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異世界チート魔術師(マジシャン) 作者:内田健

第四章:見聞を広めようとしたらやっぱり色々巻き込まれました。

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帝国立魔術師養成学園の騎士候補生 五

 火、土、風。
 これらは、仲間二人の領分である。

(じゃあ私は、水、かな)

 自分と相対する男子生徒が構える両手剣を見据えながら、奏は考えをまとめる。
 じり、じり、と男子生徒のすり足の音が僅かに奏に届く。

(嘘は言ってないよね)

 使用属性を聞かれても、水、と答える。後で他の属性を使用した場合には聞かれるだろうが、その時は「水だけしか使えないとは言っていない」と煙にまくつもりだ。
 その言い逃れがややずるいといわれる可能性は否定しない。

(まあ、実戦でわざわざ自分の手札を明かす人はいないし)

 初めて出会った相手と戦う場合、情報が全くないこともしばしばだ。
 そういう時は、相手の情報を得ながらこちらを襲う攻撃に対応し、更に攻撃もするという同時進行をせねばならない。
 情報が無いと戦えないなら、戦闘の可能性がある仕事は諦めた方がいい。

(さて、来ないなら私から行こうかな)

 先手を相手が譲ってくれたのかと考えた奏は、垂れ下がった右手を振り上げた。
 実際はエリステイン魔法王国の栄えある宮廷魔術師の弟子という肩書に相手が勝手に慎重になっていたのだが、そんなことは奏には関係ない。
 直後、奏の背後一メートルの地点から、地面を突き破って水柱が吹き上がる。
 瞠目する生徒を見て、どちらに動くかの予測を立てる。そして、攻撃の手順を構築。

『水龍』

 しぶきを巻き上げる水柱が龍を模って生徒を襲った。

「くっ!」

 男子生徒が横っ飛びで回避する。想定済み。
 水の龍が地面に激突して炸裂、水が周囲に飛び散った。水圧で押し潰す魔術である。もっとも加減はきちんとしているため、直撃したところで打撲程度で済む威力だ。

『水弾』
「ぶっ!?」

 高速で飛来する水の球が、転がった後立ち上がろうとした男子生徒の顔面を直撃した。
 水砕弾と違って破裂はしないただの水の塊。しかし、突如顔面に大量の水を掛けられれば、視界はかなり奪われる。
 足を止めた男子生徒は、もはや奏の的でしかなかった。

「ここまでだね」
「……ッ!」

 己の首筋にヒヤリとしたモノが当てられ、男子生徒は立ちすくんだ。
 それは、水を圧縮して作り上げた剣。切れ味は鋼の鉄板すらも軽く両断する。

「参りました」

 男子生徒は肩を落として剣から手を放し、両手を上げた。
 がらん、と剣が落ちる音がする。

「そっ、そこまで!」

 審判役の生徒が慌てた様子で試合終了を告げる。あっという間の決着に唖然としていたのだ。

「ふう」

 奏はその場で一礼し、元いた場所に戻る。
 今の戦闘を思い出す。例えば相手がミューラだった場合。『水龍』なんて隙の多い魔術は使用出来ない。
 水柱が立つ、龍を模る、相手に叩き付ける。これほどの手順を踏まなければならないのだ。ミューラなら水柱が立った瞬間に動いている。こちらへ接近しながら、火球の一発でも撃ち込んでくるだろう。
 火球に対応しながら接近してくる剣士への対処を考え、かつ『水龍』を操るなんて七面倒臭いことはやりたくない。まして相手はミューラだ。奏が少しでもまごつけばそれで勝負の趨勢は決まってしまう。
 やるとしたら、最初から『水砕弾』の連射だ。ミューラが避けるだろうと思われる方向への偏差射撃を行うのは当然。更に、ミューラの移動速度から自動で炸裂する術式を、放った『水砕弾』それぞれに組み込む。
 それだけやっても、ミューラには全て迎撃される予想図しか描けない。ミューラが『水砕弾』を捌いてからが勝負開始である。
 これくらいやらないと、と、他の生徒たちの模擬戦闘を見学しながら考える奏の思考は、当然だがここにいる生徒たちには逆立ちしても実行不可能なものである。
 奏は当たり前のように使える魔術だが、そもそも『水砕弾』が容易い術式ではない。水属性の魔術でも中級に数えられる。それを連射して、一つ一つに細かい差分を施すなど、この世界の常識からすると人間業ではない。ごく一部の突出した人間にのみ可能な、神業とも言える行為だ。
 生徒たちの戦いを見た限り、半数近くはアレンに追いついていない。基礎などは独学で学ぶしかないが、実戦で苦い思いもしながら日々を生きる冒険者という選択肢も悪くはないのだろう。成長速度や潜在能力は人それぞれ。良い悪いの話ではない。
 試合開始前後、とある女子生徒に連れていかれたミューラはどこだろうか。しばらく考え事をしていた奏は、仲間であるエルフの少女がどこにいったのかを探した。
 そして、それはすぐに見つかった。
 少し離れたところで対峙する二人の少女。

