二十二話
呪いを元から絶つために、呪術師を倒すという最終目標は定まった。
とはいえ、すぐに最終目標に向けて出陣というわけにはいかない。
古竜が最初に発見した拠点から、呪術師たちは既に撤退しているためだ。
幸い、呪いの術はすぐには再発しない。
もう一つ、これも当然だが、恐らく遠征になるため、皇国にも準備の時間が必要ということだ。
ここは遠征の準備をじっくりと行いたいというのは、イルージアとしては当然の結論だった。
よって今は出来ることから行うのが最善だ。
「水のエレメンタル・ウンディーネの報酬か……どのようなものになるのだろうな」
ミューラの隣で、目の前に並べた物を鞄に詰め込んでいたレミーアが呟いた。
現在、太一たち一行は泊まり込みの準備を行っていた。
ここでも、太一、凛ミューラレミーアで二手に分かれる。
太一は、呪術師たちが使っていた北の拠点の調査。
一方、凛ミューラレミーアは、自分たちの力の底上げである。
何故そうなったか。ミューラは、昨日夜の出来事を思い出した。
◇◆◇◆◇◆◇◆
古竜の話が終わってからは、一度解散することになった。作戦を実行するまでには少々の期間が空くからだ。
太一たちも、戻る先は城ではなく、借りていた屋敷へ戻る。
「あー、ここに戻ったの久々な気がする」
「分かるその気持ち」
顔を見合わせる太一と凛である。
実際には数日と明けていないのだが。
「さ。まずは家のことを簡単に片付けちゃうわよ?」
荷物をソファに置いたミューラが、腕をまくった。
「そうだね」
「腰を落ち着けちゃうと、動きたくなくなるもんな」
一度座りたいと思っていた太一と凛だったが、ミューラの言葉に自制する。
「家のことは任せる。私は買い出しをしてくるとしよう」
レミーアは夕食の買い出しである。もう夕方にさしかかろうとしていた。動くならすぐに、だ。
荷物を置いて現金だけ持ったレミーアを見送り、家に残った三人は簡単な掃除などの細々とした家事や、クロの世話を行う。
レミーアの帰宅は、そう時間がかからなかった。まだ太一も凛もミューラも、作業中である。
簡単に作れて腹が膨らむ料理ということで、シカトリス皇国の郷土料理の真似事をするとのことだった。
レミーアが選んだのは、小麦粉を固めたものと野菜をスープで煮込み、焼いたりあぶったりした肉を放り込んだもので、コライネーソという料理名だ。
腕のいいレミーアが作ったコライネーソは、この国を拠点にしていないため自分たちにも合うよう簡単にアレンジがなされ、実に食べやすい。
夕食を摂って一息ついているところで。
ウンディーネの願いを聞き届けた太一が、水の精霊王をリビングに顕現させた。
「ありがとうございます」
姿を現わしたウンディーネは、太一に礼を言う。
そして、己の姿が太一以外にも見えていることに、ウンディーネは感慨深そうな表情を浮かべた。
「見えないことが当然でしたから、不思議な気分ですね」
「まあ、そうだよな」
人に姿を見られるという経験は、ウンディーネに限らず桁の違う時間を過ごしている彼女たちでさえも初めての体験なのだ。
「それで、俺たちに用事があるんだろ?」
「ええ。正確には、彼女たちに、です」
「ああ……あん時言ってたことか」
「その通りです」
太一と話をしていたウンディーネが、すっと向き直った。
凛、ミューラ、レミーアの方に。
「さて。以前お三方には、海底神殿の試練を突破した暁には、報酬を用意していると言いましたね」
「ああ……覚えている。内容については皆目見当もつかぬがな」
四大精霊の一人に名前を連ねるウンディーネだ。例えば彼女が長い年月の中でみつけた財宝であったとしても、人間の社会では次元の違う価値があるのは間違いない。
「ワタクシから提示しても良いのですが……」
ウンディーネは髪を耳にかけながら言う。
「それですと、物になります。人間からすれば、なかなかの宝物となるのは間違いないでしょう」
エレメンタルの言う「なかなか」が、人間にとっても同様に「なかなか」となるとは思えない。
三大大国でさえ手に余るかもしれない。
「……しかし、今必要なものが富であるかどうか、ワタクシには判別がつきません」
ですので、と言いつつ、人差し指を立てるウンディーネ。
「ワタクシに要求をしてみてはいかがでしょう。何でも叶えられる、とは申せませんが、せっかくの報酬です。ワタクシも、あなたがたが今一番必要とするものを提供したい」
「要求……?」
ミューラが目を見開いた。
ウンディーネは微笑みを浮かべたまま頷く。
召喚術師で、かつ契約をしている太一ならばいざしらず。
