第三十八話 初陣と隠れ家
(あー、アレだな。やっぱりこいつはオーバースペックすぎるな)
ウラシマはぷらぷらと垂れ下がった腕を、無造作に振り上げる。
それだけで、周囲に群がる魔物たちは数メートル先まで吹っ飛んで、潰れていく。
ウラシマは内心であくびでも噛み殺す気分だが、この鋼鉄の体にそのような生理現象は起こらない。
「……慢心が見えるな」
(っっ!?)
「ウラシマよ、そこらの魔物など貴様の敵ではないのかもしれんが、油断は感心せんな」
頭上からクロウに図星をつかれたウラシマは、ギクリと一瞬体を硬直させる。
(いや、でもさぁ……)
ウラシマも、先ほど初めてこの世界の魔物に遭遇した際は、緊張で手に汗を握る気持ちだった。
ゴブリンらしき二足歩行の怪物、でかい狼みたいなやつ、でかい虫、さらには豚の鼻をつけた巨漢のオークなど、ゲームや漫画でしか見たことのなかった、恐るべき化物たち。
それらが一斉に襲いかかってきても、ウラシマの操る鋼鉄の鎧に、傷ひとつつけることはできなかった。
(なんかなぁ、レベルがカンストした状態で、はじまりの町のスライム倒してる気分なんだよ。なんか可哀想じゃんか)
頭上を飛び回るクロウから、またしても小言が降ってくる。
「哀れみ……憐憫、ふん、くだらん。魔物に対してそのような感情は不要だ」
ウラシマの感情を読み取って、クロウはなんの慈悲もなくピシャリと告げた。
ウラシマは平和な時代に生きる一般人だ。
相手と命のやり取りはおろか、殴り合いの喧嘩すらまともにしたことはない。
それでも魔物を殺すことに関して、多少の哀れみ程度で済んでいる。
それは奴らはこちらに対し、剥き出しの殺意で襲いかかってくるのと、その醜悪な外見によるもの。
さらには、この鋼鉄の腕は奴等を握りつぶした感触が、ウラシマ本人に直には伝わってこないことが大きい。
「ウラシマさんは、魔物に対しても哀れみを感じていらっしゃるなんて、お優しいのですね」
ライラはウラシマと背中を合わせながら、キョロキョロと周りを警戒している。
そしてその手にはなぜか、その辺に落ちていた木の棒を握っており、自身も戦うと言わんばかりの表情だ。
「ですが、私もクロウさんに同意しますわ。魔物による被害は、ここ数年増え続けていると聞いていますので」
そしてその時、ライラの正面にウラシマが撃ち漏らした小さなゴブリンが、茂みから姿を現す。
その顔には不快なニヤケ面を貼り付けて、巨大なゴーレムの影に隠れる愚鈍な獲物を狙う。
「ウラシマよ、後ろにもおるぞ」
(マジか!? ちょっと待ってろ!)
ウラシマは、その長い腕を勢いよく横薙ぎに払うと、数匹の魔物がまとめて挽肉に変わる。
そして背中に守っていたライラを振り向くと、彼女は手でこちらを制し、現れたゴブリンと向かい合っていた。
「ウラシマさん、ここはわたくしにお任せください! 今こそ、クロードに習った剣術をお見せする時ですわ!」
(剣術……?)