「あの子は……確か、エルザベートさんだったかな」

 一方は良く見慣れた、しかし今は変装している元エルフの美少女。
 もう一方は、太一が「縦ロール」と心の内で呼んでいる伯爵家令嬢だった。
 ミューラは腰の剣を抜かずに自然体で立っており、一方のエルザは華美な装飾を施されたレイピアを構えている。
 ずいぶん派手な剣だなぁ……と感想を抱く。

「さあ! どこからでもかかっていらっしゃい!」

 不敵な笑みを浮かべ、エルザはそう自信たっぷりに告げた。

「じゃあ、行くわよ?」

 一方のミューラは特に感情を浮かべることなく冷静だ。
 そしてそのままおもむろに左手をエルザに向けると詠唱を始める。それを余裕の表情で見詰めるエルザ。
 ミューラはそのまま表情を全く動かさずに、

陥獄かんごく

 と平坦な声で魔術名を唱えた。

「ぅえぇっ!?」

 がこん、とエルザが立っていた地面が陥没し、そして膝までが埋まった。

「ちょっ、何!? 抜けませんわ!」

 伯爵令嬢で、一〇代半ばともなれば立派な淑女だ。素っ頓狂な声を上げてしまえば普通は恥辱となる。しかし、エルザはそれどころではなかった。足が完全に埋まっていたからだ。
 ただの土にしか見えないが、魔力で固定された土である。抜け出すには術者が込めた魔力以上の力が必要になる。
 『陥獄』。地属性の初級拘束魔術である。発動は速いが必要とする魔力が多く使い勝手は意外と悪い。魔術を発動するための魔力以外に拘束にも魔力が必要だからだ。潤沢な魔力があるミューラやレミーア、奏レベルの魔術師ならば実用も可能だが、中の中や中の上のレベルだとやや厳しいだろう。
 「ふんぬー!」と淑女にあるまじき気合の入った声を出しつつ何とか抜け出そうとするエルザ。しかし分が悪い。ミューラはエルザの模擬戦闘を見て、彼女の魔力量や魔力強度をおおざっぱに予測、どうあっても破られないであろうというマージンを踏まえた上で魔術を使用したのだ。

(愉快な子ねぇ……)

 ミューラの正直な感想だ。少しおバカにも見えるエルザ。貴族らしく尊大なところがあり、英才教育の賜物か知識も実力もクラスでは間違いなく上位レベルだが、抜けている部分も多い。何となく憎めない感じの女の子である。

「なっ、何ですのこの魔術は!?」

 ついに脱出を諦めたのか、エルザはミューラに鋭い目を向けた。

「地属性の初級魔術よ。使う「だけ」なら別段難しいことは無いわ」
「初級、ですって!?」

 そう。少なくても、エルザは並の初級ならば軽くいなせるだけの実力者だ。それはミューラも承知しているところである。彼女にとって不運だったのは、ミューラが使う初級魔術が並なわけがないということだろうか。もっともそれをエルザに察しろというのはどだい無理な話だが。

