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異世界チート魔術師(マジシャン) 作者:内田健

第四章:見聞を広めようとしたらやっぱり色々巻き込まれました。

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帝国立魔術師養成学園の騎士候補生 一

書籍執筆のために中々本編が書けません……
 熱い吐息が断続的に吐き出される。
 その度に、小さな肩が激しく上下した。
 見詰める地面には、ぽたぽたと滴が落ちる。

「はあ……はあ……はあ……」

 杖代わりにしているショートスピアが小刻みに震えているのは何故だろう。
 そういえば、このショートスピアというものは、杖として使うものだっただろうか。
 膝が笑っているのが震えの原因だと、自分の身体の震えゆえだと、気付かない。
 アクト・バスベルはやっとの思いで顔をあげる。
 整った中性的な顔立ち。小柄だが、その鋭い視線によって精悍という言葉がよく似合う。
 肩に届く手前で切り揃えられたライトブラウンの髪は、汗で額や頬に張り付いている。
 アクトという人物を指す特徴は、とてもはっきりしている。頭の左右から突き出した三角の耳。臀部から生えているふさふさの毛に包まれた尻尾。
 アクトは亜人。犬の獣人だった。
 その姿は見るからにボロボロだ。疲れきって霞む目には、見慣れた訓練場。五〇メートル四方の中々に立派な作りの訓練場にいるのは、アクト一人だ。
 目の前には突かれ打たれ薙がれてぐずぐずになった藁人形。アクトがどれだけ激しく向き合ったか、一目見れば分かった。
 しかし。それでも。

「この、程度か……」

 そう、ごちた。
 藁人形くらい、さっさと使い物にならなくさせる位でなければならない。アクトが目指す基準はそこだ。
 この藁人形なら、まだ剣による一刀両断の訓練には使えそうだ。
 誰が見ても廃棄するしかない。アクトは藁人形をそこまでボロボロにしたいのだ。

「もう、少し……もう少しだけ……」

 幽鬼のようにそう呟き、アクトはほとんど言うことを聞かない足に鞭を打って、ショートスピアを構えた。
 誰もいない訓練場を覆う静寂に抗うように、攻撃の音と鋭く息を吐く音が再び舞うのだった。





◇◇◇◇◇





 帝都ガルゲニア。
 押しも押されぬ、アルティアにおいて最大の規模を誇るメガロポリスである。
 人口はウェネーフィクスを上回り、四〇〇万人以上。詳しい数は国も把握しきれていないという規格外ぶりだ。
 都市の半径は凡そ二〇キロ。これでもかと言わんばかりの大きさ。
 周囲は高さと厚さが備わった外壁にぐるりと覆われており、先人がどれだけの時間と労力をかけて覆ったかが垣間見える。
 ガルゲニアは三つの区画に分かれている。
 中心に近い区画が中級以上の貴族や富裕層が暮らす区域。ここには立ち入るだけで特別な資格が必要だ。第一区と呼ばれている。
 その外側は中間層が暮らす区域。下級貴族や中堅どころの商人たちが住んでいる。第二区。
 その外側、外壁と隣り合わせなのが第三区。最も人口が多い区域で、一般市民が生活している。例によってあぶれてしまった者たちが集まって作り出したスラムのような地域も第三区にある。
 街並みは活気に満ち満ちており、ウェネーフィクスの大通りを思い出させる。
 そこかしこから威勢のいい声が聞こえ、屋台からは食欲に訴える匂いが絶え間無い。
 大通りは長さ数キロ。丸い帝都を、八方向に放射状に伸びており、その全ては皇帝の城に繋がっているのだ。
 世界最大の軍事国家であるのは疑い無い事実だが、こうして市内を見る限りそれはまるで感じない。
 周囲の小国を攻め入っていた当時は軍事国家として名を轟かせていたが、今は過去の話だからだろう。近年は戦から遠ざかっており、また帝国は内戦を起こす者に対しての制裁が厳しく、また対応も迅速な国家ゆえ、内ゲバはほとんど起こらない。戦争から遠ざかれば市井は平和だ。
 せっかく訪れた、この世界最大の都市。
 太一と奏はもちろん、あまり遠出をしないというミューラも、この街を見て回るのを楽しみにしていた。
 だというのに。

