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慧の会社に出社し、村山を呼び出しまず定例の投資案件について処理し、会社の決裁書にいくつか判を押した。ひとまず会社に求められた事を一通り終わらせた後に、教団の件は話すのが一日の流れとなっていた。
瑞希さんのもとで決めた意向を村山に伝える。
「では、あなたが教団に直接出向き支部長と相手取るおつもりですか?正直反対です」
村山は強い語気で反対を口にした。
「あぁ、確かに危険だろう。でもそうするしか無いと判断した」
「一体どうするおつもりなんです?お考えの一端でもお聞かせ願えなければ賛成できません」
「彼らが俺やこの会社を取り込む前に、俺が彼『巌佳孝』を取り込むのさ。彼に俺の力で利益を与え、俺や会社を取り込まず協力関係にある事が一番利益になる状態に状況を持ち込む」
あまり多くは話せない。ただ俺の事を信用してほしいと、村山に伝える。
しかし村山は正直乗り気はしないらしい。まぁ当然だろう。わざわざ人間を籠絡させるのが仕事の様な連中の本拠地に単身で相手取ろうとしているのだ。今、俺が籠絡されたら会社が彼らの手に落ちる速度は加速する。もともと、『巌佳孝』は『宮川慧』を教団の広告塔にするのが目的だったが、彼の投資額と注ぎ込んだ労力からもう、それでは止まらないだろう。とりあえず明かせるだけ手口を明かす。
「彼には株主として特別な株主優待を与える」
「それはいったいどういった待遇なのです?」
「彼に与えるのは特別顧客と同等の待遇さ。彼の資金を僕が運用する。教団の資産では無くだ。そうすれば彼は俺を利用する。彼だけが得られる権利を与えこちらが手綱を握る」
「教団を通さなければ彼だけの利益になる。それが狙いですか?」
「そう。そしてこれが大事なのだが、教団だけでなくこの会社も関与させない」
村山の顔色が変わる。
「特別顧客の待遇はマージンは高額ですが、投資資産の完全補償も行っています。もし損失を出したらその分を浩さんが全て被らなくてはなりません。同じ力を持っていた慧さんも予測してない事故で損失を出す事がありました。浩さんには資産は無い。会社を通さず行うのは危険すぎます」
村山が声を荒げる。
「慧さんは言っていました。その力は事前に結果を予測できますが、予測していなかった事までは教えてくれるわけじゃ無いと。浩さんはその力を過信しすぎです。無手で戦おうとするのを認めるわけにはいきません!]
村山のここまで大声を聞いた事は無かったので素直に驚く。常に沈着冷静だと思っていたがそうでは無いらしい。
ここで一つ彼を安心させてやらなければいけないだろう。
「君は今、資産も無く、無手と俺の事を言った。その認識を改めておく」
と机から通帳を取り出し村山に手渡す。先ほど銀行に寄り記帳しておいた。中を見てくれと促す。
記帳された内容を見て村山の顔が変わる。そこには確か、八千万強の数字が書いて有るはずだ。
「これは?」
村山が訪ねてきた。それに対し正確に答えてやる。
「村山さん、前にあなたに頼んだ俺の貯金2百万ですよ。あれを増やしました。正真正銘俺の金です。午前中に出社しなかったのはそういうことです」
「慧さんですら初年度で百五十万を二千万とお聞きしていましたが…」
まぁセンスですよと嘯く。
同じ能力を持っていても知識次第だよ。初めてサッカーボールを渡されてリフティングを2回しかできない人間もいればいきなり10回出来る人間もいる。そういうことだと伝える。
「この金と口座を使って彼と渡り合う。正直もう少し欲しいとこだが贅沢は言えない。何せ時間が無いんだ」
まだ何か懸念はと問いかける。
「どうしても浩さんでなければいけませんか?情報だけ私が聞いて代わりに彼と対するとか?」
村山は慧と俺を完全に重ねているのか本気で心配しているようだ。だが、
「それでは彼が信用しない。彼が信用しなければ最初の時点からうまくいかなくなる。それでは駄目だ。それに、おそらく最初のうちの取引は少額だからもしアクシデントが有ってもこの金が融ける事は無い」
