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異世界チート魔術師(マジシャン)  作者: 内田健
五章 北の呪い
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九話

 無事任務を終えて合流した太一たちは、その足で皇城に出向いた。

 顔パスで入城し、向かったのは謁見の間ではなく会議室である。


「陛下。皆さまが戻られました」


 案内をしてくれた侍従が、扉をノックする。


「ご苦労。入室を許可する」


 扉の向こうから、イルージアの返事。

 二拍置いて侍従が扉を開けると、そのまま身体を横にずらして導線をあけ、頭を下げた。

 太一たちは、レミーアを先頭に入室する。

 イルージアは部屋の正面、一番奥のひときわ豪奢なソファに腰掛けていた。

 その後ろには、仕立てのいい貴族服に少しヨレた白衣を羽織った初老の男が一人。

 無精ひげも生やしておりいささかだらしない印象もあるが、イルージアが咎めないのであれば気にすることはないだろう。

 イルージアに着座するよう勧められ、対面のソファに腰掛ける。


「速かったな。ご苦労だった」

「恐れ入ります」

「では、早速だが見せてもらおうか」


 レミーアは頷くと、早速戦利品を目の前のテーブルに並べる。

 瓶に入れられたカロリエ・マニスの樹液二本。

 保存用の箱に入ったアスピラディスの肝。

 同じく保存用の箱に入った影蜘蛛の毒腺。

 エルダープラントの茎と根。

 その全てを見て頷いたイルージアは、彼女の後ろに控えていた男に視線を一つ向けた。

 男はイルージアに敬礼すると、太一たちに向き直った。


「私は宮廷魔導研究所の所長を務めております、タルコット・シテイドと申します。こちら、検めさせて頂きます」


 外見にそぐわずその丁寧な語り口は貴族そのものである。

 どうやら何らかの爵位を得ているらしい。

 ただ、この場に限ってはそれは重要なことではない。

 技術部署のトップ。

 転移魔法陣に流す薬液を調合するのがこの部署なのだろう。

 彼はひとつひとつの素材を手に取ってためつすがめつ眺めると、ひとつ頷いた。


「さすがですな。見事な腕前です」

「シテイド卿。使えるのだな?」


 イルージアの問いかけに、彼は「間違いないでしょう」と付け加えつつ肯定した。


「品質は相当良きものでございます。これから研究所に持ち帰って検証いたしますが、どれも要件を満たすと見込んでおります」

「ふむ、それはそなたのカンか?」

「僭越ながら」

「よろしい」


 イルージアも、その技術力に信を置いているのだろう。

 無数の経験を積んだ技術者のカンは、積み上げた経験値が導き出した答えである。

 ただのカンと切り捨てられるものでもない。

 イルージアは、サイドテーブルに置いてあった革袋を指さす。

 控えていた侍女がそれを手に取り、太一たちの前に置いた。


「それが今回の報酬だ。さてシテイド卿、調合にはいかほどかかるか。他の業務は現場の判断で一時的に中断することも許可する」

「はっ。それでしたら……精製などの時間を含めますと、明日より三日間頂戴できればと」

「そうか。……では、貴殿らには完成次第遣いを出す」

「承知いたしました」


 イルージアは、三日後、とは言わなかった。

 何らかの理由で完成が遅れることもあるからだろう。

 まあ、ひとまず明日から三日間はオフである。

 ゆっくりと身体を休めて、英気を養う時間とできるだろう。

 もっとも、太一はこれといって疲れてはいないのだが。

 転移魔法陣発動に必要な魔力を、貯蔵用の魔道具に込めておく仕事はあるが、太一にとっては大したことでもなかった。






 中三日が空いて、翌日。

 招集に従い、太一たち一行は皇城の大会議室に来ていた。

 この三日間は、それぞれが自由に過ごし、リフレッシュも万全だった。

 他の仕事がそうではないとは言わないが、冒険者は身体が資本。

 太一と凛は、異世界に来て、すっかり自己管理の仕方が板についていた。

 特に凛である。太一と違って人間であるため、ある意味では『大事な試合の前日』以上にセルフケアには気を遣うようになっていた。

 一方太一は、雑にやっていても割とどうにでも出来てしまうため、無意味な徹夜などしない限りは多少不摂生でも何も言われたりしていない。

 それはさておき。

 大会議室では、上座のイルージアを除く主要人物が揃っていた。

 全員が上座のイルージアを向くように設置されたコの字型のテーブルには重鎮がずらりと並んでいる。

 末席ではあるが、イルージアと正対する席に、太一たちは案内されていた。


「皆さま、女皇陛下のおなりでございます」


 上座奥にある扉の前に控えていた従者筆頭が、居並ぶ全員に向かって声をかける。

 直後、全員が一糸乱れぬ動きで立ち上がり、拝礼した。

 扉が開かれ、イルージア専用の席に腰掛ける。


「座ってよい」


 室内を見渡し、役者が揃っていることを確認したイルージアの許しを得て、全員が椅子に座った。


