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Game book  作者: 糸川 公
6/11

5

ここから浩視点です。

「それで、双子の弟の代わりにコウが緊急登板かい?甲子園でも目指すがいいさ」

 

目の前に居る女性がパソコンのモニターから振り返り面白そうに笑う。


「その時はミナミちゃんは私だ」


「黙れ!」


薦められたソファーに座りながら盛大に突っ込んでやった。

要りませんよ。星屑ロンリネスだったっけ。


「しかし今時、双子の入れ替わりなんてやり尽くされた感はぬぐえないね。それこそ漫画ではないけど」


「まぁしょうがないです。弟がそれを望んで俺がそれを受けた。それでもう走るしかない」


「良いよ。協力するし、助言もする。コウの望む事は私はなんでもする」


「…助かるよ。瑞希」


「ただし、その…はしゃ、挟んでくれとかは物理的に無理なんだ。ゴメン…」


「噛むくらい屈辱で恥ずかしいならそういうボケはやめとけ」

 

まぁ瑞希さんスレンダーで綺麗なスタイルだけど一部控えめだしな。と改めて目の前の女性を見る。

 視線に気づいたのか複雑な表情をみせる。


「君に見られるのは嬉しいけど、話の流れから、今見られるのは正直恥ずかしい。一回、寄せてあげるやつも試してみたけど背中からもお腹からも脂肪は集められなかったんだ」


うん、今話したいのはそんな事じゃないんだ。


「今、瑞希に求めているのはそういう事じゃ無くて、資産運用とかそういった事の知識なんです」


今までも色々教えて貰っていたけど殆ど何にも知識の無い今のままじゃ慧の変わりは務まらないし。正直頼れるのは瑞希しか居ないとこちらの要求を伝える。


「じゃあ、いつになったらそういった事を求めてくれるんだい?君に求婚したのは一度や二度ではないんだよ」


意地悪な笑いを浮かべ瑞希さんはそう言った。 うん。完全におちょくられている。


「それに私が投資について教えられるのは基礎的な事だけだよ?専門家がいろいろ専門知識をもとに情報を分析して投資しているのとは違う。私は最初から答えをカンニングしているだけのインサイダーなのだから」


瑞希さんは今度は真面目な顔をして言う。


「うん。瑞希はそう言うと思った。こっちが何か質問した時に答えられる範囲でアイデアと知識をくれたらそれで十分です」


「そうか、ベッドの上での事なら、私の現役時代に培った全ての技術を教えてあげても良いと思っているのに」


 と残念そうに言うが、こっちは反応に困る。まぁ受け流すしかない。


「いや、そういうのはいい。これから瑞希のところに来る回数は増えるけど邪魔になりません?」


 と極力表情を変えずに言葉を返す。


「君が来てくれるのを邪魔だなんて思わない。なんなら毎日来てもらっても構わないよ」


 と瑞希さんは嬉しそうに言った。


「ありがとう。助かります」


「いや、むしろ一緒に住もう。やはり同棲から始めるのは大事なことだ。一緒に暮らす事でますます君好みの女になってみせる!」


…暴走し始めた…


慧のマンションに住むので住まいの心配はいりません。 とキッパリ拒否すると瑞希さんが心から残念だという表情を作る。


「君はもう少し私の気持ちを酌んで欲しい。これでも、結構本心から望んでいるんだよ」


「気持ちは嬉しいけど、そう言った事はまだ考えられませんので…」


 瑞希さんは顔を俯かせて言う。


「やはり、私が元売春婦という汚れた過去を君は気にしているのかい?」


「いや、瑞希の事を汚れているだなんて思っていません。国によっては認められた職ですし。何より汚れているのは俺の方です。人を殺した様な人間ですからね。人殺しを認めた国はありません」


「いや、売春だって罪深い業さ、それでソドムとゴモラは神の雷で焼かれた」


「あれは頽廃や同性愛、強姦なんかも原因だったはずです。売春だけじゃ無い」



瑞希さんが思いつめた様に口ごもる。



「どうしました?」


「いや、君が慰めてくれようとしているのは分かる。だけど…」


「だけど?」





「実は私はボーイズラブもいけるクチで…」


「焼かれてしまえ!」




 腐ってたんですね瑞希さん…。


 桐原瑞希

1個上の施設の先輩。高校卒業後フリーの売春婦に。その後大会社の取締役が愛人兼上客となりその上客からもたらされる情報を元にインサイダーを覚える。20歳で「チーム」を組織し経済界のVIPに愛人の人材派遣を行いチームのメンバーから情報を引き出しそれをもとに投資している。24才で売春の現場を退く。以後トレーダー兼「チーム」運営に専念する。

この情報に俺は腐女子という新たな情報を付け足す。

…うん。だれも得をしない。


中学を卒業して施設を出て数年たった19歳の時に、身元保証人である施設の院長の紹介で俺は瑞希さんと縁を持った。正確には、施設にいたときから顔は知っていたが直接話した事は記憶に無かった。その後様々なこともあったがこの縁は継続している。

