二十七話
『Gaaaahhhhh!』
「おっと」
熊が巨体を生かして攻撃を仕掛けてきた。
巨体に速度が合わされば威力が上がることを、本能で理解しているのか。
太一は飛び退いて一〇〇メートル程距離を取った。
戦った感触では、この熊はパワーだけではなくスピードもレッドオーガ以上。
「キメラだからなのか、なっ!」
四足歩行で突進する熊。しかし頭を太一に向けたままだ。
今度は腕を使わずにそのまま体格で押しつぶすつもりだろう。
ならば、と太一は腰の刀を抜いた。
すれ違いざまに突き刺して、相手の勢いを利用して引き裂いてしまおうという魂胆だ。
それでも熊は接近をやめはしない。
どうやら自分の防御力の高さもきちんと把握しているようだ。
「ミィ」
「はーい」
「シルフィ」
「うん」
ところで、太一の得物の刀身は金属でできている。
とすれば、ミィの強化対象となる。
刀を突く。
切っ先が硬い毛皮を容易に貫く。
地面に杭を打ち込んだように仁王立ちしながら、熊の勢いに任せて刀がその毛皮と肉を切り裂いていく。
『Grrrrraaaaaa!?!?』
走りながら、熊が悲鳴を上げた。
走る勢いを収めながらUターン。
振り返った熊は、ガフガフと荒い息を吐きながら、射殺すような目で太一をにらみつける。
刀についた血を払い、振り返る。
あの巨体からすればちょっとした切り傷にしかならない今の一撃。
しかし、切り傷の深さに対して、熊の怒りは度を超しているように、第三者がいたら見えたことだろう。
熊が激昂したのは傷に不釣り合いな痛みを与えられたからだった。
今の攻撃、太一は刃を突き入れた瞬間、刀身の中程に、まとわりつくような風の刃の渦を発生させた。
それが熊の肉を蹂躙したのだ。
「ピンピンしてるのは想像通りだけど、痛みを怒りに変える精神力はすごいもんだな。キメラだからか?」
刀を肩に担ぎ、太一は口の端を上げた。
敵ながら見事であると素直に賞賛の念を抱いていた。
太一の場合、キメラについては知識としては知っていた。
なのでキメラが存在することそのものについては、割と普通に受け止めていた。
この世界はファンタジーなので、そういうこともあるだろうな、という認識だ。
熊は血が吹き出るのも構わずに立ち上がり腕を振りかざした。
「まだまだすべて出し尽くしたわけじゃなさそうだからな。ヤツがやけっぱちにならないようにもうしばらく戦いを長引かせるか」
キメラは人工生命体。
死の間際に自爆する、などという仕掛けが仕込まれていないとも限らない。
半端に追い詰めないよう、戦闘を続けるのが太一の役割だ。
それには、熊がパワーを生かした戦い方をしているのが都合良かった。
熊は振り上げた四本の腕のうち、二本をむちゃくちゃに振り回し始める。
ただ子どもがだだをこねているような挙措にしか見えないそれは、もちろんそんな単純なものではなかった。
「おおっ」
シルフィと契約しているからこそ見えたのは、無数の風の刃。
当たった人間大の岩をきれいになます斬りにするほどの切れ味。
これは『エアカッター』に似た攻撃だ。
ただし、避けるのに予測は使えない。
熊は腕をやたらめったらに振り回しているからこそ、攻撃は完全にランダム。
後退つつも土の魔法で岩を生み出し、それを砕いて散弾のようにして撃ち出す。
大方の予想通り、太一の攻撃を風の刃で撃ち落とす熊。
完全ランダム故にすり抜けたものだけ、きちんと狙って撃ち落としているのが分かる。
やはり、今は狙いをつけていないだけで、狙いをつけて撃つことも可能なようだ。
しかもその精度はかなり高い。
「さぁて、他には何があるかねぇ……」
あまりに長引くようなら、この焦眉は途中で切り上げる必要も出てくるだろう。
それほど急いではいないが、それでもだらだらと続けているわけにもいくまい。
太一とてそんはしたくなかった。
尻尾の攻撃と、背中の山羊。
これを使わせるにはどうするか、だ。
「甘すぎたか、失敗だった、な!」
太一は宙を舞う羽根のようにひらひらと風の刃を回避すると。
『Guoaaaaaooooo!!?』
熊の四本の腕のうち、一本を半ばから切り飛ばした。
刀身の長さよりも明らかに太い腕だが、そこはそれ。
風で刃を延伸した一撃である。
そのまま熊の巨躯を蹴り、距離をとった。
さすがに痛みは激しい様子で、熊は悲鳴をこらえきれなかったようだ。
しかし直後、先ほど以上に殺意を乗せた目で太一をにらみつける熊。
