2「魔王はコンビニでバイトしていた」
夜十時半、コンビニで久しぶりのコンビニ食を食べようとしていた琉太はレジに行った。
コンビニの制服を着ていて、バーコードリーダーを手に持っている。そこにいたのは異世界で倒したはずの魔王だった。
「これはどう使うのだ?」
リーダーをおにぎりにかざしてみるが、何も起きない。
ほかの商品にもかざしてみるが、バーコードに当たらないのでスキャンされていない。
強く握りすぎてサンドイッチがくしゃくしゃになってしまったが、何とかピッという音とともにサンドイッチがスキャンされた。
しばらくして、魔王は値段を見た。
「代金は1562えんだ、です」
敬語を使おうとするも、魔王口調が混ざる。
琉太はただクレジットカードを取り出したが、ようやく目の前に立っている人物を脳みそが理解した。
魔王が自分の前にいる。もう異世界とは関わらないと思っていたためか、予想外の事態に反応が遅れた。ものすごく遅れた。
「魔王!」
商品をカウンターへ残したまま反射的に後ろへ飛ぶ。くしゃくしゃになったサンドイッチを目もせず、彼は下がった。
癖で鞘から剣を取り出そうとするが、もちろんそんなものを腰につけてはいない。
琉太の体は勇者として魔王という脅威を感じ取り、すぐに戦闘態勢に入った。しかし、勇者の力もなければ武器もない。
勇者の勘も反応しなかった。女神が装備と力を取ったためか、それとも魔王が脅威と感じないためか。
何よりも、体は魔王を倒したいにもかかわらず、彼の脳は魔王が生きていたことを嬉しく思っていた。
琉太の様に、魔王もまた大きく目を開いていた。
「勇者なのか?」
魔王も勇者を認識したようだった。
落ち着きのある声だが、驚きは隠せていない。
「そうか、ここは勇者の世界だったのだな……」
魔王は何かを理解したように首を縦に動かす。
「どうしてここにいるんだ!死んだはずじゃなかったのか?!」
琉太は腰を屈めたまま魔王に問い詰める。
「いやあ、なぜか我の覇気がこの世界の人間には効かないのだ……」
魔王は頭を掻きながら答えた。
「何日も食べてなくて、腹が減ったものでここへ寄った。棚の物を食べていたら怒られてしまってな。我はこの世界の通貨を持っていなくてな、ここでテンチョーに雇ってもらったのだ」
「てんちょう?雇う?」
琉太は魔王の口から何が出てきているのか分からなかった。世界最強と恐れられた魔王が、コンビニの店長に怒られて働いている?容姿、雰囲気、話し方。全てが確かに魔王だが、これが勇者の戦った魔王だとは信じ難いことだった。
魔王は勇者が自分の制服を見ていることに気が付いた。
「変か?いつもの服はダメだって言われてしまってな。コスプレ?をするなとか言われたぞ。我々の世界のことか?」
琉太は答えられない。この数秒の間に情報量が多すぎる。脳の処理が追い付かない。恐怖と安心が同時に存在する上、混乱が頭の中を跳ね回る。
「あ、えっと……」
琉太が戸惑っていると、カウンターの奥からもうひとりやって来た。
「君、またお客さんを困らせているのかい?角も取りなさい」
ちょっぴり白髪のおじいさんは魔王と同じ制服を着ていて、胸にネームプレートを付けていた。「店長 品川商舗」
「テンチョー!違うぞ。こやつは勇者なのだ」
魔王は琉太を指さしながら店長に訴えかけた。
しかし店長は呆れたため息をつき、慣れているかのように言った。
「はいはい。コスプレイヤーのお友達かい?」
彼は琉太に視線を変えた。
「お客様、この子と知り合いですか?」
琉太は何を言っていいか分からず、ゆっくりと頷いた。
「ちょうどいい。この子の面倒を見てくださいな。彼女は家族も家もないというんです。勝手に食い荒らしたので働いてもらっていたのですが、その分は働いてもらった。知人なら安心です。」
と言って琉太に彼女を預けてしまった。
「彼女はとても真面目でね。価値観が一般とはズレるようだが、迷惑な客には怒ったり、深夜でバイトがいないところを埋めてくれたりといい子だ。君のところで匿ってやってくれ。路上で寝ていいような子じゃない」
と店長は魔王のことを高く評価していた。
しかし琉太の中では引き取るなんてことは考えていない。未だに魔王がこの世界にやって来たということを受け入れられず、思考が停止していた。
「じゃあよろしくね。これは彼女の分の給料だ。彼女のために使ってあげてくれ」
お年玉を子供の代わりに親へあげるように店長は琉太に封筒を手渡した。