何故かこの人は俺に求婚してくる。どうやら本気らしいが、今の自分にそれを受ける器量が無いのではぐらかしている。

 今回の事があって頼る先はこの人しか居ないと思った。トレーダーとして生き(副業?もあるが)その道に詳しく、自分の味方であると信じられる人間は今の自分にそう多くは居ない。慧の専属の秘書、村山といったか、面識がほぼあの一件しかない様な状態では信用するにはリスキーだ。慧の話だと会社内部にすでに教団の人間が浸透している様だし、用心はしといてし過ぎると言う事は無いだろう。

 とりあえずここで今日瑞希さんの部屋に来た目的に入る。



「それで早速ですが、投資について基本的ないくつかの事を聞かせてください」


「ああ、私の分かる範囲でね」


 と瑞希さんが笑顔で答える。


「まずは基本的な事で、株価というのはどういった時に大きく変化するものなんです?」


「本当に基礎的な質問だね。浩はポリンジャーバンドって知っているかい?」


 わかりませんと素直に答える。


「ポリンジャーバンドというのは統計学の教える株価が取り得る可能性の高い値幅を言う。だいたい値動きというのはこのポリンジャーバンドの内側に収まる。上がるも下がるもね。ちなみにポリンジャーバンドの範囲は平均値の±2標準偏差(シグマ)だよ」


それを外れるような値動きをしたときに、上げなら上げ、下げなら下げが加速する。と瑞希さんは付け足す。


「君が知りたいのはこのポリンジャーバンドを外れるような原因だね?」


 瑞希さんのその言葉に頷く。ただ、


「そこまでいかなくとも、値が動く要因も訊きたいと思っています」


 情報は多いほど良いし、そういった値動きをする事が毎日の様に有るわけではないだろう。


「堅実な君らしいね。では値動きが小さい物から順に話してあげよう。ひとつはその会社の業績が発表されたときだ。これは年に4回程ある。3か月に一回、4半期ごとだ。これの発表によって好業績なら上がるし、悪ければ下がる。これは理解できるね?」


 これは理解しやすく頷く。


「ただ、これは投資家は予想しやすいんだ。景気や原材料費、為替なんかで有る程度、発表されなくても分かる。だから場合によってはたいして値が動かない事もある」


好業績でも、期待よりも業績が下回っていたり、業績が悪くてもそれほど損失が無かったりした場合は株価のベクトルが逆に働く事も有りそうですね。と思った事を口に出すと、瑞希さんは笑顔で続けた。


「その通り。これについては投資家の期待値を大きく上下した場合と付け加えた方がよさそうだね。次に大規模な契約、取引が成立したと発表があった時だね。たとえば」


 瑞希さんがモニターを操作し有名な重工を指さす。確か明治期に操業し、大正期の震災で復興に尽力した企業だ。



「まだ、未発表だけど、この会社は大型土木機械を中国の上海から受注した。シールドっていったかな?よく知らないけど」


 瑞希さんがチームから得た情報らしい。おそらく顧客の企業重役が漏らした情報だろう。


「こういった会社の規模からみても大規模な取引が成立した場合株価は上がる。でもご破算になれば逆に下がったりもする」


ちなみにこれの発表は3カ月後だよ。私はこの株をすでに買ったと瑞希さんは言う。こういったニュース的な情報はよく押さえておいたほうが良いらしい。


「さて、次からがポリンジャーバンドを外れる様な要因だ。浩はM&Aと言って分かるかい?」


 これに頷く。企業の買収・合併に関する事だ。慧との話題にも上げたがテレビ局とIT企業の一件以来、今日ではニュースでもよく聞く。


「例えば、平和的な合併の場合、株式の交換なんかで行うが、一方の株価が高くもう一方が安い場合、安い株が高い株と同じ価値を持つ事になり安い側の値段は大きく上がる。プレミアムがつくなんて言い方をするね」


 例えば1株1000円の会社と1株1300円の会社が株式の交換で合併を行った時、1株1000円の会社の株が1300円の価値を持つ事になるということか。と瑞希さんに答え合わせを求めたら笑顔で返された。どうやら合っているらしい。

ただし、1:1の割合での交換の場合ならと訂正を受け、係数がかかることも教わった。


「そして敵対的な買収での代表的なものがTOBだ。浩の事だ。これも分かるね」


「はい。株式の公開買い付けですね」


この時買い手側が公示する価格は現在の株価よりも価格を上乗せして行いますから当然対象となった企業の株価は上がると答えると、


良くできました。


と瑞希さんが頭を撫でてくる。教える側に回って完全に子供扱いを始めたらしい。乱暴にならない程度に払う。


「つれないなぁ、先生にたいしては素直になりましょうね浩君」


「頭を撫でられて喜ぶ25歳男性はいませんよ先生」


「こういったM&Aに関しては対等な合併もあれば子会社にする為の合併もあるから注意してね。場合によっては持っていた株が上場廃止になって売り買いが難しくなって値が下がったりするからね」


