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異世界チート魔術師(マジシャン)  作者: 内田健
第四章:見聞を広めようとしたらやっぱり色々巻き込まれました。

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帝国立魔術師養成学園の騎士候補生 六

 もう日が落ちてずいぶん時間が経った。

 軋む扉を開けながら、アクトは立て付けが悪くなったな、と思う。

 木造平屋、スラムと住宅街の境目にある、築年数も分からないほど古い家。アクトと母の寝室、それにダイニングがあるだけの、さして広くもない家である。

 玄関のドアも以前直してから暫く経っている。また調整が必要だと考えつつ、玄関をくぐった。


「ただいまー」

「おかえり」


 即座に返る柔らかい声。

 キッチンに立つ、アクトにとって唯一の家族である母が、振り返って応じた。

 いい匂いが空腹を刺激する。


「お腹減ったでしょ。すぐご飯にするから着替えていらっしゃい」

「うん、分かったよ、母さん」


 この匂いをかがされては辛抱たまらないとばかりに、アクトはすぐさま寝室に入って着替える。その背中を横目に追った母は、アクトの尻尾がふぁっさふぁっさと揺れる様をみて微笑む。

 そんな母の視線など露知らず、ジャケット、ワイシャツと脱ぎ、スラックスから足を引っこ抜く。

 露になる肢体は起伏には乏しいものの、年頃の男子から比べれば明らかに線が細く、柔らかさに溢れていた。

 タンスから無造作に取り出した白のラフなシャツと、ライトピンクの膝丈スカートに身を包めば、アクトのオフ姿の完成だ。


「母さん、ご飯は?」

「もうすぐ出来るから。先に手を洗ってらっしゃい」

「はぁーい」


 へとへとの身体はエネルギーを欲している。

 さっさと手を洗って食卓に戻れば、食事が配膳されているところだった。


「さあ、食べなさい」

「いただきまーす!」


 今日のメニューはよく煮込まれた鳥肉のシチューと黒パン。特段高級ではないものの、バスベル家ではご馳走だ。

 早速それに手をつけながら、アクトはゆったりと食事をする母に顔を向けた。

 母は近所の定食屋で働いている。

 今日は久々の休みだ。基本的には二週間に一度の休日。本当はもう少し休んでほしいが、給金などたかが知れている。

 アクトを育てつつ学院にまで通わせてもらっているのだ。とやかく言ったところで、現実的にはアクトの願いは叶いそうもない。

 それに、アクトの母、リシェルは幸運な方だろう。女手一つで子供を育てていくには、この世界は過酷である。

 例えば経緯はどうあれ夫と別れる羽目になり、場末の酒場でウェイトレスという名目で、娼婦紛いのこともしなければ日銭すら稼げないシングルマザーの話だって、決して珍しいものではない。ましてやアクトの母の容姿は優れている方だ。職場が酒場なら、そういった需要を満たすために駆り出されても不思議ではないだろう。そして、その結末は決して人に優しくはない。

 だからこそ誓う。学院に通っている間に力を付け、冒険者となってお金を稼ぐ。そして、母には家で暇をもて余す毎日を過ごしてもらうのだ。

 そういう意味では、今日刃を交えた転校生。彼との時間はとても有意義だった。

 アクトとて生温い鍛え方はしていない自負があるが、彼はさらっとその上を行った。

 

「ボクと、どのくらい差があるんだろう」


 食事を終えてベッドに身を投げたアクトは、ぽつり呟いた。

 自分の実力を、客観的な基準で正確に把握している訳ではない。

 まあ、多少はやれると思っている。街中をうろつくチンピラの二、三人なら、無手でも無力化に手間取ったりはしないだろう。

 学園では冒険者ランク換算でEだと言われている。戦闘力があるだけでは評価されにくい冒険者ランクだ、妥当なところだろう。

 それに、あくまで「換算」であり、「通用するだろう」という評価にすぎない。実地の空気を肌で感じたことはないし、まだ本物の殺気を受けたこともない。


「まだ、全然ダメだ。もっと、もっと」


 刃の直撃を恐れずに済む学園生と、相手の刃がそのまま命に関わる実地に生きる冒険者。

 同じ実力の者同士だったとして。訓練なら学園生にも目はあるが、命の奪い合いになれば冒険者には太刀打ちできないとアクトは考える。

 そしてそれは、間違っていないのだ。

 例えば太一との訓練ではなかなかの動きを見せたアクト。しかし、もしも命の奪い合いという戦いをしたとき、太一の知り合いであるEランク冒険者、アレンに勝てるかというと厳しいのだ。動きそのものはアクトの方が良いが、実戦の空気に当てられて動きは平素の半分も出来るかどうか、さらに咄嗟の判断力も鈍る。最初から実地で揉まれてきたアレンの方に、一日では埋められない長がある。

 実戦経験を積むカリキュラムはもう少し先の話だ。失敗を取り戻せなかった時に命を失する可能性があるという実技授業は、二度昇級しないと受けられないため。さらに、実技経験で一定の成績を納めねば冒険者としての登録も許されない。

