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その場に腰を下ろし兄の過去を聞く姿勢となった。
「お前は入院から退院まで2カ月くらいか?」
浩の質問にうなずく。外傷の治療と栄養失調の体への対処、PTSDを起こさない、もしくは軽減させる為のカウンセリング。その程度で退院した。その後、市の職員に施設に入れてもらった。
我ながらよくあの短期間で退院できたと不思議に思うくらい後遺症は少なかった。この兄に比してという事だが。
「俺は1年、入院したよ。外傷はお前同様すぐ癒えたけど、精神面がお前より弱かったらしい。さっきフラッシュバックについて訊いてきたよな?」
長くこの兄が入院したとは聞いていたし調べもしたが、1年?それも精神面で?
「ああ、訊いたね」
「あれが、なかなか治まらなくてさ。いきなり叫びだしたり、吐いたり散々でな。なんとか落ち着いて退院した時には1年くらい経っていた」
「精神的に弱いと言う割には拉致されても平然としているじゃないか?」
感じた疑問をつい挟む。
その事があってこそ、精神的に図太くなったのさ。後天的な強さだよ。と、浩は皮肉っぽく笑いながら答えた
「そんな事もあって小学校に入るのは1年遅れた。だからもし同じ施設で同じ学校だったら多分お前は先輩だな」
まぁお互いこの歳なら先輩後輩も無いが。と皮肉めいた笑いを続けながら繋げる。
「まぁ、他にも施設のやつが通っていたりしていたから学校は理解あったが、子供って容赦ないから普通にイジメにあったな。1年ダブりで親があれだろ?事件をどこかの親が知っていて子供に言っていたみたいであの子には近づくなとまぁ定番の事態だ。暴力は最初だけだったな。痛いのはいやだったから多少脅した。あとは物を隠される。それとシカトだな。あまり周りと関わりたく無かったからそれはそれで助かった」
別になにも応えるものは無かったと、辛さを一切感じさせない口調で浩は言う。あとは中学を卒業するまでそんな感じだ。卒業したらあとはフリーターだ。適当にバイトしながら生きてきた。と自身これまでの半生を締めくくった
「ちなみに暴力をやめさせる為にどんな脅しを使ったんだ?」
「ああ、あいつが死んだのは俺が殺したからだけど、お前も死ぬか?って言ったんだったかな。多少荒事もやったが」
「何をした?」
「一番しつこかったやつを殴り倒して、まず顔踏んで少し足の位置ずらして首のところに足乗せて『踏み抜いて殺すぞ』って言ってやったかな」
人殺しの疑いをかけられた人間に、そんな事をされたら子供じゃ冗談で済まないだろうと苦笑した
「フリーターになってからは話すような事は無いな。変なやつに絡まれもしたが、気楽は気楽だったが」
と、これで話す事は話したという顔で浩が口を開く。とりあえずこんなもんだ。んじゃ慧。お前の事教えてくれよ。と浩は次はお前の番だといった顔でまっすぐこちらを見てくる
「長くなるけど良いかい」
「できれば事前にシャワーを浴びさせてくれたら最高だが、それさえ我慢すれば時間なんかいくらでもある」
浩もだいぶ余裕が出てきた事で皮肉を多用し始めたな。昔から人をからかうのが好きだったし。
「そう嫌味言わないでくれ。いや言いたくなる気持ちはわかるがその望みは応えられない。すまない」
苦笑しつつそう答える。
悪い。じゃあ、慧が退院して、施設入ったところから良かったら話してくれないかと浩は表情を引き締めてそう言った。
「ああ、僕もそこから話すつもりでいた。じゃあ施設に入ったところからだね」
「たのむ」
「退院したあと市の職員に連れられて、慈恩園って施設に入った。そこでは割と保護制度が行きとどいて高校も成績さえよければ奨学金だが通わせてくれた。そこでは、まぁみんな仲良かった。職員さんも皆、厳しいけど優しくもあった」
「浩の様に学校でイジメもあったが、施設の同い年の女の子と励ましあって耐えたよ。二人で協力してね。勉強も二人で努力して学年でも上位を取り始めてからイジメも無くなってきたな。そうして、大抵の事は二人で乗り切って高校にもさっきに言った奨学金で進学してそれなりに良い成績で卒業した」
「それはノロケか?それとも自慢か?」
「ノロケだ。そう意地悪言うな」
