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言われっぱなしも悔しいから反撃してみたがこれが失敗だった。
「あぁ、その感性で言うなら瑞希さんの胸も可愛いですよ」
「黙れペド野郎!」
本気で瑞希さんを怒らせた。目がどこかの蟲みたいな攻撃色。当人にとってこれだけはコンプレックスらしい。
Bあれば十分だとおもうけどなぁ…。
「すいません。瑞希さん調子に乗りました。何でもしますから許してください」
平謝りする。うん、土下座だってするよ?こうなった瑞希さん怖いし。頭踏まれるくらい覚悟はできた。
数十秒土下座の姿勢をとっていると上から声がかかってきた。
「コウ」
「はい」
「髪撫でて。そうしたら許す」
瑞希さんがソファーに座り直し手招きする。表情はまだ怒っている様なので、拒否できるはずもなく隣に座って瑞希さんの髪を撫でる。しばらく続けているうちに瑞希さんが頭を胸に預けてくる。
瑞希さんが口を開く。声はもう棘もなく落ち着いている。
「こうして貰ったのは私が現場から引退したあの日以来だね」
さっき自分もそれを思い出した事を伝える。
「そっか。ねぇ、コウ、これはさっきみたいな悪ふざけじゃないんだけど」
「悪ふざけしていた自覚はあったんですね」
「さっきも言ったけどコウの反応は私から見たら可愛くてね」
瑞希さんが意地悪だけど良い顔で笑う。だけどその顔はすぐ真面目な物になる。
「コウが施設から出て行ったあの日、夢妃ちゃんも葵人君もずっと泣いていたよ。同世代の子たちは清々したみたいな事言っていたけど。あの子たちに会ってあげたりしないのかい?」
きっと喜ぶ。と瑞希さんは付け加えた。
「あの頃確かあの子たちは7歳だったかな。今は16か17歳ってところか。きっともう覚えて無いよ。今は事情もあるし会う気はありません」
「そう」
瑞希さんが小さく頷く。
「気が変わったら、まだあの子たちは施設に居るから会ってあげてね」
「分かりました」と答える。
少し昔を思い出す。
確か夢妃がベリーショートだったのは両親からの虐待の末、髪に火をつけられたからだ。火がパニックを起こした夢妃の髪から家財に燃え移り火事になって、皮肉な事に夢妃だけが生き残った。そう院長に教えられた。誰にも心を開かなかった夢妃が何故か自分にだけは心を開いた事で得た情報。瑞希さんは知っていたのだろうか。
あの施設はそういった『親を殺してしまった』子供を主に引き取っていたと後に知った。瑞希さんはどうしてあの施設に入ったのだろう。
そんな事を考えていたときに瑞希さんが自分の胸から頭を離す。
「さて、そろそろ君の話を聞いとかないとね。午後から出勤なんだろう?」
ふと時計を見るとすでに11時を過ぎていた。
「もうこんな時間だったのですね。すみません瑞希さんは市場の方大丈夫ですか?」
「君が来る前にある程度は済ませてあるし市場は午後も開く。それに、」
「それに?」
「君にこうして貰える機会は買えないからね」
と今度は意地悪さの無い笑顔を向けてくる。
顔が赤くなるのが分かったが、瑞希さんはそこを今度は衝いてこなかった。こっちの事情も踏まえての事だろう。
瑞希さんがソファーから立ちあがりデスクの前の椅子に座り直して自分と相対する。
「それでは、いくつか質問させてください」
なんでも訊いてくれと、瑞希さんが促す。
「瑞希さんのチームで『楽園の扉』に食い込んでいるメンバーはいますか?」
この質問に瑞希さんはちょっと苦い顔をする。
「いや、うちのチームは宗教関係者には関わる事はほとんどない」
「それは宗教的教義の問題ですか?」
殆ど全ての宗教が売春を倫理的に禁止している。古い時代には性病の蔓延を防ぐ為の教義として有益だと思うし、現在でもそうなのかもしれない。だけど売春をこの人の前では否定してはいけない。
「いや、違う。単純に彼らの性癖の問題だよ。食い込めたら良い情報は得られるとは思うが、だいたい依頼がきても一夜で終わる」
