八話
レミーアが持って帰ってきた情報、その共有を、割り当てられた客間で受けていた。。
海底神殿まで行く方法に関することだった。
皇城と海底神殿には、それぞれを結ぶ転移魔法陣が存在する。
それを利用するというのが、イルージアが選択した手法である。
潜水して進むのはリスクが高すぎる。
そのため、前準備は大変だが、起動に成功すれば一瞬で海底神殿と往復が可能な転移魔法陣が安全だろうとのことだった。
常用されていないという転移魔法陣。
「つまりは、気安くは使えない理由があるってことか?」
そんな手段があるなら、普通は転移魔法陣を使うだろう。
太一ならそうする。むしろ使わない理由が無い。
しかし、使われていない。
そこに理由があると考えるのが自然だ。
「その通りだ」
レミーアが頷く。
転移魔法陣を使うための条件は二つ。
数自体は少ない。しかし、二つともかなり難易度が高い。
まず一つ。転移魔法陣の起動準備で、特殊な魔法薬が必要ということ。
転移魔法陣は城内地下にある専用ホールの床に直接掘られている。
魔法陣の溝に、薬を流す必要があるとのこと。
もう一つ。転移魔法陣を起動する為には莫大な魔力が必要ということ。
このうち、莫大な魔力については、太一がいれば解決する。
シルフィとミィの力を借りて魔力を増幅すればかなりの分のカバーが可能だ。
太一としても協力するのはやぶさかではないので、魔力については問題は無い。
問題は、もう一つの要素。魔法薬の方だ。
この薬、調合法も特殊だが、何より材料が特殊だ。
「特殊というより……厄介な素材が複数あってな」
特に珍しくない素材がほとんどで、高額だが金を出せば苦労せずに入手できる素材がいくつかで、それらは既に入手の手配をしているという。
それ以外に、入手が難しい素材が四つほどあった。
「闇蜘蛛の毒腺、アスピラディスの肝、カロリエ・マニスの樹液、エルダープラントの茎、根。以上だ」
そう言いながら、レミーアはテーブルに四枚の依頼書を広げる。
凛、ミューラの表情は、一様に嫌そうだった。
そのどれもが、Aランク冒険者としては最上位に位置する者たちにのみ受注許可が出されるものばかりだからだ。
闇蜘蛛は非常に強力かつ巨大な蜘蛛。巣にかかった獲物はワイバーンですら捕食してしまう。
アスピラディスは二足歩行の竜だ。体長十メートルに達する大型竜である。縄張りは小さいが侵入した敵に対する排除行為は苛烈かつ執拗。一度戦いを始めたら、縄張りから出るだけでは攻撃対象外にしてもらえない。
カロリエ・マニスの樹液は無尽蔵と錯覚するほど潤沢なため見つけてしまえば採取は難しくはない。しかし、樹液を栄養源にするアラベリウスという雑食性のリザードの群れがカロリエ・マニスを中心にコロニーを作るため、主食を奪われんとするその群れと争いになる。
エルダープラントは、最大で二〇メートルを超える大きな植物の魔物だ。食虫植物よろしく肉食で、近寄った生物はすべて捕食対象にしてしまうほどに食欲旺盛だ。
どの魔物も非常に強力。Aランク冒険者以上でないと討伐許可が出ないほどの強さを誇る。
凛とミューラとしても、手強い相手だった。
「市場になくて当然か」
「ああ、そうだな」
人間から見れば秘境と呼ばれるような大自然の奥地にしか棲息しない魔物であり、意図的に踏み入ろうとしない限りまず出会わない。
黒曜馬よりもワンランク上の魔物ばかりだ。
唯一、アラベリウスは単体はBランク程度だが、単独で行動することはまずないため、群れとしての脅威度はアスピラディスや闇蜘蛛と変わらない。
「報酬はギルドで依頼が出された場合の二倍提示されておる」
「ということは、あたしたちに来たんですね、これの入手依頼……」
「ああ。冒険者は、魔物専門家でもあるからな。軍を出せば倒せるだろうが、被害が大きいこともある」