「帝都入りして最初に入る建物が帝国城とかどういうことなの……」

 街に入った途端、駆け寄ってくる人物。服装は一般市民のものだが、身のこなしは明らかに一般人ではない。冒険者のような感じとも違う。統制のとれた動きに慣れた者のそれだった。恐らく兵士、という予想は外れていないだろう。
 第一声が「遠路はるばるお疲れ様です」だった。
 何故分かったのか。ガルゲン側に伝えられた太一たち一行の特徴は、男一人に女二人。いずれも若い。黒髪の男女で一人はエルフ。馬二頭に牽かせるべき馬車を黒い馬一頭に牽かせている、というものだった。
 話を聞いて、十分すぎる特徴だと思った。
 彼らの到着は帝都周囲を監視する斥候が見つけ、すぐさま迎えの準備をしたという。ガルゲンの位置と、エリステイン魔法王国からやってくるということから、八つある正門の内、北から西までのいずれかから帝都入りするだろうと見られていたといい、事実太一たちは北北西の門から帝都に入った。
 あれよあれよという間に馬車は先導され、楽しみにしていた街中をほぼスルー。城門をくぐり馬車を預け、客室までの迅速かつ丁寧な、実に教育の行き届いた応対。
 三人は現在、帝国城の一角にあるやたら豪奢な客室で、かなりの贅を凝らした飲み物と菓子を出されて歓迎されている。

「まあ、分かっていたことではあるけどな」
「ええ。今更だけど、こうやって呼び出されるのがパターン化してるわよね」
「言わないで」

 二時間ほどの間をもらっている。この後皇帝との謁見は確定事項だ。
 対策を立てようにも、依頼が何なのか分からなければどうともしようがない。
 出たところ勝負というわけだ。
 考えるべきは、不利益を被るような、こちらに都合の悪い条件を呑まされるかどうか。
 ジルマールが太一たちをどのように受け止めているか。それを皇帝が知らなければ、にべもない扱いを受ける可能性もあるやもしれない。
 が、その可能性は低いと、太一たちは考えている。帝都に来るまでに、皇帝についての話をミューラから聞いているからだ。
 メキルドラ・サインス・リクシオン・ガルゲン。
 長い歴史を誇る帝国の当代の皇帝。
 先代以前が御しきれなかった内閣府への反発の数々を一代で鎮めたばかりか、反発していた組織の力を削ぎとる政策を発布し、奪った力をそのまま内閣府へと流して敵の弱体化と自身の強化を同時に成した優れた指導者だ。それだけではなく、皇帝に味方するものには援助を惜しまないやり方で、瞬く間に強大な力を得た。
 御歳二九歳。ともすれば若僧と謗られても可笑しくはない年齢だが、彼の実績がそれを許さない。
 生半可な才覚では到底不可能だろう。
 数えきれぬほどの可能性を検討し、その中に埋もれる最善の一手を並外れた嗅覚で探り当てる。
 そんな神業のようなことを繰り返した結果が、今の帝国だ。

「まあ、ミューラの言う通りの皇帝陛下なら、よっぽどのことが無い限りは大丈夫だろうけどさ」

 太一の一言は、楽観的とも言えるがその実よく状況を見極めている。
 太一の逆鱗に触れれば、国と言う枠は何の意味もない。奏とミューラを人質にとるというのは目も当てられない悪手だ。その場合、太一は手段を選ばない。エリステインの内乱でなにが起きたのか、皇帝は知らないということなのだから。
 先も言った通り対策が立てられるわけではないので、太一たち三人はもっぱら意識を国のトップと相対するために高めていく。
 利用される気は更々無いが、スタンスとしては引き受ける前提だ。やはり、レミーアが手紙で「断れ」と明言しないどころか、匂わせすらしなかったのが大きい。
 三人寄れば文殊の知恵と、日本には古くから伝わる言葉があるが、現時点では三人で束になってもレミーアには追い付けそうにもない。

