帝国立魔術師養成学園の騎士候補生 十
日本でいう巨大テーマパークをも上回る広さの敷地。
そこが、対抗戦が行われる会場だ。
敷地は高い城壁で囲われ、魔物や襲撃者への対策もきちんとなされている。対抗戦の会場がメインだが、この間は生徒はもちろん、観戦者などのために様々な分野の店も開かれ、バックアップも万全。帝国がどれだけ生徒を重要視しているかが良く分かる。
学園の生徒たちは今日から数日間この場所に滞在し、試験をかねた実力試しに挑む。
「はあー、すっげぇな」
学園が用意した馬車から降りた太一たちはひとまず宿泊施設に荷物を置き、街の散策をしていた。
宿泊施設は、学年で場所が違い、更に同学年内でも男女でフロアが分かれているので、あらかじめ集合場所を定めていたのだ。
「うん。これもう、街って言っていいよね」
この地は、学園の持ち物であるという。どれほどの金を注ぎ込んだのか、まさに桁違いといえる。
「……ついに来たわね」
ミューラがぽつりと呟く。
会話をしていたのは太一と凛で、ミューラは独り言をこぼしただけ。返事を期待したわけではないのだろう。
しかし、「ついに来た」という思いは太一も凛も等しく抱いていたものだった。
三人は、この日までにアクトと行った放課後訓練を思い出していた。
夕暮れ時の、学園内闘技場の端。
アクトが放った突きが、タイラーの剣に受け止められる。
即座に離れようとしたアクトだったが、タイラーが踏み込んでくる方が僅かに速かった。槍を外に逸らしながらの蹴り。辛うじて防げるレベルで放たれたそれを腕で受けるも、衝撃までは逃せなかったアクトは吹き飛んだ。
「……ありゃー。今のは受けるんじゃなくて、自分から飛んで衝撃を逃がした方が良かったなー」
「ぐ……」
アクトは震えながら起き上がる。その顔から戦意は消えていない。
「あえて防がずに、でも直撃はもらわない、そんな選択も出来るようになるといいな?」
「う、うん……分かったよ……」
簡単なことを言われていないし、タイラーも簡単だと思っていない。それでもあえて口にした。
アクトの息は大分上がってきているが、やる気は十分のようだ。本人がその気ならと、タイラーはその場を譲った。
「じゃあ、次は私だね」
前に出たのは凛扮するリーリンである。
杖を無造作に持ち、泰然と構えている。
アクトにとって少なかった、近接戦闘をしない魔術師との戦闘経験。
接近戦の間合いに入ってこようとはせず、ひたすら中長距離から魔術での攻撃を放ってくる相手。
経験が少ないため、今のアクトではタイラーやミレーユとの訓練よりも厳しいものである。
特に合図などはない。向き合った瞬間がスタートだ。
両者にらみ合い。アクトはどう出ればいいかを練っているのだろう。
だが。
それそのものが、悪手であった。
つい、と、リーリンが無造作に杖を動かす。
「う……!」
瞬間、宙に現出したのは六発の水球。
アクトが虚を突かれたその瞬間、内二発がアクトに向かって飛来する。
「くうっ!」
一発目はアクトの足下に、二発目は追尾するように放たれた攻撃。一発目は回避し、二発目は槍で切り払い無効化する。見た目以上に重く、アクトは思わず顔をしかめる。
さあ、三発目はどこに来る。そう警戒したアクトの斜め後ろから、突き飛ばされるような衝撃。
「かはっ!」
背後からの予想外の一撃に、アクトは転がされた。
何とか勢いを殺して体勢を整えようと立ち上がるアクトは目を見開いた。
残った四発の水球が、既に眼前まで迫っていた。
アクトは倒れたまま動かない。気絶してしまったようだ。
「あー、直撃か……」
タイラーは頭をかく。
「……うん。まあ、初手があれだと、こうなるよね」
杖を下ろしたリーリンも、ややバツが悪そうだ。
接近をしてこない魔術師相手に、最初に時間を与えたのがそもそもの誤りだった。
魔術を好きに選ばせ、準備させる時間を与えてはいけない。
術を紡ぐ時間をあげてしまっては、相手は悠々と魔術を準備してしまう。
使う魔術を限定させる必要がある。例えばミレーユがリーリンと戦闘する時は、まず最初に接近するための行動を取る。自由に魔術を撃たせると、下手するとそのまま終わってしまうことも有り得るからだ。
タイラーたちはあえてヒントを与えていない。戦いながら気付いてもらう為だ。人に言われるのも大事だが、自分で身をもって気付く方がより糧になる。
さて、今日はここまでだろうか。
アクトには、彼が気絶しない限りは、タイラー、リーリン、ミレーユの順で一度ずつ模擬戦闘を行うと伝えてある。逆に、一度でも気絶した時点で模擬戦闘は終了だとも。
その方が緊張感が保たれるし、自分よりも強い相手との戦闘は、訓練であっても疲労の溜まり方が早いのだ。本番までそう時間がない以上、回復しきらないような疲労を与える訳にいかなかった。
もうひとつの理由として、タイラーは自分が組んだメンバーとも連携の確認も込めて練習をする必要があるというのもある。
「……ふむ。じゃあ、悪いんだけど後は任せていいか?」
この後練習があるタイラーは席を辞そうとした。
「うん」
「分かったわ」
二人の返事を聞いたタイラーは踵を返そうとして……立ち止まった。