この依頼を数度こなせば一〇人程度のパーティならば全員が一生贅沢をして暮らせることを考えれば、どれだけ難易度が高いかが分かる。
ともあれ。
「まあ、受けざるを得ないですよね」
嫌そうながらも、ふう、とため息一つ。
凛は苦笑した。
そうだ。
これを受けないと、話が先に進まない。
「基本、この街から南下した先の密林や沼地に棲息している。だが……」
話が早そうだ、と思ったが、レミーアはそこでいったん言葉を切った。
「エルダープラントだけは、海を東南方面にしばらく渡った先の諸島群のどこかが棲息地のようでな」
「なんだ、じゃあ俺だけ別行動か」
今、船は出せない。
船を出さなくて済むよう練っている対策のための魔物狩りである。
空を飛べる太一が別行動になるのはある意味必然だった。
「そうだな、そちらは頼んだぞ。それ以外の素材は、こちらで集めておこう」
「任せろ」
「うむ。リン、ミューラ。私たちは三人で行動だ。いいな?」
「はい」
「了解です」
「よっし。じゃあ、もろもろの情報について、ギルドに行って聞いてくるかな」
戦って勝つだけなら、太一の心配は要らない。Aランク冒険者六名のパーティで、死者ゼロ人でエルダープラントを討伐した実績があるからだ。強さとしては、他のラインナップとそう大きく変わらない。ただ、移動と発見に時間がかかるという意味では、厄介さが一段上だ。
強さが他と変わらなくても、エルダープラントの素材がかなり高額になる理由。それは、到達するまでが大変だからである。
「今から行くか?」
「ああ。たぶんこのまま討伐に向かうわ」
「分かった。ではまたな」
「行ってくる」
「行ってらっしゃい」
「気をつけてね、太一」
簡単に荷物を用意して武器を携えた太一は、気負い無く家を出て行く。
問題はこちらである。
凛もミューラも、そしてレミーアも、Aランク冒険者としては平均以上。
レミーアはもともと冒険者全体を見ても最上位のグループだったが、このところは凛もミューラもAランクという枠内でも上位に分類される。
魔力量、魔力強度に変化は無いが、その扱いが上達しているのだ。
どこまでいっても魔力の扱い方が全て、とはかつてレミーアが言っていたこと。
そして、今なお、レミーアも魔力操作能力上達のために鍛錬していることを考えれば、そこに上限は存在しない。
そんな三人を持ってしても、今回の依頼はそう簡単なものではない。
「さて、分かっていると思うが、問題は我々だ」
別に勝てない相手ではない。
しかし、楽勝と言える相手でもない。
しっかりとした準備が必要だし、作戦もなしに飛び込んでいいわけでもない。
「これがもう二、三回り下の相手なら個別にいっても良いですが、今回は全員で一つずつ確実にこなした方がよさそうですね」
「タイチならそういうのは関係ありませんが、あたしたちはそうは行きませんしね」
「その通りだ。それに、あいつが一人でやるよりは手分けした方が速いからな」
極端な話をいえば、太一一人が駆けずり回ればそれで済むのは間違いない。ただし、時間という意味では全員で当たった方が確実に速い。
だからこその分担である。
「では、我々も十分に準備をしてから出発するとしよう。あいつのように散歩気分とはいかないからな」
三人はうなずき合い、準備を開始する。
祭壇に向かうための前段階。
試練に挑む資格があるのか。
まるで、そう問いかけられているかのようだった。
もろもろの準備を終えた太一は、陸と海を分ける断崖絶壁のふちにて、最後の持ち物確認を行っていた。
エルダープラントは巨大な魔物。
大きいというのはそれだけで武器だ。
植物だからか火を嫌がり、そこそこの威力の火魔術でも結構な効果があるという明確な弱点があるからこそ、Aランクの枠内に収められている。
戦利品を持ち帰るためには、頑丈なロープで縛って直接運ぶ必要がある。