「いや済まない。性格なんでな」
この言葉を発した後チェシャ猫の様な顔で笑っていた浩の表情が沈む。
「その表情を見る限り先を読んだんだね。たぶん浩の考えている通りだよ。高校を卒業して就職と同時にその子と結婚した。名前は立夏と言って名前の通り明るい子だった」
極力こちらも平静な表情で話そうと努力した。
「そして1年半後死別した。僕の目の前でね。交通事故だったよ」
「そうか。茶化して悪かった」
浩は苦く悔いた表情を見せる。
「いや、怒ってないし、俺は幸せだったさ」
ここで一息ついて次の言葉を話すのに少し躊躇する。あまりにも荒唐無稽だと浩は思うだろう。信じて貰えるだろうか。
「ここで少し話を変えるけど浩は子供の頃ゲームブックってやったことあるかい?」
想定していた通り浩の表情が怪訝な物になる。
「ああ、施設の子供向け図書にあったやつを読んだことがある。あれだろ?」
『宝箱がありました。どうしますか?』
開ける→100ページへ 通り過ぎる→102ページへ
「って感じの選択肢があってそれに従って進んでクリアまで読み進めていく本の事だろ」
いぶかしみながらも、怒りも馬鹿にもせず浩は言葉を返してくれた。
「そうそう、で宝箱は罠だった!中から毒ガスが噴き出したGame overってやつ」
「そこでいきなりGame overかよ。まぁ子供向けのやつだしそれこそ20年近く前に読んだ物だけどな。でも、なんでそんな事を聞く?」
浩は腑に落ちない顔をしている。まぁここからはまともな話では無いのだからいぶかしむのも仕方がない。
「それを読んだ時、ルール通り読まずに両方の選択肢の結果を読んでしまわなかったかい?」
「ああ、結局両方の選択肢を読んで先に進んで行った覚えがある」
「それを現実で出来たらどうする?」
「どういうことだ?」
「何か自分の中で選択肢を用意してその結果を事前に先読みしてしまうって事さ」
「陳腐な言い方だが超能力、それも予知ってやつか?物語の話であって現実的では無いな」
浩の顔がまた皮肉めいた物に戻る。いやおそらく皮肉を口にするそのものの顔だろう。
ああ、普通そう思うだろう。でも
「でも、その超能力、予知が実在するんだよ。信じられないかい?」
「一概に信用できる話では無いな。でも話の流れから言うと慧か、もしくは慧の知り合いにその能力があるって前提で話が進みそうだな」
疑いながらも話の本質はちゃんと掴んでいるんだね。助かるよ。
「ああ、その通りだよ。信用してほしいとは言わない。ただ最後まで僕の話を聞いて欲しい」
続けてくれと浩が次の言葉を促す。
「ありがとう。さっき浩が推測したようにこの力は僕の知り合いが最初持っていた。そしてその力は僕に受け継がれた。」
「持っていた知り合いはどうなった?」
浩のその言葉に、あの時、浩と生きていた頃を思い出すよりも辛い記憶の中の景色が目の前に蘇る。
「この力を元々持っていたのは立夏だったんだ。立夏が死んだときに僕に受け継がれた」
「その力が形見か」
「ああ、そうなってしまった。僕に一言添えてこの力をくれた」
「なんて言葉だ?」
「『ごめんね』だったよ。」
浩はおそらく僕の古傷を開く事を理解した上で質問をしている。これから先の話を先読みして少しでも情報を生かしていくために。それでも
「すまない。慧には辛い事を話させている」
この言葉でこちらも救われる。
「いいや、良い。立夏が死んでからこの力を使って給料を貯めて株を始めた」
「株の銘柄を見てこの株は上がるか下がるかを問えば分かるんだから損はしない」
「そう、この力を使ってどんどん資産を増やしていったよ。ある程度の資産を蓄えていたころ、この世界の人間には耳の良い人がいてね。おそらく口座を作った銀行か証券会社からだろう、高名な資産家から依頼で資産運用のコンサルタントをやるようになった」
「その世界でも慧は失敗すること無く資産と顧客からの信用を積んで行った」
「ああ、個人での資産は数百億にもなったよ」
「でも今その話をしている慧はまったく幸せそうに見えない。ただ疲れている」
「分かるかい?」
顔に出ていたらしい。極力出さないようにしたつもりだったのだけどね。
ため息を一つつき言葉を止める。喋る事は得意ではあるが、内容が内容であるし立夏を亡くした事を思い出しながら喋るのは骨が折れる。