 アクトは三年生。

 もうじき、その訓練をする機会が訪れる。


「そのためには……もっともっと、鍛練を積まないと……」


 経験はこれからなのだ。今は積んできた下地をより洗練するしかない。


「ボクはあの時……だから、ああして……」


 タイラーとの戦闘訓練を思い出し、何が悪かったのか、もっといい手がなかったかと思い出す。

 そう間をおかずに。

 アクトの寝室からは、彼女の安らかな寝息が聞こえてきたのだった。



 太一の貴族に対する先入観を端的に言おう。傲慢。不遜。我儘。自分の実家の権力を笠にきる。時には、思い通りにいかないことを家の権力でねじ伏せる。

 そんな身もふたもない印象が強い。その根源は、日本に溢れていたエンターテイメントが原因だ。横柄な権力者という、主人公の敵としては分かりやすい存在。

 そういった相手をやり込めて勝利を収め、辛酸を飲ませるストーリーは国を問わず人気があった。

 それゆえの、「貴族とは横暴である」という先入観だったのだが、この世界に来てからは価値観が変わりつつある。

 敵になる権力者がいる一方で主人公の味方をする権力者いたりと、そんなダメな貴族ばかりではない、という描き方をされる創作物もあったが、まさにその通りだと太一は思うのだ。

 貴族の子女にはやはり幾つかの種類があるらしい。

 対面のソファに腰かける淑女を前に、太一はそんなことを考えていた。赤みがかったウェーブのブロンドを腰まで伸ばした、見るからにお嬢様然とした少女。ブロンドの下には見事に整ったかんばせが。太一たちより二つ年上らしいが、この世界の人間の精神的成熟は現代日本に比べて早い。たった二つの年の差なのに、たおやかな佇まいは大人といって差し支えない。なお、彼女は肉体的な成熟も凄まじい。グラマーさではレミーアに迫るのではなかろうか。

 彼女の名はエルメリア・ケンドル・ベルリィニ。

 太一らの面倒を見るベルリィニ家の長女である。

 エルメリアーーメリアは学園に通う学生だ。帝国内での太一たちのフォローは皇帝が行い、ベルリィニ家は太一と皇帝の橋渡し役である。そして、メリアは学園内での太一たちとベルリィニ家のパイプであると。

 辿り着いた高級宿のスイートルーム。そこで待っていたのは侯爵ではなく、その長女のメリアだった、というわけだ。


「誠、申し訳ございません。父は火急の事案によって登城せねばならなくなりました。よってわたくしが代役を勤めさせて頂きますわ」


 とは、一通りの自己紹介が終わった直後のメリアの言葉である。

 此度の会談は、太一たちにメリアを紹介する、というのが一番の目的だったようであり、彼女本人でも問題はなかったのだ。


「ふぅん。つまり……保守派は今アクトに目を付けている、というわけね」


 これで一つ疑問は解決だ。何故アクトが教室で孤立気味だったのか。

 アクトが保守派に目をつけられているというのは、学園内では公然の秘密状態だからだというのだ。


「ええ。その通りです」


 メリアは少し苦い顔をして、ミューラの言葉に頷いた。

 因みに、ミューラが侯爵令嬢に対して敬語を使っていないのは、メリアがそう頼んだからだ。気安く接してもらった方が気が楽なのだそうだ。その辺も、貴族とは様々だと太一が実感した理由の一つである。メリアが太一たちに対して敬語を使うのは、彼女のスタンスであり気にする必要はないようだ。


「じゃあ、何でアクト君が狙われるようになったか、なんだけど……」

「アクトがベルリィニ家現当主の隠し子であることが、どこかから保守派に漏れた」


 凛が呟き、太一が応じる。


「今はまだ、保守派のごく一部、上層部しか握っていないようですが」


 そう、保守派の連中がアクトを無視したりしている理由については、彼らはまるで知らないのだ。これは、メリアが自身が持つパイプを利用して得た確かな情報だという。

 事実を隠し、ただ「上からの指示だから」という理由だけで派閥の下っぱが動いている。

 指示を出す立場の人間に影響力があるからこそであり、それはそれで厄介と言えた。


「でも、何でそれを明かしてないんだろうな?」

「手札としてちらつかせるだけでも、効果十分、ってことよ」

「えーと、つまり?」

「太一。こんな例えはどう?」


 凛曰く。

 大富豪をやっていて、相手が手札を誤ってぶちまけた。手の内が見えたのだが、そのプレイヤーは革命を起こせる手札を持っていた。

 今は順当に上がれる道筋が出来ているが、革命を起こされると勝負の行方は分からなくなる。故に警戒せねばならず、場合によっては組み立てた道筋を崩す必要も出てくるだろう。