陸路なら馬車に積めばいいが、今回は太一単独のため運び方も考慮しなければならない。
他にもいくらかの食事と飲み物があることを再度確認した太一は、準備完了とばかりに飛び上がった。
「さって、南東は、っと」
方角を調べる道具で現在地と向いている方を確認した太一は、身体の向きを変えて移動を開始した。
ギルドで聞いたところによると、ここからは船で一〇日はかかるという。
この世界の帆船が地球の帆船より速いことを考慮すると、なかなかの距離があると見た。
飛び始めてしばらく。
景色は変わらない大海原。
ざっくりとした位置関係をメモしてきたものの、簡単には見つからない。
飛び回り、見つけたのは数時間が経過してからだった。
「あ~、こういうとき、地図アプリが偉大だって思い知るよなあ」
見つけた諸島群から適当に選んだ島に降り立ち、見渡す。
そこまで広い島ではない。ごろごろとそこいらに転がる岩と、背の低い草や木。そしてところどころに残る雪。
冷たい風が吹きすさび、荒涼とした空気が漂っている。
しかし、気配として感じる生命の数は意外なほど多い。
人間には厳しい環境でも、たくましく生きているのだと実感できる。
東南方向に向かっていたので、これでもいくらかは南下しているから、こうして自然が増えているのだろう。
「まあ、土地の特性もあるんだろうけど……」
太一は早足でくるりと島を一周、ここにはいないことを確認すると、ターゲットを目指して次の島へ飛び立った。
プレイナリスから、南へしばらく進んだところにある森。
このあたりはかなり危険であるため、ギルドに一定以上の実力を認められた者以外は近づけないことになっている。
まあ、規制されているわけではないため、それでも近づくなら自己責任ということになるが。
「では、済まないが、頼む」
「ご武運を祈ります」
レミーアは、ついてきた第三騎士団の中隊長二人に馬車を託した。
第三騎士団の面々は、森の手前にて凛たちの馬車を護衛すると同時に、遠征の拠点を構築する任務を得ている。
指定した魔物を倒すのは討伐報酬であり、この護衛は、国家の『竜を鎮める』という依頼の一環とのことだ。
後方を気にしなくていいのは純粋に助かるので、凛もミューラも、もちろんレミーアも否やをとなえることはなかった。
ここから先は、集団で威力を発揮する軍よりも、個々の力が秀でた冒険者の方が強い。
軍が劣るとか、冒険者が優れるという話ではない。単純に力の方向性の違いだ。
「行くぞ」
この森の外縁部は、まだそこまで危険ではない。
森の境目付近には滅多に魔物が来ることはなく、森から出てくる魔物は更に少ない。
加えて、森が危険だと分かっている魔物はそもそもここに近づいてこない。
非常に広大なこの森は、それぞれの魔物が不干渉でありながら十分なテリトリーを構築することが出来るため、わざわざ外に出る必要もなく、争いもまず発生しない。
食料なら、テリトリー内の野生動物で十分なのだ。
「さて……どれもかなり奥まで行かないとダメですね」
凛は、ギルドで仕入れたそれぞれの魔物の棲息域を改めて確認した。
森のかなり深いところまで踏み入らないと、目的のものは手に入らない。
「そうね。戻れる場所があるのはありがたいわね。気が楽になるわ」
バックアップがない状態が基本ではある。
冒険者とは、そういうものだ。
休憩から何もかもを自分でやることには、三人とも慣れている。
けれども、街まで戻らずとも体勢を大きく立て直せるというのは、精神面への負担を非常に大きく軽減させた。
置いていった馬車を気にしなくても良い。
クロは頭も良く強いのでそんじょそこらの外敵には遅れは取らないが、だから心配しないということはない。
強敵との戦いを前に、余計な心配が要らないのはありがたいことだった。




