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異世界チート魔術師(マジシャン)  作者: 内田健
五章 北の呪い
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二十六話

 凛は、島をゆっくりと散策していた。

 前回ここを訪れた時には、ミューラの偽者という強敵と戦ったため、正直周辺の環境を必要最低限以上に観察する余裕はなかった。即座に心を戦闘態勢に持って行く必要があった。

 しかし、こうして凪いだ精神状態で見渡せば、限りなく現実に近いのに非現実的であることに気付けた。


「……」


 足下にはくるぶしにいたらない程度の草原が広がっている。

 ぽつぽつと点在する茂みをのぞき込んでみたり、青々とした葉をたたえる木を見上げてみたり。

 ぐるりと周囲を見渡してみる。

 誰もいない。

 当然だ……というのは、これまでの話。

 と、いうのもだ。


「それでは、さっそく始めましょう」


 ウンディーネがそう告げ、彼女以外の精霊がすべて姿を消してから、既に二時間が経過していた。

 姿を消した精霊は、この島の至る所にいるというのだ。

 無造作に散歩でもすれば、数十秒に一度はすれ違います、とウンディーネは言った。

 分からない。

 見えない。

 改めて、太一の理不尽さを垣間見た。


「精霊が見えるって、どういうことなんだろうね……」


 なお、ウンディーネ曰く、今この島は、外の世界よりも精霊の人口密度は倍以上とのことだ。

 意図的にたくさんの精霊に集まってもらっているのだという。


「ふう……」


 精霊がいるという前提で、気配を探ってみたりしていたが、一向に何かが変わる気配が無い。

 もちろん凛も、たった数時間で何かを変えることができる、などと甘い考えは持っていない。

 しかし、その心構えと、やる気を全く萎えさせずにいられるか、というのは別問題だ。

 とはいえ、根を詰めれば詰めるほどいい結果が生まれる、そういうわけではないことも、経験則で分かっていた。

 一度気分転換した方がいいと感じたため、凛は一度別のことを考えることにした。


「やっぱり、私たちにしかチャンスはないんだよね」


 といっても、考えるのはやはり精霊のことだが。

 修行開始前に、ウンディーネに対してレミーアが尋ねたことがあった。

 それは、太一に精霊を見せられた人々には、精霊魔術師になるチャンスはないのか、ということ。

 その問いにはっきりと、ウンディーネは「無い」と言った。


「確かに遠くは無い……でも、決定的に違う点が一つ」


 それは、太一が精霊をどういう動機で顕現させたかによる。

 大抵が、精霊という存在の格を見せつけ、人智を超えた能力でもって力業で困難を振り払う、という動機で精霊を顕現し、その力を行使してきたからだという。

 太一に精霊を見せられた者たちは、精霊との格の違いをこれでもかと見せつけられている形になる。

 そうなってしまうと、対等な関係など考えの端にものぼらない。

 そういった存在と、対等に話すことができて初めて、扉を開く資格が得られる。


「私たちが、シルフィとかと話すようにすればいい、んだけど……」


 これまでのことがどれだけ恵まれていたのか。

 先天的な才能によることなく、こうして後天的に精霊魔術師になれるチャンスを得られたのが、この世界でたった三人だけ、という現実からも垣間見える。


「でもやっぱり、厳しいなぁ」


 あーあ、と身体をほぐすように伸びをして、空を見上げた。

 チャンスは得られた。

 得られたが、人間のくくりでユニークマジシャンに分類されている精霊魔術師になるというのは、気が遠くなるようだ。

 とっかかりがあれば何とかなりそうなものを、それすらも手探りだ。

 ウンディーネはこう言った。


「皆さんの力で、精霊を感じ取れるようになってください。これが最大の、そして最難関の課題です。逆に言えば、これさえできれば、後は皆さんと契約をしてもいいと考える精霊を探し出す行程になります」


