三十八話
あけましておめでとうございます!
今年もどうぞよろしくお願いいたします。
太一と仮面の男の姿はすっかり見えなくなり、気配も感知できる範囲からはなくなった。
「……行ったな」
自分たちが歩いてきた洞窟の先を見つめながら、レミーアはぽつりと呟いた。
精霊魔術師になったことで、実力が上がり強くなった自覚はある。
その自覚が出たことで、分かるようになったことがある。
それは、例えば仮面の男の強さだ。
これまでの自分たちでは、太一との距離は分からなかった。理由はシンプル。距離が離れすぎていて分からなかったのだ。
精霊魔術師になってみて、どれだけ離れているかが何となく見えるようになった。
はっきり分かったことは利点ではあるが、弊害のような物も、つい先ほど理解した。
「本当に、強かったわね……」
そう、太一の領域の存在が敵だった場合だ。
具体的に敵の強さが分かるイコール、具体的な脅威として認識に突き刺さるということ。
これまでは、脅威は脅威だが漠然としていた。とても強いことは分かる。勝てないことも分かる。だから恐ろしい。そんな感じだった。
しかし先ほどの仮面の男。その脅威は強い恐怖として三人を貫いた。
「これも、我々が成長したからだな」
漠然としか分からなかったことが、明確に分かるようになる。
しかも悪いニュースばかりではない。
現在は精霊魔術師としての力をほぼ使いこなせていない状態。
これがどんどん練熟していくのに比例して実力も更に上がっていくと言われているのだ。
今はまだ、太一と仮面の男の戦闘から身を守るのは不可能に近い。
しかし、自分たちにはまだまだ伸びしろがある。
実力が上がった先では、もしかしたら身を守るだけならできるようになるかもしれない。
そうなれば、凛、ミューラ、レミーアの存在が太一の枷ではなくなるのだ。
そして当然ながら、そうなれるように限界突破をしたのだから。
「……」
自分たちの努力次第で、良い未来が訪れる可能性がある。
そのことは、恐怖した心の清涼剤になった。
そんな中。
凛は、一人思考に埋没していた。
太一と、仮面の男。
二人連れだって、戦うために場所を移した。
仮面の男とすれ違う瞬間、何故か視線を感じたのだ。
気のせいのようにも思えるのだが、視線を感じた、と思わせるような違和感はどう考えても拭えない。
太一が初対面と称したように、凛もあのような人物と顔を合わせたことは無かった。
なのに視線を感じたのは何故なのか。
ミューラとレミーアの様子を見ていると、視線を感じたと思ったのは、違和感を感じたのは凛だけなのは間違いない。
果たしてどういうことなのか。
「……」
考えても分からない。ただ、喉に刺さった魚の小骨のような、気持ち悪さだけがあった。
推測すら出来ない程度には情報が無い。
これ以上考えても仕方ないと思い直す。
この場所は凛たち三人に委ねられたのだ。
「じゃあ、ここから先は私たちが気張る番ですね」
努めて明るく、凛は言った。
仮面の男について、凛たちにできることはない。
「そうだな。先に進むとしよう。私たちに出来ることをせねばな」
キメラがいる可能性が高い。
太一が戦ったキメラは、彼の体感ではレッドオーガ以上だというが、それに匹敵するような個体がいるかもしれない。
そうでなくとも、これまでであればキメラというだけで戦闘することすら諦めなければならなかっただろう。
しかし今はそうではない。
精霊魔術の火力を見た太一は、今の未熟な状態であっても直撃させられればじゅうぶん倒しうるだろうと言った。
実際に戦った本人がそう言うのならば間違いはあるまい。
太一のそのあたりの感覚は結構アテになるのだ。
「せっかくです。あたしたちも、実戦で経験を積む良い機会にしないとですね」
そう、倒せるだろう事は分かっている。後は使い方次第なのだ。
その辺りは、これまでの経験値がものを言う。
積み上げたものは、例え自分たちが何者に変化しようともなくなるわけではないのだから。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「このあたりでいいだろ!」
仮面の男から声が飛ぶ。
空を飛んでいた二人であるが、仮面の男が上空で停止したことで、太一もまた仕方なく止まった。
島は既に、水平線の向こうに消え去っている。
できれば余波に巻き込まないよう、保険としてもう少し離れておきたかったところだが、仮面の男はこれ以上進むつもりはないようだ。
仕方ない、ここで開戦となるだろう。
当たり前のように空を飛んできたが、驚かない。
シルフィの探知に気付くくらいなのだから、空を飛ぶ程度のことはして当たり前だと納得できた。
逆にそれくらいのことが出来なければ、探知に気付くことなどできはしまい。
そう言う意味では、太一は仮面の男の実力に一定以上の信頼を置いていた。
「……分かった」
「全力を出し切れない、オレとの戦いに集中できない、そんなお前と戦う意味はないってのももちろんあるが……」
仮面の男はそこでいったん言葉を切る。
「あの場所で戦いたくないってお前の希望を汲んでやったし、ある程度距離も取ってやった。けどな、どこまでも汲んでもらえると思うなよ」
「ごもっともだ」
凛たちやイルージアらを巻き込みたくはない。そういう思いで距離を取った。
現状、太一としては仮面の男の気が変わられて島に近づこうとされる方が厄介だ。
むしろ、ここまで離れられたことを良しとすべきだろう。
島から移動した距離はやや物足りなくも思うが、過度な高望みは逆に事態を悪化させる。出来れば合格点を目指すが、基本及第点でいい。
心配の種をひとつ減らすことができたと思うことにする。まあ、とはいえ同程度の大きさの心配の種は残っているのだが、こちらは太一が解決していいものではない。そう、キメラとの戦いに、凛、ミューラ、レミーアを送り出したことだ。
ただし、これについては太一がどうこうといえる筋合いではない。過去、何度も心配させているのだから。既に己は傲慢である、という結論が出てから、考え方を変えようと決意した。これ以上は努めて考えないようにする。
それよりも、目の前の相手だ。他に気を取られて良い相手ではない。
戦闘態勢に入ったと見せるために、魔力を高めて腰を落とす。その姿は空を飛んでいるとは思えないほどにがっしりとした頑丈な土台を思わせるものだった。
なお、剣は持ってきてはいるが抜かない。召喚術師としての力をフルに生かして戦うべき相手に、手持ちの武器では足しにはなれないからだ。
太一の戦闘準備が完了したことで、仮面の男は「くは」と満足げに笑い、構える。
「分かった、ここでいい。ただし、やる前に聞きたいことがある」
「なんだよ?」
ぶつかる直前、太一は質問を投げつける。
「なんで、俺と戦いたいんだ?」
考えた末、こう聞くことにした。
他にもいくつかの質問はあった。
お前は誰だ?
