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異世界チート魔術師(マジシャン) 作者:内田健

第四章:見聞を広めようとしたらやっぱり色々巻き込まれました。

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精霊魔術師と古城探索 九

一〇〇回目の更新です。
「助けて……!」

 涙を湛え、ようやく絞り出された一言。
 太一と奏は聖人君子ではない。が、こうやって心を真っ直ぐぶつけられれば、応えたくなる。
 冒険者である以上、そこに対価はあるべきだ。
 普通は、そうだ。
 だが黒猫ーーーもといカリーナは既にこの世ならざる者。命を失ってなお魂を現世に縛り付けられる程の無念を抱えた者からの願いを、おざなりに扱うつもりは二人にはなかった。
 それこそ、無償で受けてもいいと……いや違う。その願いを叶えるための手伝いをさせて欲しいと、心から思えるほどに。
 それは間違いなく、昨晩スライマンの話に対して太一が抱いた想いと同じだった。

「あの人を、救って欲しいの!」

 『あの人』が何を指すのか、今更問う必要すら感じない。
 彼女の夫の事だろう。

「あの人は、ずうっと苦しんでるの。この城を襲う悪夢を防げなかった事。働く人たちを救えなかった事。レングストラットの名を絶やしてしまった事」

 カリーナの瞳からこぼれた雫が、ぽたりと一つ、床を濡らす。
 語尾もいつの間にか鳴りを潜めている。堰を切ったように溢れる言葉と感情が、取り繕うことを止めさせたのだ。

「そして……私と、我が子を救えなかった事……」

 太一は思う。
 自分がカリーナの夫の立場だったら。
 奏は思う。
 自分がカリーナの立場だったら。
 想像すら及ばない。地獄のような二〇〇年だった事だろう。

「あの人の苦しみが……恨みが……あの日犠牲になった人たちの魂を掴んで離さない」

 気持ちが分かる、そんな分かったような言葉を口にするのが憚られる。

「そして、自分の恨みが彼らを縛り付けていると分かっていながら、現世を恨むしかできないあの人は更にそれに苦しんでるの」

 正にそれは、負のスパイラル。

「だから……っ!」

 カリーナの言葉は、それ以上紡がれる事はなかった。
 奏がそっと、黒猫を胸に抱き、優しく、それでいて力強く抱き締めたからだ。
 薄暗い通路に、奏とカリーナの嗚咽が微かに響く。太一は身体を横に向け、彼女たちから視線を外した。
 それをただ眺めるのはあまり趣味がいいとは思えなかったからだ。無論、太一個人の感覚であるが。
 少しずつ落ち着いてきたのを見計らい、太一はその目をカリーナに向けた。

「分かった。引き受ける」

 二つ返事。応じるまでの間が、受けるか否かの逡巡でなかったのは、その場に落ちていた空気を読めば一発で分かる。だからこそ、カリーナは目を見開いた。
 そして、今度は申し訳なさそうに目を伏せる。己の行動を恥じるかのように。

「……ごめんなさい、やっぱり、ダメ」
「? 何故?」

 太一はあえて軽い調子で首をひねる。大事ではないとカリーナに見せるために。

「だって……」

 カリーナは言いにくそうに言葉を濁す。が、すぐに決意し、次の句を紡いだ。

「危険よ。幾らここまで来れたからって、さすがにあの人の相手は……」

 端から決めつけているわけではない。アンデッドダンジョン、レングストラット城を闊歩して生き残った実績はきちんと考えているようだ。
 この城の難易度をシンプルに考えれば、体感で最低ランクはB以上。推奨はAだ。
 太一と奏はまだ出会っていないが、アークデーモンという強敵がいる。それ以外でも物理攻撃を無効化する魔物がいるのだ。乗り込んだ冒険者の体力、魔力と共に継戦能力も削り取っていく。
 物理的な障害物をあっさりとすり抜ける、魔術でしか倒せないスピリット系統のバックアタックやサイドアタックへの警戒。ゾンビを切ることで加速度的に痛む金属製武器。時間感覚を掴ませない、常時薄暗く代わり映えしない光景。
 武器の耐久度低下速度と精神的な疲弊の蓄積速度は、一般的な洞窟型ダンジョンや遺跡系のダンジョンを探索する時と比べれば一目瞭然だ。
 アークデーモンと戦う可能性があり、生きる迷宮と表現して差し支えないダンジョンは一度入れば簡単には出られない。
 生きて帰るにはAランク以上が必要だと言われるのも納得だ。その上、Aランク冒険者はそう易々会える訳ではない。
 ここに二〇〇年も留まり続けたカリーナだからこそ、ダンジョンと化したレングストラット城の難易度をよく知るのだろう。
 その上で、カリーナは「危険」だと言う。
 Aランク冒険者ですら危険とは、一体どういう事か。

