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1「デスティニーを捨てたい!」

 魔王と勇者の存在は異世界にはつきものだ。そしてこの世界もまた、魔王を倒すために勇者が必要とされていた。この世界に召喚されたのは平社員。彼の周りに対する日ごろの優しさ故、勇者適正とみなされ、ある日突然異世界に転移されてしまった。

 

 いくら勇者として召喚され、女神からは勇者の力を、王からは伝説の鎧と剣を授かっても、知らないところで生き抜くのは困難であった。何よりも会社に遅刻しそうで走るとき以外全く運動をしないサラリーマンだ。

 

 勇者は転生先の世界では、赤ん坊とさほど変わらない。勇者は魔王を倒しに行くどころか、新しい世界の常識を学んでいた。

 だが女神からの支援もあり、勇者は力の使い方を身に着けて行った。仲間も集め、途中盗賊などに一度身ぐるみを剥がされたものの、順調に力を付けた。

 そんな彼はのちに英雄とうたわれる、「勇者リュータ」となるのだった。


 ▼▲▼▲▼▲


 異世界に来てから二年半、勇者はようやく魔王のいるところまでやって来た。

 決戦場所となったのは四方500キロメートルに村ひとつない荒れた大地。地平線には枯れた木が一、二本見える。

 

 勇者たちの前に立つのは美しいと言わざるを得ない女魔王。彼女の凛とした姿は、漫画などで敵がかっこよすぎて応援したくなってしまう現象を引き起こすほどのものだった。

 黒い髪に二本の白い角。金色の目が曇り空で暗い中猫の目のように光る。毛皮のマントを羽織り、軽そうな銀の鎧を身に着けている。腰には鞘にしまわれた剣が今にも抜かれたがっている。

 

「ま、魔王……」

 

 なんて美人なんだわ、王国のお姫様より綺麗なんじゃないかしら!とでも言うように勇者の仲間の魔法使いは魔王を観察した。

 勇者もまた自分がこれから倒さなければならない女性の魅力に惹かれ、動けぬ状態であった。

「ち、違う。これはきっと淫魔のような魅了だ!魔王め、そんな手には引っかからないぞ!」と魔王からの魅了の術を警戒する勇者であったが……二十メートル先、魔王本人も見とれていた。

 

「ああ勇者よ、なんと美しいお方だ」

 

 魔王はこれまで数々の格闘家に挑まれてきたが、相手に心が揺らいだのは初めてのことであった。

 世界一美しい勇者だ。

 世界一美しい魔王だ。

 ふたりの思考が一致する。「なぜ俺たちは・私たちは戦う運命でなくてはならないのだ?」と。

 男は男だ。道で歩いていて可愛い子がいたらこっそり振り返る。勇者は魔王を美人と認めたが、それだけのことだ。

 魔王は違う。彼女はこのとき、完全に勇者に惚れていた。頭の中は勇者との決闘ではなく、教会に金の鐘、白いスーツを着た勇者に白いドレスを着た魔王。結婚式の妄想が浮かんでいた。

 両サイド誰も武器を構えないまま数分が過ぎた。

 その時間もあってか、ふたりは頭を冷やした。

 彼は勇者であり、彼女は魔王である。

 勇者は魔王を討つデスティニーであり、魔王は勇者を止め、世界を支配するデスティニー。

 勇者の中でひとつの記憶が再生される。王との記憶だ。


 

 『――――

「勇者よ、人間と魔族は共存できない。魔族の男と恋に落ちた人間の娘の話を知っているか?」

 

 豪華なローブを着た王様が頭の王冠を手で押さえながら赤いカーペットのしかれた階段を下りる。

 

「いえ……」


 と勇者が言うと、王はあたかも当事者のように事件を語った。


 「ふたりは世間から批判を向けられた。言葉で刺され、石を投げられた。魔族の彼は彼女を守ったが、彼と彼女の親族は守り切れず、一人残らず殺されてしまったのじゃ」

 