「そうよ。地属性魔術の魔導書を読んでみれば、最初の方に記載されているわ」
「くっ……!」

 確かめたわけではないものの、ミューラの物言いにそれが本当だと気付いたのだろう。エルザは悔しそうな顔をした。
 ミューラは周囲には一切関心を向けていないが、この模擬戦闘を見詰めている生徒たちは皆絶句していた。クラスでも上位であるエルザが、こうもあっさりと拘束されて身動きを封じられるなど、今までは一切無かったことなのだ。

「さて。その状態でも、あたしに向けて魔術を撃つチャンスはあったはず。それをしないってことは、されるがままと解釈していいのね?」
「へ? ……あ」

 ミューラが発言と当時に火球を一つ宙に生み出す。ようやく己の失態に気付いたのか、エルザは口を真ん丸に開けて呆けている。

「行くわよ」
「お、お待ちになって?」
「実戦じゃ、魔物は待ってくれないわ」
「そうでしたわ! ぼ、防御けっきゃあああ!」

 火球が直撃。小規模な爆発が起こり、エルザが黒煙に包まれた。「そうでしたわ、じゃないわよもう……」という、呆れと苦笑を浮かべながら呟かれたミューラの言葉は、爆音にかき消された。いつもならそんな間抜けな相手には冷たい視線を向けるところだが、どうにもエルザが憎めずにミューラは苦笑してしまう。
 この程度の破壊や魔術の直撃は模擬戦闘の授業では珍しくもなく、別に誰かが何かを心配したりはしない。
 今までと唯一違うのはその直撃を受けたのがエルザである、という点か。

「どう? まだやる?」
「……けふっ」

 黒煙が晴れる。
 泰然と立つミューラと、相変わらず膝まで地面に埋まったまま煤だらけになったエルザの姿。
 一つせき込むと、エルザの口からは黒い煙が上がった。
 『ファイアボール』を直撃させるにあたり、ミューラはもちろん手加減をした。纏う衣服には攻撃が当たれば全身を守る付与術式が仕込まれているとはいえ、それが完璧という保証はどこにもない。
 ミューラは術式を組み換え、直撃しても火傷や爆発の衝撃は受けず、黒煙の発生量を多めにして煤だらけになるようにしたのだ。見る者が見れば、無駄に洗練された無駄のない無駄な高等術式でもって撃たれた『ファイアボール』だったと分かるだろう。

「ま、参りましたわ……」
「そう?」

 降参の意志を聞いたミューラが、エルザを拘束から解放する。膝から下は土まみれ、膝から上は煤だらけという、伯爵令嬢にあるまじき姿で「orz」の姿勢で落ち込むエルザであった。



 やはり、宮廷魔術師の弟子、という肩書は伊達ではなかった。
 初日にそういった評価をクラス中に与えた太一たちは、オレンジ色に染まり始めた空の下を、夕日を背にして連れ立って歩いていた。

「ふう。終わった終わった」

 太一たちは、学園から遠い位置にある、とある高級宿に向かって歩いている。そのため、現在歩いている周囲に学園の生徒はいない。
 もう一つ、学園内に寮が用意してあり、普段はそちらで寝泊まりをする。わざわざ寮があるのに学園の外に宿というのも不自然なので、まあ当たり前と言えば当たり前だ。
 では何故、授業が終わったのにわざわざ学園から遠い宿に向かっているか。ベルリィニ侯爵に会うためである。侯爵が人と会うのに使う宿が普通では困るのは、彼の社会的地位を考えれば当然である。

「久しぶりの学校だったね」

 奏は感慨深げに応じる。
 そう、実に久しぶりである。これまでは朝学校に登校して夕方家に帰るというサイクルが当たり前だったのに、この世界に来てから冒険者として過ごすようになってかなりのなつかしさを覚えていた。

「あたしにとっては不思議な感じね。でも、いい経験になるわ」

 ミューラが授業について言っているのではないと、太一と奏は分かっている。
 彼女は物心ついた時からレミーアの元で学んでいる。その基準の高い教えを受けたミューラにとって、学園の授業は退屈だろう。
 しかし、たとえ授業が退屈でも、あの空間あの雰囲気で得られる経験は得難いものだ。
 特に、同年代との交流が少なかったミューラには新鮮だろう。