「お待たせ致しました、お三方。これより、陛下の御前へご案内申し上げます」

 そうこうしているうちに呼び出しがかかる。部屋を訪れたのは、かなり歳を取っているものの、それを感じさせない姿勢のよさを保った執事だった。一つ一つの所作が、柔らかさを保持したままにナイフのごときキレを持つ。洗練、という言葉がこれほど相応しい者もそうはいまい。
 彼に連れられ、三人はだだっ広い城の中を案内される。

「こちらでございます」

 短くはない距離を歩いて辿り着いたのは、造りこそしっかりしているものの、そこまで大きくはない扉だった。

「あれ?」

 思わず首をかしげたのは奏。表に出さなかっただけで、他の二人も同じ疑問を感じていた。

「此度の顔合わせは非公式となっております。故に、謁見の間では行わないと、陛下のご意向でございます」
「なるほど」

 謁見の間で行わない非公式。皇帝に会うのに、謁見、ではなく顔合わせ、ときた。
 キナ臭いことこの上ない。そんな太一たちの顔色を知ってか知らずか、執事は扉に向き直り、コツコツとノックを行った。
 中から、若い女性の誰何を問う声。

「マルコスでございます。陛下が招かれたお客人をお連れ致しました」

 数瞬の間。そして、かちゃりと扉が僅かに開けられた。それを引き継ぎ、執事が扉を開けて入室する。 

「どうぞ、お入り下さいませ」

 客人を招き入れる執事。それに従い、太一たちは執務室に足を踏み入れる。一目で高級であると分かるのに、華美なところがない執務室。皇帝の人となりを表しているようだ。
 扉の正面、黒塗りの執務机の向こうには、柔らかな笑みを浮かべる青年がいた。

 手に持っていた書簡をそっと置いた。
 メキルドラは目を閉じ、しばし微動だにしなかった。
 さらさらの豪奢な金髪は流れるようだ。その下には卓越した脳が詰まっており、今はその中であらゆる試算がなされているところだろう。
 眉目秀麗。そんな言葉がぴったりだ。細身に見える故に華奢な印象だが、剣と弓、また馬の名手でもあるゆえ、痩せているのではなく締まっているのだ。更には、たしなむという次元では収まらないほどに、魔術の才にも長けている。
 口でいうほど、文武両道は容易くはない。どちらも出来る者は少なくはないだろうが、どちらかに専念した者から比べれば中途半端な印象は否めない。
 そこを、己が意志で手をつけたならば達人と胸を張れるレベルまで昇華するのが普通と考え、またそれを平然と実現するのが、メキルドラという男だ。地位と才覚に溺れず甘えず、努力出来るという才能が誰よりも優れているのだ。
 相手が誰であろうと、彼は一切の油断はしない。自身が目指す帝国実現のために敵対してきた有力者たちが、メキルドラ自身が「強敵」と評価したはずの者たちが、メキルドラを「若造」と謗り侮り、最後には己の傲慢のツケを支払いながら倒れていったのを見ているからだ。
 今でこそ帝位を簒奪し、その地位を磐石のものとしているが、当時のメキルドラは弱小貴族であり、彼の相手は「強敵」という評価が正当なほどに力に差があった。メキルドラもすべての力を出し尽くしたと胸を張れるが、それでも、彼らが持ちうる力を十全に発揮したならば全戦全勝とはいかなかったはずなのだ。
 だからこそ。勝てる相手に対して油断の心を持てば足元を掬われるのが分かっているからこそ、メキルドラは一切の油断をしない。相手が格上、同格、格下に関わらず、だ。
 そんな彼からして、これからこの執務室を訪れる相手は、実に形容しがたいものだった。
 自身が負けているものを挙げるとしよう。それはもちろん、戦闘力だ。
 剣に弓、馬に魔術。どれも運良く才能に恵まれ、それを昇華してきた。だが、自力が違う。かの三人組のうち、少女二人がエリステイン魔法王国の騎士団長、宮廷魔術師長に引けをとらないという。落葉の魔術師であるレミーア、魔法王国軍元帥スミェーラという、泣く子も黙る大物二人が連名で保証しているのだから、間違いなく嘘ではない。
 幾らメキルドラでも、Aランク冒険者に比類するほどの力はもっていない。
 そして、どの国に行っても地位を手に入れるのに困らないであろう少女二人を侍らせているのが、太一という少年だ。
 どうでもいいが、少女二人の見た目はかなり麗しいとされる。その二人が一人の少年を慕っているというのだから、少年にそのつもりはなくても、侍らせていると言われるのは仕方がないだろう。
 閑話休題。
 かの少年は、召喚術師だという。
 報告にもあったにはかったのだが、俄には信じられなかった。
 だが、先程まで目を通していたのは、ジルマール王直筆の書簡だ。
 そこにはこう書いてあった。
『我が魔法王国は、タイチ・ニシムラとの間に契約という繋がりを持つに留めた。彼の手綱を握るのは不可能だ。もしものとき、御す自信が持てない。だが、余よりも優れる皇帝陛下ならばいかに』
 と。