「袋は無料にしておきますね。代金も良いですよ」
そうサービスしてもらっていることも理解できず、琉太はくしゃくしゃのサンドイッチと一緒に他の商品をビニール袋に詰められ、持たされた。
そして魔王はその場に固まっている勇者の顔をじっと見ていた。
彼女のシフトが終わった十分後、見覚えのある衣装に戻っていた魔王とともにコンビニの外に立っていた。
「どういう状況?」
琉太は自分に問う。
冷たい風が吹く。
「ゆ、勇者の家はどこだ?寒くてたまらん」
魔王は勇者のスーツの袖を引っ張る。体をマントで包み、風から身を守ろうとする。
琉太はすぐにでも魔王をまた問い詰めようとしたが、コンビニのある道路だ。人通りは少なくない。
仕方なく魔王を連れてアパートに戻る。
暗い夜道を歩き、魔王は勇者と並んで歩く。
「おい勇者、おい勇者!」
魔王はボーっとする勇者にしびれを切らして叫んだ。
琉太は催眠でも解けたように我に返り、魔王を見た。
並んで歩くと案外魔王の身長は低く、彼は彼女を見下していた。ムスッとした魔王の目が上目づかいになっており、その可愛さに琉太は打たれた。三ヵ月前、魔王と初めて出会った時のことを思い出させた。
「お前、本物なのか?」
琉太は魔王の角を触る。
「やめろ!くすぐったいぞ」
震えた声で頭を振り、勇者の手を払う。
彼女はそっぽを向き、顔を赤らめていた。
「本物だ。信じないなら」
と言い、魔王は掌を家に向けた。
琉太は魔王が自分の力を証明しようとしていることを悟り、すぐに止めようとした。
「待った待った!分かった。君は本物だ!」
勇者の力もない今、魔王を止める方法は口頭でしかない。
「信じてくれたか」
そう言って魔王は腕を降ろした。
琉太はアパートに向かって歩き続ける。魔王も横にぴったりと付いて歩く。
プラスチックの袋の音がくしゃくしゃと聞こえる。潰れたサンドイッチの匂いも溢れてくる。
「なぁ」
弱々しく琉太が聞く。話し相手が隣にいても、視線は前を向いている。
「どうしてこの世界にいるんだ?俺は君がてっきり死んだとばかり……」
「勇者よ、我のことを考えていてくれたのか?それと死んだというか、勇者に殺されたというか……」
魔王は少し嬉しそうに話した。勇者の戸惑う姿を見てニヤける。
「うう、それは仕方ないじゃないか。いったいいつからこの世界にいるんだ?」
勇者が尋ねる。
「あの勇者たちの攻撃を受けてからすぐだ。五日くらいだと思うぞ」
魔王は五日と答えたが、勇者は時間の進み方が違うのを知っている。
時期的に一致する。四日で約三ヵ月。琉太が帰って来てから一日が経っている。
琉太は魔王が生きている事、そして隣にいることに対して、相当なショックを受けている。三ヵ月も死んだと思っていた美貌の持ち主が、生きていた。
対して、魔王は彼より早くこの世界に来た。五日ほどにしか思っておらず、ゴールデンウィーク明けの友人に会うかのようだ。
向かう方から一台の軽自動車。琉太は考えもせずに体が勝手に動き、魔王を自分の後ろ、白線の内側に寄せてあげた。腕を伸ばし、魔王を守るようにしていた。
勇者の行動に彼女は驚いた。宿敵に守られ、惚れた相手に守られた。彼女の力であれば軽自動車は一発で宇宙へ飛ばせただろうが、それよりも勇者の行動に再び胸を打たれた。
「悪い……」
宿敵に触られたことを気にしていないかと琉太はすぐに謝った。しかし、その謝罪は魔王を殺しかけた自分からのものでもあった。
「いや、ありがとう」
魔王の言葉に琉太は振り返った。
彼女は彼のスーツをまた掴んでいる。頬は林檎のように赤く、目は安心で半分閉じていた。
「分からない世界に放り出されて、少し怖かった。でも勇者が来てくれたから安心だ」
魔王の口から怖いと、勇者が来たことへの安心というのが琉太に刺さった。
かつて勇者が異世界に飛ばされたときのように。魔王でも何も知らない世界は怖い。ましてや現代の日本だ。石造りのお城とは違いすぎる。
「俺も、実は……」
琉太は言いかける。
「何だ?」
魔王は彼から手を離した。
「いや、何でもない。大丈夫だ。勇者がいれば安心するんだろ?」
魔王はコクリと頷いた。
魔王と対立していた勇者、今度は魔王を庇う側となったのだ。
その後もとぎれとぎれな会話が続き、ふたりはアパートに着いた。
郵便を確認し、ポケットから鍵を取り出すとドアをアンロックして中に入った。
「む、随分と狭いな」
魔王は中を探索し始める。