そう意気込むライラは、肩の上に木の棒を構え、なんとなくそれっぽい姿勢でゴブリンと睨み合う。
ウラシマとしては、あまり危険なことをしないで欲しいのだが、上空のクロウからは特に何も進言はない。
任せていいのだろうか。
「我ら竜族は、代々狩猟を生業とする戦闘民族! その末裔として、この瞬間をわたくし、ライラ・フォン・アウレリアの初陣とさせていただきますわ。——ゴブリンさんお覚悟を!」
(前口上が長いなぁ……)
ライラが名乗り終えると、再び剣を構え直す。
豪奢なドレスの裾を捲り上げ、彼女のすらりとした細い足が、太もも近くまで露出してしまっている。
若干目のやり場に困るが、かといって見ていないところで怪我でもされては困る。
ゴブリンの方も負けじと古びた短剣を構え、雄叫びを上げた。
そして開始の合図はなく、戦闘は始まった。
初めに仕掛けたのはゴブリンだ。
ゴブリンの背丈は、ライラの身長の半分ほどだ。
だが彼女向かって飛び上がったゴブリンは、短剣を上段に構え、ライラの頭上を取った。
振り下ろされる短剣をライラはしっかりと見ている。
そして、一歩二歩と素早く後退する。
短剣が空振りしたゴブリンは、苛立ちの表情を浮かべ、今度は地表を低く走り、ライラの足を狙う。
だがライラの方はまたしても、数歩後退してやり過ごす。
両者のそのようなやり取りが、もう二度ほど続く。
ゴブリンの攻撃を、間一髪で交わしている危なっかしさに、ウラシマは肝を冷やす思いだ。
そんな戦闘の最中でライラは、いまだ肩の上に構えた棒を振り下ろす気配はなく、何かを狙っているようだった。
だが構えた棒をそのままに、摺り足で後退していく様はいささか滑稽にも見えるが、彼女の表情は真剣そのものだ。
(本人らはいたって真剣だからな、笑ったら悪いよな……)
そしてそう時間はかからずに、決着の時が来た。
数度の攻防に痺れを切らしたゴブリンは、最初の時と同じく、雄叫びとともに高く飛び上がり、上段からの大振りの一撃を狙う。
そして、その瞬間を待っていたかのように、ライラの瞳がきらりと光る。
「ここですわーー!!!」
ライラは肩に構えた棒を振り下ろす——のではく、横薙ぎで力任せにぶん回す。
その様は、プロ野球選手もかくやというほどの見事なバッティングフォームだった。
横腹に直撃をもらったゴブリンは、骨と肉がひしゃげる音とともに、森のはるか彼方へと消えてい……
(っっあっぶねぇ!!??)
ゴブリンが消えていく様子をぼんやりと眺めていたウラシマに、ライラが振り抜いた棒がすっぽ抜けて、恐ろしい勢いで飛んできた。
ウラシマは驚異的な反射神経で、咄嗟に身を屈めて避けることができた。
……もう一度やれと言われてもできる気はしない。
「あら? あらら……?」
ライラはライラで、突然手の中から消えた棒の行方に、不思議そうな表情で困惑している。
ウラシマは、ここにはない己の心臓がバクバクと鳴り響くのを感じながら、恐る恐る振り返る。
(うわぁ……木の棒が、木に突き刺さってる、怖ぁ)
そして、いまだ棒を探しているライラの肩をちょんちょんと叩き、その行方を示す。
「あら、そんなところにありましたのね」
その時、クロウが上空から降りてきて、突き刺さった木の棒の上に止まる。
「中程まで突き刺さっておるな……」
(……マジ?)
ライラは木に足をかけ、突き刺さった棒を引き抜こうとしているが、抜ける気配はない。
諦めたライラは、唖然としているウラシマとクロウに自らの勝利を報告する。
「ウラシマさん、クロウさん、わたくし勝ちました! これがクロード直伝の奥義『剛斬破断』——教えの通り、一閃にて断ち切りましたわ!」
(……絶対違うと思う。切れてねぇし。)
剣術を教えたクロードとやらがこの場にいれば、はしゃぐ彼女の姿を見て、目を覆っていたことだろう。
——ただのフルスイングじゃねーか。
——————
ライラの記念すべき(?)初陣を終えて、一行は再び森を抜けるために歩き出す。
思えば、森で遭遇した魔物たちは、皆ウラシマの足元にも及ばないほど弱かった。
(でも、あれだけの数で襲ってこられたら、人間なんかひとたまりもないよな)
魔物に出会うたびに、ライラがワーワーキャーキャー騒いでいたから、一般的に魔物とはやはり危険なものなのだろう。
(ってことは、あのヴィンセントとかいう男は、マジでラスボス級だったんじゃねーか?)
