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だいぶ残暑の影響も薄まり、様々な会社の第2四半期決算発表に関する情報が出始めた頃、村山から調査部から上がってきた情報の報告を受けた。
「以前、浩さんから受けました依頼について報告いたします」
「お願いします」
「結論から言うと教団支部長の独断に近い形です。中央のサポートは受けている様ですが中央は正直乗り気では無いようです」
「可能ならやれ。程度の物なのかい?」
「はい。どうやらその程度です。理由としては教団の教義的に労働自体は美徳なのですが金融という業界にあまり乗り気では無いからです」
それについては思い当たる事がある。
なにも知らない連中からみたら何も生産せず、ただ金を動かすだけで簡単に金を稼ぐ連中という評価なのだろうな。
実際にはこうして金を動かす人間が居なければ経済は回らないし、こちらも顧客から多額の金を預かるというのはかなりのプレッシャーがある。決して楽な仕事では無い。というのがこの世界を勉強しての金融に対する評価だ。
もともと、基督教は金融については嫌っていたと記憶している。それがもとで西欧の金融がユダヤ教徒に握られた歴史背景もある。
なんだかんだ言っても彼らは基督教系の分派だ。
「それが清貧を美徳とする教義から外れているので広告塔としてはそれほど良い案件では無いというのが中央の意見の様です」
「彼ら宗教団体が清貧を決まって教義とするのは、働いて得た金を自身の為に使わせず、寄付させる為なんだけどな」
とうんざりしつつ皮肉を言う。皮肉ではあるがこれが自分の宗教感である。八百万や世界にある自然信仰は認めてもこの手の宗教は生理的に好きにはなれない。
歴史物が好きな自分にとって一神教の宗教の独善性と残虐性には嫌悪感を抱いているくらいだ。
もし、ローマが基督教を国教にしていなかったら、産業革命はもっと早く到来していたと思っている。
富を独占していたのは昔から『貴族』と『寺院』と言ってたのは銀〇伝だっけ…。
「窘めさせていただきますが、人それぞれ幸福の価値観は違いますよ。相対的な価値観を持つ人もいれば絶対的な価値観を持つ人もいるのです」
あくまで敵を作らない大人の対応としての考え方を教えてくるが村山の表情を見る限り、自分の意見を否定はしてはいないらしい。
「支部長としては、中央の考えは古く、今はこういった職も十分宣伝になると押しているそうです」
ふむ、という事は、人となりは宗教家というより、こちら側の考えに近いところが有るという事なのかな?思った事がつい口からでる。
彼には教義一辺倒ではなく、現在の社会における現実が見えている。
今は、金融業が世界の富をもっとも増やしている業界だ。この世界で富と名声を得たい人間はいくらでもいるだろう。
また、この世界で名声を得ようとしている人間はエリートが多い。
「浩さんには、その質問に答える必要は無いでしょう」と今度は村山が皮肉めいた笑みを返す。
「ああ、その通りだ。この人となりは、かなり有益な情報だと思う」
と笑う。
一呼吸おいて村山に訪ねる。
「その支部長の個人情報はどこまで調べてある?」
村山が調査書の前の方のページに戻って読み上げる。
『巌佳孝 四一歳 親子二代の信者です。地元の高校を上位で卒業した後に都内の私立大学の経済学部に進学しています。学費は自身で工面しています。大学を卒業後大手保険会社に就職し、その四年後退社、それから教団の今の支部で寄付金を管理管轄する部署で順調に出世していきます。支部長になったのは一昨年の七月の中央人事からです』
それを聞いた後に村山から調査書を受け取り自分の目も通して見る。情報は時系列まで詳細に記しており、それから色々な事が読み取れた。
なるほどね。「プライドの高い人間の経歴だ」と口に出す。
村山が疑問を表情に出してきたので説明をしといておこう。