「慧の発言をちゃんと理解する為に、軽い言葉と質問は時折挟ませて貰うが、最後にいくつか質問させて貰う。話を続けて欲しい。慧のタイミングで喋って貰って構わない」
浩の眼は真っ直ぐこちらを見据えている。それに頷き次の言葉を紡ぐ。
「そのあと顧客の勧めと支援を受けてファンドを起こした」
「いつだかIT企業とテレビ局の支配権攻防の裏で暗躍していたようなやつかい?」
数年前テレビを賑わした話題を浩は覚えていたらしい。あの小型犬みたいなファンド代表の顔を思い出す。
「あれよりかは健全と言っておきたいがまぁそんな感じだ」
と言っておいた。やっている事は実質インサイダーだから健全も糞もない。
「そこからも順調に資産も増えて僅かな時間で業界でも中堅ぐらいの企業規模になった。会社の体をなしていて社員の数も多くなったよ」
「規模が大きくなれば人を雇って、組織を編成する事は不可欠だからな。事務所を構え、人を雇えば収支管理で経理、その社員を動かす人事部。忙しくなればスケジュール管理が必要で秘書、パソコンや情報端末を使えば、情報管理にシステム管理部、金融ともなれば法務部なんかもか?」
浩がさも当然のように初歩とは言え組織と会社のありようを口にした事に、素直に驚く、浩はフリーターでそういった事に知識が回ると思っていなかった。それが表情に出たのか
「感心してもらっている様だが、良い大人がそれくらい知っていなかったらただの阿呆だぞ?」
と、むしろ呆れられた。
「すまない。会社を興したときに僕は全然知らなかった。ただ自分の金と顧客の金で色んなものを売り買いしていただけだったからな。顧客と銀行から出向してきた基幹職にいろいろ教えてもらった」
「詐欺には気をつけろよ。投資詐欺なんて世の中腐るほどある」
いまさら言われる事でもない事と分かっていて面白がって言ってくる。だが痛いところを突いてくる。
「ああ、実際痛い目にもあっている」
「その力があってもか?」
「基本的には僕は著名な個人資産家の資産運用を主にやっていて市場での資産運用は俺の手を離れて会社に任せていてね。流石に詐欺ではない。が、業界では今や詐欺扱いの話なのだけど、そこで海外投資部門のチームが大損失を出した」
「規模が大きくなりすぎて目が行き届かなくなったわけだ。ちなみにその損失がどういったものか聞かせてくれ」
「ああ、今思うとこれが、こうして浩と話している発端だったんだと思う」
ここで一呼吸置く。
「浩はニュースはよく見る方かい?」
「ああ、ネットや掲示板なんかで見ているがはっきり言ってそれくらいだ」
「アメリカで低所得者向けの住宅ローン債権を証券化して世界にばらまかれたのを知っているかい?」
「サブプライムってやつだろ?それを掴まされた世界でも有数の金融企業が潰れたりした。おかげで世界的な大不況だ。それのおかげで俺も含めてバイトしていた工場は首切りの嵐だった」
身近なところで浩は実感していたらしい。そこまで知っているなら話はしやすい。
「そう、それをうちの会社の海外投資部門が大量に保持していたらしく数百億吹き飛ばした」
「前にもそんな数字が出たが大きすぎて認識できないな」
浩は困った顔で苦笑いする。まぁ普通に日々を過ごしている人には把握できる金では無い。自分だって今は『数字』としてしか認識していない。浩は言葉を続ける。
「その損失はどうやって補填した?」
ふむ、聞いて欲しい質問を返してくれる。
「その時会社には内部留保はさほどなかった。世界的な好景気でほぼ投資に回していたからね」
「つまり会社として貯金は無かったのか。それで?」
「ほぼその損失は僕の個人資産と同額だった」
「つまりお前の資産で持って補填したわけか?」
「ただそれを行ったわけじゃ無くてね。うちの会社を非上場の株式会社化して負債分の株式を発行。それを僕の資産で購入した」
「そうすることで、負債を補填する資金を調達して、慧には今までの資産と同額の株券が手元に残るわけか」
「そういうこと、法的には問題が有ったがうまくごまかしてね。浩は本当にただのフリーターかい?随分飲み込みが早いじゃないか」
この手の話はあまり馴染みの無い話のはずなのにこっちも噛み砕いているとはいえ随分、話についてくる。もう少し理解に手こずると思っていたのに。
