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異世界チート魔術師(マジシャン)  作者: 内田健
五章 北の呪い
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二十一話

 海上を進んでいたリヴァイアサンとティアマトが振り返って陸に目を向けたのは、イルージアが港に戻ってきたことに気付いたからだった。

 ティアマトとリヴァイアサンが引き返した。

 海岸付近までその巨体を寄せ動きを止めた二頭が、その頭をややもたげた。

 相変わらずの威容だと、凛は素直に思った。


『どうしたのだ。もはや用事は終わったのではないか』


 不思議そうな問いかけ。

 そのとおりだ。

 彼らつがいからしてみれば自分たちの実力の確認および披露は済んだのだ。

 ゆっくり移動していたのは、単に他に影響をなるべく与えないようにするだめ。

 まあ、そのおかげで、イルージアたちの気配に気付いたのだが。


「うむ。済まぬな。実は、そなたらに見て欲しいものがあるのだ」

『ほう?』


 返ってきたのは興味深そうな声。


『して、見せたいものとはなんだ?』


 イルージアは頷くと、太一の方を見た。

 その目配せを受けて一歩リヴァイアサン、ティアマトの方に踏み出すと、懐から短剣を取り出し、二頭の竜に向けてかざした。


『これは……』

『なるほどな。そういうことか』


 彼らが目を見開いたのを見て、間違いないと理解する。

 太一から説明を受けたのは、あの短剣をリヴァイアサンとティアマトに見せれば、古竜が姿を見せる、ということだ。

 二頭のリアクションを見れば、太一が古竜に言われたという言葉は間違いではなさそうだと、凛は思う。


「ああ。見せれば良い、とだけ言われた」

『うむ。それを見れば、我らに求められていることは自ずと分かる』

『地面に置くがいい』


 言われたとおり、太一が短剣を地面に置いて、一歩下がったところで、何かに気付いたように振り返る。

 太一は、イルージアを見ていた。


「この場で、構わないんですか?」


 ここは、先日イルージアに案内された、リヴァイアサンとの邂逅のための場ではない。

 要は、人の目があるということだ。

 その予想通り、イルージアに悩んでいる様子は無かった。


「構わぬ。やっていただこう」


 イルージアの答えは明快だった。

 それから数秒後、リヴァイアサンとティアマトの魔力が高まる。

 自分に向けられているわけではないことが分かっていても、凛は自分の顔が引きつりそうになるのを自覚していた。

 高められた竜二頭の魔力が、太一が置いた短剣に注がれていく。

 短剣はやがて明滅するように、小さな光を発し始めた。


『これで終わりだ』

『後は待つと良い』


 高めた魔力をしずめ、竜たちはそう言った。


「ふむ……この場で待てば良いのか?」


 何も変化が無いことに、イルージアはわずかに首をひねる。


『そうだ。じきに来られるであろう』

『何、その短剣が少年に渡された経緯を推察すれば、待たせることもなかろうよ』


 果たして、その言葉はその通りだった。


「……来た」


 太一は、覚えのある気配を感じて上空を向いた。

 太一個人の気配察知が届いたわけではない。大きさと空気の揺らぎ方で判断したのだ。

 雲の合間からドラゴンが降下してきていた。

 背中の左右に、巨大な二対の翼。

 全体的にスリムであるからか、シャープさを感じさせる。

 ただし、まとう濃密な魔力が、存在としての強大さをこれでもかと物語っていた。

 頭部はそこまで大きくは無い。二本足で立てるであろう後ろ足は太くたくましく、前腕はやや細いものの、爪は鋭い。

 その大きさは意外にも、ツインヘッドドラゴンよりも二回りは小さいと、凛は思った。


『さて、邪魔するぞ』


 竜はイルージア一行とリヴァイアサンおよびティアマトの間、その上空で制止すると、居並ぶ面々に向けてそう言った。


『久しぶりである。エンシェントドラゴン殿』

