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異世界チート魔術師(マジシャン)  作者: 内田健
五章 北の呪い

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七話

 イルージアとの謁見、ウンディーネの顕現、リヴァイアサンとの邂逅が終わり、夜。

 案内された客間にいるのは、凛、ミューラ。

 二人は、これから潜ることになる洞窟について話をしていた。

 海底洞窟。

 名前の通り、北の冷たい海の底。

 陸地から船で半日ほど進んで真下に潜ると、光の届かぬ海の底に、洞窟への入り口があるという。

 言葉にすればそれだけだが、実際に行うとなればそれだけとはいかない。

 光が届かないくらいの深さと言えば、地球でいえばおおよそ二〇〇メートル以下だろう。

 厳密には真っ暗闇なわけではないが、人間の目から見れば誤差の範囲だと思う。

 実際、水深二〇〇メートルで済めばいいが、もっと深い可能性も十分にある。

 そこまで潜るのは簡単なことではない。

 水温、水圧、そして空気供給。

 ミューラが雑に考えただけでもこれだけの課題がある。


「スキューバダイビングの世界記録も、五〇〇メートルは行ってなかったはずだよ」


 地球の事例を挙げ、スキューバダイビングについてざっくりと説明する。

 正確な記録は覚えてないけどね、と凛が付け加えた。

 まあ、参考記録ではある。この世界の人間、特に戦闘を生業とする者の肉体は、地球の兵士よりも強靱だ。

 その分、海に潜るために開発された装置や装備が無い。差し引きでトントンといったところか、と凛は思う。

 準備に万全を期して、多数の人間のバックアップありでもそれだ。

 人間が海の深いところまで潜るには、地球では潜水艦、潜水艇が必要である。

 深海は生身の人間を受け入れるような生やさしい環境では無い。

 が、過去複数回、イルージアは海底洞窟に赴いていると言っていた。

 つまり、移動方法は確立されているということだ。

 その移動方法は確実であると断言していたが、そこには交通費が必要である。

 それが何なのか、現在、レミーアが確認している。

 ちなみに、太一はウンディーネに請われて話し中だ。


「ま、簡単でないのは分かるわ。少なくとも、あたしには無理ね」


 水の魔術を扱えれば、ある程度まで潜ることは出来ただろう。

 では、凛とレミーアはどうか。

 修行や訓練で潜水自体は試したことはあるものの、限界まで潜ったことは無い。ある程度の深さまで潜ったところで切り上げたのだ。その時、周囲は大分暗かったので、おそらく二〇〇メートル近くは潜っていただろう。


「私も、あまり深くまでは潜れないかな」


 常時かかってくる水圧への対抗、下がる水温への対策、空気確保のために広げた領域。その全てを維持し続ける必要がある。試行時点の感触では、もうしばらくは潜行れるだろうが、かなり危ういと感じた。何せ潜れば潜るほど負荷が上がっていくのだ。安全だと確信できているうちに浮上した。

 間違いなく、海底までは潜れないだろう。

 リヴァイアサンやウンディーネ曰く、北の海は世界的に見ても相当深いというのだから。

 それを成す方法とは何か。

 答えを携えるレミーアが戻るのを待つのみだ。






 北の海沖 上空――

 雪を降らせる雲に覆われた曇天の夜空は、海面から見れば何も見えない黒である。

 その雲を突き抜けた上空に、太一は浮いていた。

 更に高空の雲は雪を降らせるようなものではないようで、星の光と月の光があって真っ暗ではない。

 雪が降らないだけで、上空の空気は相当に冷えている。

 シルフィの風の防護膜がなければ、さすがの太一も凍えていた。

 太一のそばには、シルフィードとノーミードが顕現している。

 向き合うのは、水のエレメンタル・ウンディーネ。

 彼女が、話があるというので、ここにやってきたのだ。

 淑女を照らす月光が、彼女の美しさを際立たせる。


「ご足労、ありがとうございます」


 美しい所作で礼を言うウンディーネに、太一は気にするなと応じる。

 精霊には、これまでたくさん助けてもらっている。

 太一の感覚では返しきれないと思うほどだ。

 だからこそ、助けて欲しいと言われればそれに答えるのは、太一からすれば当然のことだった。


「いいって。重大、そんなところだろ?」


 シルフィとミィの力を借りられる今ならば、出来ることはかなり多い。

 その及ぶ範囲で、最大限の努力を。

 意志を込めてウンディーネを見返せば、水を司る美女は柔らかく微笑んだ。


「ご明察です。ひとつ懸念がございまして、それをお伝えしようかと」


 ウンディーネの懸念。それは。


「このたびの呪い解除の儀式ですが、ティアマトが暴れるというお話はさせて頂きましたね」

「ああ。押さえればいいんだろ?」


 太一はたやすく口にしているが、現状、人間でティアマトを押さえ込めるのは太一だけである。

 自分の持っている力を正確に認識しているからこそ、他人から見れば価値観がぶっ壊れているように映る。


「その通りです。ですが、少々難しいやもしれません」


 太一は怪訝そうな顔をした。

 簡単かそうでないか。そう尋ねられれば、太一は簡単では無い、と回答する。

 相手は海を生息圏とする竜。太一が持つ精霊の力は風と大地。

 ウンディーネと契約していればきっと押さえるのは簡単だが、この問題を解決するのが、彼女と契約する条件。ウンディーネ曰く、不完全な状態では、契約もままならない、と言っていた。かつてはシルフィも自身の力を上級精霊レベルまで抑えていたが、あれは自分で出力を制御していた。封印に力を持って行かれているウンディーネとは状況が違うので同列には語れない。

