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「村山さん、まだ捜索願などは出ていませんか?」
倉庫の一室で青年が、年上と見られる人物に話しかけた。
「まだ出てない様です。不審に思われている様子も無い様です。流石に何カ月もというわけにはいかないでしょうが」
村山と呼ばれた年上と見られる男性が質問に敬語で答えた。
「そうですね。何カ月もとなると、彼の借りている部屋の大家が家賃が振り込まれていない事に気づくでしょうし」
青年は面白そうに笑った。
「村山さん最後まで僕に敬語なんですね。」
村山も笑みを浮かべる。
「あなたの会社に誘われた時からそうしようと決めていたのですよ。同じ施設にいたときの様にはもう無理です。もうこちらの話し方が板についてしまいましたから」
青年は村山に深々と頭をさげた。
「ありがとう村山さん。後のことはお願いします」
村山もそれに返す様に頭を下げた。
「慧さん。こちらこそ今までありがとうございました。」
二人は自然に右手を出し合い握手を交わした。こうしてお互いに感謝して終えるというのは良い最後なのでしょうねと青年は言った。青年の笑顔がここで終わる。
「では、もう4日目です。そろそろ始めましょう。彼も限界でしょうから」
村山の顔も感情を排したそれに変わる。過去、この青年と仕事をしていた無機質とも言える表情に。
「健康状態については良好です。ただ流石に消耗しているようです」
「まぁ突然、拉致されて何日も拘束されていれば消耗もするでしょう」
「最初の数時間は助けを叫んだりはしていたようですが、今はあまり動かず出された食事を口にするくらいしか行動はとっておりませんね」
少し考えて青年は村山に訪ねた。
「彼は単純に消耗して動けずにいるのか、それともここはあまり動かず体力を温存しようとしているのかどちらだと思う?」
村山は息を飲んだ。青年がA or Bの質問をするとき。それは、
「後者の様には思えませんでした。慧さんは見たのですか?」
「あぁ、軽く見てみた。そこそこ賢いみたいだ。思えば僕たちが子供の時も無理に喚くよりも静かにしていたほうがデメリットが少ない事に気付いたのは彼のほうが先だった」
昔の事を思い出したからか、口調が砕けたものになる。青年の物を話すときの癖だった。
「期待出来ると思いますよ。思えば状況判断には優れていたように思う」
村山は苦笑いを禁じ得ない。この青年程に状況判断力を所持した人間をこれまで目にしたことは無いからだ。それがカンニングの様なものであってとしても。
青年も村山がそのような反応を示すことを期待して言っている。
「少なくとも会社の人間を路頭に迷わす事はないだろうと思う。後は耐えきられるかですね」
青年は今度は皮肉を込めて嗤った。
「村山さんはそこで待っていて欲しい。ここに居ても合図が聞こえるだろうから。事が済んだ後のことお願いします」
奥の扉に向かって歩き出す。
扉の前で足を止め、振り返りここで再び村山に頭を下げた。村山も静かにそれに応じた。
扉を開け中に入ると、そこは刺激臭がたちこめていた。換気が効かない部屋にあって排泄の考えられてない空間に男を4日間も監禁してればそうならざるを得ない。それでも、この環境で冷静に自我を保っているのは経験の賜物かと素直に感心した。
目の前の男は縛られ目隠しをされていたが人の入ってきた感覚で顔をあげた。
男は口を開く。
「どうだい?楽しんでいるか?」
楽しんでいる?目の前の目隠しをされた男から出てきた言葉に興味を惹かれた。
「どうして楽しんでいると?」
「ん?あんたは今まで食事をはこんできた人とは違う人だな。今まではリアクションが返って来なかったし、口もきかなかった」
やはり頭は悪くない。今自分がどのような状況であるか常に探ろうとしている。男は言葉を続ける
「俺には金は無い。貯金が少しは有るが微々たるものだ。金銭の要求をする当てもないから営利誘拐は無い。借金も無いはずだ。内臓でも目的にしてのことかと思ったが金のある人間は東南アジアなり借金で金の回らなくなった人間から金でケリをつけるはずだ。誘拐して奪うなんてリスクの高い事はしないだろう?」
保険金をかけて殺害の可能性を訊いてみる。
「無いな。最初大声を出して確認したが、ここはそこそこの広さの倉庫かなにかだろう?口も塞がなかったということは外部に漏れる心配のない場所にある。そこに長時間、人を寄せ付けることもさせない力もある。そんな人間が俺にかけられる保険金程度のはした金を欲しがらないだろう?」
素直に感心した。
ただこの状況に恐怖するのでなく自分が拉致されたことの目的や背景、動機を分析している。答こそ的を外してはいたが、まぁ当てようが無い。
「それで行き着いた答えが愉悦を目的とした誘拐か」