『幾百年ぶりか』

『久しいな。お前たちにまとわりついていた邪の気配もすっかり消えておるな』

『うむ。彼らに尽力してもらったおかげである』

『久方ぶりに、頭の中がすっきりしたとも』


 リヴァイアサンとティアマトの言葉を受け、古竜――エンシェントドラゴン――は、改めて太一をはじめとして集まっている人間たち見やった。


『我が同胞への助力、感謝するぞ』


 しかし、不思議と威圧感はリヴァイアサンやティアマトよりも圧倒的に少ない。

 不思議なものだった。


「約束は、果たさせてもらったぞ」

『分かっているとも。私が知っていることを話させてもらおう。しかし、その前に……』


 古竜はイルージアを見やった。


『そこな娘は、この国主だな?』

「ああ、うむ……お初にお目にかかる」


 古竜という存在に驚きを隠せなかったイルージアだったが、立て直すのも速かった。


『うむ。これから私がする話は、余人に聞かせて良いものではない』

「あい分かった。人払いをせよ。この場に、民を近寄らせるな」

「はっ!」


 イルージアの命令を受けて、護衛していた騎士のうち半数ほどが散っていった。


(太一だったら、多分音が届かないように出来るけど……)


 親切心から申し出ても良かった。けれどもそうしなかったのは、しゃしゃり出ないためだ。

 王や皇帝といった人物から歓待されるからこそ、出過ぎると目をつけられる。

 城内では、決して好意的な視線ばかりを向けられてきたわけではない。


『さて……では、話をするとしようか』


 次の言葉には、凛も驚かざるをえなかった。


『リヴァイアサンとティアマトにかけられた呪術は、この者らの眷属の竜を経たものだ』

「な、に……?」


 イルージアは目を見開いていた。

 リヴァイアサンとティアマトに至っては、声も出せないようだ。

 ふと、空中に水が渦を巻いた。見れば、太一が魔力を込めていた。

 現われたのは、ウンディーネ。実体化を請われたのだろう。


「お久しぶりですね、旧き友よ」

『おお、ウンディーネ殿』

「そのお話は、ワタクシも捨て置けるものではございません。詳しく聞かせて頂けますか?」

『無論であるとも。では、順序立てて話をするとしようか』


 古竜はウンディーネの飛び入り参加を快く受け入れた。

 どうやら両者には知己があったようである。


『長話では頭に入るまいから、手短にしよう。色々と聞きたいことも出てこようが、まずは私の話を聞くが良い』


 そう告げると、要点をかいつまんだ説明を古竜は開始する。

 余分な脚色のない説明は分かりやすい。もっとも、聞き逃してもどうにかなるような遊び(・・)がないので、それはそれで聞くのも大変ではあったが。

 凛は神経を尖らせて古竜の言葉に耳を傾ける。

 結果、得られたのは次のようなことだった。

 リヴァイアサンとティアマトの眷属には、現在呪いがかけられている。

 呪いをかけたのは、この世界の住人では無いと思われる。

 そう判断したのは、その呪いはこの世界で見た術式とは体系が違うため。幾千幾万と季節の移り変わりを見てきた古竜が一度も見たことがないことから、確証は無いが大きく外れてはいないだろうと。

 とはいえ、さすがに海を司る竜と三つ首竜の眷属が相手のため易くはないようで、常時多数の呪術師で呪いをかけ続けてギリギリ維持している状態のようだ。

 古竜の見立てでは、眷属にかけられている呪いを解除するには『竜の秘薬』があればいいという。

 『竜の秘薬』とは、名前の通り竜にのみ作用する特効薬。

 リヴァイアサン、ティアマトも知らなかったことから、これは秘術中の秘術の模様。

 そして、眷属に呪いをかけられていることをウンディーネが知らなかった点について。

 これについても古竜の推理になった。曰くウンディーネはエレメンタルであるため、隠し通すのは簡単なことでは無い。ウンディーネへの対応に全神経を注いだ結果、見事逃げおおせることに成功した。その代償に、第三者への注意が散漫になり、故に古竜に露呈することになった。