この体も、あの戦闘に耐え得るために用意されたのだとすれば、納得もいく。
あれはもうチュートリアルの負けイベントだったと思うことした。
あの男にはもう二度と会いたくはない。
そんなことを考えていると、ウラシマの肩の上で羽を休めていたクロウが口を開く。
「そろそろ森を抜けるが、ライラよ、本当にこの国を離れてもよいのか?」
クロウの問いに、ライラは迷うことなく答える。
「はい、構いませんわ。この国にいたら、またいずれ城に連れ戻されてしまいますもの」
ライラの決意は固いようだ。
(生まれた国を離れて旅に出るって、どんな気分なんだろうか)
ウラシマは元の世界でも、国外へ出たことはなかったため、躊躇いなく国を離れる決断をしたライラにカルチャーショックを覚える。
「ならば国を離れる前に、一度寄っていきたい場所があるのだが、よいか?」
「ええ、構いませんけれども。えっと、どちらへ?」
「来ればわかる。——だが、ここからでは少々遠いな。ウラシマ、ライラを運んでやれ。少し急ぐ」
クロウに言われてウラシマは手を差し出す。
ライラはおずおずといった感じで、そっと無骨な手のひらに腰掛ける。
「あ、あの……ウラシマさん。できれば、その、あまり高く飛ばずに、ゆっくり運んでいただけると……」
ああ、そうだった。
先ほどライラを連れて逃げている時は、気遣っている余裕はなかった。
そのため無茶苦茶な速度と高度で走り、ライラは気を失ってしまっていた。
ウラシマは内心で、ごめん、とだけ謝って不器用に体を屈める。
「私も、貴様に本気で走られては追いつけんからな」
そう言うとクロウは翼を羽ばたかせて先を行く。
ウラシマも、できるだけライラを揺らさないようにその後を追う。
そしてしばらく走っていくと、遠くに森の出口が見えてくる。
このまま森を出るのかと思ったが、クロウは出口のそばで止まっている。
(行かないのか?)
クロウはその場で上空へと羽ばたき、何かを探すようにキョロキョロと首を動かす。
「この辺りだと聞いていたのだが、ふむ。ウラシマよ、何か見えるか?」
(え? 何かって言われても……)
ウラシマは困惑しながらも、言われた通り周りを見渡す。
だが、周囲は何の変哲もないただの森だ。
ウラシマは木々の隙間から森の奥を見ようと、意識を集中させる。
すると、突然視界一面に七色の点やら線やらが映し出される。
(うお!? なんだこれ……あー、これ、この辺りの地形か?)
ウラシマの視界には、ここら一帯の地形データが表示されていた。
目を凝らすと、木々の向こうを透視しているように、森の輪郭がよく見える。
そして少し先の方に、雪で作ったかまくらのようなドーム状の何かを発見し、その方向を指差す。
(あっちの方に、かまくらみたいな何かがあるっぽいけど)
「あちらか、少し待っていろ」
クロウはそう言うと、ウラシマが指差した方向へと飛んでいく。
そして数分もしないうちに、戻ってきてはウラシマの肩の上に止まる。
「見つけた。上手く隠されていたが、こやつには見えたようだな。存外便利だな」
(もうちょっと言い方なんとかなりませんかね、クロウ先輩よ)
こちらの感情を読み取っているはずなのに、クロウは素知らぬ顔で、ウラシマが見つけたかまくらの方へ羽を向ける。
——行けと。はいはい。
「何を見つけたのですか?」
「隠れ家だな。複数ある拠点のうちのひとつだ」
ウラシマは茂みをかき分けて、目的の場所へと進む。
そして少し開けた場所に出ると、それはあった。
それをみた第一印象は、子供の頃に作った秘密基地だ。
木の根を編み上げてドーム状の建物を形成している。
かまくらに扉をつけたような形状で、実に男心をくすぐられる。
(……いいじゃん。そうだよ、こーゆうのでいいんだよ)
「ふん、雑な作りだが、まぁ夜を明かす分には問題なかろう」
「そう……ですね。屋根があるだけ、ありがたいですわ」
テンションが上がったウラシマとは対照的に、他2人の反応は冷ややかなものだった。
いいのだ、こーゆうのは男の浪漫だ。
わかるやつだけがわかればいい。
