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異世界チート魔術師(マジシャン) 作者:内田健

第四章:見聞を広めようとしたらやっぱり色々巻き込まれました。

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帝国立魔術師養成学園の騎士候補生 十四

「……なるほど。これがアクトの力ね」

 これまでとは明らかに違う、質の高い魔力をまとうアクトを見たミューラが呟く。

「うん。Bランクに届いてるかもね」

 奏の脳裏には、異世界に来て初めて出会った冒険者であるバラダーたちや、エリステインで相対した騎士、宮廷魔術師が過る。
 彼らのレベルに達しているかというとそうではない。だが、決して遠いわけでもない。
 ずいぶんと大幅にパワーアップしたものだ。

「タイチが言ってたのはこれね」
「うん。これが一過性のものでないとしたら、学園なら最上位グループに入るんじゃないかな」

 そうなれば、これまでのように手合わせの相手を必死に探す立場が一転する。
 アクトは、周囲から相手を頼み込まれ、引っ張りだこの立場になるのだ。
 雲泥の差と言っていい。

「後は、アクトのパワーアップを皆にプレゼンすればいいんだけど……」

 奏が言い淀む。
 太一の強化は、奏やミューラはもちろん、レミーアでさえも勝利の約束はされないレベルだ。
 確かにアクトは劇的に強くなったが、太一に届いた、とは間違っても言えないのもまた事実。

「この状況は太一が一番望んでたことだもの。大丈夫、上手くやるわ」

 アクトがどんな戦いを見せるのか。どのように挑んでくるのか。太一はこれをワクワクしながら待っている。
 ミューラの言うとおり、ここまできてしくじりはしないだろう。
 どのみち、奏やミューラに出来ることはない。
 太一を信じて、見守るのみである。






 口の中にわずかに残った血を吐き出すと、アクトが再び風をまとう。
 先ほどは、太一にあっけなく破られた技。
 これまでと変わったならば、前回とは違う結果になるはず。
 だから、あえて、同じように。
 アクトが地面を蹴る一瞬の間隙かんげきに、太一は低い姿勢で懐に飛び込んだ。
 今まさに、アクトが動き出そうという瞬間。
 太一は、先ほどと同じ軌道のボディブローを放つ。

「っ!」

 見られている。
 気付かれている。
 迫る拳を、アクトは身体を捻ることで回避した。
 それは決して美しい回避行動ではない。
 だが、被弾はしなかった。
 捻った身体の力を使い、アクトが間合いを空けた。
 威力をわずかながらに殺すことしか出来なかったのに。
 これは、伊達ではない。
 確かにアクトの力は上がっている。高まった魔力の質に合わせて、アクトの能力もアップしている。
 ならば、これはどうか。
 横に跳んだアクトを追うように、太一が腕を払う。
 薙がれた腕の軌道に合わせて飛ぶ、半円型の風の刃。それを。

「はあっ!」

 気合い一閃。ショートスピアの切っ先に渦巻く風が、太一の刃を弾き返す。
 明後日の方向へ飛んでいった刃が、地面を破砕する。

「本当に変わったな」

 言いながら、太一は低くしていた姿勢を戻す。
 その顔には笑みが浮かんでいる。
 アクトもまた、笑う。

「さっきよりは、もう少し君に近づけそうだよ、タイラー」

 確かに、パワーは上がった。
 劇的、と言ってもいい。
 だが、今の一瞬でわかった。
 それでもなお。どうあがいても、タイラーには届かないと。
 そう、届かないことが、先程よりも、より鮮明に見えるようになっていた。
 目の前の少年と今の自分。そこに、どれだけの距離が存在するのか。
 とはいえ、まだ明確に認識できている訳ではない。ぼんやりと、陽炎のように、かなり遠いだろう場所にゆらめく。その程度だ。
 だが、こうして力が上がる前は、どれだけ離れているのかすらも見えなかった。陽炎があることすらもわからなかった。
 上位者とどれだけ離れているか。それを認識するには、自身にもある程度の力が必要なのだから。

(僕とタイラーの差は、埋めようとして埋められるようなレベルの話じゃない)

 大きく息を吸って、時間をかけて吐く。

(作戦なんて、多分力業で踏み潰される)

 緊張のために過剰に跳ねる心臓を落ち着けるために。

(策を練っても無駄なら……真っ向からインファイトだ!)