「この城に残った血の臭い、そして数多の人々の怨念に引き寄せられて集まった負の魔力を長年冒され続けて、あの人は魔物に変わってしまったの」

 負の魔力が人を魔物に変える。そんなことが起こるのかと、太一と奏は黙って話を聞く。聞いたことのない話だったからだ。

「あの人の強さは、アークデーモンさえ手も足も出ないほどなのよ? 幾らあなたたちとはいえ……」

 その先の言葉を、太一は手をかざすことで止めた。

「言いたいことはよく分かった。俺たちを心配してくれてるんだよな」

 カリーナを抱いた奏が、優しい顔を浮かべている。

「カリーナさんの旦那が何処にいるのか教えてくれ。大丈夫さ。俺たちは強いんだ」
「でも……」
「このまま放っておいても、何も解決しない」

 尚も渋るカリーナに、太一は畳み掛けた。

「それは……」
「このまま何もしなくてもどうにかなるなら、とっくに解決してる筈だろ?」
「……」
「それに、俺たちもやる前から諦める気はない。もしもダメなら、その時は逃げるから、さ」
「……ホントだよ? 約束だからね?」

 頑なな意志を見せる太一に、カリーナはついに折れた。
 奏の胸元から軽やかに飛び降りたカリーナは、二歩三歩と歩みを進め、覚悟を決めた顔で振り返った。

「案内するから、ついてきて。私の足跡を辿ってね」

 ここまで歩いてきての感想は、このダンジョンは侵入者をまともに進ませるつもりはないという事。
 時間、現在地点、その他いくつ要素があるかは不明だが、その時々で形を変えるのだろう。それはさながら生きているかのよう。
 太一と奏がそう感じていたその城を、勝手知ったると言わんばかりにカリーナはずんずんと進んでいく。
 途中立ち塞がるスケルトンなど文字通り蹴散らし、ゾンビが現れれば、ファイアボールを放って見せて太一たちを驚かせた。それだけ戦ってもカリーナはピンピンしている。伊達に二〇〇年、この城の中で生き延びていない。
 無限回廊の様相を呈していた通路はやがてその雰囲気を変え、二人の前に下り階段が現れる。
 道なりに進んできただけのように感じるが、そうではない。
 カリーナ曰く、特定の時間内に特定の床を踏みながら進むと、この下り階段に辿り着けるのだという。因みにパターンを変えれば、上り階段だったり大広間だったりと行き先が変わるとの事だ。
 そのパターンに当てはまらない場合、この通路をずっと進み続ける事になり、辿り着くのはこの城でも五指に入るトラップエリア。そこからの生還率はおよそ三〇回に一回。見事な初見殺しと呟いたカリーナに大いに同意だ。
 因みにトラップエリアから生還した場合は、下り階段、上り階段、大広間のいずれかに繋がる三叉路に着くらしい。

「この階段は、地下に繋がってる」
「その先は?」
「遺体安置所だった場所」

 二人の背中を何かが這い上がる。
 死後すぐに葬られる訳ではない。葬儀の準備が出来るまで、遺体は一時的に安置所で保管される。日本で言うところの霊安室のような場所だろうか。

「遺体安置所の更に奥、鎮魂の間に、あの人はいるわ」

 そう言って、カリーナは階段を下り始めた。
 それは、巨大な螺旋階段だった。
 巨大な円柱型の塔を思い浮かべてもらいたい。その内壁に、階段が巡らされて下まで続いている。その中央は大きな吹き抜けである。
 壁には等間隔に松明が据え付けられ、階段をわずかに照らしている。底からは風が吹き上がっているのだが、松明の炎に揺らぎは見えない。この城特有の不思議現象の一つだろうと、太一と奏は気にしないことにした。
 縁から覗いてみても底が見えない。一体どれだけ深いのか。
 カツ。カツと。
 靴底が床を叩く音。乱反射して増幅されている。