「どこに……行くんだ……」
背中にかけられた声に思わず足を止め、振り返る。
そこには立ち上がろうとするアクト。タイラーは目を見開き、そして口の端を上げる。
アクトを見たリーリンとミレーユは言葉を失っている。
アクトからは、強い圧力が漏れ出している。先程までとは比べ物にならないほど強い。
「……これだ」
タイラーは呟くようにリーリンとミレーユに言う。
そう、これを見せたかった。
三人からの視線を集めるアクトは、そんなタイラーの声が聞こえているのかいないのか。どうにか立ち上がろうとしながらこちらに目を向ける。
「ふぅん、なるほどね……」
納得したのか、ミレーユが応じる。この力をコントロール出来れば、リーリンやミレーユが相手でも、悪くない勝負になると思われる。
「くっ……」
やはりリーリンの魔術は堪えたのだろう、立ち上がれずに崩れ落ちた。
今度こそ気絶したのだろう、アクトは動かない。
これなら行けるーーアクトを見て、三人はそう思うのだった。
あの時顔を覗かせたアクトの力は本物である。エリステインの正騎士にも迫りうる。とすれば、冒険者としてはBランクに匹敵するだろう。
「この学園でそれだけの強さがあれば、一目置かれるには十分だよね」
学園について受けたもろもろの話から、冒険者Bランク相当の実力があれば学園内トップクラスであるというのは分かっている。そして、学園は実力主義。
後は推して知るべし、だ。
「上手くやりなさいよ?」
「分かってるさ」
ピースは揃った。本番を待つばかりである。
開会式は明日行われ、多数の観客の中、試合が始まる。
「わざわざありがとうございます」
目の前で貴人に対する最敬礼をする黒衣の男に対し、メリアは礼を述べた。
礼を受けて彼は再び深く頭を下げると、音を全く発さず、気配すら消して扉から部屋を出ていった。
その技量は恐ろしく高度であり、目の前にいたにも関わらず、気配を消したときは姿を見失いそうになった。
斥候として持っていたひとかどの矜持が危うく崩れそうになるが、比較するのも烏滸がましいとメリアは首を左右に振る。
この事案について、父に参加することを仰せつかった際、彼から教えてもらったのだ。陛下が持つ暗部とも会うことになる、と。
去った黒衣の男の胸元には、陛下直属の部隊であることを示すワッペンがあった。
さすがにこの国トップの暗部である。学園当代トップクラスで優秀とはいえ、まだ学生身分の小娘など歯牙にもかけない腕があるのは当然と言えた。
「ふふ、そういえば、話してみると意外と茶目っ気があって面倒見がいいと、父上は仰っていたわね」
メリアが斥候を目指しているのを、先程の訪問者は知っていたのだろう。だから、あえて目の前で気配を消すことで、この国の次代を担う貴族の子女に、ユーモア混じりでいわゆる「高み」を披露してくれたのだ。
高き目標を見せてくれたことに感謝しつつ、メリアは手元の書簡に目を落とした。
そして内容を読み上げ……
「……っ! そんな……まさか!」
メリアは立ち上がった。
かなり勢いがついていたからか、椅子ががたりと音を立てる。
「どうなさいましたか、お嬢様」
背後に控えていたメリアつきの侍女が、慌てた様子の主に声をかける。
普段なら、こんな所作をすれば「貴女にあるまじき」と注意してくるのだろうが、空気を読んだのかそれもない。メリアの様子が尋常でないことを察したからだろう。
「由々しき事態よ……足元がお留守だったわ」
「……」
メリアの言葉はパッと聞いただけでは要領をえないものだ。
「く……ベルリィニ家として恥ずべきね。至急、人を集めて」
「畏まりました」
部屋を出ていく侍女の耳に、メリアの独り言が届く。
「まさか……うちの屋敷から賊が出ていったなんて……」
この時ほど、自分の耳がいいことを呪ったことはない侍女だった。
良く晴れた空を、羊の毛のようにふんわりとした雲がゆっくりと東に移動していく。
本日は絶好の催し日和。
太一は上に向けていた視線を元に戻す。ここは会場のど真ん中にあるメインコロシアム。
ずらりと並ぶ人、人、人。やはり数百人となるとなかなか壮観だ。
正面では来賓の何となく眠くなる挨拶が続いている。この辺は世界が変わっても変わらないらしい。
グラウンドには生徒と教師が整列しており、前方の観客席には、VIPと思われる身分の高そうな人々が生徒たちに目を向けている。
その中で、幾つかの視線を感じた。
特定の、言ってみれば太一たちを特に見つめる視線。これだけ人がいる中で、こうも特定の人物に目を向けてくることに、どんな意味があるのか。
(熱烈だねえ……俺照れちまうぞ、っと)
冗談混じりでそんなことを考えつつも、感じる視線の元を辿る。
鋭くなった五感は、かつてなら出来そうもなかった気配や向けられる意識を探る、といったことを実現出来るようにしていたのだ。
(あそこか)
太一の感覚は、視線の主の場所を捉えていた。
見た感じ、妙齢の貴族の女性。
最初その女性が視線を向けているのかと思ったが、そうではなかった。
女性の方は、太一たちに視線を向けているわけではなかった。
(……見ているのは、アクトか?)
