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浩はしばらく黙りこんだ後、想定していた質問を重々しく口にした。
「今、慧に起きている危機とはなんだ?」
「少し前に、経済紙から取材を受けてインタビューを載せた。それが原因で性質の悪い連中に目をつけられた」
「商売敵か?」
「いや、『楽園の扉』という宗教団体だ。人より過酷な過去を持ちつつ一代、それも若くして成功した実業家、という事で僕を入信させて広告塔にしたいみたいだ」
「苦労した人間が神を信じる事で成功したって事にでもしたいのかい?」
すでに成功した人間を入信させて、それを広告塔にしようってのは順番が違うと浩は付け加えた。
「ああ、まさにそれさ。それプラス投資家として教団資産の運用を専属でさせたいらしい」
浩は顔を上に向けうんざりした様子でこちらの気持ちを慮ってか、重々しく口を開いた。
「ただ拒否すれば良いという話でもなさそうだな」
『楽園の扉』はある程度、世俗に疎くなければ知名度の高い宗教団体だ。元々、基督教のある宗派の分派で何代目かの教団代表の時、拡大の一途を辿った。信者の数とそれがもたらす財力は小さな国に匹敵すると言われ、国政においても少数だが議席を押さえた党が教団の代弁者として参加し、その議席を信者が支えている。一般の組織とは比較にならない程の巨大な組織だ。また訴訟の対象に上がる事も多く、寄付と称し財産の全てを奪い取られた上に多額の借金まで負わされた話も枚挙に暇がない。
浩もそれが分かっていてそう言った。
「ああ、まさに。とりあえず、やんわりと断る方向で相手幹部に話を通そうとしたんだが」
「一筋縄ではいかなそうだな」
「ああ、教団は僕個人が取りこめないと判断すると、どうしたと思う?」
浩はしばらく考えた後に寸分の違いもなくその答えを口にした。
「個人が取りこめないなら、その人物が所属している組織ごと奪う。取り込んだ後不必要な物を切り捨てる」
「そうだ、教団はそれを行なってきた。信者をうちの会社に就職させる。うちの社員を様々な手段を使って入信させる。そうやって徐々に浸透させてきた。そして一般社員・基幹職だけでなく取締役にまで食い込んできた。ここでさっきの話がここに繋がってくる」
浩は数秒考えた様子を見せた後に短く言葉を吐いた。
「株か?」
「そう、景気が持ち直して会社に内部留保が回復してきたことからその金を俺が持っていた自社株買いに充てた。元々僕が興した会社だけど、僕だけの力でどうにかなった訳じゃない。社員全体でここまで大きくしたのだからね。会社を100%僕の持ち物とするのは良くないと思っていた。それで力を使わずその判断を下した。それが裏目に出た」
「その株の情報を得て教団に横流しした信者がいたわけか」
発行済み株式の持った割合でその会社に対し株主の権利を行使できる。経営への口出し、議決権でさえも。
「現在会社持ち株会で約60%。30%は僕が押さえている事で幸い大規模では無いが、既に経営に一部口出しをされている。今、株式は非公開だが上場する流れを作ろうとしている」
「株式が上場されれば教団は大手を振ってさらに株を買い増しできる。もし俺がやるなら、それどころか新株を発行してそれを教団関係先に優先的に割り当てる。すでに彼らは株主なのだから」
一時期ニュースで繰り返し放送されていたとはいえ、浩は新株予約権、株主割当や第三者割当増資を知っているようだ。あの手のニュースは話題が上がらなくなれば記憶からも消えるものだが、それも浩の知り合いから教えら得た知識なのだろうか。
「それを繰り返されたら僕の30%の株も危ういだろうね。影響力が薄まり僕の株式の売却、市場放出を求められるかもしれない。最悪寄付という名の無償譲渡もね」
「そうなれば、お前は株主の意向には逆らえない、教団は資産もマンパワーもあり自社株まで握られたらチェックメイトか」
「もしそうなったら、今僕がやっている慈善施設への資金提供や奨学金、身寄りのない優秀な若者の優先雇用なんかも株主=教団によって審査され嫌がらせに潰されるだろうね。浩も覚えがあるだろう、身寄りの無い人間に対する社会的差別を」
「あぁ、保証人が居るとはいえ、まぁ俺は中卒っていうのもあるが、バイトですらそれを知ると雇うのに難色を示す」
「そう、僕はね、そういった人たちを守りたかった。今まで僕らを助けてくれた人たちへの恩返しとしてね」
指輪に目を落とす。立夏の笑顔を思い浮かべる。でも今この窮地に立夏は元気づけても励ましてもくれない。立夏はもう居ない。それでも・・・
「それは崇高な話だが経済原理では利益が出ない事には風当たりは厳しい。お前が教団に取り込まれるという事は、よほどうまくやらない限りお前の資産は全ては寄付という名の没収だ。例え株を今の所持数を守り切り、教団が多めに見たとしても上場されれば他の株主の意向で、元社主の個人活動でありそんなワンマン活動に会社の資産を使う事は許さないと縮小・切り捨てにかかるだろうな。今はそれぐらい不景気だ。お前に出来るのは持っている株の配当で行うか。また個人投資で儲けてそれをするしか無い」
「浩の言う通りだ。うまくやって株の所持を守り切り、配当が出れば規模は小さくなるが前者は可能だ。ただし雇用の受け皿はもう出来なくなるだろうね。そして、後者はもう無理なんだ」
どういうことだ?と浩が口を挟むが、答えはもう分かっているようだ。表情に出ている。
さっきの猿の手の話には不幸になる以外にももう一つ決まっている事がある。
