帝国立魔術師養成学園の騎士候補生 八
こっそりと。
「ほう……邪魔が入ったと?」
「はい」
帝都内某所。
一級の調度品で彩られたその部屋に明かりは灯っておらず、暮れかけた夕陽がもたらすわずかな光だけが頼りであった。
夜の帳が支配しつつある部屋では、視界を確保するのも一苦労であり、近寄らなければ人の顔さえ判別が難しい。
室内には数人の人の気配。それぞれがそれぞれの顔が見えない程度には距離をあけて佇んでいる。そしてそれを、疑問にも思っていないようだ。
見事な設備の中でも、華美ではないものの特に質の高い椅子に腰掛けた少女。
彼女の前で臣下の礼を取るのは、先程まで太一と言葉を交わしていた貴族の青年だった。
「あの獣人の娘はいいとして、エリステインから来た留学生が、か」
「左様です」
「ふむ……。報告にあったから知っていたが……実際、話してみてどうであった?」
報告にあった。
つまりは、こうして口に出して説明をする前に状況は知っていたということ。
監視か何かを用意するなりしていたのだろう。それでもなお尋ねてくるということは、その監視は自分たちとの会話を拾えるような場所にはいなかった。
あるいは、監視を立てているのがばれるのを避けるために近付くな、と釘でも刺されていたか。
群衆に紛れればいいのか。いや、それで誤魔化せるか自信は無い。あの三人が図抜けて優秀だというのは分かっているのだ。
貴族として魑魅魍魎の中で生きて来て、これからもそうしていかねばならないために鍛えられた嗅覚のようなものが、警鐘を鳴らしている。
「はっ……。私の立場を知っても、特に気後れするような態度は見せませんでしたね。平民の学友と話すかのように、随分とざっくばらんな会話をしました」
「なるほどな……それは演技に見えたか?」
「いえ、自然体でした。相手が貴族だろうと話し方を変えないのか、或いは、伯爵家程度では敬意を表するに値しないと考えているのか」
そこで言葉を切る青年。後に続けようかと思った「多分後者でしょうが」というセリフは飲み込んだ。
「……帝国貴族に対して礼を払わぬか……。腕はあるようだが、どうやら考え方は野蛮なようだな。やはり、成り上がりがちやほやされて図に乗っているだけ、というわけか」
「……」
そんな単純なものだろうか。彼らから感じたのはそんな生易しいものではない。肌に受けたのは圧倒的な自信。貴族程度であればどうとでもなる、どうとでも出来る、というもの。
それに気付かないような者が自分よりも爵位が上だと考えると、青年の胸中に多少の波が立った。
まあ、そう感じた、ということを教えてやらない分、自分とて褒められたものではないのだが、と、変わらない表情の奥で苦笑する。
そもそも、あれは相対して肌で感じなければ理解出来ないかもしれないのだから。
「ご苦労だった。では、引き続き監視を続けさせよう。おい」
「は」
「やつには任務を継続しろと伝えておけ。ああ、今まで通り十分な距離を保って行動するように、改めて釘を刺すのも忘れんようにな」
「御意」
少女の後ろから発せられた声の主が恭しく頭を下げる姿が、その場にいる者たちの脳裏に再生される。
彼女の腰ぎんちゃくをしている、確か同じ伯爵家の嫡男だったはずだ。
彼とのやり取りを聞いて思う。やはり、テイラーたちが、監視に気付いている、という可能性は考慮していないのだ、と。
「ふふふ。いつあやつを表舞台から消し去ってやろうか。今から笑いが止まらぬな。ちょうど、おあつらえ向きの催し物もあることだし、な。よし、手筈通り、あやつには話を通しておけ。くくく、紳士的に、な」
楽しげに策を巡らせる少女を見詰めながら考える。
あの獣人の少女についての情報を得たのは、とある筋からのタレこみだという。
青年の主である少女はその筋についての情報を明かしはしなかったが、おおよそは予想出来ていた。
アクトについては、他家貴族が諜報活動をしていてもついぞ突き止めることは出来なかった、全くもって予想外の線だったのだ。
それだけ、彼らの相手となっている貴族が巧妙に情報を伏せていたのだ。その情報を、とある筋の情報提供者はどこから得たのだろうか。