 王様は悲しそうに語り続ける。勇者にも同じ道を辿ってほしくないかのように。


 「ふたりは山奥に逃げ、そこで暮らした。じゃがやはり魔族は魔族。最後には彼自身が彼女を殺してしまった」


 そしてすかさず女神にも言われたことが耳の中で唸る。


 「リュータ、この世界では人間と魔族は決して共存できないのよ。それで世界は成り立っている。ルールなのよ、私にも破れないくらい強力な……」

 

 思い返してみれば魔王に比べて女神は率直に言えば美人ではないが、女神は女神だ。話はきちんと聞いておくべきだろう。

 ――――』


 三十分間、誰も動きやしなかった。

 しかし、ついに魔王が勇者に一言。


 「終わらせようではないか」

 

 これに勇者は剣を抜き、魔王に答える。


 「手を抜かず、正々堂々といこう。これが本番だ」

 

 静かだった大地に激しい決闘の音が流れる。魔法の爆破音、金属のぶつかる音。

 曇り空からはやがて雨も降りだし、嵐となった。雷もなっている。

 

「勇者いまよ!」

 

 仲間との連携を見せ、勇者は魔王を下がらせた。


「やるではないか。私に跪かせたのは貴様らが初めてだ」

 

 魔法は反撃を始める。動きが速くなり、勇者と仲間たちは四対一にもかかわらず圧倒される。

 が、勇者も後れを取ってはいられない。音ゲーをやる時よりも感覚を研ぎ澄まし、魔王の攻撃をかわした。残りの三人の援護により魔王の攻撃を食い止める。

 勇者が剣を振り上げる。

 魔王は屈んで避け、勇者に蹴りを入れようとする。

 そこに戦士が入って攻撃を流す。

 魔法使いが上から上級魔法を放つ。

 魔王は腕を空に上げ、自身の魔力で相殺。

 

「くっ、速い!」

 

 片腕が魔法を放っていても魔王は反対の腕で攻撃を続ける。

 勇者は何とかよけ、戦士は盾でガード。

 魔王は飛び上がり、魔法使いを地面にたたき落とす。

 勇者は戦士の盾を踏み台にし、背中を見せた魔王を斬る。

 魔王は地面に落ちるが、受け身を取る。

 

「さすが勇者だ」

 

 魔王は言うが、勇者も同じくらいボロボロだ。

 勇者は生命力が高いが、他の三人はそうでない。

 それに魔王は時間も立てば再生できる能力を持っているので、長期戦になったら不利だ。

 そう考えた勇者は次の魔王の攻撃をぎりぎり回避し、いったん遠ざかった。

 「こうなったらあれしかない。魔王もだいぶ疲れてきているはずだ!」と勇者は思い、仲間を集める。

 女神から伝授された究極の術。1回限りのものだ。

 

「魔王、これで終わりだ!」

 

 それだけ言うと、勇者たちは術式を発動させた。

 眩い光の柱が魔王を飲み込む。

 あたりの大地は崩れ始め、地面が割れる。

 勇者たちも避難し、光が大地を飲み込むのを見届けた。

 そして光とともに嵐は止み、晴天になった。

 魔王の気配も消え、跡形もなくなっていた。

 

「やったよ、勇者!」

 

 仲間たちの喜びの叫びが聞こえる。

 魔王に勝った。世界を救った。

 なのになぜか勝った気がしなかった。

 

 王国に戻り、記憶の魔王と比べたら突出した美貌ではないがだけれど、女神よりは可愛い姫が頬にキスをしてくれて、王都でお祭り。とことん祝われたものの、勇者の胸はどこかモヤついていた。

 彼は忘れて楽しもうとしたが、どうしてもできなかった。

 魔王に恋してはいけない。恋できない。

 もうこの世にいないのだから。

 世界の平和が戻っても、勇者の心はそうでなかった。

 