 ーーと。


「手の内をあえて使わない、という攻撃もあるわけだ」

「そゆこと」

「リンの『大富豪』はよく分からないけれど、タイチが理解できたならいいわ」


 とんとんと状況を理解され、メリアは用意してきた説明用のスピーチをそっと頭の中で削除した。やはり必要なかったか、そんな思いと共に。

 彼らが聡明というのは父からの前情報で分かっていたことだ。だが、それでも念のため、と用意してきたのだ。


「ふむ。それで、ベルリィニ家としては、とりあえず学園内でのアクトの安全に気を配ってほしい、と」


 姿勢を正して太一らに向き直るメリア。


「はい。理由と致しましては……密かにつけていたアクトの護衛が、先月死亡していたからです。遺体を検分した当家の密偵によれば、明らかに他殺、とのことでした」


 聞けば、殺されたのはCランク冒険者レベルの密偵だったという。その密偵の死体が、学園内で発見されたと。

 アクト自身に危害が加えられた形跡はないため、これは警告の可能性が高い。アクトに危害を加えるのはいつでもできる、という、今はおぼろげでしかない敵からの。


「……学園内だけでいいの?」


 そこまで聞いて、この疑問が出るのは当然であろう。アクトは寮ではなく学園から少し離れた家に母親と二人暮らしだという。そこで襲われる危険はないのだろうか。

 そんな意味を含んだ凛の言葉に、メリアは無念そうに首を振った。


「本音を言えば学園外でも護衛していただきたいのですが……流石にそこまですると不自然すぎます。当面は当家の精鋭で学園外のことは引き受けますので、皆さま方には学園内でアクトを気にかけて頂ければ」


 太一たちとしても、四六時中アクトに張り付くのはあまりに不自然だと理解したため、この場は反論を飲み込んだ。


「それで、方法は? 単に仲良くなればいいのか?」


 護衛といっても、学園内でアクトのそばに常に控えているのも変である。しかも、アクトは周囲に対して何か壁のようなものを作っていると感じていた。

 故の疑問だった。


「それについては、皆様がアクトの味方である、という意識を学園生に印象付ければとりあえずは良いかと考えています」


 アクトは自分から他の生徒に絡むことはない一方、正義感が強い一面も持っているという。理不尽な行いは許せないと考えるより身体が動いてしまう、と。

 そして、学園ではそういったいざこざは少なからず頻発するのだと、メリアは残念そうに告げた。下手をすれば毎日起きる、とも。

 つまり、いざこざに首を突っ込んだアクトの味方につけばいいらしい。


「なるほどな。そういうことなら、不可能じゃない」


 シルフィに頼み、何かあったら知らせてもらえばいい。いつどこでそんな事態に遭遇するか分からない以上、必然を偶然として装う必要があり、太一はそれを実行できるのだ。


「それは……素晴らしいです。やはり、精霊様のお力を?」


 メリアの疑問には答えずに、太一は軽く笑って見せた。その通りだと、表情で語って。

 メリアは一度目を丸くし、その後ほっと安堵のため息をついた。


「アクトの護衛については分かったわ。ところで、その件は、レージャ教と何か関係あるのかしら」


 話を聞いていたミューラが問い掛ける。

 メキルドラから受けたそもそもの依頼内容は、帝国に突っ掛かるレージャ教の対応だ。

 しかし、今までの話ではレージャ教にワンタッチすらしていない。アクトの護衛をすることに異論はないが、レージャ教について調べなくていいのか、と。


「問題ございません。アクトの護衛任務は、レージャ教に遠いようで結び付いている可能性があるのです」

「へえ? そうなのね」

「はい。ついこの間のことですが、保守派を動かしているのがレージャ教であるとの情報を掴みましたから」


 侯爵家ともなれば、それなりのネットワークや動かせる人員もある。その情報筋は信用できるものであり、信憑性は高いとのことだ。


「レージャ教がアクトを狙うように仕向けているかまでは分かりません。しかし、全く関連がないわけではないとわたくしは考えているのです」

「なるほどね。アクトの周囲が固くなると、相手がより動いてくる可能性が出てくるんだ」

「その通りです」


 納得した様子を見せる凛。太一とミューラも頷く。


「引き続き、わたくしが現場で先頭に立って情報収集を行います。皆様に本格的に動いて頂くのは、お膳立てが済んでからとなるでしょう」


 ん? と太一は一瞬止まった。

 今メリアは何と言った。

 現場で、先頭に立つと言わなかったか。

 太一のそんな疑問を表情から読み取ったのか、眼前のお嬢様は穏やかに微笑んで見せた。


「わたくし、こう見えて斥候や諜報の能力を磨いていますの。戦闘においても、学園屈指と自負しておりますわ」


 この学園の、現時点でのトップレベルの生徒は冒険者ランク換算でBだったと記憶している。それが本当なら相当なものだ。

 メリアの得物は双剣だという。双剣は手数で攻める苛烈な武器だ。淑やかな見た目に反して、ずいぶんとアグレッシブである。


「お転婆だな……」

「ふふ、褒め言葉として受け取っておきますわ」


 ベルリィニ侯爵家は肉体派である。長女のメリアはもちろん、長男は二二の若さながら実力で騎士団の副隊長の座を射止め、現当主のセロフも昔は剣の達人として名を馳せ、今もその腕は衰えを知らぬという豪の一族である。

 それでいて頭脳労働も苦にしないというのだから、二物を与えられた者もいるものである。

2019/07/17追記

書籍に合わせて、奏⇒凛に名前を変更します。

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