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神か否か

「アキナったらアキナったらアキナったら!さっきのはなんですか!この純真無垢な愛らしい少女に向かってあんなに軽々しく……す、好きだなんて!彼はケダモノだったのですか!?」


 長く、入り組んだ幻想空間の廊下。その中を競歩ばりの速度で進みながら、ヒーニアは一人、取り乱していた。


「い、いや落ち着きましょう。あれはきっと彼にとってLOVEではなくLIKE……!友人として好きと言うだけの意味合いだったに違いありません!しかし普通あんな唐突に言いますか!?アキナ……あなたは悪い男です!みんなにも注意喚起しなくては!」


 頬を赤く染め、誰に言うでもなくぶつぶつと独白を続けるヒーニアは、何やら固い決意を胸に抱いて、強く拳を握りしめた。とその時、


「一人でなに盛り上がってんだお前」

「ひゃうっ!?」

 

 不意に後ろからかかった声にヒーニアの体が跳ねる。振り向くと、ヴィルが怪訝な顔をして立っていた。


「な、なんでもないです!それよりボスは?」

「叩き起こして名簿の確認に向かわせた。どうせ神賜礼拝を済ませようっつーわけ」

「そうですか。ちょうど私も”あの方”のもとに行くところだったので、一緒に行きましょうか」


 ふいと体の向きを戻し、歩き出すヒーニア。先ほどの動揺した様子から一変、彼女の声色はどこか平坦で抑揚がない。ヴィルはそんなヒーニアの様子に眉を寄せた。


 ”あの方”……ね。ヒーニア(こいつ)がホームにいて難しい顔しなくなったのはいつからだっけか。


 不意に思い出したのはヴィルとヒーニアが祝福を授けられ、フーリホームに配属された日。神フーリを前に、言葉を失い立ち尽くすヴィルの隣には、慟哭し崩れ落ちたヒーニアがいる。


「あ……ああああ…………嘘、ですよね。まさかあれが神ってわけないですよね……」

「……」

「私たちは今ままで”あれ”を崇めていたんですか……?私は、”あんなもの”の力を受け取ってしまったんですか……!?」

「……」

「なんとか言ってくださいよ!ねぇヴィル!」

「……」

「”あれ”のどこが私たちの救いですか!?私たちが信じていたものは一体─────なんなのですか!?」


────────────────。


 あん時、俺はヒーニアになんも言ってやれなかった。肯定でも否定でもなんでもいい。一言でも声をかけてやってたら、一人で悩ませることのかもしんねーのに。


「毎度のことだが、”あれ”に祈るのだけは好きになれる気しねーな」


 思い出したくなかった記憶にため息をついて、ヴィルはあえて軽口をこぼした。それを聞いたヒーニアがすぐにニッコリと微笑んで、言った。


「ヴィル」


 発したのは名前だけ。ただそれだけなのにも関わらず、ヴィルは背筋が底冷えするような不気味さを感じて押し黙る。


「今のは神への冒涜です。神の使徒である我々が、そんなことを口にするのは許されませんよ」

「わーってるよ……」


 神を一番疑ってたのは他でもないお前なのに。もう……考えんのやめたんだな。


 離れていくヒーニアの背中を眺めて、ヴィルは強く拳を握った。


 長く入り組んだ廊下をしばらく進み、突き当たりの扉の前でヒーニアが立ち止まった。

 赤く暗い廊下とは打って変わって、雪のように真っ白な両開きの扉。三メートルほどあるその扉の枠には、鮮やかな赤い細線が奔っている。まるで銀世界に流れる血のようだ。

 ヒーニアが取っ手に手をかける。後ろに立つヴィルは、何かを覚悟するように拳を握り直し、深呼吸を一つ。


 キィ……。


 控えめな音を立てて扉が向こうの闇へと沈む。その先に広がるのは、扉と同じ、雪のように真っ白な空間だった。


 体育館ほどの広さのその部屋、二人が歩く継ぎ目のない白い床には、血管のような無数の隆起した血色の木の根が這っている。床一面を縦横無尽に走る血色の木の根は、その全てが部屋の中央にある巨大な十字架の根本に収束していた。

 その大木を思わせる十字架の底部には丸い膨らみがあった。黄金の幕が張られ、中に暗い液体が満ちるその膨らみは、まるで十字架が妊娠しているかのよう。


 十字架に無言で歩み寄る二人。その足取りには、先ほどまでの気安さがない。あるのは、まるで王の御前へ向かう臣下のような、決然とした気品と緊張だけ。


 十字架の根元まで辿り着いた二人は、ぴたりと足を止める。そして、同時に膝を崩し正座になった。見上げた視線が巨大な十字架の上部の影に向く。背筋を伸ばし目を閉じた二人は、両手を固く握り合わせた。語られるのは、神への祈り汚染域任務から帰還後に行う礼拝だ。


「「主よ、闇に迷いし我らを導く主よ、汚染の徒を浄化させたまえ。太古の自然を再び我らに還したまえ。豊穣の土地を我らに還したまえ。我ら、八神の御名を讃え、御光を仰ぎ、御声に耳を傾ける者。その御身が降り立つ土地の下に生き、祝福と血の権能を持って汚染を浄化せん」」


 祈りが終わる。二人はゆっくりと立ち上がった。晴れやかなヒーニアの表情。だが、それとは対照的に、ヴィルは顔は暗い。むしろ、祈りを終えたことで何かを再確認してしまったかのように、その表情は重く沈んでいる。


 神賜礼拝……。子供から大人までこの世界の誰もが日課として行う、八神への祈り。だが……果たして俺らが祈ってる”こいつ”は本当に神と言えんのか……?