 元気のない毎日、旅仲間はそれぞれ別れ、自分たちの人生を再び歩みだした。

 微妙に可愛い姫は帝国のイケメンと結婚してしまった。

 異世界に来た時はいいなと思っていた姫だが、魔王のせいで勇者の美人の感覚が狂ってしまった。

「俺の前でいちゃつきやがって!世界なんて救わなきゃよかった!」と勇者はたびたび思った。

 魔王を倒してから三ヵ月、神々しさの割には現実的な顔立ちの女神が迎えに来た。

「神様補正が切れると辛いな」と思った勇者の内心を読んだのか、帰りたくないと言った勇者が翌日獣人の娘に告白されている真っ最中に元の世界に転生させ、もちろん力、装備などはすべて取り上げた。


 ▼▲▼▲▼▲

 

 元勇者リュータ、本名「孤住(こすみ)琉太(りゅうた)」は裸でアパートのベッドで寝ていた。精神的疲労でベッドから起き上がりたくないものの、彼は気づいた。

 

「おいおいおい、俺三年近く仕事行ってないぞ?!オワッタ、オワッタ、マジでオワッター」

 

 そう言ってベッドから跳ね上がり、枕もとのスマホを手に取る。

 電源を押してもつかなかった。

 

「マジでオワッタ――」

 

 スマホを充電器に刺す。

 彼は布団をひっくり返し、枕をひっくり返し、目覚まし時計を手に取った。

 

「ん?五十日しか経ってないぞ?」

 

 二年と九ヵ月彼は会社に行かなかった。そして家賃もこの間彼の銀行口座から自動的に払われていた。しかし時計を見ると五十日しか経っていない。彼は目を疑い、スマホの充電を待った。

 

「壊れてんじゃあないだろうな?」

 

 ピロン、スマホが光る。

 

「キタキタキタァ!ガチで五十日しか経ってないぞ!」

 

 早速彼は会社に電話した。

 上司は彼の声を聞いて驚いたが、確かに五十日のようなリアクションで、三年近くのものではない。

 

「本当ですか?!ありがとうございます!」

 

 スマホを耳に押し当てる。

 

「はい。はい、すみません。はい。失礼します!」

 

 ……

 

 有休が全て消えた。

 

「オワター有休ないし、出社したら殺されるー。でもなぜかクビになってないぞ、よっしゃー!」

 

 彼は感情の上下に突かれてしまい、またベッドに横たわった。

 二年と九ヵ月、これは約千日間である。異世界で過ごした千日がこちらでたったの五十になっていたということは、時間が止まっていた、又は時間の進み方が違うということだ。進み方が違うという説の方が有力だろう。

 もしそうならばあちらの世界はこちらより二十倍もの速さで進んでいる。一時間半ほど待てば、異世界では丸一日たっているということだ。

 

 それから数日、琉太は元の世界での暮らしを再開した。

 

 ▼▲▼▲▼▲

 

 ピピピピッ!

 ピピピピッ!

 ピピピピッ!

 ピッ!

 

「びっくりしたー!」

 

 しばらく使っていなかった目覚まし時計、それは初めて使う時のように効いた。

 琉太はベッドから跳ね上がり、スーツを着るのに手こずると満員電車に揺られながら会社へ向かった。

 めんどくさいと思っていたことが懐かしく感じた。

 会社への道を忘れ、琉太は携帯を取り出した。

 

「スマホってこんなに重かったんだな」

 

 と改めて実感した彼は途中で信号無視をしてしまったり自転車とぶつかりそうになったものの、十分の遅れで会社に到着することができた。

 ついて早々、上司にはとことん怒鳴られた。五十日(仕事のない土曜日、日曜日、祝日も含む)も休めば当然の反応だ。むしろ優しいまである。

 上司は全てを吐き切るといったん座り、落ち着いた口調に戻った。

 

「まあ、これまでお前は一度も有休を使わなかった。若者なのにうちで働き始めてから一度も使っていない。バリバリ働いてくれていたし、社員からの評判も高い」

 