「——何をしている、さっさと中へ入れ」
(……はい)
感傷に浸っていたウラシマは水を差された気分だ。
若干不貞腐れつつも、せっかくの秘密基地を壊さぬように、慎重に扉を開けて中へ入る。
中の作りはまぁ想像通りだった。
テーブルと椅子とベッドがあり、奥の棚にはごちゃごちゃと色々なものが詰め込まれている。
「暗いな」
「あ、今明かりをつけますね」
中に入るや早々に、クロウは文句をつける。
それを聞いたライラが、燭台の蝋燭に火を灯す。
(なんだ? ライラの指先から火が……魔法か!? すげー)
「あら、どうされました?」
初めて見る魔法に、思わず前のめりになって覗き込んでしまった。
魔法……呪文、火、ファイアか、いいなぁ俺にもできないだろうか。
ライラの真似をして、ウラシマも人差し指を突き立ててみるが、冷たい金属の指に炎は発現しない。無理か。
ガックリと肩を落とすウラシマに、ライラはクスクスと口元を隠して笑みを浮かべる。
「ライラよ、こちらへ来てくれ」
クロウは明るくなった室内を飛び回り、あちこち物色していた。
そして物が詰め込まれた棚の前に来ると、ライラを呼び寄せる。
「なんでしょう、クロウさん」
「着替えだ。そのドレスでは目立つ、旅には向かん」
「そうですね。でもいいのでしょうか……。勝手に借りてしまっては、持ち主が困るのでは?」
「ここにあるものは好きに使えと言われている。構わんだろう」
(そういえば、ここって誰の拠点なんだ? クロウも初めて来たっぽいし)
などとぼんやり考えていると、ライラはなんの躊躇もなくドレスの裾をつまみ、するりと脱いだ。
(っっっ!? お、おい待て待て!?)
目の前で堂々と下着姿になるライラに、ウラシマはあたふたと動揺する。
「……ウラシマ」
(わ、わかってるよ!)
「?」
クロウに邪な感情を読み取られて、ウラシマは慌てて後ろを向く。
ライラは不思議そうに首を傾げる。
まぁ彼女からみれば自分はただのゴーレムだ。
羞恥を感じる必要はないのだろうが、なんだかいたたまれない。
すぐ後ろから、シュルシュルと衣擦れの音が聞こえ、見えていないのに、なんだかドキドキしてしまう。
無駄に視線を下へ上へと動かしながら、ソワソワとしていると、着替えを終えたライラから声がかかる。
「着替えてみましたが……これでいいのでしょうか?」
ウラシマがゆっくりと振り返ると、瞬時に理解した。
(あー、ここアインス先輩の拠点だ)
ライラが身に纏っていた服は、この世界に来て最初に出会ったアインスとそっくりだった。
短めのトップスに、上着を羽織り、サイズの合っていないホットパンツからは、すらりとした細い足が惜しげもなく晒されている。
上着の袖も長いのか、指先がちょこんと顔を出す程度で、若干萌え袖気味になっている。
(アインス先輩……ナイスです!!)
「おへそが出てしまっていますが……市井の方は皆さんこのような服装を?」
ライラは少し恥ずかしそうにおへそを隠し、所在なさげにクロウへ意見を求める。
清楚な金髪でおっとりした少女に、ギャル風のファッションだなんて……なんだかイケナイものを見ている気分だ。
「ふむ、悪くはないが……そんなのしかないのか? いささか目の毒だ。森を歩くのも荒野を旅するのにも向かん。却下だ」
「他にも色々置いてあるようです。こちらなんかは可愛らしいのでは?」
少し残念な気もするが、クロウの言う通りだ。
あんな服装で森を歩けば、玉のような肌が数時間後には、傷だらけになっていそうだ。
「——では次を」
「こちらなんてどうでしょう?」
次にライラが着替えた服は、オーバーサイズの上着に、膝丈のスカートだった。
ウラシマは(おおー)とつい金属の手で拍手をしてしまったが、かなり似合っている。
露出は少ないが、かえってその方が彼女の魅力を引き立てるかもしれない。
そしてライラの方も、リアクションがあると興が乗るのか、その後は踊るように次々と装いを変えては、その場でくるりと回ってみせる。
そうしてウラシマは、特等席にてライラのファッションショーを、日が暮れるまでじっくりと堪能した。




