28・咲月をその気にさせる!
新釈ピュグマリオン・28
『咲月をその気にさせる!』
花曇りの藤棚は、程よく二人の少女の世界を包み込んでいた。
「人間やって失敗した後悔より、やらずに諦めた後悔の方が大きいっていうよ」
「でも、わたしは、もうやって失敗したんだよ」
「一回の失敗では完全な失敗とは言えないわよ」
「そっかなあ……」
「そうだよ、咲月ちゃんは、現に二回目の二年生をやってるじゃない!」
「それは……」
「別だって言いたいんだろうけど、あたしから見ればいっしょだな」
「どういうこと?」
「うーん、いっしょっていうよりは、中途半端。落第までして学校続けようっていうのは、負けたくないっていう気持ちからでしょ。でも、それだけじゃ誰も評価しないし、咲月ちゃんだって、我慢してるだけじゃない。でしょ?」
降り出した小雨を避けるように、一匹のチョウチョが藤棚に入ってきた。咲月は、そのチョウチョを目の端に入れながら考えた。
「今は我慢するときだと思うの。少し雨宿りしたら、新しい晴れ間も見えてくるんじゃなかな……って」
「卒業まで雨降りだったら、ずっと雨宿りだよ。少々の雨だったら、飛び出してみたほうがいいんじゃないかな」
「……どうだろ」
その時、もう一匹のチョウチョが藤棚の中に入ってきた。
「AKPのオーディションて、春と秋にあるんだよね」
栞は無遠慮に、咲月の顔を覗き込んで言った。
「うん、春と秋……」
「もう一回やってみようよ。このままじゃ、みんな咲月ちゃんのこと、意地を張った負け犬としか見ないよ。言い方悪いけど落ちるとこまで落ちたんだ。もっかいやって失敗しても同じ。リトライしたらチャンスはある……買わない宝くじは、絶対に当たらないから」
「ハハ、わたしの合格率って宝くじ並?」
「そう。でも栞から買った宝くじは、よく当たるんだよ。さあ、買いな!」
もう栞の顔は、咲月の鼻先まで近づいていた。
「分かった分かった。それ以上近づいたらキスされそうだ!」
「あ、ああ、ごめん咲月ちゃん」
「その代り、条件が一個」
「なに、まさか、あたしにいっしょに受けろっていうんじゃないでしょうね?」
「それはないよ。栞ちゃんの目的は、もっと別なところにありそうだから」
「じゃ……?」
「わたしのこと、ちゃん付けで呼ばないでくれる。わたしも栞って呼ぶから」
「あ、なんだ。あたし、ちゃん付けで呼んでたんだ。オーシ、咲月まかしとけ!」
こうして、栞は咲月にコペルニクス的な変心をさせることに成功した。
二匹のチョウチョは、まだ小雨の中、藤棚から外へ飛び立っていった……。