 彼はコーヒーを一口飲むとネクタイを直し、僕を椅子から見上げた。

 

「連絡もなく、このような事態になったのは理由があるんだな?」

 

「ええ、まあ……」

 

 琉太はどう伝えるか迷った。「勇者として異世界に召喚され、魔王を倒してきました!」などと言えるものか。そんなことを言ったら本当にクビになってしまう。

 

「いやぁ、ちょっと事情があるんですけど……その、ええっと、」

 

 時間を稼ぐように琉太は話した。

 

「まあいい。一人暮らしなんだろう?無理に言う必要はないさ」

 

 上司はそう言うと琉太に仕事へ戻るよう手を仰いだ。

 椅子に座り、琉太はパソコンにカタカタと打ち始めた。

 忘れっぽい自分が運よくパスワードを机の裏にメモ書きしてあり、ペンを落としたときに偶然見つけた。

 

「これどうすりゃいいんだ?」

 

 今までならば数秒で解決した問題に手こずる。

 悩んでいた彼は隣からポンポンと肩をたたかれた。

 

「はい?」

 

 横に座る人を見るとそれは胡桃色の髪の女性社員だった。首からぶら下がる名刺に名前が書いてある。

 読んでいる間、カードが揺れていることに気づき、カードから視線をずらすとずっと彼女の胸元を見ていたと気づき、頭を上げる。

 ばれていないのか、後で社会的抹消されるのか分からないような笑みを浮かべていた。

 

「先輩、どうしたんですか?それ孤住先輩が教えてくれたトリックじゃないですか」

 

 そう言うと堀下冴美という名の女は席を立ち、琉太のパソコンをいじり、問題を解消した。

 

「どうも……」

 

 顔と名前は見たことある気がするのにどうしても思い出せない。

 

 その後の昼休憩、見覚えのある同僚がふたり迫って来た。

 

「おい琉太、冴美ちゃんとできてんのか?抜け駆けしてんの?」

 

 と一人が言う。

 

「そうです。僕たちのアイドル冴美たんとあんな風に!」

 

 ともう一人。

 

 どうやら先ほど助けていただいた彼女は会社一の美女で一年下の後輩らしい。

 以前の琉太ならば彼女に惚れていたであろう。このふたり、そして残りの男性社員のように。

 しかしどうしてか最も美しいと謳われる彼女を見てもなんとも思わない。確かにきれいな顔立ちをしているが、ギフトショップでわりと可愛いキーホルダーを見つけたような、特に胸の高鳴りはない。

 

 午後はなれない作業で進まず、久しぶりの重労働で効率が下がりまくっていた。琉太は残業し、夜遅く帰ることとなった。


 時刻は十時を過ぎ、琉太は家の最寄駅に着いた。

 ふらつく足で夜道を歩き、誰もいない裏道を通る。見覚えのある公園、そしてよく行くコンビニもある。

 琉太は財布の中身を確認すると、百円玉を取り出した。

 

「すげー、円だ」

 

 そして財布に戻した。

 彼はクレジットカードを取り出す。

 

「すげー、クレジットカードだ。なんでも買えちまうぞ」

 

 そして財布にしまった。

 

「うーん、おなかすいたし、ガスコンロ使うの怖いからコンビニ弁当でも買おうかな」

 

 とひとりでに呟いた彼は自動ドアが開くのを最後まで見届けてから店に入った。

 

「やっぱりすごいな……」

 

 コンビニの奥まで行き、サンドイッチやおにぎり、様々なものを少しづつ棚から取った。

 レジに行き、カウンターに商品を置く。

 

「今度こそはちゃんとやるぞ!」

 

 レジの後ろから聞き覚えのある声が。しかし比較的最近聞いた声だ。

 

 琉太の前に立っていたのはコンビニのユニフォームを着た女性。

 黒い髪に二本の白い角。そして金色に光る眼と合わせて、世界一と言えるほどの美貌。

 コンビニで働いていたのは女魔王だった。

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