大丈夫なのだろうか。踊らされているだけなのではなかろうか。その「とある筋」という情報提供者によって。
更にはエリステインから留学にやってきた、三名の実力者たち。
この馬からは降りた方が賢明な気がしてくる。勝ち馬の筈が実は膝に爆弾を抱えている可能性に思い至ったのだ。しかし相手は寄り親である。簡単に降りられたら苦労はない。
会合の帰りの馬車内で、舎弟のような立場である子飼いの貴族家令息から、留学生たちがアクトの味方をする、と発言をしたという話を聞き、頭を抱える青年であった。
「あいつを追えば、手がかりにならないかしら?」
帰宅後、そう呟いたミューラの言葉に、太一は腕を組む。
あいつとは、あの時遠巻きに太一たちの様子を窺っていた存在のことだ。
「そうだね。何かしらあれば万々歳。無くても一つの線が消えたってことで今後の労力削減になるね」
凛がミューラの言葉を肯定した。
「タイチ。あなたの力ならどうにかなると思うのだけど」
「ふむ……」
考えるまでもなく、それはシルフィの力を有効に活用するということだろう。
実際に、そう難しい話ではない。
協力者も打つ手を探ってあぐねている現状、太一が取れる手の価値はかなりのものである。
後は、彼の決断次第だ。そして、答えはもう決まっている。
「……そうだな。そうするか」
「それがいいわ」
今はそうでもないが、太一は最初、この力を使うのはズルだと思っていた。制御するために努力をしたことは間違いないが、得られた能力の大きさが大きさだったからだ。
例えば、王として産まれたとしたら。その手には、国内でもっとも大きな権力がある。国の指揮をとるために必要なそれを国王が振るうことが果たしてズルなのか。
太一はそうは思わない。国王の座が半ば約束された第一継承者であっても、だらだらと日々を過ごして「地位に相応しくない」と烙印を押されてしまえば、その座は奪われてしまうこともある。
力を得るために、それを使いこなすために努力が必要なのだ。
それと同じこと。
故に。太一はシルフィを召喚した。
「はいはーい」
ふわりとそよ風を纏い、四大精霊の一柱が姿を現した。
「あの子を追えば良いんだね?」
「ああ。頼めるか?」
「いいよ。じゃあついでに、あの貴族の様子も見ておくね」
シルフィは頷いて、久々に顕現出来たのが嬉しいのか、太一のベッドに身を投げた。
「あれ? 行かなくていいのか?」
思わずそう問い掛けた太一に。
「んー? 他の精霊に頼んだから平気。何処にいるかはここからでも分かるしね。ここぞって時にその場にいればいいの」
「ふーん。まあ、シルフィだしな」
どう考えても普通では出来ないことなのだが、相手はシルフィである。そんなもんか、と納得し、ジュースをあおる太一。
凛もミューラも特に気にした様子はない。
慣れてきた三人だった。
「あ」
「ん?」
「おっけー、見つけた」
「はやっ」
シルフィから上がった声に、思わず口を開いた太一であった。
アクトは見誤っていた。
こんなことになるとは思ってもいなかった。
タイラーたちの影響力は、アクトの想像をはるかに上回っていた。
乾ききった草原で燃え広がる火事のように、あっという間に全校に広まったのだ。
何が……考えるまでもない。タイラーたちが、アクトの味方をした、という事実である。
これまで、アクトは学園内で孤立していた。
皆が皆、腫れ物を扱うように。触れば痛いと分かっているのなら触らないように。この腫れ物といつまで付き合わねばならないのか。
これまでは、皆、鬱陶しそうに。
アクトをそのように扱っていた。
しかしそれも昨日までの話。
タイラーたちがアクト側についたことで、周囲の生徒たちは困惑の渦中にいた。これまで通りの対応が出来ない。何せ、ついた味方が味方なのだから。
「はあ……」
朝。晴れ渡った空を見上げれば、気持ちよさに人々の胸がすくことだろう。
鬱々としたため息をついたアクトの気分とは裏腹な空模様。
この空くらい気持ちよく受け止められればいいのに。孤立には慣れていた。しかし寂しさを覚えないはずがない。味方……いや、この場合は友達と呼ぼう。
せっかくの学生生活で、期限つきとはいえ友達が増えたことを素直に喜べない自分に。