 今回の依頼、多少であっても水属性が使えた方が事がスムーズに運ぶのは彼女とて分かっている。それでも「不完全でも」と契約を持ちかけてこないのはそういうことなのだろう。

 鶏が先か卵が先かの話だ。

 では難しいか難しくないか。その質問に対して、難しくは無い、と回答する。

 やりようはいくらでもあると思っている。

 出来ないと思えば出来るものも出来なくなる。何せその気になれば影響範囲は広大だ。これで出来ないと決めつけるのは違うと太一は考えた。

 その上で、依頼者からの「難しい可能性」の示唆。

 そこには理由があるはずだ。

 シルフィとミィの力を借りられる太一の実力を知るウンディーネが、難しいと言う理由が。

 今太一が得ている情報からできる推察は。


「呪いか?」

「ええ」


 ウンディーネは頷いた。

 呪い。

 ティアマトを蝕み、苛んでいるもの。

 これを解消するにあたり、やはり一番の障害になりそうだった。


「呪った方からすれば、解呪されたくはないですものね」

「そりゃそうだよな」


 太一が呪いをかけたとしたら、解呪されないように様々な仕込みをする。

 解呪する側からすれば鬱陶しいが、おかしいことはなにもない。


「自我を飛ばして周囲を見境無く破壊する呪いですが、これを解呪するとなれば、脇目も振らずに解呪の妨害に入ります。多少、ダメージを与えられたところで止まりません」

「良く知ってるな」


 ずいぶんと詳しい解説である。

 自分でかけた呪術では無いはずなのに、おおよそ知らないことは無い、とでも言うかのように。

 そもそも、呪いなど彼女たちの管轄外のはずだ。


「たいち。それはアタシたちをちょっと軽く見過ぎかな~」

「そうそう。門外漢だけどさ、さすがにずっと見続けてたら、それがどんな術かくらいはボクも分かるよ?」


 シルフィとミィから異議が上がった。

 見ていないから分からないだけで、見ていればウンディーネと同じ事ができる。シルフィとミィの言葉を、太一は疑わなかった。


「ふふっ。二人の言うとおりですよ。ティアマトに呪いがかけられたのは昨日今日の話ではございません。ああして呑まれるまでは、ずいぶんと長い間抵抗していたのですからね」

「……抵抗? ああ、そうか。最上位の竜だもんな。簡単に呪いに呑まれたりはしないか。だから観察する時間はあったってことか」

「そういうことです」


 それでも、呪いは効果を発揮した。

 つまりはそれだけ強い呪いということだ。

 その話を聞いた太一は、新たに浮かんだ疑問を口にする。


「でもさ、そんな強い呪いなら、発覚したときにどうにか対処出来なかったのか?」


 最上位の竜さえも、時間をかければ呑まれるほどの強力な呪い。

 ならば、呪術がかけられた時点で防御できなかったのか。

 そう問うてすぐ。できなかったから今の状態なのだと思い至る。

 あの竜と、ウンディーネがいて、みすみす見逃すとは思えない。つまり、即座に解呪出来なかった理由があるということだ。


「最初は、我々にも感知できないほど小さな呪いだったのです。迂遠と思えるほどに長い時間をかけたことが分かっています。それから、巧妙な隠蔽をしたことも」

「隠蔽か……」


 解呪を妨害するのと同じく、術をかけたことを隠すのも、当たり前の処置だ。

 ……とはいえ、された方はたまったものではない。

 解呪する身になって、されたら嫌なことを思い浮かべて考えた対抗策なのだろう。

 隠蔽でも隠しきれない状態になってしまえば、もはや対症療法ではどうにもならず、根元から断ち切らなければならない状態。

 しかし、その根元を断ち切ることの妨害を、呪いを受けた対象自体が行う。

 もっとも簡単な方法は、呪いを受けた対象……この場合はティアマトを殺すこと。

 今回その手は使えない。

 ティアマトを殺さずに呪いを解除するのがウンディーネの願いだからだ。

 殺害が呪い事件の解決につながらない。術者がそこまで読んでいたのかは不明だ。

 殺すのが一番簡単……それは召喚術士となった太一だからそう口にできる話であって、この世界に生きる人間には選択肢にも上がらない。人類最高峰のレミーアでさえ、ツインヘッドドラゴンにも太刀打ち出来ない。更に格上である最上位の竜種相手に、討伐などという考えが浮かぶはずがない。

 呪いをかけた側にとっては、殺せる太一がいることが想定外で、殺すことが解決にならない、という状況になったことは僥倖だろう。


「まあ、これ以上は考えてても分からないな」


 太一は、ここで思考を打ち切ることにした。

 これ以上は考えていても分からない。謎解きをするにも、情報が少なすぎたのだ。


「まずは潜るための準備か」


 神殿にはどう行ったらいいのか、レミーアが確認を行っている。

 普段イルージアが利用している方法が使えないため、代替となる手法で向かう必要があった。

 当然ながら、海底にある神殿に行く方法は一つではない。

 一つだけとなると、その手段が今後一切使用不可能となった場合に、打てる手が無いからだ。

 別の手を用意しておく、というのはリスク回避という観点ではありふれたことである。

 女王曰く、手段は全部で三つほどあるようだ。


「まあ、多分だけど、どれも簡単じゃないんだよな」


 海底神殿の性質を考えれば、簡単な方法には出来ない、というのが正解か。

 イルージアの、海底神殿に対する位置づけを考えれば分かることだ。

 さて、まずはレミーアがどんな情報を持って帰ってくるか。

 話はそれからだ。


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