「依頼そのものは面倒だけど、受けてよかったかもな」

 太一の言葉に、奏もミューラも頷いた。
 レージャ教の動向を探り、その企みを潰すという仕事は非常に面倒である。
 現状、手掛かりとなりそうな事柄は提示されているものの、どうやってそこに辿り着いていくか、それが手掛かりかどうかなど全てを自分たちで一つ一つつぶしていくしかないのだ。
 流石に初日から事態を動かすようなことは出来ない。
 今日はクラスの皆と交流する、その一点に主眼を置き、成功したと言えるだろう。
 まあ、そういう難しい話を抜きにしてもだ。

「タイチとカナデは、ずっとああいった場所で学んでたのね」
「私たちにとってはずっと慣れ親しんだ空気だからね」
「そうだな。もう何年も通ってないような感じもするけどな」

 異世界アルティアに来て早数ヶ月。
 怒涛の日々を過ごしてきた。日本にいた頃は考えられないような濃密な月日は、たった数ヶ月を数年にも感じさせる。
 そんな、郷愁にも似た感覚に浸る太一と奏。
 二人を見詰めるミューラ。彼女は、彼らとその感覚を共有出来ないのが少し残念に感じていた。
 そんな感情は違う。すぐにそう思い直す。この世界に自分の意思とは関係なく喚び出された二人にとって、今が幸せかどうかは分からない。元の世界で生きていた方が幸せだったかもしれないのだ。
 そして今、こうして共にいられるのは自分にとっては間違いなく良いことで、幸せであると。太一と奏がこの世界で過ごす日々にどんな感情を持っているかは分からない。もしかしたら、負の感情を抱えているのかもしれない。例えそうだとしても、二人と共にいて幸せだと、ミューラは思わずにはいられないのだ。
 ミューラは、自分が臆病であると思っている。今までは、人に「どう考えているか」を問うことに何も感慨を感じなかった。
 だが、今は問うのが怖い。太一と奏に、この世界にいて幸せか、と問うのが怖いのだ。
 ミューラ自身は気付いていない。それは、相手が大切だからこそ抱く恐怖だと。嫌われたら怖い。本音を聞くのが怖い。人が当たり前に持つ感情である。
 ふと会話が無くなり、静かに歩くこと数分。

「ん?」

 太一たちの進行方向に立っている少女が目に入った。
 少女はこちらを向いて、何をするでもなくただ立っている。太一らが近付いても、一向にその場をどく気配が無い。
 避ける気はないのか。
 それならこちらが避けるだけだ。
 太一が右へ、奏とミューラが左へ避ける。
 道に立っている少女を真ん中に通り過ぎた。その、直後。

「キミが、召喚術師?」

 周囲には聞こえないような声量で。
 太一たち三人には聞こえるような声量で。
 召喚術師、と。
 その少女は、確かにそう、言った。

「……っ!?」

 太一は素早く奏とミューラを少女から庇うように立ち、剣の柄を握った。
 あっという間の早業。ふと後ろを見れば、奏とミューラも臨戦態勢だった。
 ふと見れば、周囲には一切人がいなかった。
 何故だ。先程までは普通に人の大往来だったはず。
 夕方、買い物に走る主婦や、仕事を終えて飲みに行こうと笑う男たちの喧騒が耳を打っていたはずなのに。

「ふふ。そんなに警戒しなくてもいいよぉ」

 少女はゆっくりと振り返った。
 逆光でやや見にくい。
 見にくいが。

「……」

 凄まじいまでの美貌だった。
 夕焼けで分かりにくいが、少女は濃い茶色の髪がシャギーのようになっている。
 背は太一の胸辺りまでしかない。下手をすれば子供にも見える背丈。
 体躯からすれば少女にしか見えないのに、彼女の胸は大きく膨らんでいる。胸だけでなく、くびれた腰や大きいお尻は大人の女性そのもの。
 背が低いがグラマーな体型の女性。トランジスターグラマーというんだっけ、と思考の片隅で感想を持った。