「完全子会社になると上場出来なくなるんでしたっけ?覚えておきます」


「さて上場廃止といえば企業の倒産だよ。有る意味これが一番値が動く。なにせ株の価値が0になるのだからね」


「そうなると大損ですね」


 そんな株に手を出していたらたまったもんじゃないと肩を竦める。

慧もあの力があっても会社として騙されたくらいだ。自分のような素人は注意はし過ぎたくらいが丁度良いくらいだろう。


「だけどこれでお金を稼ぐ事ができるんだ」


「それはどういった手法ですか?」


「空売りって手法があるんだ。元手は必要だけどいわゆる信用売買の一種でね、他から株を借りて、その株を売って金を受け取る。売ってしまった株は後で調達して借り手に返すという取引だ。株価が高い時にそれをやって安い時に買い直して返す。これの利ザヤで儲けるのだけど、もし買い直す時にその株価が0だったら大きく利益を得る事ができる。これが空売りだよ」


「つまり倒産する銘柄とそれがいつ倒産するかを知っていれば大きく儲ける事が出来ますね」


やるなら証券会社に信用取引口座が必要だけどね。と瑞希さんが付け足す。


「とりあえずこんなところで今日の瑞希先生の講義は終了しようかな」


「ありがとうございました。かなり有意義な話を訊けました」


そう言って瑞希さんに頭を下げる。

恐らく、本屋にでも行って株投資の本でも買ってネットで調べながらでもなんとかなったとは思うが、説明してもらいながら質問を交えての方が理解が早く助かる。

時々?脱線はご愛嬌か。


「それで、弟君の会社に出るのはいつからなんだい?」


 瑞希さんが質問をしてきた。


「明後日からです。そろそろ準備しなければいけません」


「しばらく君はここに通い詰めだったからね。今まで、なかなか会えなかったから嬉しかったよ」

 

「いや、出勤を始めてからも午前中はこちらにそれなりの頻度でこちらに通わせて貰うつもりです。都度いろいろ教えて貰う事がありそうですし」


それにしても。と前置いて瑞希さんが呟く。


「君が会社勤めとはね。想像できなかったよ。かなりイレギュラーな就職なのは君らしいとは思うがね」


これに苦笑しつつ同意する。


「ああ、俺も死ぬまでフリーターで生きていくと思っていましたよ」


正直、一生の内でまともな就職は諦めていたところだ。施設出身には周りから奇異の目がつきまとい、住居を構えるところから一苦労だった。

その上で昨今の不景気は追い打ちだ。

僅かな求人に何十倍の人間が応募する現在、自分が就職出来るとすれば、そんな状況でもだれも応募しない所謂ブラック企業だけだろうと思っている。


そんな、諦めの表情を浮かべた自分に対し、皮肉めいてはいるが綺麗な笑顔で瑞希さんが口を開く。


「君にはもう一つ道があるのを忘れて欲しくないな」



「ん?それは何です?」



瑞希さんは先ほどより皮肉の割合を強めてこう言った。


「私の旦那だよ」




「それは…考える時間をください…」


今は、考えられないし、慧の会社の事もある。

もし、そのことが片付いた後でも経済力が違い過ぎて、男の身としては少々情けない。

第一、この人と結婚して毎日が落ち着かない生活になるのが目に見えている。


「忘れないならここで君をこの話題から逃がしてあげる。それで君は今からどうするんだい?」


「とりあえず、髪を切って、慧のマンションに行くよ。そこで慧になりきる為の努力をした後、村山さん、慧の秘書に連絡をとります」


準備ができたらあの秘書に連絡を入れるよう言われている。

向こうは直ぐにでも会社の投資の事で、慧から受け継いだ能力を使って欲しいようだった。

まだ大丈夫とはぐらかし、少しでもまだ「浩」である時間が欲しかったのだ。

しかし、事前に話を通し、その時間も今日で終わりとなる。


「君のその無造作な髪を見るのも見おさめか。結構好きだったけどね」


「適当に切ってもらっていただけですよ。ワックスも使った事無いですしね」


「その秘書とは何を話すんだい?」


「定時連絡と先ほど話した件に関する相談、俺の出勤に関する要望と、準備しておいて欲しい物を伝えます」


「それを訊いても良いかい?」


「大した事では有りませんよ?さっき話した事が叶う様に出勤は午後からに、あと会社で用意された俺の部屋には灰皿を置いてくれと」



「まだ吸っていたのかい?君の吸っているところはかっこいいが出来ればやめて欲しいと思っているのだが」


「これぐらいしか、今の俺に贅沢は無いので。いずれやめるべき時が来たらやめますよ」


 それでは、そろそろ失礼します。株、頑張ってください。と一声かけて、ソファーから立ちあがった。

瑞希さんは軽く手で会釈した後に、パソコンのモニターと向き合った。




俺は瑞希さんの部屋を後にした。


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