汚れなき憧憬
対汚染域特別機関────世界調律機関。
それは日々拡大する汚染域の進行阻止および、土地の奪還を目的として機能する組合の名。全ての綺麗好きな冒険者はここに所属しており、『ホーム』と呼ばれる八つの団のいずれかに配属される決まりとなっている。
ホームの拠点は八つ。汚染域周辺八カ国にそれぞれ存在し、ホームの置かれている街は『教区』と呼ばれている。そして八つの教区の名を、第一教区クレイア。第二教区ゲリエ。第三教区ブルーメン。第四教区クーパス。第五教区ファブラン。第六教区オーリエ。第七教区フツヌシ。第八教区フーリ。
────と、ここまでが今まで聞いたヒーニアの説明だ。やけに誇らしげだったのが印象に残っている。
灰色の大地に山羊を置いていき、境界線の近くに存在する簡易拠点で馬を借りて走ること数十キロ。
俺たち三人は、巨大な城壁の門をくぐって第八教区フーリに繰り出した。ちなみにフーリは、汚染域を囲む八カ国の北西に位置しているらしい。
視界に広がるのは橙色の瓦屋根と白塗りのレンガで形作られた街並み。整然と舗装された道の路肩には、露店がいくつも連なっている。そこに並ぶのは果実や宝石、トカゲのような動物の干し肉など千差万別だ。
「しかし色んな奴がいるな」
エルフやドワーフ、獣人に鬼人。他にもファンタジーで見たままの姿の奴らが、通行人としてすれ違っていく。しかし、そんな中でも喪服の俺は特に目立つらしく、先ほどからチラチラと好奇の視線が刺さっていて居心地が悪い。
「教区は都に次いで商業が活発ですからね。毎日のように各国からいろんな商人や旅人が訪れてくるんです。ちなみに私たちのホームのメンバーも十人十色な種族が集まっています。まあその分なかなかクセのある人たちですけど……でも、悪い人はいないですよははは……」
ヒーニアの口から乾いた笑いがスーッと漏れる。
「今から行くのはフーリホーム。第八教区フーリに所属する綺麗好きな冒険者の拠点だ」
横を歩くヴィルが説明口調で言った。
綺麗好きな冒険者。汚染域の中に唯一入域できる者たち。クリムトが言うには、これになることが小春の元へ向かう一番手っ取り早い手段らしい。
「んでよ、成果報告のついでにお前の所属も聞いといてやるから一緒に来いよ」
「え?」
「なに間抜けな声出してんだ。所属しているホームが分かりゃ、何か思い出せるかもしんねーだろ」
「いや……そうかもしれないけど……」
これはピンチと捉えるべきチャンスと捉えるべきか……。ヴィルは優しさのつもりなんだろうけど、当然、俺はどこのホームにも所属していない。綺麗好きな冒険者の拠点の一つに行けるのはありがたいが、このまま正体がバレる危険もある。一旦、ヴィルたちとはここでお別れするのが無難かもしれない。
「いや、一人で探すよ。これ以上迷惑かけられないし」
「アキナ〜?頼れるものは頼る!そうしないとこの世界では生きていけませんよ!」
ムッと眉をひそめ、頬を膨らませたヒーニア。その可愛らしい仕草に一瞬怒られているということに気付けなかった。
「で、でもさ……」
「仲間なんだからこんくらい頼れよ。ほらとっとと行くぞ」
「……」
失敗。
「ヒャハハ!下手っくそだなぁ秋那!」
その不愉快な笑い声は上から聞こえた。見上げてみると、俺と同じ歩幅で宙を歩く、クリムトがいた。ヒラヒラと揺れる黒のスカートの中で、小さい臀部を包む純白のパンツが見え隠れしている。
「えっち」
大袈裟にクリムトがスカートを抑える仕草をして笑う。
うざ。
ていうか、こいつの性別はどっちなんだ?もしかしたら性別の概念なんてないのかもしれない。メタモン的な。
「そういえばアキナの祝福はなんなのでしょうね。切断系の能力だとは思うのですが……」
視線を戻すと、ヒーニアが俺の顔を覗き込んでいた。
「祝福?」
「神様から授けられる力の一つです」
体を引っ込めたヒーニアは、人差し指をヒョイと立てて説明口調で続ける。
「幻血種に対抗するために授けられる祝福は、人によって違います。私であれば、光の糸でなんでも縫っちゃう祝福────天衣無縫。ヴィルであれば、青い炎の腕をブンブンできる祝福────煉腕。そんな力を授けられた者たちは、綺麗好きな冒険者として世界調律機関に召集され、汚染域に立ち向かう冒険者となるのです」
「ちなみに神から祝福を授かる人間は5000人に一人と極めて少ない。間抜けなように見えるこいつらも実はエリートってことだな」