はっきりと言い切る。それにこれは口に出さないが、損失を出した場合彼が求めてくる補填方法はこの金では無いだろう事は黙っておく。これ以上村山を動揺させるのは得策では無いし話しも進まなくなる。すこし趣旨をはっきりさせておこうか。
「少し話を変えますが、村山さん将棋はされますか?」
余りに唐突な話題に村山の表情が怪訝な物に変わる。
「多少ですが嗜みました。施設にありましたので。ですがルールを知っている程度です」
少し間を置いて村山が答える。表情から村山なりに話の趣旨を掴もうとしたらしい。
「では、今の状況について将棋に例えるとどういった状況だと思います?」
村山は苦虫を噛み潰したような表情で辛そうに口を開く。
「それは、もうすぐこちらが詰みかけている状況かと」
正直この言葉に安心した。彼はちゃんと冷静に状況を見ている。ここで精神論や有りもしない希望にすがるような事をしない。
慧の見る目は確かだったね。彼は優秀な秘書だよ。
「そう、一般職である歩も基幹職の金や銀、取締役たる飛車角でもって自陣に攻め込まれている。それに対しこちらは玉を自分としても村山さんと、せいぜい調査部しか駒は無い。さて、村山さん、最も玉を詰みにくい形って何だと思います?」
この質問に村山が少し考えて答える。
「穴熊でしょうか?」
「ああ、それも強固だね。でもね本当に詰みにくい形というのは玉が敵陣まで入り込んだ形なんだ。将棋はチェスと違って後方に進める駒は少ない上に制限があるからね。これを入玉と言うんだけどプロでも、こうなったらまず詰めないらしい」
「つまり浩さんはそれを狙うと?」
「あくまでたとえ話だけどね。でも、このまま何もしなければ詰むのは見えている」
まだ村山は苦い顔を崩さず質問を挟んでくる。
「ゲームブックはどう言っているのですか?」
「状況がカオス過ぎてまだ先は見えない。はっきり二者択一にはできないからね。でもこれしかないと思う。趣旨は飲み込めたかい?」
村山は頷いたが、表情はまだ完全に納得しているわけでは無さそうだ。
「では、その方向で話を進めます。よろしいですね?」
極力強い口調で言い放つ。勢いで頷かせるのは趣味では無いがここで手をこまねいていてもしょうがない。
「では村山さん、教団の支部の住所を後でこのPCにメールで教えてください。それと教団支部長にアポイントを、彼らの提示する日取りで構いませんが必ず午後でお願いします。それと出来るだけ早く」
わかりましたと村山が頷く。
「では早急に行わせていただきます。アポイントが取れましたら支部の住所を添えて連絡させていただきます」
それでお願いしますとこちらも頷く。
「それと彼と会うときは俺一人になります。誰もつけない様願います」
少し落ち着いたと思った表情がまた心配を浮かべた表情となる。
「秘書の私でも駄目なのでしょうか?」
「俺、本人が行くのは信頼させる為ですが、俺一人で行くのは油断させる為です。そこも理解してください」
もう口を挟ませない。
「村山さん、時間が惜しい。今日はコーヒーも要らない。今言った案件を出来るだけ早く進めてください。当然他言無用でお願いします」
村山は一礼し、代表室から出て行った。
やれやれ、瑞希さんの様にいきなり話題を変えてはぐらかす方法をとってみようと思ったけどうまくいかない。彼が真面目すぎたのもあるが、俺の言い方も下手だった。瑞希さんが横にいたら笑いを堪えるのに必死だったろう。想像して思わず自嘲する。
『随分、詭弁、戯言を弄したものだね。第一、君将棋なんて全く知らないじゃないか』なんて感じで数カ月話題にされるのがオチか。まぁ全部終わったら色々協力してくれた瑞希さんに笑いを提供するのも悪くは無い。せいぜい笑ってもらおう。そして俺も笑ってやるさ。どうせなら笑える形で全部終わらしてやる。
村山からアポイントが取れた事の連絡が来たのはその二日後だった。