無意識に助け船を求めたのか、そのまま目線を太一にずらすミューラ。しかし、これについて太一は我関せずのようで、ミューラの視線には気付いていてもリアクションは起こさない。
ミューラは続いて、凛の方を見た。
何となくの視線移動だったが、そこで目がとまる。
凛は口元を左手で覆い、何やら真剣な表情で考え込んでいたからだ。
ふと気になったのか、レミーアが尋ねた。
「お前は、何か知っているか? タイチ」
「いや。これに関しては、ウンディーネに委ねてくれって言われてるから、俺は何も聞かないことにしてた」
「そうか……」
太一も何も知らないようだ。
実際に凛が考え込んでいたのは、数分にも満たない時間。
凛がふと、顔を上げる。
「あの……っ」
やや驚きを表したのは太一である。
凛が、かなり切羽詰まったような態度を見せたからだ。
「考えはまとまりましたか?」
「う、うん」
ウンディーネに問いかけられ、頷く凛。
そして一瞬躊躇した様子を見せた後、意を決してウンディーネの視線を正面から受け止め、口を開く。
「私たちの力の上限が上がる方法は、何かない?」
「……」
その言葉を受けても、ウンディーネの表情は変わらない。
そして、ミューラとレミーアが、凛を咎める様子も無い。
「ふふ……やはり、欲しいものはあるかと素直に聞くのは大事ですね」
ウンディーネは幾分か微笑みを柔らかくしながら言う。
「ええ、可能性は、ございますよ」
それは思わぬ糸口。
そう、シカトリス皇国に来る前から抱いていた、自分たちが太一の足かせになっていること、その解決の可能性の糸口だった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
ウンディーネから言われたのは、太一を除いた三人で海底神殿に来て欲しい、ということ。
その際、ある程度日数が経過する前提での準備をしてくるよう言われたため、こうして準備しているのだ。
もっともそれは、ウンディーネが言う「可能性」に挑戦すると決めた際に必要になる準備ではあるのだが。
けれども、特段に決意は必要ないと、ミューラは思う。
(実際に必要になるのは、決意じゃ無くて、覚悟……)
何をするのかは分からない。
ウンディーネには、太一の仲間であると認識してもらっている。
ただ、だ。
凛がウンディーネに問うたこと。
それは平たく言えば、自分の限界を超えるということだ。
魔力量、魔力強度は、個々人で上限が決まっているというのは、魔術師の間では常識だ。
(そもそも、才能を一〇〇パーセント余すこと無く使い切れる魔術師は、過去から今現在に至るまで一人として現われたことがないと言われているんだったわね)
凛やミューラよりもはるかに卓越した魔力操作の技量を持つレミーアさえも、自分の全ての才能を使い切っているわけではない。
だからこそ、レミーアには今も魔力操作の鍛錬は欠かさぬようにと言われ続けている。
(つまり……才能の面での上限突破は、普通は不可能。でも、リンは限界突破をウンディーネに願い、ウンディーネは可能性があると言った……)
はっと我に返った凛が勝手に話を進めた、とミューラとレミーアに謝罪した。
確かに彼女の独断専行ではある。
ただそれを、ミューラは止めなかった。
もっと言えば、レミーアも同様だ。
(それは、普通なら、常識なら、なのよね)
今がまさに、チャンスが転がり込んできた時。
出来るか出来ないかは、やってみてから考えてもいい。
確実に限界を超えられるとは限らないが、エレメンタルの一柱が「可能性はある」と言ったのだ。
飛びつくなら、今である。
(同時に、人間卒業、にもなるなんて、皮肉なものだわ)
苦笑する。
太一の桁外れの力を、人間卒業だ、とからかっていた時期が懐かしい、とミューラはふと思った。
気付けば、荷造りは終わっていた。
荷物を持ってリビングに向かうと、既に全員準備を終えていたらしい。ミューラが最後のようだ。
「ごめんなさい、待たせてしまったかしら」
「ううん。皆同じようなタイミングだったから」
凛が言う。
ここからは、太一は別行動だ。
凛、ミューラ、レミーアは海底神殿に向かう。
「じゃあ、がんばれよ」
「うん、太一もね」
こつん、と拳を突き合わせる二人を、ミューラは眺める。
お互い今後を見据えて成すべきことを成すために動く。特別じゃない、いつものことだ。
ただ、太一と凛のこの行動に、言葉にされなかった幾つかの想いを、ミューラはなんとなく察した。
歩き去って行く太一の背中を玄関先で見送り、三人は城へと向かった。