不意に聞こえた声は、隣を歩くヒーニアの奥から聞こえた。視線を落とすと、クリムトがヒーニアの仕草を真似るように人差し指を立てている。いつの間にそこに。
だけど幻血種に対抗するために授けられる力か。
「それじゃあ逆に言えば、その祝福ってやつがないと綺麗好きな冒険者にはなれないのか?」
「察しがいいですね〜。その通り、祝福を授けられたごく一握りの人間しか綺麗好きな冒険者にはなれません。だから綺麗好きな冒険者は子供たちの憧れなんです」
参ったな。俺には祝福がないし、どうやって綺麗好きな冒険者になろうか……。
するとその時、目の前の屋台の影から子供が三人飛び出してきた。
「ぎゃおおお!」
「待て〜!」
「俺の祝福をくらえ〜!えりどろえありあ!」
「ぎゃああああ!助けて〜!」
一人の男の子を他二人の少年が追いかけている。追いかけられる男の子は、ベットシーツなものを被って悲鳴のようなものを上げながらも、楽しそうに笑っている。何かの遊びだろうか。
「綺麗好きな冒険者ごっこか。懐かしいな」
ヴィルが似合わない優しい目をして呟いた。ごっこ遊びまであるとは……どうやら綺麗好きな冒険者が子供の憧れというのは本当らしい。日本で言う仮面ライダーとかそういう立ち位置なんだろう。
「私も子供の頃お姉ちゃんとよくやっていました。でも……ちょっと複雑ですね」
「何が?」
「あ、綺麗好きな冒険者のローブ!!」
俺の問いをかき消したのは、一人の少年の叫び声。見ると、少年たちがこちらに近寄ってきていた。
「ねぇ綺麗好きな冒険者の姉ちゃん!汚染域行ってきたんでしょ!幻血種やっつけた!?」
「ええ、やっつけましたとも!」
少年たちに囲まれたヒーニアは、ポンッ、と自慢げに胸を叩く。そのリアクションを待っていましたと言わんばかりに少年たちは歓声を上げた。
「かっけ〜!!」
「やべー!!」
「ヤンキーの兄ちゃんは何匹やっつけたの!?」
今度はヴィルに少年たちの興味が向く。ヴィルの方も慣れているのか、少年たちの頭を撫でながら淡々と答えた。
「ヤンキーじゃねぇっての。ま、300ってとこだな」
「300って3が100万個だろ!?やべー!!」
「ちげえよ5が100万個だって!すげ〜!!」
「なあなあ!見ない顔だけど黒い兄ちゃんも綺麗好きな冒険者なの?」
裾がグイグイと引かれる。見下ろすと、幻血種役をしていた少年の一人が、幽霊みたいな仮装のまま首を傾げていた。俺は少し迷ってから頷く。
「この教区の綺麗好きな冒険者じゃないけど一応な」
本当は綺麗好きな冒険者ですらないのだが、ヒーニアたちがいる手前、嘘をつくしかない。純粋な少年たちを欺くのはなかなかに良心が痛む。キラキラと目を輝かせる少年たちの視線が、今は酷く眩しい。
「別の教区かー!!俺フーリ所属以外の綺麗好きな冒険者初めて見た!!」
「俺も俺も!」
「すげ〜!」
「あ、あはは……」
居心地の悪さで背中に変な汗が滲んできた頃、不意に少年たちが出てきた屋台から声が聞こえた。
「あんたたち!綺麗好きな冒険者さんたちに迷惑かけんじゃないよ!川の方で遊んできな!」
屋台から顔を出してきたのは、お団子頭で恰幅の良い、ザ・オカンといった印象を受ける女性だ。この子達の誰かの母親なんだとすぐに分かった。そのオカンに怒られた少年たちは落胆した表情を浮かべ、肩を落とす。
「は〜い」
「怒られちゃったよ」
「ちぇ、ちょっとくらいいいじゃんな。まじでオークだよオーク」
「なんだって!?そんなこと言ってると、”あの子”みたいになれないよ!!」
「はいはい分かってるって!じゃあね綺麗好きな冒険者の兄ちゃん姉ちゃん!」
「「ばいば〜い!」」
少年たちが手を振って女性の元に帰っていく。その背中を、どこか悲しみの滲んだような笑顔で見送るヒーニアがしみじみと言葉をこぼした。
「綺麗好きな冒険者は世界の危機を救う華々しい仕事である反面、犠牲もつきもの。死にたくなるほど辛い状況や、目を背けたくなるほど酷いものを見る時も多くあります。私は、そんな汚い部分を、あの子達の世代には見せたくないのです」
「あいつらの綺麗好きな冒険者への憧れは、まだ世界が危機に瀕していることへの証拠でもある。俺たちが早いこと汚染を浄化して、あいつらが別の憧れを持てるようにしないといけねぇのさ」
言いながらヴィルは大股で歩き出した。