「猿の手は願いを永遠に叶えてくれない。使用制限がある。浩の知っている方の話で言うなら、もう全ての指が折れかけている。最初のゲームブックの例えで言うならもう選択肢のあるページが僅かしか無い」
「力が無くなってきているわけか。さっき慧は言っていたな?もう問題解決にこの力を使うのに1つしか手段が無くなったって」
「そう、正確にはどの選択肢を選んでも僕は全てを失うか、その解決手段を採るしかない。と、この力は云っている。ただし、本当に大した事の無い損も得もしない様な無い設問に関してはまだ自由に使う事ができるけどね」
「たとえば?」
「一番、最近にやった設問では、浩は消耗して動けないのか、それとも動かないで体力を温存させているのか、ってやつだ」
「ああ、さっきの俺の状態か。てか、人を消耗させるまで何日も拉致監禁をするなよ」
浩は皮肉と本音を交えて言う。笑みは浮かべていたが、割合としては49対51といったところか。
「でも、浩は後者だったろ?それにどうしてもそうしなきゃいけない理由があった」
さて、そろそろかな。
「浩、全部話してはいないがここで一回話を区切って浩の今までの僕の話を受けて浮かんだ疑問に対し全て応える。浩が頭が回る人間だと言う事は良く分かった。たぶん浩の質問を全て答えきれば僕が言いたかった事を全て言いきれると思う」
浩は押し黙って、考え込んでいる。おそらくだが、考えている事は質問の内容では無くその順番だ。
さっきの自分の言葉では無いが、浩は良く頭の回る人間だ。もっとも訊きにくい問題を最後に持っていくだろう。僕が話し易いお膳立てを整えて。
「それじゃ、最初の質問だ。その力を他に知っている人間は?」
そうきたか。
「長い間秘書を務めてくれた村山という人だ。同じ施設の出身で、浩の食事を運んでくれていた人だよ。今現在、僕の力を知っているのは浩とその人しか居ない」
浩は、ああ、あの何もリアクションの無かった人間か。と先ほどの会話を思い出し笑う。
「その力は一日に何回も使えるのか?」
「回数制限は無いが設問は必ず二者択一の形にしないといけない。選択肢がいくつもある場合は何度も比較検討する必要がある。株価なんかを見るときは、例えば、この株は1カ月後、今よりも10%以上、上がるか否かといった形で使った。期間と割合・上げ下げはその都度変える」
「お前がやっている高名な資産家の投資の内訳は?」
「顧客の要望もあって国内株式がメインだ。日本市場は世界で最もローリスクだからね。円での取引だから為替相場の直接的な影響も無い。僕としてもそれは願ったり叶ったりだった」
海外市場では現地通貨で値上がりした商品が円高によりトータルで目減りすることがある。条件が複雑化すると二者択一しかできないこの力では正直難しい。
「これは答えられなくても構わないが、お前の妻だった立夏はその能力を使って施設にいた時代の問題を処理していた?」
「おそらく。今思えば機転が良すぎた。イジメの回避や、学生時代の試験なんかも立夏のプランで勉強して好成績を取れた。僕みたいな施設の出の人間が良い条件で就職出来た事も立夏の薦めのおかげだった」
「その力を使い続けた事で、慧の妻は命を落とす不幸に見舞われた?」
過去とこれから伝えなければいけない事を考えるとこの質問に答えるのは辛いが本心で答えるしかないだろう。
「人並みの幸せを望んだだけだったのだけどね。実際たいした事に能力は使っていないはずなのに」
と答え、浩の顔を見た。複雑な表情をしている。不機嫌な、それでいて悲しげな。
「俺たちみたいな身寄りのない人間が人並みの幸せを大した事じゃないなんて本気で言っているわけじゃ無いよな?」
窘められた。
そうだね。僕たちみたいな人間にとってそれがどれだけ価値のあるものかいまさら考える必要も無い。
子供のころに立夏と読んだメーテルリンクの『青い鳥』を思い出した。幸せになる為に『青い鳥』を探すチルチルとミチルの話。その内容は本当の幸福というのは、すぐ身近にあるという暗示だった。
「済まない、ただの自嘲だ。僕の今までの人生の中で立夏と夫婦として生きた1年半程幸福だと思えた事は無い」
「つまり、その能力によってもっとも満足を得られた時に不幸がやってくるわけか」
「そうなのかも知れない」
立夏の居なくなった僕にとって、多くの人たちを守れる力を得てそれを行使することができるようになった事が満足のピークだったのだろうね。と付け加える。立夏がそのとき妊娠していた事は伏せておく。あまり聞いていて気分の良い話では無いだろうし、なにより話したくは無い。
「俺を何日も監禁した理由は?」
「浩が突然居なくなることで周囲や社会が反応するかどうかを見たかった。苦労を強いた事は謝る。力があまり使えない今、そうするしか判断方法が無かった」
「次だ、慧がその力で得られた問題の解決方法はとはなんだ?」
「色々総合すると、この力を他者に引き渡し、引き渡した人間がその問題を処理する。他人に引き渡す事でそのゲームブックはまた最初のページから始められる」
「そのゲームブックの新しい引受先を俺にしようとしたわけか?」
「そう、この力はある程度の縁者でないと渡す事が出来ないらしい。当初、本人の意向も有って村山さんにお願いしようとしたが無理だった」
そうか。とあまり驚かずに質問の答えを浩は受け入れる。おそらくどれも浩の想定内の事だったのだろう。もしそうなら次の質問は浩が最もしたくなかった質問となる。
浩の顔を見るとこれまで会話してきた中でもっとも辛そうな顔をしている。3人で過ごしていたあの頃、父が家に帰ってきた事に感づいたときの顔だ。
懐かしいね。でもその表情は二度と見たく無かったよ。浩、