「あんたの反応を見る限りこれも違うようだな」
「いや、俺は今、君とのやり取りを楽しく感じているよ」
「それはどーも。あんたを楽しませた謝礼として、解放か、せめて目隠しを外してはもらえないか?」
ただ助けを求めるだけでなく一切の懇願もせずに交換条件としての譲歩とはなかなか図太い。
「それは後々に。それにしても、人を苦しめて愉悦にひたる人間が居ることを知っているのは君の生まれ故かい?」
男の表情が変わる。
「・・・。誰でも良かったわけじゃないのか。そういったところまで調べているということは俺である必要があったということか」
「まぁね。君である必要があった。少し話を変えるが今この状況に置かれてフラッシュバックは起きないのかい?」
男は苦笑する。
「確かに、あの頃と状況は似ているが、ここはとりあえず食料がもらえ、暴力も無い。汚いジジイの物を咥えさせられることも無い。どうせそんな事も調べてあるんだろ?ガキのころは暗い部屋に入れられただけでパニックを起こしたものだけどな」
つい笑みを浮かべる。だけど目の前の男にはそれは見ることができない。
「いや俺が調べたのは君のここ20年間程度で幼少時に何かあったかは調べて居ない。宮川浩、独身、中学を卒業後施設を出て以来一人暮らし、身元保証人は施設の院長、定職に就いたことは無く所謂フリーターとして生きる。先ほど君が言った通り僅かな貯金以外に資産は無いが借金も無い。交友関係は希薄。友人と呼べる物は皆無。そんなところだ」
目の前の男、宮川浩は口元に恥ずかしそうな笑みを浮かべた。
「そうか、調子に乗って必要以上に喋り過ぎていたか。今後は慎むようにする」
この状況でも笑えるのか。強いな。
では、そろそろ本題に入ろうか。
「いや、それ以前については調べる必要が無かったからね。冬の素肌にベルトで鞭打たれるのは地味に痛かったな」
宮川浩の口元が歪む。その反応を見て口調を変えて呼びかける。
「久しぶりだね。兄さん」
「慧か。俺が別の施設に移って以来だからほぼ20年になるのか?」
目の前の兄はここで初めて驚愕の表情を見せてくれた。目は目隠しのせいで見えなかったが見開いていただろう。
「そうだね。確か6歳だったか。あの時は浩のほうが症状が酷くて長期入院措置を取らざるを得なかった。あのまま同じ施設に入っていたならこんな再会は無かっただろうね」
自分でもこんな悪趣味な兄弟の再会なんてどう考えても悪い冗談としか思えない。
「慧は割と早期で退院していったからな」
浩もあの精神状況の割にいろいろ覚えていたらしい。
「とりあえず前半の種明かしは終わり。目隠しは取るよ。」
「どうせならこの縄も解いてくれないか?」
それは後半の種明かしの後で。と答え浩の目隠しを取る。一室は暗いとはいえ目の焦点を合わせるのに苦労しているようだ。
「双子のはずなのにあまり似てないな」
慧の顔を見て感想を漏らす。
「髭を剃って髪を整えて服装を変えれば似てくるんじゃないかな」
生地から選んで仕立てられたスーツを着て身だしなみが十分に整えられた自分と、汚物まみれのボトムに着古したTシャツにジャケット。髭も髪も乱れた浩とでは、傍目には全く別の人間に見えただろう。
「結婚していたのか」
薬指にしていた指輪を確認したのか浩は漏らした。
「あぁ、していた」
浩に指摘されて、つい心から幸せだったと思う時の事を思い出す。
「離婚か?」
「いや、死別だ。これについても後で話す」
それにしても、と思う。
「浩、あんた何故こんな仕打ちをされて怒声の一つもあげないんだ?」
自分なら、どんな理由があったとしても家畜のような扱いを受けて一言の謝罪もない相手には自身の命を天秤にかけたうえで怒りをぶつける。こちらから謝るのは最後とは決めていたが。
「そうだな怒ることを忘れていた。とりあえず今からでも怒ればいいのか?」
「大物だな。浩は」
「いや、小物だ。こんな状況でも誰も助けてはくれない」
少しずつこみ上る笑いをこらえ切れなくなり自分も浩も声をあげて笑う。二人とも心から子供のように笑うのは久しぶりだった。やがて笑いも収まり、浩に問いかける。よければ、今までの浩の話を聞かせてくれよと。
浩が怪訝な表情を浮かべる。
「調べていたんだろ?ほとんどそれで合っている」
「とりあえず浩の口からも聞いておこうと思ってね」
「俺としては慧の話を聞きたいが?」
「それも、また後で話す」
浩の顔が少し拗ねた顔になる。命の危険が無くなった訳で無いとしても、素直に感情を出す事が出来る相手と認識してくれたようだ。
「お前、そればっかだりな。とりあえず俺の話をするのが先で、終わったらお前の話が聞けるんだな?」
「そう認識してもらえるとありがたい」
「じゃあ、話すよ。お前と別れた病院以降からな」
「ああ、聞かせてもらう。」