 沈んだ瞳でヴィルが見上げる先。十字架の横木と縦木が交差する場所に、磔にされる人の形をした何かがいた。


 両手のひらには杭が打ち込まれ、項垂れる頭はストレスからか髪が抜け落ち、両方の瞳からは血色の枝が突き出している。しかし、それは明らかに人であり、子供だった。小さな体は、神聖さとは程遠い惨たらしい姿が刻まれている。その彼女こそが第八教区を守護する神フーリなのだった。


 つい最近器を乗り変えたばっかで、同期のために今は休眠中。やっぱ反応はねぇか。


 ヴィルは、その眠る神を長く見つめることができなかった。ふい、と視線を外し、ヒーニアの後を追って扉へ向かう。


 その時だった。開け放たれた扉に寄りかかるようにして立っている一つの影が見えた。見覚えのあるシルエットに、二人は静かに近づいていく。


「帰還早々あのガキに祈るなんて、お前らも熱心になったもんだなぁまったく。あ〜ヤダヤダ」


 紅色の長髪。胸元までボタンが外された襟付きのシャツから覗く、茶褐色の肌。切長の凛とした瞳。はっきりと見えたその姿はバーゼリアだった。


「ボス……場所をわきまえてください」


 ヒーニアが半眼で静かに咎める。だがバーゼリアは頭を少し傾け、小さく笑った。


「場所だ〜?このフーリホームは私の城だぞ?どこで何を話そうが私の勝手だろう」

「いいえ、フーリは神の住処です。我々はあくまで神の家に出入りを許されている使者でしかありません」

「ハッ、神ねぇ。ヒーニア、お前、まだ”あれ”を神だと思っているのか?」


 バーゼリアが視線をフーリに送る。だが、そんな煽りには乗らず、ヒーニアはニコリと不気味な笑みを浮かべた。


「ええもちろん。”あの方”はフーリ様の依代(よりしろ)。つまり神そのものですから」

「……気色の悪い思想だ。”あれ”は依代に選ばれるついこの間まで、町場の一家で過ごしていた”少年”だったことを忘れたか?」

「ふふ、神と同化するなんて羨ましい限りですね。いいなぁ……私も選ばれたかったな」


 視線を落とし、悔しそうにこぼすヒーニアには、もはや疑いの心など削げ落ちて見えた。


「……前も話したと思うが、私が”あれ”を飼っている理由は、祝福と血が汚染域攻略に有用だから。それ以上も以下もない。つまり私に信仰心なんてこれっぽっちもない」

「……罰当たり」


 バーゼリアが人差し指でヒーニアの胸をトンと押すと、ヒーニアはその指を退けた。


「それよりアキナはどうだったんだよ。調べてきたんだろ?」


 バーゼリアに秋那の所属を調べるように言っていたヴィルが、じれったそうに口を挟む。すると、バーゼリアは何か深刻な問題を思い出したかのように鋭い眼光をヴィルに向けた。


「ああ、そのことだが……。なあお前ら、ナナオリ・アキナという男、一体どこで拾ってきた?」

「あ?」


 唐突な質問にヴィルは怪訝な表情を浮かべる。質問の意図が読めなかった。


「どこって……さっきも言ったろ、汚染域だ」

「ふむ……」


 ヴィルが素直に答えると、バーゼリアは難しい顔をして考え込み始めた。


「なんだよ一体」

「ヒーニア、汚染域に入れる人間と言われて思い浮かぶのはなんだ?」

「なにを改まって……綺麗好きな冒険者(ラインリッヒ)です。それ以外にありえません。蒼き月(デ・アーラ)の月光は神血でしか保護できないのですから」

「そうだよなぁ……」


 バーゼリアはどこか煮え切らない様子で額を掻いている。


「おい、何もったいぶってんだ。アキナがどこに所属しているか分かったんじゃねーのか?」


 ヴィルが焦ったくなって急かすと、バーゼリアはため息を一つ。冷ややかな覇気を纏う瞳を二人に向けて、言い放った。


「……お前たちが連れてきた七織秋那。その名前は構成員名簿には存在しなかった」

「なっ!」

「ちょ、ちょっとまってください!ちゃんと確認したんですか!?」

「したさ、何度もな。だが、やはりナナオリ・アキナという名前は確認できなかった。いるはずなのに、存在しない。まるで亡霊(ホロウ)だよ。ったく、くそめんどくさい輩を連れてきやがって」

「過去に背教者として除名された人物でしょうか……?」

「いや、背教者なら神血は得られねぇ。まず汚染域に出入りできるわけねぇよ」


 信じられないと息を呑む二人。

 

 さっきまで一緒に歩いていた秋那の顔が、脳裏に浮かぶ。記憶がないと言っていた。

どこのホームに所属しているかも知らないと言っていた。汚染域で倒れていた。その体には神血を纏っているはず。だが構成員名簿には、その名前が存在しない。


「なら一体彼は何者ですか……?」

「こりゃ直接問いただす必要があんな」

「いや待て」


 ヴィルの言葉にバーゼリアがストップをかけた。そして、面倒くさそうに頭を掻きむしるバーゼリアは、


「もっと手っ取り早いやり方でいこう」


 そう言って神の見下ろす部屋から出ていった。

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