女性の視線の先を追ってみると、そこにはアクト。
太一たちは、女性とアクトを結ぶ線の近くにいたため、そう勘違いしたのだ。
表情を探りたいところだが、この立ち位置では下手に視線を向けてしまえば、太一たちの目が女性に見えてしまう可能性がある。
軽く目配せ。凛とミューラが頷く。
彼女たちも気づいていた。
どうやら、その女性は何らかの関わりがあるようだ。
それに、だ。
(うん。巧妙に隠れているけど、もう一つ、確実に俺たちを見ているやつがいるな)
鋭敏な感覚を持っているからこそわかった、もう一対の視線。
女性の横に居る、従者らしき男のものだ。
周囲に存在をなるべく悟らせないような、貴族の従者として前に出過ぎない、普通の気配の消し方。
それでいて、こちらをさりげなく、しかししっかりと注視しているのだ。
太一たちで暴いてもいいのだが、それらはベルリィニ家や王宮がやることだ。
こちらがやることははっきりしている。
そんな風に意識を割いていると、もう開会式は終わろうとしていた。
太一はタイラーとして、開会式終了後そう時を待たずに一回戦がある。
凛とミューラ――リーリンとミレーユ、そしてアクトのチームはその少し後だ。
「さて、と」
開会式の終了が宣言される。生徒たちがそれぞれの場所へ三々五々と散り始めた。
太一はぱん、と右こぶしを左手に軽く打ち付ける。
楽しみだった。
こうして純粋に競い合うのは、太一は嫌いではない。
全力を出せないのは無論ある。出せば勝てる。勝てるが、力を誇示するのは今ではないのだ。
だが、制限があるのもそれはそれでいい。
限られた力でどれだけ戦えるのか。
力の強さだけではない。培ってきた技術、戦術、戦略、その全てを試される。
目的があるのは大前提だ。
そして、その目的を達するためには、太一も、凛も、ミューラも勝ち上がり、大会の最後の方で激突する必要がある。
「よし、行くか」
「ええ。負けるんじゃないわよ?」
「そっちこそな」
「ふふ。私とミレーユがいて、簡単に負けるとでも?」
「いやそれはないな」
「ま、あんたもよね。あんたがいて、あの子もいるんだし」
方方から注目を集める留学生である三人は、人の波の間で言葉を交わすと、目線で頷きあってそれぞれの場所へ散っていく。
凛とミューラはアクトの元へ。
その後ろ姿を少しだけ見送って、太一は、今回チームを組んだ男女の元へ。
「やっと来ましたのね!」
待ち合わせ場所としたところには、『縦ロール』ことエルザベートと、彼女の家の寄り子である子爵家の三男の少年が待っていた。
この少年は名前をカピーオといい、半ばエルザベートの従者のような立ち位置のようだ。一四歳であるエルザベートに対し、カピーオは一六歳だという。
エルザベート――愛称エルザの実力は折り紙つきである。家で受けた英才教育のレベルの高さはもちろん、きちんと努力を積んでいなければ間違いなく辿り着けない領域に足を踏み入れている。
一四歳という年齢を鑑みれば、十分に才媛と呼んでいい腕前だ。少々抜けているところがあるものの、それを補ってあまりある実力の持ち主である。
そんなエルザの従者を務めるカピーオもまた、時にエルザの護衛としても働くに相応しい実力派だ。当然ながら、守護対象よりも弱い護衛では話にならない。つまりは、そういうことだ。
太一が組んだこの二人も、勝ち上がっていくには粒が揃っており、申し分のない幸運に恵まれたと言えた。
「ああ、遅くなった、悪いな」
「まあ、いいですわ。カピーオ。私たちの試合はいつからですの?」
腕を組んで仁王立ちのエルザは、後ろに控えるカピーオに尋ねた。
「はい。我々の試合は第九試合となっています。第二舞台が空きましたら出番でございます」
「そう。ではもう、控え室にいた方がいいのかしら?」
「いずれ係の者から拡声放送で連絡が入るかと思いますが、次の試合ですので、移動しておくのは悪くはないかと」
「分かりましたわ。では、もう移動してしまいましょう。タイラーさんも、それでよろしいですわね?」
「問題ない。行こうか」
太一ことタイラーは、今回の大会の仲間である二人とともに歩いていく。
それぞれの思惑と、それぞれの目的が交錯する対抗戦が始まる。
2019/07/17追記
書籍に合わせて、奏⇒凛に名前を変更します。