俺に会ったことあるのか?
何で俺を知っている?
などだ。
けれども、それらを聞いてもはぐらかされるのがオチだと考えたのだ。
それより気になったのは、仮面の男が太一に向けた負の感情。
十中八九、その感情が太一と戦いたいという気持ちの原動力だろう。
実際にはどんな感情なのか。それを聞いてみたいと、太一は思ったのだった。
「なんで? お前がムカつくからに決まってんだろうよ」
なんでムカつくのか。
初対面のはずなのに自分が一体何をしたというのか。
仮面の男のリアクションを聞いて新たな疑問が浮かんだが、それを尋ねるのは諦める。
彼の方もすっかり準備は万端なのか、魔力が一瞬にして高まったのだ。
「そうか……分かった」
具体的な理由までは分からなかった。
それにこれ以上の質問重ねは危険だろう。
ならば、これを最後にするとしよう。この程度は軽口の類いだから問題あるまい。
「最後にひとつだ。仮面じゃ不便だから名前を教えろよ」
「はっは! オレをぶっ飛ばせたら考えてやるぜ!」
「その言葉、忘れるなよ!」
もうこれ以上の言葉は不要だ。
これ以上語ることはない。それを示すがごとく、太一は自分から仮面の男に殴りかかる。
シルフィのスピードとミィの攻撃力を乗せた一撃だ。
仮面の男はまったく慌てることも騒ぐこともなく、太一の拳の一撃を迎撃した。
◇◆◇◆◇◆◇◆
太一と別れてから、進み始めて数分。
再び洞窟の一本道が途切れた。
行く手の先には再び広間。
さきほど仮面の男が立っていた場所よりも更に広い。
凛たちは顔を見合わせ、目で意思疎通を行う。
そして全員の準備ができていることを確認した三人は、そのまま足を進めて広間に突入するのだった。
こちらは先ほどの広間とは違って綺麗に片付いている。
いくつかある机、書類が入っているらしい棚など。
物はそれなりに置いてあるが、こちらはきちんと整頓されているため、十分な面積が確保されていた。
そこには敵の術師らしき者らが待ち構えていた。
「来たわね」
忌々しげな女の声。
六名の術師たちと、その後方に控える中年の女。
術師たちと比較しても一段から二段は金のかかった装いをしている。
断定はできないがこの場所の責任者と思われる。
「……召喚術師はいないようね?」
「ああ、先ほど、仮面を被った男と共に出かけていったよ」
「そう……」
それだけ聞ければいい。とばかりに口を閉ざす。
ならばと、今度はレミーアが口を開いた。
「お前が、ここの責任者だな」
「そうよ」
「ということは、呪いもキメラも、あんたたちがやったということね?」
「目上への口の利き方を弁えなさい、エルフの小娘が……!」
中年の女はぎりりと歯ぎしりをした。
「お前たちが邪魔をしたから、私たちの研究は頓挫を免れないところまで来てしまったわ! どうしてくれるのよ!」
もうこれで確定だ。
この連中が、リヴァイアサンとティアマトの眷属に呪いを施し、キメラを生み出した元凶ということだ。
悪感情をぶつけられる凛たち三人だが、そんなものは堪えない。
むしろそれは凛たちも同様だ。
生き物を操る術は、アルティアには存在しない。
つまりこの世界ではない者たちということだろう。
セルティアという別世界からやってきて、この世界で好き勝手にしたあげく、恐らくは自分たちの動きを邪魔したからと憤っているのだ。
「……そんな道理が通るわけないのにね」
そこまで考え、ぽつりと凛が呟いた。
ふと発せられた言葉に、ミューラとレミーアが凛を横目で見る。
そのまま更に言葉を紡ごうかと考えた凛だが、思い直して杖を構える。
本来なら太一に任せるべきこの場所に、来れるまでになったのだ。
この相手とは、対話では解決しないことは少し話しただけで理解出来た。
そもそもやっていたこと自体が不穏なのだから仕方が無い。
向こうが悪で自分たちが正しい、そんなことを言うつもりは無い。しかし、見過ごせないことには変わりない。
凛が構えたことで、にわかに戦意が上がっていく。
分かり合えない以上、どちらかが排除されるほかないのだ。
「じゃあ、始めよう。私たちはあなたたちを排除する!」
「たかが魔術師に何ができる! 貴様らがここに来たことは無謀であったと教えてあげるわ! 召喚術師に任せるべきだったとね!」
当然の話だが、凛たちが精霊魔術師になったことは知らないようだ。
もちろん、教えてやる義理は無い。
このままここを掃討する。
ただそれだけだ。




