27・水分咲月の心象風景
新釈ピュグマリオン・27
『水分咲月の心象風景』
「あの子には、そんな秘密があったんだ……」
その日の夕飯のときに、栞は颯太に咲月の話をした。
夕飯と言っても、ス-パーのお惣菜を適当に買ってきて並べたものだ。
「ちょっと塩分多すぎだな……」
メンチカツを齧りながら、独り言のように栞が言う。
「しかたないよ、スーパーのお惣菜なんだから」
ついこないだまでは、栞が料理していたが、帰り道がアパートの近くというクラスメートができて、うかつに食材を買いにスーパーに寄れなくなったのだ。
学校では、大家のジイサンの孫で鈴木栞ということになっているが、実際は美術の非常勤講師立風颯太の妹(実際は、颯太が命を吹き込んだ人形だが)である。
友だちにアパートに帰る姿を見られたら、直ぐに美術の先生と同棲している、いけなくも羨ましいかもしれない存在として噂が広まってしまう。
で、栞はスーパーには寄らずにいったん大家の家に入り、持ち込んだ私服に着替えてアパートに戻る。
「いっそ、額面通りうちで暮らせばいいのに」
大家の鈴木爺ちゃんは言う。
「でも、あたしたち兄妹だから」
そう言って、つまらなさそうな顔をする爺ちゃんには気づかないふりをしている。
で、ここのところ晩御飯は颯太の担当になっていた。
「実は、初めての授業で、こんなものを書かせたんだ」
そう言って颯太が見せたのは、四つ切の画用紙に書かせた一本の樹だった。
「みんなの個性を知りたいって言ってな。一本の樹を描かせる。背景に地平線を入れることだけが条件。栞もやってみな」
「……で、なにが分かるの?」
「描きあがってのお楽しみ」
その間に、颯太は暖かいお茶を入れる。颯太がまともに作れる飲食物はこれだけだ。
「描けた!」
「ちょうど標準的な描き方だな。一番重要なのは地平線の位置。真ん中に引くやつは理性と感情のバランスがとれている。まあ、ほどほどに地面に足のついた夢を持っている。栞はそういう気質だ。樹の幹、緑の葉っぱもほどほどだ」
「ふーん、そうなんだ。で、咲月ちゃんのは?」
「これだ」
咲月のそれは、地平線が低く空の広がりが大きい。樹の幹は細いが葉っぱの部分は大きい。ただし、葉っぱのほとんどが枯れかけている。
「春なのに秋の風景だ」
「もともとは、夢の大きな子だ。でも、障害があって挫折しかけている。栞は、言いもしないのに周りに花とか描いてるだろう。協調性と親和性が強い証拠だ。栞については安心した」
「咲月ちゃんは?」
「うーん……孤独で、その割に夢が大きい……大きかった。夢が枯れかけてる」
そこにノックの音がしてお隣のセラさんが顔を出した。
「ちょっとお客さんといっしょに旅行に行くから、しばらく留守にしますので……あら、御絵描きしてんの?」
興味を持ったセラさんは、一気に絵を描き上げた。栞と同じくバランスのとれた絵だった。ただ色彩と勢いは、栞の何倍も力強かった。
「ふーん、そうなんだ」
分析を聞くと、鼻歌と共に出かけていった。気の置けないお隣さんだ。
「あたし、ちょっと咲月ちゃんと話してみる」
「うん、それがいいな。あの子には心を開いて話せる友達が必要だ」
「分かった」
もう栞には、咲月に何を話すべきか決まっていた。
そして、この心理分析の絵の意味も初めから知っていた。だから颯太が一番気に入るものを描いた。
本心から描いたら、もっと別な絵になっていた。




