二十話
お待たせいたしました。
ウンディーネ、そしてイルージアからの依頼を無事に完遂し、祝賀会が行われたその翌日昼前。
現在、西村太一は海上上空に浮いていた。
その場所からはるか遠くに、シカトリス皇国の首都プレイナリスが見えた。
太一とプレイナリスの間。ややプレイナリス寄りの海面。
そこには、リヴァイアサンとティアマトが浮かんでいた。
これから、リヴァイアサンとティアマトが、取り戻した力の試運転を行う。
この試技は竜のつがいのたっての願いで実現したものだが、太一としても、ウンディーネの力を試す訓練の一環と考えれば渡りに船だ。土のエレメンタルノーミードから立て続けに契約をしたため、訓練ができる機会は貴重だった。
「こっちはいつでもいいぞ」
シルフィの力で、声を届けてもらう。
まずはティアマトからのようだ。
溜め込まれた力が凝縮され、一気に放たれた。
次の瞬間には太一の元まで達する。太一は、それを海水の壁で受け止めた。膨大な熱量に海水が激しく勢いよく蒸発する。
シルフィ、ミィに続き、ウンディーネとも契約して更に力が上がっている。なので負けることはないが、ティアマトの攻撃から感じる圧には、太一も余裕を見せることはできない。
「はっ!」
かなり強めに力を込めて、ティアマトのブレスを上空に向けて弾き飛ばさんとする。
ティアマトのブレスは、太一の頭上を越えて彼方に飛んでいき、超高空で強い光を発して消えた。
少ししてから、腹の底を震わせるような轟音が響く。
それを見上げながら、太一はふぅと息をひとつ。
「いやぁ、すんごい威力だなぁ」
その威力に感嘆する。
後ろにそらすように弾いていなければ、爆発の余波でプレイナリスに被害が出ていたとも限らない。
戦闘に関わりの無い……もっと言えば攻撃用の魔術が身近ではない者には、この威力のほどは分からないだろう。
ただ、軍に属する者、国政に深く関わる者、そして王のイルージアは、それに当てはまらない。
彼らは海岸線から、ティアマト、リヴァイアサンの力試しを視察していたのだ。
「あれが、十全の力を取り戻した竜か」
イルージアは搾り出すように呟いた。
リヴァイアサンのように、守護竜になってくれたわけではない。
しかし、何かあれば力を貸そうと言ってくれた竜である。
契約など結んでいないが、約束は守られるとイルージアは思っていた。
相手がたかが人間だからこそ、一度口にしたことを違えはしないだろう。
「『落葉の魔術師』殿に聞きたい」
「答えられることであれば、なんなりと」
イルージアが、自身の近くにいるように手配したレミーアと凛とミューラ、つまりは海上にいる召喚術士の少年が仲間としている三人。
その少年少女たちの師であり、世界でも指折りの魔術師であるハーフエルフの麗人に問う。
「ティアマトのブレス。あれは、このプレイナリスを吹き飛ばすことができると思うか?」
「この地を真っ平らにしてあまりあるでしょう」
建物を蒸発させるだけでは飽き足らない。全力のブレスを受ければ、首都を築く土台とした丘もろとも存在しなかったことにできる。
続いてリヴァイアサンが放ったのは、水の塊だ。
太一がそれを受け止め、数秒の後に後方へ流していた。
遠目からは何をしているのかは分からないが、太一はリヴァイアサンのブレスを、同じ属性のウンディーネの力を使って力の向きを変えたのだ。
生き物は見える限りではおらず、切り立った崖しか無く接岸も出来ない巨大な岩山。その面積はプレイナリスに勝るとも劣らない、という結果が、プレイナリス周辺の調査で分かっている。
益にも害にもならないその岩山が、リヴァイアサンのブレスで根元から粉砕されていた。発生した巨大な波は、ウンディーネの力で鎮められ、プレイナリスまで届くことはなかった。
全盛期の力が戻っていることが確認できたからか、高まっていたリヴァイアサンとティアマトの魔力が霧散していく。
どうやら、一発ずつの試技で十分だったようだ。
竜の願い、呪い、そして太一とウンディーネの契約。
その全てが解決された結果が、リヴァイアサン、ティアマトの全開試し撃ちだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
