 その上で一人というのは解せないが、それの疑問はすぐに氷解した。

 シルフィから報せの続きを聞いた太一の表情が厳しいものになる。


「……どうやら、シルフィの探知に気付いているらしい」

「……!」


 一度目はアルガティ・イリジオス。

 そしてこれが都合二度目。

 太一の精霊に対処出来る者など、そう存在しない。


「それはなかなかだな」

「ああ……俺が前に出る。皆は自分の身を守ることに注力してくれ」


 余裕そうに言うレミーアだが、背中に冷や汗が出るのは避けられない。

 凛とミューラはやや顔がこわばっている。

 無理もない。

 シルフィの探知など、精霊魔術師になった今でもさっぱり分からない。

 それを分かる相手となれば、間違いなく自分たちでは及ばない相手だ。


「そうだな。それが一番良かろう」


 シルフィの探知に気付く。

 その事実だけで雰囲気が重くなり、それ以降は会話が無いまま進むことになった。

 長いのか短いのか。

 気付けば一本道の終わりが来た。

 太一だけではなく、凛、ミューラ、レミーアにも見えている。

 ほどなくして、洞窟の通路が終わり、開けた広間に到着した。

 そこは相当に広い場所だ。

 机や椅子が置かれている区画に、いくつもの木箱が積み上がっている区画、よく分からない物が乱雑に置かれている区画、武器が置かれている区画と、雑多な印象があるが、スペースがかなりあまっているのでそれでも広く感じる。

 その広間の中心に、仮面をかぶった人物が一人、立っている。


(あいつが、シルフィの探知に気付いた奴か……)


 これまで気付かれたことは一度も無い。

 アルガティを追う際にも使っていたが、気付いていたかは分からない。

 何せ向こうの探知範囲が相当広く、超遠距離からの正確な狙撃を受けたことから、アルガティの方が先に太一の居場所を把握していた。

 その後、攻撃が飛んできた方角にあたりをつけてから、正確な居場所を探るために探知を行ったのだ。

 つまりアルガティが先、太一が後という形である。

 あの時の事を思い返せば、シルフィの探知に気付いているかどうかは関係無かった。

 まあ、それは関係無い。


「来たか」


 ノイズがかかっている声が届いた。

 なので若いのか老いているのか、その年齢を推測することはできない。

 ただ、その身体の線から、男であることだけは分かった。

 相手がどんな目的で一人でいるのはかは分からない。

 なので返事をせず、後ろの三人をかばうように前に出る太一。

 それを見て、仮面の男は肩をすくめた。


「心配するなよ。後ろの三人に手は出さない……」


 男はすっと手を上げ、指を差す。

 そう、太一を。


「オレが用があるのはお前だ」

「俺か」


 シルフィの探知に気付いたこともあり、無意識に厳しい表情になってしまう太一。

 そんな太一の表情がお気に召したのか、くつくつと笑い出す仮面の男。


「オレはお前と戦えればそれ以外に興味は無い。そう、お前と戦えさえすれば……」


 そのセリフの、後半。

 えも言われる負の感情を感じ取り、太一は思わず眉をひそめた。

 それは太一がかばう三人にも伝わったのか、一様に顔をしかめている。


「俺はお前と会うのは初めてのはずだぞ」


 このような人物に会った記憶は無い。

 太一はそう考え、それをそのまま口に出した。


「くっく……はっはっは。それもそうか、そうだ、そうだな」


 仮面の男はさらに愉快そうに笑う。

 そこで笑う理由がまったく分からず、太一は怪訝そうな表情を浮かべるしかない。


「なんだ……? 会ったことがあるのか?」

「オレと戦え。全力を出せるよう場所を移してもいいぞ」


 太一の質問をばっさりガン無視して、仮面の男は一方的に要望を伝えた。


「その方が、お前にも都合がいいだろう?」


 ガン無視されてむっとはするものの、仮面の男の申し出は渡りに船だった。

 シルフィの探知に気付くような相手と、この場所で戦闘に突入するなどぞっとしない話である。

 間違いなく仮面の男は後ろの三人のことを言っているのだから。


「……分かった。後ろの洞窟を通って外に出るぞ。お前が先に行け。後ろを俺が歩く」

「なんだ、信用してくれないのか。オレは悲しいぞ」


 と、わざとらしく嘆いてみせる仮面の男に、太一は醒めた目を向けるのみ。

 仮面の男はつまらなそうに首を左右に振り、それ以上は言葉を重ねずに歩き出す。

 それを見て太一は全力で自己強化した。

 仮面の男が怪しい動きを見せても、シルフィのスピードとミィのパワーで対処ができるように。

 凛、ミューラ、レミーアは素早くその場から避ける。

 二歩後ろを、太一がぴったりとついていく。

 太一と仮面の男は、そのまま歩いて広間を出て行った。


今年もありがとうございました。

みなさま、良いお年を。

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