 アクトは、利き脚が後ろとなるように体勢を半身にする。
 余計なことをしてカウンターをもらえば、多少なりとも持ち直した情勢をあっという間に持っていかれる。
 上がったスペックと反応速度。それによってギリギリ見えることが分かっている。ならば、一縷の望みを持ってベットするならこちらの方がいい。
 後ろにした利き脚にぐっと力を入れて強く踏み込み、蹴る。
 舞い上がる砂煙を置き去りにして、アクトはまっすぐ突き進む。
 勢いのままに突貫し、突き出した切っ先。
 太一は、風をまとった拳で槍の刃部分を打ち落とす。
 逆に放たれる逆の拳を、アクトはギリギリのところで顔を傾けて避ける。
 一撃でも当たればアウトだ。だが、紙一重を見極めなければ勝負にならない。それを覚悟の上で、踏み込んだのだ。
 首を傾けた方向へ、そのまま身体を倒しながら右脚を振り上げ、伸びきった太一の肘を狙い、爪先を叩きつける。
 その爪先に、伸ばされた肘が畳まれつつ突き出された。
 がつんと固い音。
 大質量の物体同士の激突のような轟音。
 衝撃が攪拌されて周囲に広がっていく。
 続いて、左脚を振り上げる。それは、スウェーによって危なげなく回避された。
 インファイトとはいえ、足を止める良くないと直感が必死に訴えている。
 アクトはそのままバク宙の要領で一回転すると、着地の瞬間地面を蹴った。
 回り込むように背後を取った瞬間、その更に後ろを太一が取る。
 振り返るアクトの動きに合わせて距離を取ろうとする太一。その右手には、魔力が圧縮されている。
 考える時間もあらばこそ、アクトはそのまま突貫した。槍で地面を突いて巻き上げて太一に叩きつけつつ、自身も無数の破片に紛れて距離を詰める。突いて伸びきった槍を、手元の操作のみで回転させて石突を上から振り下ろした。

「っ!」

 いなされる。
 このまますれ違うと距離が出来る。
 それは、まずい。
 回転させた槍に合わせて、身体を丸めて前宙返り。同時に身体の向きを入れ替えながら着地。慣性に逆らいながら、反動を利用して距離を離されまいと太一に向かう。
 太一もまた、いなしたアクトから離れるではなく、逆に距離を詰めた。
 再びの激突。
 槍と拳が。
 石突と蹴りが。
 激震が走っていると錯覚するほどの、技とスピードと力のぶつけ合い。
 目まぐるしい動きの連続に、観客が、沸く。
 もはや、常識ではかれる戦いではない。
 魔術を駆使した、魔力を扱えぬ人間では出来ない戦い。
 この催しにおける最高峰の戦いの一つが、今まさに繰り広げられていた。
 これである。観客が見たかったのは。
 エンターテインメントとして観戦しに来た者も。
 将来を担う次代の芽を発掘しに来た者も。
 平民も。
 貴族も。
 老若男女も貴賤も関係なく、その戦いに魅入り、血を沸かせていた。





「ゾーン……」

 二人の戦いを見ていた奏が、ぽつりと呟いた。

「ゾーン?」

 その言葉を拾ったミューラが、視線を前に固定したまま応じる。

「うん。ミューラも経験ない? 自分の理想のとおりに、不気味なくらいに身体が思い通りに動いて、こうしたい、って結果が面白いくらいにあっさりと手に入ったこと」

 思い当たる節はあった。
 うまく事を運ぶのがどれだけ難しいか。そんなこと、出来ないはずなのに、出来てしまったことが。
 本当に自分なのか。
 後からそのように考えてしまうほど、想定した以上の結果を、想定した以上のプロセスを経て手に入れたことがある。

「詳しい説明は省くけれど、本番では、練習や訓練の半分の力を発揮するのも、難しいって言われているの。色々定義はあるけど、練習で発揮できる完全なパフォーマンスを、本番でも完全に発揮している状態。私は、それをゾーンだと思ってる」
「なるほどね……」