「ああ、どうしてそう思ったかというとね。この教団の人間は子供を教団創設の大学へ入れようとする。しかし彼は親の期待を裏切り教団が創設した大学へは進まなかった。一般的な経済力の家庭に有りながら学費を自分で工面していることからそれが分かる。この教団創設の大学は他の私大と比べても偏差値は高い方では無い。自分の成績で進学する様な器の大学では無いと思ったからだ。その後、卒業した先は保険会社の業界大手だ。つい最近までフリーターで保険に入る当ても無かった俺でも知っている会社だ。そこを辞めてまで、ただの信者では無く巨大教団の運営に係ろうと内部に入った。そのまま会社で出世しても動かせる人間はせいぜい数千人だからね。彼は常に満足してないんだ。そして教団で彼は能力を十分に発揮した。教団の大学を出ずに30代で支部長というのは前例は無い」
と出来る限り思った事を細かく伝えてやる。
「成程、この資料からそこまで読み取れるのですか。慧さんもそういったところがありましたがそれがゲームブックの力なのですか?」
「まぁね。有る程度の洞察力も必要だとは思うが」
村山がため息をつく。
「私では出来なかったでしょうね。慧さんの変わりは…」
「いやあなたも十分優秀だよ。秘書としてあなたの働きは非の打ちどころがない」
両手を挙げて外人のようなジェスチャーをつけ、他に秘書なんて知らないけど。と付け加える。
それに対し、「ありがとうございます」と村山が笑う。
ある程度、報告書の説明を受け、空気も弛緩したこともあり、一息つきたくなり、以前、机にしまっていた煙草を引き出しから取り出す。
ふむ。
「村山さん、この調査書を読む限り、ここの調査部は言われていた通りかなり優秀ですね」
「えぇ、若干癖はありますがこう言った事に関しては市井の興信所や探偵に引けを取らないと思います。実は部の体裁をとっていますが実際に動いているのは一人だけです」
取り出した煙草に火をつけ、軽く肺に巡らす。
「どんな人物なんだい?」
「慧さんの奨学金プログラムの第一期生で東工大に進学した後、二年時で中退。希望してこの会社に入社しました。専攻は機械工学で語学にも優れ、成績は優秀だったそうです。私や慧さんと同じ施設を出ています。性格としては好奇心旺盛で、砕けた言い方をすれば少々やんちゃなところがまだあります」
なかなか表現に苦労しながらの説明だ。
「奨学金第一期生が中退されちゃたまらないな」
「ええ、何せ自由奔放な性格なものでして」
村山は苦笑いしながら答えた
「名前は?」
「上條千尋と言います」
「名前は覚えておきます。上條君に伝えておいてください。好奇心は猫をも殺すと」
「伝えておきます」
村山は少し苦笑いを交えつつそう答えた。
「欲しい情報は色々集まりましたが、調査はまだ続けていてください。情報は多ければ多いほど今回は良い。特にこれといった事は指定しません」
この言葉に村山は静かに頷く。
「こちらでも色々考えてみますので今日の処は結構です。明後日が新しい投資案件の日でしたっけ?そちらを詰めておいてください。教団に関する案件についてはしばらく村山さんのプライオリティーを下げて貰っても構いません」
「分かりました。ではコーヒーを一杯入れさしていただいたら下がらせていただきます」
「ありがとう」
コーヒーを入れ終わり村山が退出した。
さて、有る程度彼については信用させる事ができたかなと思う。
先ほど村山が読み上げた資料をもう一度めくり目を通す。巌佳孝か、さっきは村山にあのように説明したがもう少し彼の本音が欲しい。彼が教団の教義に反してまで慧を取り込もうとする動機について、まだ判断をかけるには情報が足りない。もしこの件で、教団中央のご機嫌を損ねる事があれば、まだ中央に入り切れていない状況では彼もリスクを背負っているはずだ。それだけに彼も十分な下準備をして、この会社への取り込みを時間をかけてやってきた。彼は彼でタイムリーな案件だったこの会社の株に関する情報を得るための良い耳を持っている。
彼を相手取るのに、この会社の調査部も想像以上に優秀なようだが多少かぶってもこの件は情報は多角的な方が良い。ただ、外側からは調査部に期待するとしても、出来れば彼がそうした様に相手組織に入り込んでの内部情報が欲しい。情報を得るには今の自分には慧の会社の調査部と、インターネット。それと、
「…あの人に頼るしかないか」
自分しかいない部屋で独白した。正直気は進まない。