「何だ、君は」
「何だ君はって?」

 少女はにっこりと笑う。
 無邪気な笑みだった。和むか、或いはその女性らしい身体に気付けば赤面してしまうほどの魅力的な笑み。

「教えてあげてもいいんだけどぉ。まだその時じゃないかなぁ」
「……」

 人を食ったような態度。
 彼女自身はあくまでも今のスタンスを崩す気はないのか、ニコニコしている。

「大丈夫だってばぁ。ボクは君たちに危害を加えるために来たんじゃないよぉ?」

 少女は両手を広げた。合わせてプルンと胸が揺れる。
 いつもの太一なら思わず目が行ってしまうだろう。だが、今はとてもじゃないがそんな気にはならない。
 言葉では言い表せない。
 敵意も害意も、少女が持っていないのは分かる。
 もしも彼女が敵ならば、太一の相棒が黙ってはいないだろう。しかし彼女は黙ったままで、特に警告を発するなどはしていない。
 人間とは別の次元の存在であるシルフィが危機を感じていない以上、目の前のグラマーな美少女は敵ではないのだろう。
 それでも太一が、構えた身体を弛緩させられないのは、ただ、彼女から感じる、隠そうともしていないだろう圧倒的な存在感が原因だ。

「まあ、無理な注文だったねぇ。ごめんね?」

 首を傾げ、少女はふと自分が纏う空気を緩めた。
 瞬間、膝が折れそうになるのを、必死にこらえた。自分でも気付かぬうちに凄まじく気を張っていた。
 それは太一だけではない。後ろの奏とミューラも同じだった。
 三人の様子を見て、少女がクスクスと笑う。

「笑ってごめんねぇ? ボクのことは……んーと、ミィって呼んで?」

 ミィと名乗った少女。その美貌と不釣り合いな身体つきが醸し出すアンバランスな可愛らしさを表しているかのようだった。

「……じゃあ、ミィ。俺たちに、何か用か?」
「んーと。ボクが用があるのはキミだけだよ。召喚術師の男の子クン?」

 本人にその気があるのかは分からないが、何となく小ばかにされた気がする。
 そう思うのに、それを取り上げて怒る気にはなれなかった。
 つい先ほど、あれだけ圧倒されたばかりなのだから。

「俺に用、か。じゃあ、用件を聞こうか」
「ダメだよ」
「ダメ? 用があるんだろ?」

 用があると言っておきながら、その用事を聞こうとすればダメ、と帰って来る。その矛盾に、太一は内心首を傾げた。

「うん。用があるのは確かなんだけど、今のキミじゃダメかなぁ」
「今の俺じゃあダメ? どういうことだ?」
「だって」

 その声は、耳元から聞こえた。
 ふと、気付く。
 目の前で話していたはずの少女の姿が、見えなくなっていると。

「ホラ。もう油断して、ボクにここまで入られてる」

 つい、と、顎に指先が触れる感触。
 伸ばされた指の元を目で辿れば、少女が太一の左肩に右手だけで乗り、左手で顎に触れているではないか。
 相変わらず邪気のない少女の様子。
 太一は息が苦しいと気付いた。吸えない。吐けない。
 緊張のあまり、呼吸が、出来ない。

「ボクの審査はキビシイよぉ? あの子みたいに甘くないからねぇ?」

 ハッとして前を見る。
 ミィは、先程まで立っていた場所にいた。
 思わず左肩を見るも、もうそこに少女の姿は影も形も無い。

「……」

 じんわりと背中に嫌な汗を感じる。
 無意識のうちに止めていた呼吸が再開したのか、自分の浅く速い呼吸音を遠くに聞いていた。

「ふふふ。だぁいじょうぶ。きっと、キミはボクの目にかなうよぉ」

 だから、と。
 少女は人差し指をピッと立てて、左右に二度振った。

「だから、もっと磨いてね?」

 最後に、ミィはもう一度にっこりと笑うと、すっと踵を返して歩いて行った。

「……はっ……。何なんだ、今のは……」

 少女の後ろ姿が見えなくなってしばらくしてから、太一はそうごちた。
 冷や汗が一筋、彼の頬を流れ落ちる。
 太一の言葉に、奏もミューラも答えることは無い。
 ただ、周囲の喧騒が、いつの間にか戻ってきていた。
エルザさんは作者のお気に入りです。

○お知らせ○
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よろしくお願いいたします。
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