浩はというと苦虫を噛み潰した顔でどう言おうかといった顔をしている。
実は、知り合いに所謂ディトレーダーってやつが居て、そいつがいろいろと聞きもしないのに教えてくるからな。と、いろいろと濁しながら理由を話してくれたが、あまり突っ込んで聞いてきて欲しい話題ではない様だ。
それにしても浩は調べた限り人間関係は希薄なはずだ。ディトレーダーとは妙な種類の人間を知っている物だと思う。確かに彼らディトレーダーという人種は表には中々現れない。しかし、うちの会社の調査部でも把握できないくらい秘密を守ってきたとはどういった関係なのだろう。
浩は
「それ以上は聞かないでくれ」
と真面目な顔をして言う。
「話を続けてくれ」
そらされた。仕方がない続きを話していこう。
「海外投資部門の大規模な損失が分かるとほぼ同時に世界中でクレジットクランチがおきた。とくに新興国投資なんかで逃げ遅れた企業は大打撃を受けた。資金の引き揚げが出来ずドミノ式に投資していた企業が倒産。手形や証券は紙屑になった。うちの会社でもそれなりの損失は出したよ」
「でも、会社にはお前が居た」
「そう、比較的大規模な投資案件は全て僕にあげさせてそれらを処理した。出来るだけ傷が少ないようにね。早い段階でキャッシュ、まぁ現金だ。それを引き揚げてうまく回して時間のない問題は出来るだけうまいタイミングで片づけたよ」
うまくやるもんだな。と浩は感心した体で相槌を挟んでくる。
「まぁ未来をカンニングしただけさ」
肩を竦めてそういうと、期待していた笑いではなく気難しい顔を返された。
「浩?」
「いや、知り合いが良く似た事を口癖の様に言っていてな。あぁ、その例の俺の知り合いのディトレーダーだよ」
「まさか、浩。その人は俺と同じ能力を持っているってことはないか?」
「いや、慧のその力と違って種も仕掛けもある方法で情報を得ている。出るところに出れば間違いなく捕まる純粋なインサイダーだ。ネタは言えないし俺もあえてここまで話しているがそいつについての情報はここまでだ」
…浩が勝手に喋ったんじゃないか。
まぁ、僕の秘密を話した事に対する対価として受け取っておくよ。
「分かった。もう訊かない。僕と同じ力を持っている人が居るとしたら色々話を訊いてみたくてね」
これは純粋な願いだ。いや、だった。かもしれない。
「悪いな、何か期待させてしまったみたいで」
「いやこっちの早とちりならそれはそれで構わないさ」
「ちなみにどんな事を訊きたかったんだい?」
うん、ではこれから本題に入ろうかな。全部伝えきった時この双子の兄はどんな顔をするのだろう。怒るのか、悲しむのか、喜ばれる様な事は無いだろう。
「あなたは、この力で不幸になる予兆みたいな物を感じましたか?ってね」
どういう事だ?という顔をこちらに向けてくる。
「さっきもこの力を例えたよね?ゲームブックに。もう、どの選択肢を選んでもGame overに今なりかけている」
「どんな選択肢、設問を用意してもか?」
「あぁ、最近は問題回避にこの力を使うのに、たった一つしか問題解決手段が無くなっていたんだよ」
「訊きたい事はもうこの時点で多くある。が、俺が本当にしたかった質問はさっき言った様に最後に訊かせて貰う。とりあえずお前の言葉で説明できるところを説明して欲しい」
ありがとう。と一声置いて、浩には悪いが一つ質問をさせて貰う。
「浩は『猿の手』って話を知っているかい?」
「あぁ、願いを叶えてくれる猿の手だろ。ただし願いを叶えた人間は不幸になる。俺の知っている話では願いを叶える度に猿の手の指が1本ずつ折れていく描写があったような」
「そう、願いを叶える代わりに不幸になる話さ。たぶん浩の知っている話は原典のアレンジかな。俺の読んだ本には指が折れる描写は無かった」
「そうか、たぶん漫画がなにかかな、絵なら描写しやすいしアレンジして特徴も出し易い」
「うん。でも話は通じるね。有名な話ではある。何が言いたいかというと、この力は使えば使うほど破綻に近づく。バブルの様に膨らんだ成功に比例して大きく弾けるように出来ている。そんな力だったんだよ」
浩はしばらく黙りこんだ後、想定していた質問を重々しく口にした。