 まあ、精霊を感じ取れるようになってから、相性のいい精霊を探すのも簡単なことではないが、こちらは今取り組んでいる課題に比べればそう大きな問題では無いとのことだ。

 契約を結べる精霊を探すのは、言ってしまえば数をこなすことだ。

 無論条件に合致する精霊に出会ってからのコミュニケーションも大切だ。

 それについては特別なことなど必要ないと分かっているし、精霊とのコミュニケーションの経験値は、太一を除いてこの世界でもっとも高い人間であるのは間違いないのだから。


「ううぅん……」


 思考に没頭。

 腕を組んで、リクライニングする椅子の背もたれに寄りかかるように身体を倒す。

 無意識の行動だ。

 凛の意識は、完全に脳内にあった。

 だから、か。


「うっ、わ!?」


 バランスを取りそこなり、そのまま後ろに倒れてしまった。


「……いたた~……」


 かなりみっともないことをしてしまった。

 思わず周囲の気配を探ってみたが、幸いといっていいのか、ミューラもレミーアも近くにはいない。

 この無様な姿が見られずに済んで良かったと言うべきか。

 それとも、何やってるのよ、と笑ってもらえなかったことを嘆くべきか。


「前途多難だぁ……」


 誰も見ていないと分かったので、凛はそう呟いてそのままぼんやりと空を眺める。

 抜けるような青い空、ゆっくりと流れていく白い雲を目で追った。

 あの空はウンディーネによる作り物、まがい物らしいのだが、凛の目には本物の大自然にしか見えない。

 偽者だろうと本物だろうと、凛にとってはどちらでも良かった。

 それで何か不都合が起きるわけでも無いのだ。

 この空は壮大に見えて、凛の悩みが小さく感じられる。

 凛はしばらく、空を眺めていることにするのだった。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆


 上空数十メートル。

 ウンディーネは、優しげな微笑みを浮かべながら苦悩する凛を見つめていた。

 うまくいかない様子だ。

 まあ、精霊魔術師としての特訓を開始してまだ数時間なので、うまくいかないのは当然であろう。

 ウンディーネは基本的にノーヒントで三人を放り出している。

 凛のみならずミューラとレミーアも様子は違えど同じように苦悩しているのは確認済みだ。

 何故ヒントをひとつも与えなかったのか。

 それは極めて単純な理由だ。

 ウンディーネから見て、凛たちが精霊魔術師の才能を開花させる最初の一歩に必要なのは、たったひとつの切っ掛けだけ。

 その切っ掛けだけで全てが解決するわけでは無いし、要素としてはもっとも割合が大きいものだ。

 見つけてしまえば大したことでは無い。

 それに、その方法さえ見つかれば、精霊の居場所が分かるようにもしてある。それは、ウンディーネの領域であるこの場所だからこそできることだ。

 ただし、見つけるまでが大変なのは間違いない。

 苦労するのは当然だし、精霊魔術師という飛び抜けた力を扱う資格を得られると考えれば、むしろ安いくらいではないかとも言える。

 発想の問題であり、気付きさえしてしまえば別に大したことはないと言えるものだ。

 彼女たちが戦っているのは、太一がいなければ精霊を見ることはできない、という固定観念。

 精霊は見ることができる。言葉を交わすこともできる。

 しかし、自力でそれらは叶わない。

 ウンディーネが与えたのは彼女たちの常識を取っ払う課題であり、これができなければ話にならないと言える。

 だからこそヒントを与えなかった。


「……無論、最初の一歩を踏み出せた後は、手に余る力の制御という難関はありますが、ね」


 しかしその修行までたどり着けたとしたら、厳しいものになるが同時に楽しくもあるだろう。

 何せ、かつての自分では届かなかった領域の力を出せるようになるのだ。

 その先には明るい未来が見えているはずで、制御できるようになればなるほど、その未来が現実味を増す。

 精霊であるウンディーネには、本当の意味でその喜びを理解することはできない。

 しかし、未来への希望に向かい、目を輝かせて邁進する人間を見るのは好きだった。

 自分たちが取り残されていくという無力感。それを改善しようにも自分たちだけでは八方塞がりだった凛、ミューラ、レミーア。

 そこに可能性という糸がぶら下げれれた時の、彼女たちの目に力がこもる瞬間。

 まさに、ウンディーネが好きな、希望に向かって邁進する人間たちだった。

 報酬というのは本心。心から感謝している。

 彼女たちに力が必要な理由と事情も理解している。

 しかしそこに、ウンディーネの個人的な趣向が混じっていることを、否定はできないのだった。


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