「なっがい階段だな」

 そこそこの時間階段を下り続けているが、一向に底まで着かない。

「疲れた?」

 そんなことは微塵も思っていないだろう口調でカリーナが問うてくる。現に、この程度で歩き疲れるほど、太一も奏もヤワではない。

「いや、でも階段飽きてきた」

 それは紛れもない本音。景色が全く変化しないのだ。きちんと進んでいるのか疑問に感じるのも無理はないだろう。

「大丈夫。もう半分は来てるはずよ」

 下り始めて既に二〇分。恐らくは既に二〇〇メートルは下っているだろう。それで半分と言うことは、四〇〇メートルもの深さがあるようだ。元々ここまで深い穴だったのだろうか。

「そんなことない。元々は何分もかからずに下りれた。ダンジョンになってから変わってしまったの」

 やはりダンジョン化の影響か。まあ、よくよく考えれば、この世界の文明レベルで、地下数百メートルもの穴を人力で掘るのは至難の技だろう。掘るだけなら可能かもしれないが、それを整備するのは難しいように思える。
 因みに掘るだけなら太一一人で可能だ。シルフィを呼び出し『トールハンマー』を二発も撃てば、四〇〇メートルの縦穴を作ることも出来るだろう。
 そうでないなら、いっそ超常現象とする方がよほど納得できると言うものだ。
 内容のない話をしつつ更に階段を下りて行く。
 やがて太一と奏の鋭敏な感覚が、違和感を訴え始めた。

「奏」
「うん。感じる。複数……ううん、無数、っていうべきかな?」

 カツ、カツ、カツン。
 二人の言葉から正確に二二〇秒。足音が変わる。太一たちは、ついに階段の底に着いたのだ。
 そこは円型の部屋。直径は二〇メートルというところか。階段の終わりから部屋のど真ん中を横切った先に、重厚な扉が一つ。
 階段を下りながら感じた無数の魔力。それは、その扉の向こうから放たれていた。

「この先が?」

 カリーナは頷いた。

「そう。遺体安置所。もう分かってると思うけど、あの先は、モンスターハウスよ」

 二人が感じる魔力にはたっぷりと邪念がトッピングされている。
 これが負の魔力というやつだろうか。
 太一はミスリルの剣を抜き放つ。ゾンビの体液による腐食すらも容易くはね除ける、魔法銀で鍛造された剣。決して翳る事無い鏡面の煌めきが、かすかに届く松明の光を反射する。
 扉の向こうにいる魔物は、個々の強さはそれほどでもない。脅威なのはその数だ。数えるのも億劫になるほどの気配を感じる。モタモタやっていると物量で押されてしまう可能性がある。そうなっても太一は大丈夫だが、奏はそうは行くまい。Aランクという括りの中では間違いなく上位に位置するだろう、しかし奏は人間の範疇に収まっている。何より彼女はホラー恐怖症だ。

「……奏」

 無理なようなら、控えてもらっていた方がいい。
 奏とカリーナを守る自信が太一にはあるが、己を過信しすぎて悪い方へ転んでしまえば目も当てられない。戦えないのなら守りに徹してもらいたいし、目の届く範囲にいて欲しい。
 そんな思いを込めた太一の言葉を受け、奏は数度深呼吸をした。
 やがて心を落ち着けたのか、杖を握り、前を向く。

「やれる……ううん、やる」

 どのような心境の変化かは分からないが、奏は己のトラウマを克服すべく、努力を始めると宣言した。
 奏ほどの実力者であれば、遅れを取るような強さの魔物は扉の先にはいない。問題は先程もいったように物量に対しての対応だ。恐怖に駆られて動きが鈍るようなら、勝てる相手にも勝てなくなる。

「……分かった」

 他ならぬ奏の言葉だから、太一はそれ以上何も言わなかった。やると言ったらやる。どれだけ苦しくとも、最後には自分の言葉を実現させてきたのが奏だ。
 彼女の言葉だけで、信じるに値する。