 理解できる話だった。
 練習では、そこまで大きなプレッシャーはない。何故なら、失敗しても良いからだ。むしろ、失敗しながら学んでいく、という観点で言えば、上手くいかなかった、という経験を積んでいくことこそ大事だ、とも言えるかもしれない。
 逆に、本番では、練習時にはなかった大きなプレッシャーが降りかかる。どうやったら相手がついてこれるかを考えなければならないほどに実力差があればプレッシャーは少ないが、不用意に気を抜けば一気に持っていかれるような、実力が近い相手との勝負でプレッシャーが無いなどありえない。
 これまで相対してきた強敵。
 どの戦闘でも、確かにプレッシャーはあった。

「アクトは、今ゾーン状態だと?」

 確かに動きがいい。
 動きがいい、という言葉では足りないほどだ。

「うん。そうじゃないか、って思う」

 いわゆる、ゾーン、というものを知らなければ、あるいは知る必要のない者であれば、本番で自分が持つすべての力を発揮できていないことに、気付くことはない。
 その必要がないのなら、それでも良いだろう。
 だが、状況によってはゾーン状態に意図的に没入するほどのパフォーマンスが要求される領域にいるのならば。自分が望んだ時にゾーン状態に突入する訓練も必要となる。
 勝負の世界で超一流と呼ばれる者たちは、その術を手にしている。
 つまり、そうでない者にとっては、ゾーン状態は意図してなれるものではない。

「ゾーンは極限の集中状態。これまで見切れなかった太一の攻撃が見切れるようになったことで、気を抜かなければ対応出来ることが分かった。だから、どんどん集中力を高めていった結果、そうなったんじゃないかな。ただし、これがゾーン状態だったとして、長続きするものじゃないの。あくまでも一時的なものなんだ」

 なるほど。
 ひとつ頷いて、ミューラはアクトの方に目を向けた。
 奏の想像通りならば、アクトのこの善戦はじきに終わる。極限の集中状態なんて、そう長く継続できるとは思えない。
 それまでに突破口を開くのが、アクトに課せられた勝利条件だ。

「どうなるかしらね……」

 目的は、達せられている。
 そういう意味では、この瞬間勝敗が決まっても、問題はない。
 しかし。
 せっかくこうしてより競った戦いが出来るようになったのだ。
 この機を逃すのはもったいないだろう。
 アクトの立場であったなら、奏もミューラも同じくそう思う。
 さあ、どのような戦いになるか。
 二人の戦いは佳境だ。
 アクトの集中力の持続も、限界が近いと予測できる。






 離されそうになった距離を詰めて、アクトが槍を突いた。
 目線でフェイントを入れ、どこを標的にしているかを悟らせないようにした突きだったが、太一はそれをきちんと捌いて見せた。
 反撃のボディブロー。
 槍を持たない手で、アクトがそれを一瞬受け止め、払うようにして横に威力を流す。
 防がれるのを承知の上で、体勢を崩す目的で放った攻撃を見事にいなされ、太一はふと笑うと同時、すぐに次の攻撃に移る。
 振り上げた足がアクトのボディを捉える。が、それもまた、超反応によって地面を蹴り浮き上がりながら威力を分散させる。

「ぐっ!」

 それでも入ったダメージにうめき声を上げながら、しかし、ただでは転ばない。
 上空に吹き飛びながらも、下に向けて『エアハンマー』を放つ。
 太一はそれをバク転で回避。足での着地と同時に後方へ距離を取った。
 アクトはそれを逃がすわけにはいかない。
 『中空疾走』で空間に足場を作り、踏み台にして一気に太一に迫る。

「ぃやっ!」

 気迫を吐息に込めて吐き出し振り下ろした槍。
 それを、太一は拳に魔力を込めて受け止めた。
 まず破砕音と共に周囲に衝撃が走り、続いて、太一の足元が半径二メートルほどに渡って数センチ陥没する。

「……っ!」

 一瞬の拮抗。
 続いて太一の反撃。
 アクトがそれに合わせる。
 再度激突。
 衝撃で、アクトと太一の双方が吹き飛ばされた。
 距離が離れてしまった。

(この間合いはダメだ……!)