ソファーに座ると、目が大きくなった。
「我の城のどんな椅子よりもふかふかだ!我のベッドよりふかふかではないか!」
子供のようにソファーの上ではしゃいでいた。
「壊れたら大変だからあんまり跳ねるなよ」
琉太が注意すると、魔王は別の者に興味を惹かれてソファーを離れた。
「おい勇者、ここ暖かいぞ!」
エアコンの下で風を直に受ける魔王。
「この世界の暖炉だよ。夏には涼しくもできるんだ」
琉太が説明した。
魔王はそれに感心し、エアコンの作動する様子をじっと見ていた。彼女の髪の毛が風になびく。
「これは何だ?!この世界にも魔法があるのか?」
今度は琉太が水を飲むためにひねった蛇口から流れ出る水を眺める魔王。
これに驚く魔王を見ると、さすがの琉太も自慢げになってきた。
「これは電子レンジだ。食べ物を温められる」
「おおー!」
「これは電気絨毯。床を温められる」
「おおー!」
そして彼女を風呂場に連れて行った。
シャワールームの扉を開け、風呂を沸かし始めた。
「これは最初から温かい水が出てくるお風呂だ」
「おおー!でもあたためるのはもう飽きたぞ」
魔王は驚きながらも言った。
冬なので温かくするものが多いのは仕方ない。
「黙って体を洗いなさい」
そう言って勇者は魔王にタオルを渡し、出て行った。
魔王は勇者が出て行ったあと、タオルを洗濯機の上に置くと服を脱ぎ始めた。
「魔法なしでこれほどとは……」
身体を洗っているうちにシャワーヘッドとぶつかり、落ちる。
「こ、壊してしまったか?!」
取って使えることも知らずに魔王はパニックに陥った。勇者を呼ぼうと思ったが、うまく元に戻して触らないようにした。
足から風呂に入る。
全身浸かった魔王は角を触り、足を伸ばした。
「温かい……」
それは風呂が温かいという意味もあったが、勇者の行動に感謝しているものでもあった。
本来ならば互いに戦う存在。しかしそれは異世界での話なのかもしれない。勇者と魔王が同じ屋根の下で事件なく過ごせるのかもしれない。
しばらく考え込んでいたが、勇者を待たせてはいけないと体を拭き、元の服を着た。
風呂上り、琉太は魔王に牛乳を渡した。
「何だこれは?」
魔王はコップの白い液体を匂う。
「ドウゴンミルクと同じだよ。この世界の文化みたいなものだ」
(ドウゴンとは異世界に生息している六本足の動物であり、乳牛と同じような見た目をしている)
琉太は魔王の分かるように異世界の物と比較して牛乳に最も近いもので説明した。
魔王は牛乳を一気に飲み、その冷たさに驚いた。
「冷蔵庫さ」
ぐううぅ
琉太が説明している真っ最中に魔王のお腹が鳴った。彼女は赤面し、とっさに腹を隠した。
「夜にしよう。俺もまだだしな」
ふたりはコンビニでもらったおにぎりやカップ麺を食べた。潰れたサンドイッチは魔王に食わせることはなく、琉太が自分で食べた。
「癖になる味だ」
食事を終えると、魔王は満足そうに息をついた。カップ麺の容器を両手で持ったまま、しばらくじっと眺めている。
「この世界の食は不思議だな。簡素だが、腹に残る」
「それ褒めてるのか?」
「うむ。褒めている」
そう言って魔王は容器を丁寧にテーブルへ置いた。異世界の王座よりも、この小さなテーブルの方が今は落ち着くらしい。
琉太は振り返り、時計を見て、ため息をつく。
「もう遅いし、今日はここで休め。君はソファーでいいか?」
「全く問題ない。我のベッドより気持ちいいぞ」
魔王は即答し、再びソファーへ腰を下ろした。ごそごそとマントを直し、背もたれに身を預ける。
「……勇者」
「ん?」
「今日は、世話になった」
魔王は視線を逸らし、ぼそりと言った。
「知らぬ世界で、我を泊めてくれたからな。敵であった我を、だ」
琉太は少し驚いたが、肩をすくめた。
「我を他人扱いしてコンビニを切り抜けたであろうに」
世界を脅かしていた魔王がとても弱く、子供のように見える。琉太には自分頼りの哀れな魔王が可愛らしく見えた。
「放っておけなかっただけだよ。それに……」
言いかけてやめる。
「もう寝よう。続きは明日だ」
魔王は小さく頷き、ソファーで横になる。ふかふかな枕に、角が少し沈んだ。
「……この世界、悪くないな」
そう呟くと、魔王はすぐに寝息を立て始めた。
毛布を掛けてあげると、琉太は電気を消し、暗がりの中でその寝顔を一度だけ見てから、静かにベッドへ向かった。
戦うはずだった存在が、今は同じ屋根の下で眠っている。その事実を噛みしめながら。