 古竜はこれについて、ウンディーネから逃れ得ただけでも賞賛されるべきことであり、それ以外への注意が散漫になるのはむしろ当然とのことだった。

 まあ、それは契約している太一が古竜に同意していた。四大精霊から逃げるなど、全てのリソースを注ぎ込んで成功するかは未知数だと断言した。

 呪術師たちが儀式をしていたのは、この大陸から更に北。絶海の孤島だという。

 眷属の竜はそこにはいなかったことから、恐らくはその眷属の宝玉を呪術の媒体にしていると予測したようだ。

 ここに来る前に再度同じ北の島を探ったところ、呪術師たちがいなくなっていたことから、既に拠点を移していると思われる、と、古竜は話を締めくくった。

 今の話を聞けば、自分たちにお鉢が回ってくることは容易に想像できる。


(……うーん)


 凛は、一筋縄では行かなそうだと感じていた。

 例えばかつて対峙したスソラやダゴウといった強敵は、それぞれタイプは違ったもののある意味で分かりやすく、歯車をかみ合わせて戦うのに苦労はしなかった。

 しかし、これから戦うであろう相手は、古竜も見たことのない術式を行使する相手。それも、呪術という名前からして、搦め手を使ってくる相手だろう。

 そんなことを凛が頭の片隅で考えていられたのは、古竜の話がこれで一区切りしたからだった。


『さて、話は以上だ。何か聞きたいことは?』

『いつの間に、我らの眷属に手を出したのだ?』

『さて、それは分からぬ。しかし件の眷属が姿を見せぬ事に、その方らは今の今まで違和感を覚えなんだろう? 呪いのせいで判断力、思考力が鈍っていたと考えるのが妥当だろうよ』

『むう……』


 反論が浮かばず、ティアマトは唸るのみだ。

 眷属とは、魔力的なつながりが存在する。そこを辿られて呪術をかけられたと推察できた。


『しかし、ワタクシが気付かないとは……確かに力は落ちていましたが、不覚としか言いようがありませんね』


 やや気落ちしているウンディーネ。


『ウンディーネ殿をはじめとしてエレメンタルへの対策を真っ先に行ったのであろうな。そのせいかおかげか、私には筒抜けに近い状態であった。多方面を考慮した半端な対策では、精霊王の目をかわせず確実に露呈する。ならば、他を捨てても精霊王にのみ対策を行う。連中としても苦渋の選択だったはずだが、理にかなってもいる』


 ウンディーネを、古竜がフォローした。


「……では、古竜殿に尋ねたい」


 イルージアが前に出る。


「リヴァイアサンとティアマトに呪いが再発する可能性も捨てきれぬ、という話だが、具体的にはどの程度猶予があると見ている?」

『そうさな……推測で良ければ話をするが』


 推測で。つまり、しっかりとした根拠がある話ではない、ということだ。


「承知しているとも」

『しばらく……数年程度では何かが変わることはなかろう』

「では、今日明日にすぐ何かが起こることはなさそうだ、という認識で良いのだな?」

『それで良かろう。件の呪術師がどれほど優れていようと、人の身で竜に影響を及ぼすには、時間をかけるしかあるまい』


 一見、慢心に見える。

 凛は素直にそう思った。

 しかし同時に、竜の生き物としての格を思い出していた。

 今の太一がドラゴンに勝てるのは、竜よりも更に一段階存在の格が上である精霊、その王と契約しているからだ。


『かといって、放置する手はあるまい?』

「無論だ。我が国も出来うる限り支援させてもらうとも」


 シカトリス皇国として、リヴァイアサンとティアマトの眷属の呪い解除に協力する。

 そう二つ返事で答えたイルージアに、竜たちが感謝を表明する。

 まずは、その呪術師がどこにいるか。

 それを突き止めるところからだ。


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