 即座に、地面を蹴ろうとして。
 がくん、とアクトがたたらを踏んだ。

「くっ……!」

 『風人脚』の効力が一気に弱まった。
 全力を搾り出し続けたアクト。
 既に限界だった。
 休みたいと訴える身体を精神でねじ伏せて戦い続けていたのだが、身体の方がストップを出したのだ。
 膝をつくのはどうにかこらえたが、これまでのような目まぐるしい近接戦闘は出来そうもない。

「だいぶしんどそうだな」

 その様子を、追撃せずに観察していた太一が、声をかけた。

「っ……ああ、そうだね。これ以上は、続けられそうにない……」

 太一はひとつ頷くと。
 ぐっと腰を落とし、右手に風を纏わせる。
 やがてそれは、手の甲から伸びるミドルソードを形成した。
 はたから見ても、素人であっても、そのミドルソードにこめられた力の強さは理解出来た。
 それだけ、圧力が凄まじかった。

「じゃあ、最後の一撃で、ケリをつけようか」

 戦闘は続けられない。
 しかし、体力の限界で終わるのは不本意だ。
 ここまでやったのだから、勝つにしろ負けるにしろ、白黒をつけたい。
 動けないから棄権、という結果は、望んでいなかった。

「……うん。やろう。泣いても笑っても、これが最後だ」

 一撃。たった一撃だ。
 アクトの体力は限界だったが、それすらも出来ないとは思っていない。
 太一もまた、まだ一撃を放つくらいは出来る、と思っている。
 アクトは槍を目の前にかざし、風を集める。
 切っ先に渦を巻く風が強くなっていく。
 最後の力をこめられるだけこめた槍を両手でしかと握りしめ、腰だめに構えた。
 アクトの準備が出来たことを確認して、太一がおもむろに銅貨を取り出し、目の前にかざした。
 その銅貨が何を意味するのか。
 もはや、当人同士にとっても、観衆にとっても、言葉は不要である。
 勝負の最後。歓声も無粋と、誰からともなく観客が口を閉じる。
 試合場に、静寂が漂う。
 太一が、銅貨を親指ではじいた。
 硬質な音が、コロシアムに響いた。
 コインが回転しながら、ゆっくりと落ちていく。
 二人とも、互いの顔から眼を外さない。
 それを見守る客たちが固唾を呑む。
 キン、とコインが落ちた。
 と、同時に、二人が一気に飛び出す。
 交錯までは一瞬。
 二人が交差し、互いに通り抜けた。
 風の剣を振り抜いた太一。
 得物を振り抜いたアクト。
 その手には、この試合を共に戦った、短槍(せんゆう)がなかった。
 空中をくるくると回転する槍が、背中を向け合う太一とアクトの、ちょうど真ん中に落ちて、地面に刺さった。
 手になじんだ感触が無くなったのに気付き、アクトは自身の両手に視線を落とした。
 アクトはふと微笑むと、毅然と前を向いた。
 そして、太一の方に向き直って、一言。

「負けました」

 と告げた。
 この大会でも屈指の激戦の決着に、観客から今日一番の歓声が上がった。






 勝敗が決した。
 勝者は、エリステインよりやってきた留学生の少年、タイラー・ミラク。
 下馬評の通りだと言えるだろう。結果だけを見れば。
 しかし、もはや勝ち負けなど何の意味ももたらさない。
 そんな次元の話ではないのだ。
 この試合でアクト・バスベルの株は急上昇した。
 確固たる地位をこの学園で築いたと言えるだろう。
 そう、もはや、半端ないじめや孤立工作など、何の効果もないと思えるほどに。
 この試合が始まる前でさえ、既にそうなることが見えたため歯噛みしたというのに、タイラーとの試合で、アクトは更にその地位を強固にしてしまった。
 やはり、打つしかない。
 あの一手を。
 先方も、学園に戻ってしまってはこの状況を打破できないと考えていたから、保留にしていた手の実行を許可したのだろう。
 ならば、もはや迷うことはない。
 犠牲者も出るだろうが、仕方がないのだ。
 そうしなければ、アクトを排除出来ないのだから。

(そう。どのような手を使ってでも、アクトは、あの獣臭い小娘は始末しなければならない)

 ふと、頭の片隅で「何故、ここまでする必要があるのか?」と誰かが問いかけてきた気がしたが、気のせいと奥に押しやった。

「始めろ」

 背後の側仕えに命令する。
 恭しく頭を下げた後に、静かにその場を立ち去って行ったのが分かる。

「これで終わりだ。アクト・バスベル」

 少女がニヤリと笑った。

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