恐らく彼らは分かっていてなお味方をしてくれたはず。ならば、過剰に気を遣う必要などないのは頭では分かっている。
それでも、迷惑をかけることを恐れる後ろ向きで気にしすぎな自分に、ため息の数は増えるばかりだ。
もう少し爽やかな気持ちで空を眺めたかったと、先ほどから駆け巡る思考の片隅でぼんやりとそんなことを考えていた。
「お前たちも分かっていたと思うが、今年も対抗戦の季節がやってきたぞ」
ざわりと総毛立つ空気。
その変わり方はある種劇的であり、そしてこの学び舎にて年を跨いだことがある者ならば理解出来るものだ。新入生でも、噂やらなにやらでその存在を把握している者は多かっただろう。
アクトもまた、対抗戦には並々ならぬ思いがあった。
「留学生であるタイラーたちは知らないか。いや、噂では聞いているかもしれんが、まあ、改めてざっと説明しておこう」
対抗戦と通称されるそれは、正式名称「学年対抗チーム戦」である。
帝都から馬車で半日ほどの郊外にある学園所有のコロシアムやフィールドがある敷地内で開催される。
一チーム当たり三名。チームメンバーは同学年であること。成績順などは考慮されない。つまり、勧誘出来る生徒を見極めることも試されている。つまり、対抗戦開催前から、対抗戦が始まっていると言えるだろう。
そうすると、強いチーム、弱いチームが必然的に生まれて来るのはある意味必然と言えるだろう。成績上位者で固まったチームと、成績下位グループで構成されたチームでは、やはりその実力は雲泥の差だ。
そうなることも事前に考慮されており、試合の結果が上位だろうと下位だろうと、チームの結果そのものは生徒各々の成績には考慮されない。個々のメンバーがどのような結果を残したか、どのような立ち回りをしたかなどが総合的に評価されるのである。
「君たちが三人で組むのでも構わないし、交流のためにばらけるのでもいい。我が校の生徒たちに何か刺激を落としてもらえるとありがたい。もちろん、君たちにとっても何かしら得られる機会になるだろう」
タイラーらが頷くのを眺める。
ああ、彼らは競争率が高そうだな、と思う一方、自分はどうだろうか、と考えてみて、あまり幸先が良くないことに出かかったため息を飲み込んだ。
まずアクトから声を掛ける相手はシェルトンだ。彼と組む事さえ出来れば、後は顔の広い彼に任せればもう一人くらいは捕まえることが出来るだろう。
もしもシェルトンが捕まらなかったら……その時はどうしよう。
情けないことこの上ないが、彼が捕まらなかった時に頼む相手が見つからない。最終的には教師側で調整がなされるのであぶれることはないが、そんな風に強制的に組まされた生徒と仲良くやるなど難しい話だ。特に、競技の内容によってはチームメイトを信して背中を預けなければならないものもあるのだから。
去年はシェルトンと組めたから良いが、果たして今年はどうなるだろうか。
「対抗戦は二週間後だ。チーム申請期限はいつもの通り対抗戦開催日の一週間前。各々それまでの間にメンバーを決めて教員まで届け出るように」
生徒たちから返事が上がる。
教師は一つ頷き、教科書を開いた。
「さーて、授業を始めるぞ。今日は――」
教師の声が響く中、飲み込み切れなかったため息をひとつこぼし、アクトは授業に集中するために教科書に目を落とす。
そんなアクトの頭上で、アイコンタクトをしていたタイラーたちの視線が交差していた。
「悪い……俺、今回はもう、別の奴と組むことが決まってるんだ」
休み時間。出遅れてはならないとシェルトンとところへ訪れたアクトだが、つれない返事を受けて思わず息を呑みこんだ。
シェルトンは不本意そうだが、それでも、その意志を変えることは難しそうである。
何故。これでは、今回も一人ではないか。
……いや、違う。
事前交渉をしておくのが当然だ。それを怠ったのは誰だ。ほかならぬアクトではないか。
シェルトンへ抱きそうになった理不尽な負の感情を、アクトは飲み干した。彼に当たるのは間違っている。
「そっか。うん、分かった。また今度、組めたら一緒にやろうよ」
「あ、ああ……すまねぇ」
「ううん、いいんだよ」