港の高台、波に呑まれない位置。
そこには王族や大臣などの重鎮が、船を使って移動する際に待機するための施設がある。
この施設は、主にそういう時に活躍する。
それ以外にも、プレイナリスに陸路では無く船で訪れた他国からの使者が、登城前に長旅の疲れを軽減するために利用されることもしばしばあった。
施設には、館が二棟ある。
一棟は貴族などが待機する館。
もう一棟は、王族が使用する館だ。
今回はイルージアがいるため、当然ながら使われるのは王族専用の館だ。
ここを使うことになったのは、暖と軽食を所望したイルージアの思いつきで、深い意味は無かった。
「うむ。彼らの本来の力はすさまじいな。正直、これほどとは思わなんだ」
その館の応接室。
出された温かい茶で冷えた身体に熱を入れたイルージアが、先の試技の感想を述べた。
味方である頼もしさと畏怖、そして恐怖といった感情を、一言に全て込めたイルージアである。
主君の言葉に同意する臣下と、少しの間感想を述べ合う。
それから、運ばれてきた食事で軽く腹を満たして。
「……して、予に話があるのだったな?」
そう、イルージアが切り出した。
この場にいるのは、彼女と、彼女が重用している臣下たち。
そしてもちろん、太一、凛、ミューラ、レミーアである。
「私たちは何も聞いておりません。知っているのは、こやつのみです」
イルージアにそう答えながら、レミーアは太一を見る。
話は任せた、という視線を受けて頷いた太一は、まず始めに例の短剣をテーブルの上に置いた。
武器としては悪くなさそうだが、どうにも無骨な飾り気のない一品。
「ふむ……その短剣に、どんな意味がある?」
「これは、古竜から預かったものです」
特に前置き無くそう告げた太一に、イルージアは束の間目をしばたたかせた。
「古竜、だと?」
イルージアは太一の言葉を本当だと判断した。
凛、ミューラ、レミーアは、イルージアからの視線を受けて全員否定する。
そのはずだ。太一は、この短剣のことを誰にも話していなかったのだから。先ほどレミーアが告げたとおりである。
「そなたの仲間にも知らせなんだか」
「そうですね。共有しませんでした」
「何故だ?」
仲間への共有くらいはしておいても良かったのではないか。イルージアは純粋にそう思った。故の質問である。
「古竜に止められたんです。色々と情報がある、けれど今抱えている荷物は軽くないから、まずはそれを何とかしろって」
「ふむ。お前が言われたのは、余計なことに気を取られずに目の前のことに集中しろ、だな?」
レミーアが確認すると、太一は頷いた。
確かに、ウンディーネの封印解除と、ティアマト及びリヴァイアサンの呪い解除は、タスクとしては間違っても軽いとは言えない。
簡単な仕事なわけもなく、まずそれに集中しろというのは当然の理屈である。
ここは、古竜が言ったとされる「荷物を片付けてからにするように」という配慮をありがたく受け取っておくべきだろう。
「これをリヴァイアサンとティアマトに見せれば、古竜が姿を見せるらしい」
太一は、横で不思議そうに短剣を見ていた凛に説明をしていた。
「リヴァイアサンとティアマトは、古竜のことを知っているのかしらね?」
「そうだと思うぞ」
確認をしたわけではない。
しかし確かに古竜からは「リヴァイアサンとティアマトに見せるといい」と言われている。
リヴァイアサンとティアマトがその短剣を見て古竜を連想できる状態でなければ、そんなことを告げてこないだろう。
「では、まずはそれを見せてみるとしよう。話はそれからであろう」
イルージアはそう言うと立ち上がる。
太一はその言葉が欲しかった。
リヴァイアサン、そしてティアマトに会うのに、イルージアの許可または同行は、面倒を避けるためには必須である。
まあ、自衛の範疇だ。
「では行くぞ。リヴァイアサンらはまだおるな」
窓の向こう、竜たちはだいぶ離れてはいるが、まだ目視可能な位置を移動している。
彼らの気配察知能力ならばすぐに気付いてもらえるだろう。