彼らは野党とはいえ議席を持っている党の支持母体であり、膨大な寄付金を様々な事に運営している組織だ。例えば企業運営・株式投資。おそらく、宗教施設の建造を隠れ蓑にした不動産投資も行っていることだろう。政経両分野で瑞希さんなら美味しい情報を得られる。
しかし、一夜程度の派遣では、まず深い情報など得られない。
「それは何故です?」
素直に感じた疑問を口にする。
瑞希さんがやや、うんざりとした顔で疑問に答える。
「彼らは性欲の発現に関しては自給自足だからさ」
「それはどういうことです?」
「彼ら宗教家は、善意や信仰心からでは無く、人の上に立ちたい、他人を染め上げたいといった意志でその地位にいる根っからのサディストだ」
それについては理解できる。彼らは、本当は善意なんかで神の言葉を利用しない。本当に神なんてものを信じているのは、組織の末端、所謂、一般的な信徒だけだ。
「当然、既に様々な技術を持って染まりようの無い人間には興味が無い。彼らが性欲の対象とするのは伸びしろのある何も染まっていない人間だ」
ああ、そういうことか…。
「つまり?」
答えは読めているが、瑞希さんの用意した言葉に対するアクセルとして質問を口にする。
「処女だよ。私には理解できないがね。一から自分で仕込む事で性欲と征服欲を充足させるらしい」
「教団は信徒を喰っているわけですね」
「そういうこと。でも世界的に見てもそう珍しい事では無いよ。カトリックの処女信仰も本当は自分が喰いたいからじゃないかな。神の加護が得られるからじゃ無い」
「聖女たるジャンヌ・ダルクも浮かばれませんね」
瑞希さんのやや芝居がかった、うんざりとした表情と合わせ、こちらも外人の様に首を振りながら両手を軽くあげるジェスチャーをとる。
「あぁ、聖女を捕まえたイングランドは彼女の股ぐらに指を突っ込んだ後に火刑に処した。魔女としてね。今日では有名なジャンヌ・ダルクだけど聖人として、その名誉が回復されたのは近年のはずさ」
ふと瑞希さんが俺と視線を合わせてくる。
「まぁ女の意見としては処女は好きな人にあげたいがね。君にあげられなかったのは残念だけど君の童貞を貰ったから痛み分けで」
「うん。その辺は黙っていてくれると助かります」
せっかく真面目に話してくれていたのに茶化さずにはいられないのかこの人は。しかも結構ナイーブな話に。
でも、瑞希さんの話のおかげでこれからの指針は定まった。
「すみません。白状すると教団のある人物の内部からの情報を得るためにチームの力を借りられないかと思っていましたが、それでは無理そうですね」
「それならもっと適任者がいるよ」
瑞希さんが目を細め笑う。
「ええ、瑞希さんの話を訊いていて理解しました」
「君のその聡いところが好きだよ」
瑞希さんが全くてらいも無くストレートに言ってくる。
「ありがとう。瑞希」
少し動揺したが平静を保ってそう答える。
「念のため答え合わせをしとこうかな」
面白そうに瑞希さんがそう言った。ただ瑞希さんの目は口調程に笑ってはいない。
「ええ構いませんよ」
「では、君の答えを訊かせてもらおう」
頭の中で自分の考えを整理する為、1呼吸置く。
「彼らの求めているものは、出来るだけ多くの人間を見下ろす事ができる高い地位だ。その高い位置まで積み上げる足場が彼らの欲する物です。そしてそれを与えられる人間、それが適任者です」
「つまり?」
「足場とは金です。これを積んだ物ほど上に上がれる。決して彼らの建前で言うような徳なんてものじゃない。そしてそれを与えられる人間は俺です。情報を得るのも、それを元手に潰すのも、それは俺の役割です」
こいつらの教義なんて糞くらえだ。教義というよりこれは虚偽だな。なんて、瑞希さんがこんなダジャレを思い浮かべた事を知ったら失笑するだろうね。
「良くできました」
瑞希さんは、これはご褒美と唇を軽く合わせてきた。