そして、熊の戦い方が一変した。
『Grrrrrrrraaaaaaaaaahhhhhhhh!!』
やおら太一に接近すると、腕の振り下ろし。
それを避けた太一に、背中の尻尾が土手っ腹目がけてまっすぐ向かってくる。
来た。
やはり針としての使い方をするようだ。
熊の攻撃をさっとやり過ごして、先と同じように背後を取る。
正確な尻尾の突きが、真上から太一を襲った。
まるで後ろに目がついているかのようだ。
「っと」
それを飛び退いて避ける。
ヒュカッ、という乾いた小気味いい音と共に、サソリの尻尾は岩の地面を軽々と刺し穿った。
刺されて空いた手首ほどの穴。その周囲が溶解し、刺激臭がたちのぼる。太一はわずかに眉をひそめた。
更に、連続で尾の攻撃が太一目がけて振り下ろされる。
本当に正確だ。
どうやら毒の強さに自信があるのか、急所を狙っているわけでもない。
当たればどこでもいい、という攻撃は、受ける側からすると結構面倒だったりする。
ともあれ、尾については良く分かった。
ならばこの厄介な尻尾も切り飛ばしてしまおうかとして、それは阻まれた。
背中に生えた山羊の頭。その首が一八〇度ねじ曲がり、太一に向けて大口を開けたのだ。
そこから、緑と紫が混じったような霧が吐き出される。
「それは喰らってやれねぇ!」
大きく後ろに跳び、毒霧が届かないところまで退避。
尻尾の排除には失敗したが、大きな収穫はあった。
山羊の頭は毒の霧を吹きかけてきた。
毒々しいにもほどがある色。
それが当たった地面は溶け、まばらに残っていた草が腐敗を始めている。
洒落にならない危険性を持った化け物であることが確定した。
レッドオーガは上回り、ともすれば強化一〇〇状態の太一では勝てないだろう程度には強いが、逆に言うとそれだけ。
ミューラにレミーア、そして凛が戦うかもしれない相手だ。これまでの三人だったら、戦わせようとは思わずに太一が仕留めることになっただろう。けれども今、彼女たちは限界を超えるためにウンディーネの薫陶を受けているところだ。
全ての手札を切ってもなお、攻撃を当てられなかった熊。
たった一瞬をもって悟ったのだろう。
熊は四つん這いになり、四肢を踏ん張った。
そして、山羊の口がめきめきと音を立てて裂けていく。
そのグロテスクな光景に辟易していると、その裂けた口に膨大な力が込められ始めた。魔力とも違う力。その正体は不明。ただ分かるのは、それがすさまじいエネルギーであるということだけ。
手札を全て切って、それでも届かないと理解した瞬間に、奥の手を切る判断の速さ。
このキメラの一番の脅威は、高いパワーとスピードといった身体能力ではなく。
いくら痛みを与えても堪えることなく戦い続ける意志の強さでもなく。
風の刃や毒針、毒と酸の霧といった特殊能力でもなく。
『GggyoaaaaaaaaaAAAAAAAAA!!!!』
魔力では無いエネルギーを元にした何かを撃ちだしてくるのかと思いきや。
「っ! 自爆かよ!」
薄い紫色のエネルギーが暴発し、半円のドームが広がった。
熊を中心にして、大地が抉れ砕け削れていく。
「シルフィ! ミィ!」
ミィの力で、成人男性二人が余裕で隠れられるほどの巨大な盾を作り、シルフィの力でその盾を起点に半円状に風のバリアで覆う。
その攻撃が太一の防御に直撃する。
「すげぇ力だなっ……!」
熊の強さは、太一からすると明らかに格下。
しかしその命の全てを燃やして放つ捨て身の自爆ともなれば、これほどの威力になるのか。
やがて、熊の自爆攻撃が収まる。
周囲に吹き荒れた高エネルギーの嵐が収まったことを確認して、太一は防御を解除した。
半径三〇〇メートルはあるだろうか。硬質の岩盤で覆われた地面が、まるでお玉でくりぬかれたように抉れていた。
高い熱エネルギーも内包していたようで、至る所で小さく火がくすぶり、焦げている。
そして、爆心地。
攻撃を防ぎきってぴんぴんしている太一を視認し、熊は憎々しげに『Grr……』と小さく呻くと、目から光が消え、身体が地面にゆっくりと倒れた。
その身体は白く色が抜け、ボロボロと砂の城が崩れるように崩壊していく。
全ての力を出し切り、粉となって散っていく熊を見ながら思う。
敵わないと悟るやいなや自身の命を犠牲に道連れにせんとした判断の速さと思い切りの良さが実に見事で、それこそが一番の脅威なのではないか、と。