「さて、諸君。ついにこの日がやってきた」


 前置きなし。

 彼女の臣下全員の顔は、これから始まる一大事業に向けて、気力に満ちている。


「シテイド卿。首尾は良いな?」

「申し上げます。後は発動を待つのみでございます」

「アズーラル軍務卿」

「はっ。準備は整ってございます」

「リズマイヤー将軍」

「こちらも、いつでも出撃可能となっております」


 兵站や備蓄、避難所の設置や救援物資と、やるべきことはたくさんあった。

 後方支援担当の文官がそれらを用意し、現場で運用するのは騎士や兵士の部隊である。

 この作戦、凛、ミューラ、そしてレミーアが海底神殿に赴き。

 太一が猛り暴れる竜を抑える。

 字面の内側には考慮すべき事がいくつもあるのだ。


「うむ。諸君、聞いての通りだ」


 全員が改めて居住まいを正した。


「我が国は国家事業の実施に入る。各位、計画通りに動くように。必要とあらば、現場の判断での変更も許可する」


 矢継ぎ早にテキパキと指示を出していくイルージア。

 それに応じる臣下の面々にも戸惑いが見られない。

 太一たちが休んでいる三日間の間に、十分な調整がなされたということだろう。

 裏方の準備が順調ということは、太一たちは依頼された仕事に集中できるということだ。


「では、予の名において、作戦の開始を宣言する。事前の打ち合わせ通り、各自持ち場につけ」


 軍関係と思われる者たちが立ち上がり、イルージアへ敬礼をして去って行った。

 残った面々は、すぐにこの場から移動しなければならないわけではなさそうである。


「ここで二手に分かれていただこうか。諸君らは、予についてくるように」


 イルージアの言葉に、凛、ミューラ、そしてレミーアが頷く。

 これから、三人は、海底神殿に転移する。

 転移できる場所に案内してもらう必要があった。

 太一については、特に案内は不要だ。

 外に出て海に向かい、リヴァイアサンと合流すればいい。

 リヴァイアサンと協力して、ティアマトを足止めするのだ。


「じゃあ、気をつけてな」


 太一は先に立ち上がる。

 転移魔法陣が起動した段階で、ティアマトは海底神殿に一直線に向かうことになるだろう、という予測が立てられている。

 早めにティアマトを見つけておかなければならないという意味で、急ぐ必要があるのは太一の方だった。


「ええ、任せなさい」

「必ず成功させるよ」

「こちらは心配無用だ」


 頼もしい返事を聞いて、太一は頷く。


「面倒な手続きは不要だ。そなたは、そこから行くが良い」


 王のお墨付きならば遠慮する必要は無い。

 礼を伝えて、イルージアに示された会議室のバルコニーに出た。


「さて……」


 太一はふわりと浮かび上がると、シルフィの力でリヴァイアサンを探す。

 今日は、太一が合流するまでは気配を探りやすいように海面に姿を見せているとのことだ。

 気配を探し始めて程なく。

 リヴァイアサンを見つけることができた。


「ん。こいつはちょうどいいな」


 風はこちらに向いているようだ。

 リヴァイアサンは、ティアマトと小競り合いをしているようである。

 足止めをする相手を探す手間が省けた。

 早く合流できるよう、太一は海に向かって移動を開始した。






 広大な儀式の間。

 その床面に描かれた精巧な転移魔法陣は、魔術を扱う者だからこそ圧倒するものがあった。


「これは、すさまじいな」


 『落葉の魔術師』が思わず唸る。

 実物を見たからといって、複製できるものでもない。

 レミーアが知る魔術理論とは根本から違う。

 さすが、ユニークマジシャンが構築した魔法陣といえた。


「それでは、中央の台に上がってください」


 魔法陣の中央には、数人が立てる台が設置されていた。

 その台の上にいる者を、転移させるらしい。

 ここでためらう理由はない。

 凛たちは言われるままに台に上がった。

 また、現地で三人をバックアップするために帯同する文官二名と護衛の武官四名も一緒だ。


「始めよ」

「御意」


 イルージアの号令で、転移魔法陣発動にかり出された研究所の所員たちが所定の場所に散らばっていく。

 シテイドが、魔法陣に薬液を流し込む。

 広大な魔法陣全てに均等に薬液が流れたのを確認し、所員たちが魔法陣を活性化するための魔力を流していった。


「頼んだぞ」

「お任せください」


 イルージアに託され、レミーアが応じる。

 そのやり取りを見届けたシテイドは、「ご無事で」と告げて、太一が魔力を込めた魔道具を設置した。

 魔法陣が青白い光を発する。

 その光は加速度的に強くなっていき……。

 光が収まると、九人の姿は魔法陣の上から消えていた。


「陛下。魔法陣は所定の工程を全て問題なく終えました」

「そうか。シテイド卿は、引き続き魔法陣を頼むぞ」

「仰せのままに」


 イルージアは儀式の間を退室する。

 彼女に休む間はない。

 国を守るための戦いは、始まったばかりなのだ。


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