「ジルマール王め。随分と煽ってくれたな」

 くつくつと、含み笑いが漏れる。ジルマール王の落としどころは英断だとメキルドラも思う。その上で言っているのだ。自分よりも上に行けるなら見せてほしい、と。
 遠く離れた地にいる出来る男同士の、火花のぶつけ合いである。
 やがて目を開けたメキルドラは、近くにいた側近の侍女に声をかけた。

「お前は、エレメンタルについてどの程度知っている?」

 侍女はきびきびとしながらも、しかし下品ではない余裕のある動作でメキルドラに向き直る。
 美しい娘だ。皇帝の身の回りの世話はもちろんだが、彼女の聡明さを気に入り、メキルドラは度々侍女に問いかけることがあった。

「人並みには」
「人並みか。お前から見て、エレメンタルとはどのような存在だ?」
「はい。居るか分からない神よりも、大自然という恵みをもたらしてくださるエレメンタルの方が、私にはよほど神に見えます」
「神、か」

 執務机の上で組んだ両手に、顎を乗せる。
 彼女の言葉が真実をぴたりと言い当てているとするならば。
 敵に回すのはあまりに愚か。人の身で神に抗おう等、気が触れているとしか思えない。

「帝国は、神をこの地に招き入れたということだな」
「それだけではございません。文字通り、神頼みでございます」
「言うな」

 皇帝を相手にしているとは思えぬほどの、歯に衣着せぬ言い回し。メキルドラは、端正な顔に不敵な笑いを浮かべた。
 メキルドラはそれを咎めたりはしない。思ったことをそのまま口にしろと、この切れ者の侍女には予め命令を下しているのだから。
 太一たちと己の軍との圧倒的な戦力差に向き合ったところで、再び考える。
 それでは、メキルドラが勝っている点はどこだろう、と。
 思い付くのは、やはり皇帝の経験から来る様々な能力だろうか。
 帝位に就いてからこれまでの間、常人では到底及びもしない歳月を過ごしてきた。己の能力を過信はせずとも、自信は持っている。
 正直に言おう。メキルドラは、武者震いをしていた。
 これまでの経験というのは、あくまでも『人』を相手にしたものである。
 『人』でありながら『人』の枠を逸脱した者と出会った経験は、若き皇帝は持っていない。
 相手はろくに戦いもせずに総勢二万の兵がぶつかり合った戦を止めてしまう傑物。
 かの少年に対し、敵と思われぬようにしつつ帝国にとって最大の益をもたらさなければならない。

「……しかし、存外容易いかもしれんな」

 一つ呟き、それきり黙考する。執務室には静寂が降りた。皇帝の思案を邪魔せぬように、物音一つ立たない。
 と。
 静寂を破るように、メキルドラの正面の扉がノックされた。
 侍女からの目配せを受け、首肯を返す。
 女の背中を見つめながら、メキルドラは前のめりになっていた背筋を伸ばした。
 メキルドラの中にある答えは一つ。
 対面する人間は、己の写し鏡であるという事実だった。
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