とはいえ、シェルトンに気にさせないようにと浮かべた笑みが力無かったことに自覚はあった。
それなりにはショックは大きかったのだ。
とぼとぼと自席に戻るアクトに向けられるのは冷ややかな視線。まあそれ以外にも、同情や憐れみなどもあったが、それは少数派だ。
自席の背もたれに手を置いて、俯けていた顔をちらりと上げる。
生徒たちはそこかしこに散らばって話をしている。早速勧誘合戦が始まっているのだ。届出を出す前、確定していない状態ならばチームメンバーの引き抜きも可能だ。当人同士が了承の上、チーム同士の交渉で折り合いがつけば。
タイラーたちは一塊になって何やら話をしている。一人の生徒が三人の元に向かって追い返されてからは誰一人として彼らの元には向かっていない。実力的にもこのクラス最大の目玉であり、勧誘できた者は勇者と言えるだろう。
だというのに誰も向かわないところを見るに、三人での方針でも決めているのだろう。それが決まっていないからこそ、彼らにセカンドアプローチをかけられないのだと思われる。まあ、アクトの予想でしかないのだが。
(彼らは味方をしてくれると言っていた。……けれど)
だからと言って、自分などが声をかけてもいいのだろうか。
彼らから声をかけるのならば乗らない人などほとんどいないだろうし、そもそもちょうど三人なのだから留学生組として固まるのが常套だというのは誰しもが分かっている筈だ。それでもなお、声をかけずにはいられない魅力があるだけの話である。
それよりもまずは自分のことである。とりあえず、声をかけてみるだけかけてみようか。それでまた冷たい視線が集まるのは分かっているが、それもいまさらと言えばいまさらだ。ダメでもともとである。それで断られたらまた悩めばいい。三人での話し合いまとまっていなかったとしても、まとまったら考えてくれるか? と打診するだけでも違うだろう。
うじうじとした益体の無い思考を頭を振って追い出し。アクトはタイラーたちの元に向かった。
何故お前が行くんだ、というような嫉みの視線を浴びながら、アクトは歩く。
「タイラー」
「お、アクトか」
声をかけると。リーリンの机に腰掛けていたタイラーが応じた。
さて、どうするか。どう切り出すか。ここに来たのも思い付きの行き当たりばったりなのだから、当然のことながら話のシナリオなど無い。
そもそも、シェルトンがもつような愛想や話術などアクトは持ち合わせていない。
ならば。渾身の直球でど真ん中勝負しかないじゃないか。
すう、と息を吸って。
「誰か、僕と組んでくれない?」
前置きも何もなく、本題を叩きつけてみる。
外野からは今頃「断られてしまえ!」という念でも送られていることだろう。
アクトの言葉を受けて、顔を見合わせる三人。
さて、返答やいかに。
「お前なあ。……いいに決まってるだろ」
「やっぱダメだよねぇ。…………。あれ?」
「とんでもない。待ってたんだ」
呆然とするアクトを。ざわめく教室をよそに、タイラーがひょい、と机から降りた。
「そっちから来ないから、こっちから行くところだったぜ」
「え? え?」
予想とは違った返答に、アクトは混乱している。
「今、どう分けるかを決めてたんだ。アクトと組むのは、リーリンとミレーユだ」
「え、あ……え?」
「落ち着けよ」
「あいた」
アクトの頭にチョップが落ちる。
それでようやく落ち着いたアクトは両手で頭をおさえながらタイラーを見上げた。不安げな表情に反して、お尻の尻尾が控え目に左右に振られている。
尻尾は目以上に物を言う。
獣人の感情の起伏を端的に表した言葉だ。
タイラーは苦笑する。
「よし。アクト、リーリン、ミレーユで三人。これでチームは決まったな」
「あ、う、うん。そうだ、ね?」
タイラーたちにとっては必然の、アクトにとっては低い可能性のルートだった故に予想外の展開。ついていけていないアクトを他所に。
「よし。とっとと申請しちまおうぜ。確定してしまえば、もう引き抜きは出来ないんだろ?」
そう笑って少年が言えば。リーリンとミレーユも同調した。
アクトが遅れて状況を把握する頃には、すっかり話がまとまっているのだった。
2019/07/17追記
書籍に合わせて、奏⇒凛に名前を変更します。