「カリーナさんは?」
「自分の身は自分で守る」

 ここに来るまでのあの立ち回りを見れば、それも納得だ。どこにそんな力があるのか。小さな子猫というなりながら、かなりの実力者である。

「うし行くか。全滅させるぞ」

 太一は身体に魔力をみなぎらせて、扉を蹴破った。
 総数三桁を軽く越える視線が、一斉に太一たちに集まった。

「出会ったばかりで悪いが、これでお別れだ!」

 蝶番を弾き飛ばして吹き飛ぶ扉を追い越す速さで、太一は中型犬程の大きさのレッサーデーモンを鷲掴みにした。
 ここに来て初めて会う魔物かもしれない。だが、そんなことはどうでもよかった。
 振りかぶり、まるでボールでも扱うようにレッサーデーモンを投げた。
 スケルトンとゾンビを巻き込んで盛大な音を立てる。

『ファイアボール!』

 太一の背後から、身体を掠めるように火の球が飛んでいく。この魔力はカリーナのものではない。
 僅かに床を震わせ、爆発が起きた。スケルトンが骨の破片を、ゾンビが腐敗した肉片を撒き散らしながら破壊される。
 この、見た目とは裏腹な威力を持った『ファイアボール』は。
 振り返ると、奏が杖を太一に振っていた。
 その顔は蒼白。今もかなり怖いのだろう。
 それでも、きちんと宣言通り魔術を撃って見せた奏。とんでもない強さの芯である。

「奏! 怖いんなら速攻で片付けるぞ!」
「言われなくてもっ!」

 殲滅させてしまえば、恐怖など覚えようがない。
 そもそもそれ以前に、見た目が不気味なのを除けば、アンデッドは奏にとってはカモとなる相手である。
 力の差を考えれば、いつも通り……いや、それなりに手を抜いても負ける要素はない。

「ガンガンいくぞ!」

 すぐさま魔術を用意し始めた奏を満足げに見て、太一は次の獲物に向かって駆け出した。





◇◇◇◇◇





 暗い。
 暗い。
 何も見えないほどに暗い。
 日など、もう長い間見ていない。
 最後に動くものを見たのはいつだったか。
 ああ、そうだ。
 いつぞやか、何かよく分からない小動物が、少しだけうろついていたな。
 あれはネズミか?
 気配だけでは分からんな。
 ああ……思い出すのは面倒臭い。
 考えるのも億劫だ。
 今はもう気配を感じない。
 どうやらどこかに行ったらしい。
 惜しいな。
 身体が動けば、いい声で哭かせてやるというのに。
 後ろ足を持って、股から引き裂いてやったらどんな悲鳴をあげるだろうか。
 爪でゆっくりと目玉をえぐり出すのもいいな。
 ぞくぞくする。
 ヤりたい。
 殺したい。
 命を吸いたい。
 生きるモのに、絶望を与エたい。
 そういえば、少し離れたとコろに、三つの光ヲ感じるな。
 イきものか?
 そうダといいな。
 ああ。
 考えるのが面倒くサい。
 とにカく、殺したい。
 早くコいこい。
 こッちにこい。
 おれのもトへとやっテこい。
 ころさレるためにやっテこい。
 また考えるのガ面倒になってきたな。
 もうそんな時期か。
 たまにこうなルと、自我をしばらく保っていられないのが困りモノだ。
 まあどうセ、動けないノだから意味はない。
 なにもすることナどないのだしな。
 あのとビらをあけられるやつなどいやシない。
 ああ、ころしたい。
 うでをいっポんずつおってやロうか。
 はをぜんブぬいてやろウか。
 ……オおおオお?
 おオ、キてる。
 キテる。
 キてるきてるきテるきてルきテるきてルきてるきてるキてる。
 あハはははハははははははハははハはははははハはははハははは。
 ころサれにきてル。
 すばラシい。
 にクをさき、ほねをおリ、ちをすスってヤる。
 さア、あけろ。
 このいマしめがそレでとケる。
 もウすぐだ、もうすグだ。
 うバってやる。
 ねぶッてやる。
 えぐっテやる。
 あハはははハははははははハははハはははははハはははハははは。
 じツにたのしイな。
 さいこウのきぶンだ。
 アレ?
 トころで、おれハだれだっけ?
 ああ、ソんなのはやっパりどうでもいいヤ。
 いマはトにかクこロしたイ。
 ハヤく、はやくこナいかなア。












 たすけて。
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